3-2
「おい山谷! お前その金髪、ちょっとは女子のウケいいんじゃないのか!? ビジュアル系っぽくてキャーキャー言われるだろ! ほら、部室の入り口に立ってギター弾いて!そうだ、化粧もするか?」
「いやいやいや! 無理ですよ! あー押さないで! 化粧もイヤーーー!!」
翌日。
入学式の後にある部活勧誘は、在校生がそれぞれの部室前や学校の中庭で新入生を迎え、部活のアピールをして勧誘するという、割と大学のサークル勧誘に近いスタイルで行われる。
吹奏楽部は毎年、安定的に楽器経験者、高校で楽器を始めたいと思った初心者、女子が多いという浅い考えから入部を決める男子(こういうやつはすぐ辞める)が集まり、新入部員には事欠かない。俺一人が部活勧誘に出なくてもいいだろう。
むしろオーディオ部だ。こちらはとにかく先輩が出たがらない。去年の高専祭、ライブステージではあんなに本能剥き出しに自己主張していた先輩たちが、部活勧誘になると途端に小動物のように縮こまる。特に女子と話すのが恥ずかしいとかいう理由を並べ立て、部活勧誘中ずっと部室にこもって音を鳴らしている。曰く、
「本物はセッションの音で見抜く」
とのことらしい。
本物じゃなくても、恥ずかしがり屋さんなのかな、ぐらいはすぐわかるな。
そんな先輩たちは、今年も小動物と化し、表に出ようとしない。
しかし今年は、去年入部したての下っ端な俺がいる。水を得た魚のように生き生きとした先輩たちが、俺を廊下に押し出そうとする冒頭の騒ぎはそういうことである。
果たして、抵抗むなしく先輩たちから背中を押され、愛機を持たされたまま、無理やり部室のドアの前に立たされた俺は、真新しい制服を着た、各部活の勧誘チラシを手に右往左往している新入生たちの前に突然押し出された。
──仕方ない、地蔵になっても何にもないなら、せめて!
俺はギターを構え、LUNA SEAの曲のソロを奏でる。
毎日の練習が功を奏し、縦横無尽に指板を駆け回り、右手は狙った弦を的確に弾き音の雨を降らせる。
ギャラリーの方には目もくれず、ひたすら指板を踊る左手と、弦を弾き続ける右手にだけ意識を向けた。
しかし、人間の本能は強い。俺の中の弱く脆い理性を、指先一つでバラバラに砕く。
一瞬、新入生に目が向いた。
彼らの視線は一瞬こちらを向き──そして、ビクッと肩を揺らして足早に通り過ぎていった。
後に残るのは、ギターをぶら下げた金髪の不審者とアンプだけ。
──ほら見ろ、どう見ても「騒音を掻き鳴らす迷惑なヤンキー」にしか見えてないじゃないか。……自分で言ってて悲しくなる。
だいたい、俺はこんなナリだが、本質は未だに内気なただの機材オタクであり、目立ちたい気持ちと同じぐらい見せ物にはなりたくないのだ。
案の定、女子など一人も来るはずがなく。
その日の夕方、すっかり日が傾いた頃に部室の敷居を跨いだのは、なんかカチコチに緊張して部屋をきょろきょろと見回す、(先輩に言わせれば)むさ苦しい男子二人組だった。
いや、全然むさ苦しくないよ? むしろおろしたての制服がよく似合って、爽やかな雰囲気だ。
俺も入学して1ヶ月間は、こんな感じだったのかな。すぐ金髪になったけど。
「あ、あの……オーディオ部って、ここで合ってますか……?」
「俺たち、中学で少しだけ楽器やってて……バンドとか、組めるのかなって……」
そんな初々しい1年生たちに、先輩たちは遠い日の自分を思い出し、懐かしさと感慨深さにノスタルジーを感じることもなく「チッ、なんだ男かよ……俺たちの楽園が……」と分かりやすく落胆しつつも、営業スマイルを顔に貼り付け、「よくきたねー、かんげいするよー」と、これまた分かりやすい棒読みで後輩たちを歓迎する。
もう少し心をこめる努力はしてください。
そんなことは関係なく、俺は新入生が来てくれたことに心底胸を撫で下ろしていた。
新入生の名前は、金谷と鈴森といった。
少し話を聞くと、金谷はギターを、鈴森はベースをやっているらしい。
「よし。じゃあ、試しにそこのアンプ繋いで音出してみよっか。適当に弾いてみて」
俺が先輩風を吹かせて促すと、鈴森が持参した、まだ傷もない黒々とした綺麗なベースを、部室の隅にあったベースアンプに繋いだ。
「じゃあドラムは俺が叩こうか。基本的な8ビートでいい?」
三谷先輩がドラムを買って出る。
「えっと、じゃあそれで……」
鈴森がアンプのセッティングをし、ピックを握る。
意を決したように、弦を弾く──
瞬間。部室のガラス、壁、天井、ハードケースにしまわれた機材、先輩たち、そして俺。
体の芯まで突き抜け、内臓を掻き回すかのようなベースのフレーズ。
おっかなびっくり弾いたとは到底思えないほどに自己主張する音。おー、人は見かけによらないなー、と現実逃避しそうになる俺の意識を、否応なく現実に引き戻す暴力だ。
しかし、自己主張したはずの鈴森が、誰よりも自らの音にダメージを受けていた。
意識でも飛んだのか、と思いたくなる呆けかたをしている。
