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勇者じゃなかった俺の地方再建生活  作者: 犬山三郎丸


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潰れかけの武器屋

 翌朝、ミナは本当に小屋まで迎えに来た。


 夜明けから少し経った頃。

 俺が井戸から汲んできた水を畑に撒いていると、小屋の前で遠慮がちな声がした。


「あ、あの……レオンさん」


 振り返ると、ミナが両手を前で揃えて立っていた。


 昨日よりは顔色がいい。

 服は同じだったが、髪はきちんと整えられている。膝についた泥も落とされていた。


 ただ、目の下には少しだけ疲れが残っている。


「早いな」


「すみません。迷惑でしたか?」


「いや。畑に忍び込むよりはいい」


「う……昨日のことは、本当にすみませんでした」


 ミナは深く頭を下げた。


 真面目なやつだ。


 昨日の夜、畑に謝らせた時も思ったが、こいつは悪いことに慣れていない。

 盗みを働くには、性格が向いていなさすぎる。


「父親は飯を食ったか?」


「はい。レオンさんがくださったスープ、父さんに食べてもらいました」


「何か聞かれなかったのか」


「聞かれました」


「何て答えた」


「村の人から、少し分けてもらったって……」


 ミナは気まずそうに視線を逸らした。


「嘘をついたのか」


「……はい」


「下手そうだな」


「はい……父さんには、たぶん少し怪しまれました」


 自覚はあるらしい。


 俺は水桶を置き、腰の剣の位置を直した。


「行くか」


「はい。こちらです」


 ミナに案内されて、俺は村の東側へ向かった。


 朝のエルム村は静かだった。


 畑に出る者。

 鶏に餌をやる者。

 井戸端で水を汲む者。

 どこにでもある田舎の朝だ。


 ただ、村人の何人かは、俺とミナが一緒に歩いているのを見て目を丸くした。


 昨日まで村外れにいた余所者が、村の娘と並んで歩いているのだから、気になるのも当然だろう。


 ミナはその視線に気づくたび、少し肩を縮める。


「気にするな」


「でも……」


「悪いことをしてるわけじゃない」


「昨日はしました……」


「今日はしてない」


 そう言うと、ミナは少しだけ笑った。


「レオンさんって、変なところで優しいですね」


「変なところは余計だ」


「す、すみません」


 しばらく歩くと、村の端に一軒の店が見えた。


 店、と言っても、にぎわいはない。

 戸口には埃が積もり、軒先の看板は少し傾いている。


 看板には、交差した斧と盾の絵が描かれていた。


 バルカ武具店。


 文字は力強い。

 だが、店全体からは長く客が来ていない空気が漂っていた。


「ここです」


 ミナの声は小さかった。


 昨日、父親の武器を語っていた時の誇らしさとは違う。

 今は、見られるのが怖いような声だった。


 俺は店を見上げる。


「悪くない看板だな」


「え?」


「絵が分かりやすい。遠くからでも武器屋だと分かる」


 ミナは一瞬、ぽかんとした。


 それから、少し嬉しそうに目を細める。


「父さんが彫ったんです」


「そうか」


 俺たちが戸口の前に立つと、中から低い声が飛んできた。


「ミナか」


「は、はい。父さん」


「どこへ行ってた」


「その……レオンさんを、連れてきました」


 少しの沈黙。


 次の瞬間、店の奥から大柄な男が現れた。


 四十代半ばくらいだろう。

 肩幅が広く、腕が太い。髪には少し白いものが混じっているが、目つきは鋭い。


 右手には鍛冶槌を持っていた。


 この男が、ミナの父親か。


「お前がレオンか」


「ああ」


「元冒険者だと聞いた」


「そんなところだ」


 男は俺を睨むように見た。


 値踏みする視線ではない。

 娘に近づいた余所者を警戒する父親の目だ。


 まあ、当然だ。


 昨夜、娘は俺の小屋にいた。

 しかも食い物を持って帰ってきた。

 まともな親なら警戒する。


「父さん、あの、レオンさんは悪い人じゃなくて……」


「お前は黙ってろ」


 ミナがびくりと肩を震わせた。


 男はすぐに苦い顔をした。


「……悪い。怒鳴るつもりじゃなかった」


「ううん」


 ミナは小さく首を振る。


 不器用な親子だ。


 男は改めて俺を見た。


「俺はガルド・バルカ。この店の主だ」


「レオン・アスターだ」


「何の用だ」


「店を見に来た」


「冷やかしなら帰れ。うちは見世物小屋じゃねえ」


 予想通りの反応だった。


 俺は肩をすくめる。


「冷やかしに来るほど暇ではあるが、今日は違う」


「暇なのか」


「勇者じゃないからな」


 ガルドは眉をひそめた。


 ミナも困った顔をする。


 どうやらこの冗談は分かりにくいらしい。


