3-1
寒さが厳しい冬も終わり、春。
ある程度こなれた制服に袖を通し、徒歩10分の学校に向かう。
玄関を出ると、春風が少しだけ強く体を通り抜ける。相変わらず金色に輝く髪は、SIONぐらいの長さになり、入学から1年後の現在、すでに山谷真太郎のトレードマークとして、校内で完全に定着していた。
始業式は校長の話がやたら眠かったせいか、春休みの間大きな事件もなかったせいか何の波風も立つことなく終わり、放課後、俺はいつものようにオーディオ部に顔を出す。
部室のドアを開けると、先輩たちが集まって何か話している。
──あの嫌な男、森山は高専祭が終わった日から一度もオーディオ部に現れていない。高専は連続2回の留年で退学となるのだが、どうやら森山は今回留年すると退学となる崖っぷちの状態だったらしい。退学になってくれればそれ以上の幸せはないのだが──追試にレポートという救済措置でどうにか進級はできたらしい。残念だ。
とはいえ森山が部室に来ないこの状況は、他の部員にとっては最高の好都合であり、誰もあいつの話題を口に出さない。そりゃそうだ、あんな自己中心的な暴君がいるだけで、部室の空気は重く腐り落ちていくのだから。
いつまで続くかわからない平和の中、部室のソファに腰を下ろし、どうやら話題が変わって何やら浮き足立つ先輩たちの能天気な話題に耳を傾けた。
「明日は入学式だ……。おいお前ら、今年こそ絶対に女子を勧誘するぞ」
「そうだな。去年の新入部員なんて、山谷一人だったもんな。むさ苦しいことこの上ない」
嘘だろ……先輩、そりゃないよ。
しかし、先輩がそんなことを言い出すのも仕方がない面はある。
先日の卒業式で、オーディオ部唯一の女子部員が卒業してしまったため、うちは完全なる漢の世界となっていた。
そんな漢の世界に、楽器抱えたむさ苦しい部員たちが集まって音を鳴らすなんて、ハタから見れば怪しい世界としか言いようがない。最近は沼田先輩のベースと三谷《タヌ吉》先輩のドラム、最近出席率の高いこの二人と毎日のように音を合わせ、あの音はどうだ、このフレーズはこうだ、いやいやこのフィルインがさ、などと楽しい日々を過ごしていた。
そんなある日、隣の文芸部女子から声をかけられる。
「あの!」
突然おさげのメガネ女子から呼び止められた。なんだなんだ。というか、だれ?
「えっと……2年の山谷くんですよね。私、3年の──」
その言葉が投げかけられると同時に、部室から三谷先輩がひょこっと顔をのぞかせる。
「山谷どーしたん? なんかでかい声聞こえてきたけど」
「あの……なんか、文芸部の先輩に呼び止められて」
「そっかー、喧嘩じゃないんだな。──って吉田?」
「あれ? 先輩、知り合いですか?」
「うん、タメ。吉田、どうかした?」
吉田《文芸部の》先輩は顔を真っ赤にしながらも、はっきりした口調で、
「あの! 三谷くんと山谷くんって、沼田くんとすっごく仲良いですよね!!」
「そうですね、割と毎日セッションしてますね」
「せせせセッション!!! どんなことしてるんですか!?」
隣だから音は聞こえてるだろうに、どうしたんだ先輩?
そんな疑問の答えを持っていたのは、三谷先輩だった。
「おい……またか吉田」
「あーごめんなさい! 悪気があったわけじゃ……」
「いいって、わかってるから落ち着け」
そう言い、俺に視線を向ける三谷先輩。
「山谷、百合とか薔薇ってわかる?」
「何言ってんですか、花のことでしょ?」
どうした三谷先輩、なんお脈絡もなく花の名前を挙げてきて。
「お前はまだ知らんか、じゃあふわっとだけ教えとくな。こいつ──吉田はな、なんというか、想像力が非常に豊かなんだ」
「はあ…… 想像力……」
「そうなんです! 山谷くんと三谷くん、そして沼田くんの3人がいつも隣の密室で音楽をしてるのは聞こえてました!! でも曲をしてる割には、なんか演奏してない時間が長いなーって思ってたんです。聞き耳を立ててたらどうやら楽しそうにお話ししてるみたいだなってのはわかって。そこから想像が止まらなくなっちゃったんです!これはきっと、世に言う三角かん──」
「ストップストップ! 公共の場で何言い出してんだ吉田!!」
「あ……ごめんなさい三谷くん」
「う……うわあ…… 一気に語りましたね吉田先輩……」
吉田先輩の、見た目からは想像もできない迫力に押され、内容はまったく耳に入ってこない。俺と三谷先輩、沼田先輩がセッションしてるのを盗み聞きしてるってことだけはわかった。
ちょっと危ない人なのかな? 今後、部室で下世話な話は控えよう……。
だが、その想像力と好きの力にはいささか感動を覚える。
そうだ、俺も音楽が好きな気持ちはこんなふうに強いし、つい熱くなって語り出しちゃうところあるな。
……人前ではやらかさないように気をつけよ。と自らの心に誓いを立てる。
「すまんな山谷、こいつ幼稚園の時から一緒なんだけどさ、昔っからこうなんだよ。昔は俺が未来から来たタヌキ型ロボットで、ポンコツな吉田を助けるために未来からやってきたんだーとかクラス中に言い回ったり」
「うう……ごめんなさい山谷くん……ついでに三谷くんも」
「おい、ついでってなんだよ」
「いいですよ。好きって気持ちをこんなに表現できるってのは素敵だと思います」
少しの間。
「山谷……お前、心が広いのか馬鹿なのか」
「え?」
「だってお前、今の話って俺と沼田と山谷の三角関係ってことだぞ?」
待て。
待て待て。
一瞬、その光景が頭をよぎった瞬間、俺の全身が「それ以上想像するな」と緊急アラートを発令した。
危なかった……あまりのおぞましい想像に、今後三谷先輩の顔を見られなくなるところだった。
「……おい吉田。お前、まさかその設定で文芸部の部誌に小説とか書いたりしてないよな?」
三谷先輩が引きつった顔で尋ねると、吉田先輩はサッと目を逸らした。
「……書いたのか」
「……『リズム隊の憂鬱と、金髪の彼』っていう長編を、2巻まで……」
「内容は」
「互いに想い合い、でも互いの関係を壊したくなくて遠慮してしまう。でも抑えられない気持ちをどうすればいいのかわからない。そうして奏でるセッション。それは音のぶつかりを超えて、いつしか欲望を剥き出しにし──」
「やめろおおおおおお!!!今すぐ燃やせええええ!!!」
三谷先輩の悲鳴が廊下に響き渡る。
中から慌てて飛び出してきた沼田先輩も、事情を詳しく聞いてしまったために、信じられないものを見るような目で吉田先輩を見ていた。
「ヤバい……このまま男だけのむさ苦しい部活を続けてたら、俺たちずっと文芸部の餌食にされ続けるぞ!」
「断固拒否だ!そのために絶対女子部員を入れて、この部室の空気を健全に中和しなければならない!!」
「頼む! 一人でいい! なんの楽器も弾けなくていいから、女子の香りをこの部屋にィィィ!!」
事情を聞いた先輩たちの目には、男の尊厳をかけた文字通りの『決死の覚悟』が宿っていた。
そんな恐ろしい事件があったせいで。
明日の部活勧誘に向け先輩たちは円陣を組み、絶対に女子部員を入れると誓いを立てたのだった。




