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【改稿中】エクリプス 〜選ばれない月は、太陽を閉じ込める〜版権無視Ver.  作者: 月乃下 想
目指すものがあるから

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2-4

 高専のオーディオ部。

 その部室は、一般的な高校の軽音部が持つ不良っぽいイメージとはかけ離れていた。

 オーディオという名の通り、彼らの本来の役割は学校行事の裏方だ。文化祭や体育祭で必要となる大がかりなPA機材を管理し、巨大なスピーカーの設営からミキサー卓での音響セッティングまでを担う、いわば音の職人《エンジニア》集団である。

 扱うのは高価で繊細な電子機器だ。アンプの基板やミキサーのフェーダーにとって、埃と湿気は致命傷になる。そのため部室は常に適温に保たれ、出番を待つ機材には丁寧にカバーがかけられていた。チリ一つないクリーンな空間は、さながら精密機械の実験室のようだった。


 そんな部室の扉まで来て、真太郎は深呼吸をする。

 入学から3ヶ月。斜向かいの吹奏楽部には毎日顔を出していたのに、この扉は前を素通りするだけの毎日。

 もちろん、吹奏楽が厳しくも楽しいものになっていたから、という理由は大いにある。

 しかし。

 同時に、その扉の前に立つのが怖い理由もあったのだ。



 オーディオ部に入部した翌日。

 扉の外からでもハッキリ聞こえる、LUNA SEAの曲。

 SUGIZOパート弾いてる人、すごく上手いな。でも、それより。

 INORANパート、CDそのまま流してるみたいな、でも絶対に誰かが弾いてる。本当に些細なノイズの入り方が、CDと違う。


 心臓の情緒が崩れる。

 早鐘が止まらない。

 こんなに上手い人たちばかりのところにいたら、また、俺の音は誰にも届かない。


……怖くなって、俺は、逃げた。




 そして現在。

 意を決して扉を開ける。


「おつかれさま、です……」

「おお! 新入生!!」


 入部届を受け付けてくれた先輩だ。


「全然来ないから心配してたんだよー、何度かクラス覗きに行ったぐらい」

「……ぬえっ!?」

「そしたら最初見つけらんなくてね、髪の色全然違うし」

「い……イキがってすみません……!」

「あーいいよいいよ、責めてるんじゃなくて面白かったの」


 面白かった……? 何にしても、怒ってなくてよかった……。


 「で、今日はどうしたの? 映画で観た、戦場に向かう新兵みたいな顔してるけど」

「あ、えっと、ギター……」


 音合わせたくて、来ました。たった数文字がなんで言えないんだ、俺。


「あ、弾きたい? いいよいいよ、このアンプ使いなー。俺のだけど」

「えっと、音を……合わせた「おつかれー。いやー熱力学の授業わけわからん」


 先輩が増えた、乱暴にドアが開いた、たった今受けていた授業のことをぼやきながら入ってきた。


「おつかれっす、中山さん。新入部員が来てくれたんですよ」


とにかく挨拶だ。


「はじめまして……機械工学科1年の山谷です」


 中山先輩は──俺の指先を見て、ギターケースに目をやり、


「山谷君、ギターだね」

「ギターです」

「そっかー!何弾ける? 一曲何かやらない?」

「LUNA SEAの……ROSIERとTRUE BLUE、あとDESIREとか」

「ROSIER! おれすげー好き!!」


 ここにもLUNA SEA好きな人がいるんだ。

 なんだか嬉しくなる。俺はギターを出しながら、


「やりましょうROSIER! じゃあ俺のパートはINORAN──」

「SUGIZOのパート、弾いてほしいな」


──え?

SUGIZOのパート。俺が?


 俺が願っても立てなかった場所。

 リードギターの、曲の花形のパート。


 それを、俺に、弾けと?


「……いやいや先輩、俺1年ですし」

「関係ないよ、LUNA SEAが好き、金髪にしてる、トドメにその黒いギター、ECLIPSEでしょ? じゃあSUGIZO大好きじゃん!」


 すごいな、一瞬でバレた。てかよく見てるな中山先輩。


「……俺、そんなに上手くないですけど……」


 でも。


「SUGIZOのパート、弾きたいです」

「いいね、じゃあ今からやろっか。ねえタヌ吉、ROSIERのドラム叩いてよ」

「いいっすよ!ってか新入生の前でタヌ吉はやめてくださいよ!」

「じゃあベースは沼田、お前LUNA SEAのベースに顔そっくりだしいけるでしょ」

「誰がJに似てるって? 中山こそ顔だけならSUGIZOじゃねーか」

「よっし、で山谷君がSUGIZOパートで、俺はINORANとボーカルやるわ」


 INORAN、と、ボーカル!?

 あんな複雑なフレーズ弾きながら歌うの!?そんな人いるわけが──


 なんて油断した隙にハイハット6カウント、そのまま曲になだれ込むのだが、

(なんだこれ、全員の音が重なり合って──)

 イントロのシンコペーションが怖いくらい全員重なり、曲の疾走感をさらに加速する。

 うねりながら曲の足下を震わせるベースラインが、ドラムだけじゃなくギターも巻き込んで一つの音になる。


 そして歌が入る。


 あのINORANの複雑なアルペジオも、カッティングも、オクターブ奏法も。

 一つも取りこぼすことなく、どころかさらに躍動感を増し、歌を重ねる。

 歌声も楽器に負けないダイナミックレンジの広さだ。これなら生半可なギターじゃかき消されるか、声のブーストに使い潰されて終わりだ。

 というかこのINORANの音、弾き方、覚えがある。


……ああ、俺がオーディオ部から足が遠のいた、あの音だ。


 でもどうだ、そこに加わっている俺は、疎外感を感じているか?

 俺を拒絶しているか?


 いや、ひとつも感じていない。むしろ居心地がいい音だ。


 俺は、感じなくてもいい疎外感を、作らなくてもいい壁を勝手に作ってただけなんだ。

 こんな言い方していいのかわからないけど。



 もったいなかったなああああ!!!!!




 曲はサビが近づくにつれ、全員の空気が強く張り詰められてゆく──

 サビ前一瞬のブレイク、そして全員が同時に音を叩き込む。

 ヤバい、ギター弾くのが気持ちいい。全員の一音一音が全身に染み渡る。

 音が際限なく広がる。空気が飽和して、音が潰れ、



……ない?


 飽和する音は濁り合うこともなく、誰かの音を押しつぶすこともなく、ただただ空間を押し広げ、さらに広がり続ける──

 そのままSUGIZOのソロだ。手に入りそうになる力を緩め、可能な限り脱力する。

 そして、自然に指が指定のフレットに届き、右手は弦を優しく弾く。文字通り、手が勝手に動き出し、SUGIZOのソロを奏で紡いでゆく。


 もう止められない。

 曲の終わりに向かって、誰も傷つくことなく、ただ昇りつめ音を広げ──





……複数の部活から学生課に騒音クレームが入り、俺たちオーディオ部は学生主事から1時間、正座でキッチリお説教を受けたのだった。

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