「ミナから話を聞いた。魔物用の武器が売れなくなったと」


「ミナ」


 ガルドの声が低くなる。


 ミナは慌てて首を振った。


「ご、ごめんなさい。でも、レオンさんは……」


「責めるな」


 俺はガルドの言葉を遮った。


「昨日、俺が聞いた。腹を空かせている子供から事情を聞かないほど、俺はできた人間じゃない」


 ガルドの顔が強張る。


 ミナも息を呑んだ。


 少し言い方がきつかったかもしれない。

 だが、遠回しにしても仕方ない。


「……ミナが、何かしたのか」


 ガルドが絞り出すように言った。


 ミナは顔を真っ青にする。


「父さん、私……」


「俺の畑に入った」


 俺は答えた。


 ミナが目を閉じる。


 ガルドの顔から血の気が引いた。


「盗んだのか」


「盗む前に捕まえた」


「……そうか」


 ガルドは槌を握ったまま、深く息を吐いた。


 それからミナに向き直る。


「ミナ」


「ごめんなさい、父さん……!」


 ミナは泣きそうな声で頭を下げた。


「私、父さんに言えなくて、お腹が空いて、でも父さんも食べてなくて、それで……本当に、ごめんなさい……!」


 ガルドは何かを言おうとして、言えなかった。


 怒鳴るかと思った。


 だが、そうはしなかった。


 彼はただ、自分の額に手を当てて、苦しそうに目を閉じた。


「俺が……そこまでさせたか」


「違う!」


 ミナが叫んだ。


「父さんのせいじゃない。私が勝手に――」


「父親の前で子供が飢えて畑に入ったなら、父親のせいだ」


 ガルドの声は低かった。


 責めている相手は、ミナではない。


 自分自身だ。


 昨日、ミナが言った通りだった。


 この父親は怒らない。

 自分を責める。


 俺は小さく息を吐いた。


「そこまでにしておけ。俺は裁きに来たわけじゃない」


 ガルドがこちらを見る。


「じゃあ何だ」


「武器を見せろ」


「……武器?」


「売れなくなったんだろ。どんなものが残っているのか見たい」


 ガルドはしばらく黙っていた。


 やがて、ぶっきらぼうに顎で店内を示す。


「勝手に見ろ。ただし、触るなら一声かけろ」


「分かった」


 店内は、思ったより広かった。


 そして、思ったより凄かった。


 壁には大斧が並んでいる。

 人の背丈ほどもある槍。分厚い盾。魔獣の外殻を砕くための戦槌。

 床には大型の罠が畳まれ、棚には解体用の大ナイフや補強金具が置かれていた。


 どれも、日常生活には向かない。


 だが、武器としてはよくできている。


 俺は最初に、壁に掛かった大斧の前で足を止めた。


「触るぞ」


「好きにしろ」


 許可を得て、大斧を手に取る。


 重い。


 だが、ただ重いだけではない。

 柄の長さと刃の厚みの釣り合いがいい。重心が少し手元に寄せられているから、振り始めは鈍くない。


 魔猪や甲殻獣の脚を断つための斧だろう。


「刃が厚いな」


「魔獣の骨に食われても欠けにくいようにしてある」


「その割に振り抜きは悪くない。柄の芯に硬い木を使ってるのか」


 ガルドの眉が少し動いた。


「分かるのか」


「使う側だったからな」


 俺は大斧を元の場所に戻す。


 次に盾を見る。


 分厚い。

 普通の人間相手なら過剰なほどだ。


 だが、表面の曲面がいい。真正面から受け止めるだけではなく、牙や爪を逸らす形になっている。


「これは魔狼用か」


「大型のな。正面から受ければ腕ごと持っていかれる。だから受け流す形にしてある」


「いい作りだ」


 思わずそう言うと、ガルドは黙った。


 ミナが少しだけ嬉しそうに俺を見る。


 俺は店の奥へ進んだ。


 そこには、折り畳まれた罠がいくつも置かれていた。


 鉄製の輪。

 太い鎖。

 地面に打ち込む杭。

 獲物の足を止めるための仕掛け。


 魔獣用だ。


 人間が踏めば足が砕ける。

 大型の魔物でも、一瞬なら止められる。


 俺はしゃがみ込んで、金具の部分を見た。


 錆は少ない。

 使われていないが、手入れはされている。


「売れ残りにしては、手入れがいいな」


「売れてねえだけだ。腐らせるつもりはない」


 ガルドの声には、職人の意地があった。


 金にならない。

 客も来ない。

 それでも、自分の作ったものを放り出してはいない。


 俺は少しだけ、この男が気に入った。


「腕はいい」


 俺が言うと、ガルドは鼻を鳴らした。


「慰めはいらねえ」


「慰めじゃない。俺は下手な武器なら下手だと言う」


「なら、何だ。腕が良くても売れなきゃ意味がねえだろ」


「その通りだ」


 ガルドの表情が険しくなる。


 ミナが慌てて俺を見る。


「レオンさん……」


「武器としてはよくできている。だが、今の村では必要とされていない」


「分かってる」


 ガルドの声に苛立ちが混じる。


