第1章 第4話「休暇はやって来ない(1)」
ルチアと一緒に任務をこなして、いよいよ1ヶ月が経過した。
おぼつかない剣捌きだったルチアも、今となれば前線で戦える程の者へと育った。
ただ、ルチアについて気がかりな事がある。
まずは、ルチアに度々発現する“能力”である。超常的なそれは、俺との任務の間にも発現する事があった。それをよく観察し、自分なりに研究して、その“能力”を──仮ではあるが──定義してみた。
“未来改変”。簡単に言えば、自分──或いは他人の未来を自分の都合の良いものに改変するのだ。
そんな、まるで神みたいな能力に代償があるのかは分からないが、ルチアは能力が発動する度に息が切れる。恐らく、能力発動時に尋常じゃない体力を消耗しているのだろう。
しかも、気がかりなのはそれだけではない。
ルチアはいつも起きるのが遅く、部屋から出てこないのだ。彼女を起こしに部屋の中に行くと、彼女は寝ている訳ではなく、棚の方にある「何か」を見ているのだ。ルチアはすぐ俺に気づきその「何か」を隠してしまう為、「何か」が何なのかは未だに分からない。
そんなこんなで1ヶ月の間でルチアについて幾らかは理解出来ると思ったが、結局はより一層謎が深まっただけであった。
「ルチア、入るぞ」
……まただ。ルチアの部屋に入ると、彼女はやはり「何か」を見ていて、それを隠してしまった。
もうセットが終わって寝癖1つない美しい金髪は、朝日に照らされて煌々と輝いている。その下で光る真紅の双眸は、複雑な色をしていた。
「……返事を待って下さいよ。急に入られると、こっちがびっくりするじゃないですか」
「大体、時間が過ぎてるのにまだ部屋にいるお前が悪いだろ。起きてんなら出てきてくれよ……」
痛いところをつかれたのか、ルチアはそのまま押し黙ってしまった。いくら任務が休みだからとはいえ、このまま何もしないのも自分的に嫌だったので、俺は考えるより行動に移した。ルチアの手を半ば強引に引っ張り、部屋から連れ出した。
「ちょっ、まだ着替えられてないんだけど!?」
「良いから。早く部屋から出て、飯食いに行くぞ」
ルチアを食堂に連れ込み、いつも通りカウンターに向かう。
「あらぁ、ルチアちゃん! 今日は何食べたい?」
「じゃあ、脱脂粉乳とライ麦パンをお願いします」
「あいよ!」
まかないさんは神業といえる素早い手捌きでルチアに注文の品を渡すと、すぐに俺の方を向いた。
「んで、ヴォイは?」
「……ヴォイって略すのやめて下さいよ。それならもうヴォイドって呼び捨てにして下さいよ……」
「別に何だって良いじゃ〜ん! だって、アタシはアンタがここに来た時からずっといる先輩よ?」
「だからって俺の呼び方は……って、これ以上言ったってキリがないか」
「へへっ。アタシの事よく分かってんじゃん!」
まるで子供のような対応をされ、少し苛立ちながらも「ルチアと同じメニューで」と言い、注文を済ませる。
「あいよ!」と気前の良い返事と共に、注文の品が手渡された。それを受け取って、ルチアと2人でテーブルに向かった。
「まかないさん、いつにも増して元気ですね……」
「なんか良い事があったんだろ。あの人は、そういう人だ」
ルチアと雑談をしながら、食事を済ませた。休みなのもあってか、いつもより落ち着いた時間を過ごせた。
食事を終え、脱脂粉乳の入っていた紙パックを捨てに行ったその時であった。
「おぉ、ヴォイドにルチアじゃないか! オジサンも、朝からこんな美男美少女に会えて嬉しいよ!」
ちょうど俺たちと同タイミングでゴミを捨てに来たニゲルと遭遇したのだ。
「確か今日、2人は任務が休みの日だったかな?」
ニゲルの言葉に、俺たちは頷いた。
「週休1日のウチは激務だからね〜。明日から働いてもらう為にも、今日はしっかり休むんだよ〜!」
いつもとはどこか違う、少し曇った笑顔でニゲルはそう言った。
しかし、そんな笑顔も消えて、ニゲルは真剣な表情をした。
「でもね。そんな週休1日のウチにも、構成員のみんなに頑張ってもらわなきゃいけない日があってね」
ニゲルはそう言って、懐から1枚の紙を取り出した。
