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「先輩、このフレーズの弾き方教えてください!」
「山谷先輩、この曲のベースの音作りなんですけど……」
「魔術師先輩! 帰りに楽器店行きませんか? 弦の選び方教えてください!」
そんなこんなで、俺はオーディオ部に入部した後輩たちから連日質問を浴びせられるようになった。それを微笑ましい目で見守る先輩たち。
……ところで誰だ、さっき俺のこと魔術師先輩って呼んだやつ。
「──そういうわけで、俺たちのバンドでリードギター弾いてください!」
ある日の放課後、金谷と鈴森からファミレスに呼び出された俺は、一緒にバンドを組んで欲しいと頼みこまれた。
「俺たち、このバンドのコピーやりたいんです!」
金谷が興奮気味に持ってきたCDは、言わずと知れたビジュアル系の元祖とも言える日本のメタルバンド『X JAPAN』の伝説的ファーストアルバム『BLUE BLOOD』。
中3の頃、中島が興奮気味にCDを持ってきたことがあった。
「やべーぞ山谷! これ、LUNA SEAの先輩バンドなんだけど……カッコ良すぎる!」
もちろんその日のうちに借り、カセットテープに録音した。
このテープももう伸び切って、もう聞けないんだよな。
課題曲として決まったのは2曲、ハーモニーが美しい、ツインギターのお手本のような『紅』と、メロディアスなシンフォニックメタルの『DAHLIA』。どちらも一音一音を正確に覚えてると言えるほど聴き込んだ曲だ。
中学の頃、どうにか弾けるだろうかと練習はしてみたのだが、16分音符の刻みに右腕が痙攣して挫折して以来、弾くことを避けていた。
「で、先輩。DAHLIAってツインギターじゃないっすよね」
「だな。あれはhideがソロパート弾いてるね」
俺の言葉を確認して、金谷が頭を下げる。
「お願いします! hideのリードパート弾いてくださいっ!!」
「……俺が、リードギター?」
「はい! 先輩めっちゃうまいじゃないっすか。紅は何とか弾けそうなんですけど、DAHLIAのリード難しすぎて……弾けるのは先輩しかいないんす!」
やはり頼られるのは嬉しいな。
それだけではない、俺がずっと憧れていた『リードギター』という主役のポジションをもらえたことが嬉しかった。
伴奏ではなく、ステージの真ん中でスポットライトを浴び、ギターソロを弾き倒す。SUGIZOに憧れたあの日から、ずっと俺が手を伸ばし続けていた場所だった。
「わかった、やるよリードパート」
「ありがとうございます! じゃあ俺はバッキングがんばるっす!」
こういう機会でもないと、また弾こうなんて思わなかっただろうな。
いい機会だし、頑張ってみるか!
数日後、全員がある程度弾けるようになったというタイミングでセッションを始める。
以前挫折した16分の刻みは、なんとか弾けるようにはなった。初日は右手のピッキングに力が入りすぎて、1曲弾ききれずに腕が限界を迎えた。悪い癖がつく前にどうにかしないとと、フォームの矯正から弾き方の模索に苦労した。
でも後輩たちにカッコ悪いところは見せられない。なんとか余裕を持って弾けるようになったのは、今朝のことだった。
ギターと機材をアンプに繋ぎ、あらかじめ作っておいたディストーションサウンドを呼び出す。金谷の機材は……俺がGT-3を買うまで主に使っていたBOSSのME-30だ。
GT-3を買った後も、ME-30は使い続けている。
最近はGT-3で作った音を、ME-30でも再現するという実験をしていた。下位機種でも上位機種に負けない音を出せたら、と試行錯誤している。
「金谷、いいの使ってるじゃん。音はもう作ってきた?」
「それが、どうしてもかっこいい音にならないんっすよね……」
どれどれとエフェクターのプログラムを見る。
「なるほど。家で聞いていい音って感じだね。歪み《ゲイン》を上げすぎてるから音が潰れて、さらに中音域をバッサリ削っちゃってる。だから家でギター日てたらすっげー気持ちいいんだけど……バンドでこれ鳴らすとベースとシンバルの音に完全に埋もれちゃうね」
「えっ、そうなんすか!?」
「PATAパートもそうだけど、バッキングのギターが一番おいしい帯域はミッドなんだ。だから、歪みを少し下げて、中音域をグッと持ち上げて……よし、これで音出してみて」
「……あれ? なんか、さっきより地味というか……ポコポコした音になりませんでした?」
俺はニヤリと笑った。
「ギター単体で聴くとそう感じるだろ。でも、これが正解なんだよ。……三谷先輩、鈴森、合わせてみよう!」
日頃の鍛錬は、やっぱり役に立つ。心の中でガッツポーズ。
全員の用意ができたところで早速セッションを始める。
ドラムは、部活の先輩である三谷先輩に頼み込み、ヘルプで叩いてもらうことになった。
三谷先輩は見た目がゴツい。プロレスラーのような体躯といえば伝わるだろう。そんな重戦車のような筋肉から放たれるドラムプレイ、特にツーバス連打はパワフルだが正確。メトロノームのようにビートを刻むが、その音の本質は冷徹とは程遠い、肉食獣というべきものだ。
「いくぞお前らー!」
三谷先輩の激しいハイハットカウントから、『紅』のイントロが部室に炸裂する。
