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高専のオーディオ部。
その部室は、一般的な高校の軽音部が持つ不良っぽいイメージとはかけ離れていた。
オーディオという名の通り、彼らの本来の役割は学校行事の裏方だ。文化祭や体育祭で必要となる大がかりなPA機材を管理し、巨大なスピーカーの設営からミキサー卓での音響セッティングまでを担う、いわば音の職人集団である。
扱うのは高価で繊細な電子機器だ。アンプの基板やミキサーのフェーダーにとって、埃と湿気は致命傷になる。そのため部室は常に適温に保たれ、出番を待つ機材には丁寧にカバーがかけられていた。チリ一つないクリーンな空間は、さながら精密機械の実験室のようだった。
そんな部室の扉まで来て、真太郎は深呼吸をする。
入学から3ヶ月。斜向かいの吹奏楽部には毎日顔を出していたのに、この扉は前を素通りするだけの毎日。
もちろん、吹奏楽が厳しくも楽しいものになっていたから、という理由は大いにある。
しかし。
同時に、その扉の前に立つのが怖い理由もあったのだ。
オーディオ部に入部した翌日。
扉の外からでもハッキリ聞こえる、LUNA SEAの曲。
SUGIZOパート弾いてる人、すごく上手いな。でも、それより。
INORANパート、CDそのまま流してるみたいな、でも絶対に誰かが弾いてる。本当に些細なノイズの入り方が、CDと違う。
心臓の情緒が崩れる。
早鐘が止まらない。
こんなに上手い人たちばかりのところにいたら、また、俺の音は誰にも届かない。
……怖くなって、俺は、逃げた。
そして現在。
意を決して扉を開ける。
「おつかれさま、です……」
「おお! 新入生!!」
入部届を受け付けてくれた先輩だ。
「全然来ないから心配してたんだよー、何度かクラス覗きに行ったぐらい」
「……ぬえっ!?」
「そしたら最初見つけらんなくてね、髪の色全然違うし」
「い……イキがってすみません……!」
「あーいいよいいよ、責めてるんじゃなくて面白かったの」
面白かった……? 何にしても、怒ってなくてよかった……。
「で、今日はどうしたの? 映画で観た、戦場に向かう新兵みたいな顔してるけど」
「あ、えっと、ギター……」
音合わせたくて、来ました。たった数文字がなんで言えないんだ、俺。
「あ、弾きたい? いいよいいよ、このアンプ使いなー。俺のだけど」
「えっと、音を……合わせた「おつかれー。いやー熱力学の授業わけわからん」
先輩が増えた、乱暴にドアが開いた、たった今受けていた授業のことをぼやきながら入ってきた。
「おつかれっす、中山さん。新入部員が来てくれたんですよ」
とにかく挨拶だ。
「はじめまして……機械工学科1年の山谷です」
中山先輩は──俺の指先を見て、ギターケースに目をやり、
「山谷君、ギターだね」
「ギターです」
「そっかー!何弾ける? 一曲何かやらない?」
「LUNA SEAの……ROSIERとTRUE BLUE、あとDESIREとか」
「ROSIER! おれすげー好き!!」
ここにもLUNA SEA好きな人がいるんだ。
なんだか嬉しくなる。俺はギターを出しながら、
「やりましょうROSIER! じゃあ俺のパートはINORAN──」
「SUGIZOのパート、弾いてほしいな」
──え?
SUGIZOのパート。俺が?
俺が願っても立てなかった場所。
リードギターの、曲の花形のパート。
それを、俺に、弾けと?
「……いやいや先輩、俺1年ですし」
「関係ないよ、LUNA SEAが好き、金髪にしてる、トドメにその黒いギター、ECLIPSEでしょ? じゃあSUGIZO大好きじゃん!」
すごいな、一瞬でバレた。てかよく見てるな中山先輩。
「……俺、そんなに上手くないですけど……」
でも。
「SUGIZOのパート、弾きたいです」
「いいね、じゃあ今からやろっか。ねえタヌ吉、ROSIERのドラム叩いてよ」
「いいっすよ!ってか新入生の前でタヌ吉はやめてくださいよ!」
「じゃあベースは沼田、お前LUNA SEAのベースに顔そっくりだしいけるでしょ」
「誰がJに似てるって? 中山こそ顔だけならSUGIZOじゃねーか」
「よっし、で山谷君がSUGIZOパートで、俺はINORANとボーカルやるわ」
INORAN、と、ボーカル!?
あんな複雑なフレーズ弾きながら歌うの!?そんな人いるわけが──
なんて油断した隙にハイハット6カウント、そのまま曲になだれ込むのだが、
(なんだこれ、全員の音が重なり合って──)
イントロのシンコペーションが怖いくらい全員重なり、曲の疾走感をさらに加速する。
うねりながら曲の足下を震わせるベースラインが、ドラムだけじゃなくギターも巻き込んで一つの音になる。
そして歌が入る。
あのINORANの複雑なアルペジオも、カッティングも、オクターブ奏法も。
一つも取りこぼすことなく、どころかさらに躍動感を増し、歌を重ねる。
歌声も楽器に負けないダイナミックレンジの広さだ。これなら生半可なギターじゃかき消されるか、声のブーストに使い潰されて終わりだ。
というかこのINORANの音、弾き方、覚えがある。
……ああ、俺がオーディオ部から足が遠のいた、あの音だ。
でもどうだ、そこに加わっている俺は、疎外感を感じているか?
俺を拒絶しているか?
いや、ひとつも感じていない。むしろ居心地がいい音だ。
俺は、感じなくてもいい疎外感を、作らなくてもいい壁を勝手に作ってただけなんだ。
こんな言い方していいのかわからないけど。
もったいなかったなああああ!!!!!
曲はサビが近づくにつれ、全員の空気が強く張り詰められてゆく──
サビ前一瞬のブレイク、そして全員が同時に音を叩き込む。
ヤバい、ギター弾くのが気持ちいい。全員の一音一音が全身に染み渡る。
音が際限なく広がる。空気が飽和して、音が潰れ、
……ない?
飽和する音は濁り合うこともなく、誰かの音を押しつぶすこともなく、ただただ空間を押し広げ、さらに広がり続ける──
そのままSUGIZOのソロだ。手に入りそうになる力を緩め、可能な限り脱力する。
そして、自然に指が指定のフレットに届き、右手は弦を優しく弾く。文字通り、手が勝手に動き出し、SUGIZOのソロを奏で紡いでゆく。
もう止められない。
曲の終わりに向かって、誰も傷つくことなく、ただ昇りつめ音を広げ──
……複数の部活から学生課に騒音クレームが入り、俺たちオーディオ部は学生主事から1時間、正座でキッチリお説教を受けたのだった。