「だから困ってんだ。魔物がいなくなった。冒険者も来ねえ。村人は鍬と包丁で十分だと言う。俺の武器は、もう邪魔な鉄の塊だ」


「邪魔な鉄の塊とは思わない」


「じゃあ何だ」


「使い道を間違えているだけかもしれない」


 店内が静かになった。


 ガルドの目が鋭くなる。


「どういう意味だ」


「魔物を倒すための武器として売れないなら、別の使い道を考えればいい」


 俺は壁の斧を指した。


「大斧は、森の倒木処理や薪割りに使えるかもしれない。盾は荷車の補強板や、火を受ける板にもなる。解体用の刃物は狩猟用に調整できる。罠は――」


「ふざけるな」


 低い声だった。


 ミナが肩を震わせる。


 ガルドは俺を睨んでいた。


「武器は武器だ。肉を焼く鉄板じゃねえ」


「馬鹿にしているわけじゃない」


「どうだかな」


 ガルドの握る槌に力が入る。


「俺は魔物から人を守るために武器を作ってきた。命を預けられるものを作ってきたんだ。それを薪割りだの荷車の板だの、そんなものにしろってのか」


「命を守るための技術なら、暮らしを守るためにも使える」


「綺麗事を言うな」


 ガルドは吐き捨てた。


「余所者が一日見ただけで分かったような顔をするな。俺が何年、これを作ってきたと思ってる」


 その怒りは当然だった。


 職人が、自分の積み上げてきたものを別の用途に変えろと言われる。

 それは、簡単に受け入れられる話ではない。


 俺にも、少しだけ分かる。


 魔王を倒すために剣を振ってきた人間が、畑を耕せばいいと言われても、すぐに頷けるわけがない。


 剣は剣だ。

 勇者は勇者だ。


 そう思っていた。


 だから、ガルドの怒りを笑えなかった。


「分かった」


 俺は言った。


「今日は無理に変えろとは言わない」


「当たり前だ」


「だが、一つだけ試させてくれ」


「何を」


 俺は店の奥に置かれていた古い罠を指さした。


「これだ」


 ガルドが振り返る。


 そこにあったのは、他の罠よりもさらに大きな鉄製の仕掛けだった。

 ところどころ古く、金具の一部は曲がっている。

 売り物というより、試作品か失敗作に近い。


「それは古い魔獣罠だ。重すぎて扱いにくい。もう売り物じゃねえ」


「足止め用か」


「大型の牙猪を想定して作った。だが魔獣用には弱く、普通の獣には過剰だった」


 牙猪。


 俺は村の周囲の森を思い出す。


 足跡。掘り返された土。折れた低木。

 何度か見た、大きな蹄の跡。


「村の北の森に、大猪がいるな」


 ガルドの目が細くなる。


「……いる。畑を荒らすやつだ。最近は魔物が減ったせいか、森の奥から降りてくる」


「村人は困っているのか」


「困ってる。だが、あれはでかい。下手に手を出すと怪我じゃ済まん」


「この罠なら使える」


「聞いてなかったのか。重すぎるし、金具も曲がってる。魔獣用としても半端だ」


「だから、魔獣用じゃなくて大猪用に直す」


 ガルドが黙った。


 ミナが不安そうに俺と父親を見比べる。


 俺は罠の前にしゃがみ、曲がった金具を指で叩いた。


「ここを軽くする。締める力も落とす。殺すためじゃなく、足を止めるために使う。設置場所はこちらで選ぶ。獣道に合わせれば、一瞬止めるだけで十分だ」


「一瞬止めてどうする」


「俺が仕留める」


 ガルドは俺を見た。


 その目には、怒りとは別のものが混じっていた。


 疑い。

 興味。

 そして、ほんの少しの職人としての反応。


 自分の道具が、まだ使えるかもしれない。


 そう思った目だ。


「……本気で言ってるのか」


「ああ」


「失敗すれば怪我をするぞ」


「冒険者だった頃よりは安全だ」


「それは比較対象がおかしい」


「よく言われた」


 ミナが小さく笑った。


 すぐに口元を押さえたが、ガルドも気づいたらしい。

 彼は娘を一瞥してから、もう一度罠を見る。


「直せば、大猪に使えると言ったな」


「たぶんな」


「たぶんか」


「断言するには、森を見てからだ」


 ガルドはしばらく黙っていた。


 それから、低く唸るように言う。


「……一日だ」


「何が」


「一日だけ付き合ってやる。直すかどうかは、俺が決める」


 ミナの顔がぱっと明るくなった。


「父さん!」


「勘違いするな。納得したわけじゃねえ」


 ガルドは不機嫌そうに言った。


「ただ、このまま腐らせるくらいなら、試す価値はあるかもしれねえ。それだけだ」


「十分だ」


 俺は罠を見下ろした。


 魔物を捕らえるために作られ、使われなくなった罠。


 魔王が倒され、役目を失った道具。


 まるで、どこかの誰かみたいだ。


 俺は苦笑し、曲がった金具を軽く叩いた。


「これ、少し直せば大猪に使えるな」

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