まるで一つの巨大な生き物のようなドラムの衝撃に乗せて、鈴森が慎重にベースの刻みを叩き込む。そこへ、金谷が半信半疑のままバッキングのコードを乗せた。
その瞬間、金谷の目が驚きに見開かれた。
「すげーっす! 俺のギター、めちゃくちゃはっきり聴こえる!!」
ドラムのシンバルとキック、そしてベースの重低音。その全ての音の隙間である『中音域』に、金谷の修正されたギターサウンドがピタリと収まり、分厚い音の壁を形成していた。単体では地味に聞こえた音が、バンドのアンサンブルの中で初めて真価を発揮したのだ。
三谷先輩がすかさず、
「さすが魔術師! サイコー!!」
だから、恥ずかしいからやめて……。
それはともかく、日頃の鍛錬はやっぱり役に立つなと心の中でガッツポーズ。
さて、金谷が感動したところでもう一度イントロから。
大きなミスはなく曲が進む。金谷と俺のツインギターが唸りを上げ、音を押し広げていく。
16分の刻みが絡み合い、一つの大きな音圧を作り出し、ドラムのインパクトで音圧を叩き込む。誰も付け入る隙間のない、音の飽和が始まる。
そして俺たちの見せ場、ツインギターのソロに突入する。
ツインギターでソロを弾く場合、基本はハモリになる。2本のギターが同じメロディを3度などの度数をずらして弾くことで、重厚で美しいハーモニーを奏でるのだ。
しかしこれは非常に難しい。どちらかがピッキングのタイミングを少しでもミスすると、その時点でソロは濁って破綻する。金谷と俺の間に流れる緊張感もピークに達するが、ピタリと息が合って音が重なった時は、これまでにないほど心が躍った。
これだ。まさにメタル。全員が空間を飽和させ、音の限界を超える。CDで聴いた音よりもなお強く、深く、美しく──
練習は2周目に突入。再び紅のイントロが響き渡る。
よし、ここからボーカルが入るAメロだ──!
俺がエフェクターのスイッチを踏み込もうとしたその時。
『くぅ〜れな〜い〜にぃ〜、そ〜まあった〜〜〜!』
『こぉ〜の〜、お〜れ〜を〜〜〜〜!!!』
「「「…………!!?」」」「はあ!? なんで──」
突如、部室のドアがバンッ!と勢いよく開き、信じられないほど間延びした、強烈なマンドラゴラの絶叫が響き渡った。
演奏の手を止め、俺たちが呆然と振り返った先。
そこには──満面の笑みを浮かべ、マイクを握りしめるようなポーズで天を仰ぐ、うちの高専の校長が立っていた。
「いやー! 青春だねえー! 外を歩いてたらさ、すんごい良い音が聞こえてきちゃったから、これは行くしかないって乱入しちゃったよ!」
「こ、校長……?」
「あ、ぼくねー、X大好きなの!!」
俺たちが完全にフリーズしているというのに、校長はノリノリでステップを踏みながら首を振っている。
なんで演奏が止まったのか、なんで学生たちが石像のように固まっているのか、このポンコツ校長は全く気づいていない。
──無理もない。
校長の背後、開けっ放しのドアの枠に。
般若のような鬼の形相をした学生主事(いわゆる教頭ポジション)が、無言で立っているのだから。
「さあさあ、君たち、止まらないで! Show must go on! 次の曲行こう! DAHLIA歌う? ぼく、あの曲なら十八番だよ! いやー歌うって楽しいねえ!!」
「あ、いや……あの、校長。後ろ……」
「ん? 後ろ? 後ろがどうし──ヒイーーーーーーーーッ!?」
鼻歌交じりに振り返った校長が、またもやマンドラゴラのような悲鳴を上げた。
「こぉぉぉちょうぅぅ……。また仕事をサボって徘徊ですか!?
今! お客様が! 応接室で! お待ちなんです!」
「ち、違うのだよ学生主事! 聞いて。ね、聞いて。
これは決してサボりなどではないの、学生たちの自主的な課外活動を視察してだね!
……あー! 引っ張らないで! ネクタイが! 首がーーー!!」
学生主事にネクタイの結び目を掴まれ、ズルズルと廊下を引きずられていく校長。
「諸君! 音楽は心だぞぉぉぉ……!」という校長の断末魔が廊下の奥に消えていき、部室に再び静寂が戻った。
「………」
「………」
俺たちは無言で顔を見合わせ。
数秒後、堪えきれずに全員で腹を抱えて爆笑した。
「何っすかアレ! マジでウケるんすけど!!」
「校長、歌ヘタすぎでしょ! 声量はすごかったけど!」
「つーか学生主事の顔! マジで魔王みたいだったぞ!」
三谷先輩はシンバルに突っ伏して笑い転げ、後輩二人は涙を流しながら床を叩いている。俺も、呼吸が苦しくなるほど笑った。
──ああ、楽しい。
バンドって、生身の人間と音を合わせるって、こんなに楽しいものだったのか。
一つの空間に集まって、せーので爆音を生み出す。
息が合わなくてミスることもあるし、テンポがズレることもある。突然、ポンコツな大人が乱入してきて全てが台無しになることだってある。
だけど、その不確定でグダグダな「生きた時間」そのものが、たまらなく愛おしくて、熱かった。
俺は薄暗い部室の中で、ECLIPSEのネックを愛おしそうに握りしめた。
SUGIZOのようにカッコいいかは分からない。だけど、俺は今、確かにバンドの一員として、仲間たちと音を鳴らしているんだ。
──この時の俺が感じていた『血の通ったバンドの楽しさ』は、数日後に出会う一人の「天才」によって、強烈な対比として突きつけられることになるのだった。