そう、鈴森がアンプから生み出したものはとにかくひどい、音とは到底呼べる代物じゃない爆音。輪郭など見えようもない、ただ全てを破壊するかのような、粘着質な、刃こぼれした包丁と例えるべき不快を極めた低音。
それを体に受けた瞬間、俺の早口スイッチが、無意識のうちに完全にオンになっていた。
「ストップ! ストップ!! 鈴森くん、それアンプのゲインもボリュームも、EQのツマミも全部フルテン《全開》にしてるよね!?」
俺は思わず立ち上がり、鈴森の前にズカズカと歩み寄った。
「えっ!? あ、はい……。全部右に回した方が、音圧が出てカッコいいって音楽雑誌で……」
「だめだめだめ! それは一部のたっかーーーいアンプだけだから!! あのね、ベースの低音域を上げすぎると音がボヤける上に、ドラムのキック《バスドラム》の一番響く帯域と完全にぶつかって、バンド全体の音が泥沼みたいに濁るんだよ。──ちょっとベース貸してみて」
俺は半ば強引に鈴森からベースを受け取ると、アンプの前にしゃがみ込み、ツマミを迷いなく調整し始めた。
「多分ベースの役割って低音を出すことだ、ってイメージあると思うんだ。ライブとか見に行ったら、最初はベースの迫力に度肝抜かれるもんだよ。だけどね、人間の耳に『ベースの音程』として一番気持ちよく聴こえるのは中音域なんだよ。だから、無駄な低音域をバッサリ削って、中音域を少しだけ持ち上げると……」
素早くツマミを回し、俺は再びベースの弦を弾いた。
さっきまでのモコモコとこもった音が嘘のように、輪郭のはっきりとした、アタック感のあるベース音が部室の空気を鋭く震わせた。
「うわっ……すげえ!! 全然違う!!」
鈴森と金谷が、目を丸くして俺を見た。
ようやく意識を取り戻した沼田先輩が、
「山谷、ベースのセッティングもできるようになったんだ、いつの間に?」
「沼田先輩とセッションしてて、いろいろ教えてもらったおかげですよ」
途端にニヤニヤしながら、沼田先輩は俺の背中をバシバシと叩き、
「いやー、成長したな! 去年のお前とは大違いだ!! 」
「そうですか?だったらうれし──」「ここに来はじめた頃は、すっげー声小さいし、なんかいるのかいないのかわかんない空気出してたし、後輩たちに何かを教えられるようにはとても見えなかったのにな」
やめて、後輩たちの前でそんな話しないで……
その言葉を受けた三谷先輩が、
「だよなー、初めてセッションした時なんてすごい挙動不審なギタリストって感じだったもん。それが今や……ううっ、真太郎。おかーさんはうれしーザマスよ!」
「三谷先輩まで……あとうちの母さん、ザマスなんて一度たりとも言ったことないですって……」
そんな俺たちの話を聞く鈴森と金谷。
ハッとしたように鈴森が話しだす。
「なんか、一気にプロのバンドの音みたいになった……! 山谷先輩、マジですげえっすね! プロみたいっす!」
「……え?」
後輩たちからの、純粋な尊敬と羨望の眼差し。
俺は一瞬、ハッとして言葉を失った。
学校では目立たず、自己主張が苦手な俺。
森山のように、高い機材と理不尽な暴力で他人を支配する力なんてない俺。
でも、俺のこの『耳』と、6畳間で一人、MTRと向き合ってチマチマと積み上げてきた『帯域の棲み分け』の知識が。今、こうして確実に誰かの役に立ったのだ。
相変わらず俺の顔をニマニマしながら見る先輩たち。
「確かに、最初のセッションからこいつの音は全体を見て作られてたかも」
「そうそう、俺、こいつほどベースの弾きやすいギターの音って聞いたことなかった」
もう、そんなに褒めても何も出ませんよ先輩方。
……さっきの失言は、水に流してあげよう。
「先輩! 俺、ギターの音作り全然分かんないっす! 俺の音も作ってくれませんか!?」
「いいよ。金谷のギターは何? ──ストラトか。 じゃあ、超高音域を少し絞らないと耳に痛い音になるぞ……」
──ああ、頼られるって嬉しいな。
後日、金谷が連れてきた1年生2人も入部し、一気に4人の後輩ができた。
なお、全員男子である。今年も女子部員は1人たりとも入部しなかった。
先輩たちは泣いた。これで1年間、文芸部の毒牙にさらされることが確定したのだから。新入部員というオプション付きで。
この日を境に、俺は『音の魔術師』という二つ名を鈴森に命名され、後輩たちに慕われるようになっていった。
マジシャンってのは……なんというか、いい。すごくかっこいいんだ。
個人的には、すごーくかっこいいんだけど──呼ばれるのは非常に恥ずかしい。
もし同級生の前で言われようものなら、また不本意なあだ名が増えてしまう。相変わらずクラスではマイケルと呼ばれ、学年唯一の金髪記録を絶賛更新中だ。
なんでみんな、髪染めないの? 金髪じゃなくても茶髪とかかっこいいじゃん。
音の魔術師──恥ずかしいのは確かだが、決して悪い気はしなかった。
むしろ、自分の武器を認めてもらい、オーディオ部という場所に確固たる自分の居場所を見つけられたような気がして、少しだけ胸を張って部室に通えるようになった。