「『王子ファトゥス暗殺命令』。報酬が余りに豪華だったもんで、オジサンに仕事が回ってきたんだけど……」
そこまで言って、ニゲルはどこか遠くを見る目をした。
「オジサンには、娘がいてね。うちでたった1人の、可愛い可愛い娘がね……娘は、昔から謎の重病を抱えていたんだよ。恐らく、オジサンの妻──母親からの遺伝だろう」
ニゲルの瞳が、徐々に曇り始める。
「それが、今日になって急激に悪化してね。やむを得ず家に帰らなきゃなくてね」
ニゲルはそこまで言って、俺たちに頭を下げた。
「休みのところごめんけど、お願いしたいんだ……」
俺とルチアは首を縦に振った。この頼みを断れる程、俺たちの肝は据わっていない。
* * *
「……穢界から平界に入りたい、ねぇ。いくらプレジデントの許可証があろうと、そう簡単には……」
「……そうですか」
穢界と平界の境界にある関所で、俺たちは兵士に止められていた。
クレオ・デウスは穢界でも有数の大規模な組織。しかし、その権力は平界においては底辺。身分差別が激しいこの世界では、この状況こそが現実なのだ。
やはり正面突破は厳しいか。プレジデントの許可証でも無理なら、正攻法で突破するのは厳しい。
──だが、俺たちはクレオ・デウスの構成員。俺たちが任務を遂行する為には、手段を選ばない。
俺たちは一旦関所を離れ、遠くから双眼鏡を使って兵士たちの動きを観察した。
極力殺しはしたくない。そのような目立つ行為は、後々任務に響いてくる気がしたし、何より「誓い」に反する事になる。
「不要な殺しはしない」。ニゲルと誓ったその言葉は、今まで1度たりとも破った事はない。当然、この言葉はルチアにも伝えてある。
「……ヴォイドさん、あの馬車って?」
そう言ってルチアが指を刺したのは、穢界側から平界に向けて関所を通過する馬車の姿であった。
「あれは、穢界に作られた大農場からの奉納品だ。農家はああやって馬車を使って、収穫した野菜を平界まで運んでいるんだ」
「私たちも、あの野菜と一緒に平界に入れたら良いんですけどね……」
「馬鹿いえ。あの野菜は関所で厳重な検査を通して初めて平界に入るんだ。人間なんて混ざっていたら、1発アウトだろうが」
「中々良い案だと思ったのに……」
そう言ってルチアは頬を膨らませた。
「……やっぱり、強行突破ですか?」
「駄目だ。今ここで大きな動きを起こせば、国全体で警備が厳しくなる。……今週末は建国祭がある。だから気が緩んでる今がチャンスなんだ」
とは言ったものの、自分自身何かを思いついた訳ではない。頑張って思考を張り巡らせるが、何か良い案が思いつかない。
しかし、ここでルチアが名案を思いつく。
「……いわゆる、『袖の下』という奴はどうですか? 余りお金は持っていませんが、兵士の1人くらい買収出来たり……?」
そんな案を今年で12歳を迎える少女が思いつくのは驚きだが、かなりの名案だ。
手持ちは10万G。……まぁ、間に合いはするか。
俺はルチアの案に同意し、それを実行すべく再び関所へと向かったのだった。
「……お前たち、懲りずに何回も……!」
案の定、兵士は険悪な顔で仁王立ちをし、俺たちの通行を阻んできた。勿論、これに怖気付いて引き返す訳などなく──
「……ほんの気持ちです」
兵士の腰に、1つの巾着袋を取り付ける。初めは「なんだこれは!」と言った兵士も、その袋の重さに気付いたのか黙り込んだ。兵士の口の端が緩んだのを見て、俺は勝利を確信した。
「……仕方無い。こちらもプレジデントにはお世話になってるからな。まぁ、通してやらん事もないか!」
先程までの険悪な表情はどこへ行ったのやら。袋をもらった兵士は表情が綻びて、今や柔和な笑みを浮かべている。
兵士に関所を快く(?)通してもらい、俺たちは平界へと足を踏み入れたのだった。
「……ヴォイドさん、あの人にいくら渡したんですか?」
「ん? 1Gも入れてないが? あそこに入っているのは、その辺で拾った小石だけだぞ?」
「……え?」
そう。確かに手持ちは10万Gあったし、金を渡せないという訳ではなかった。しかし、これからの事も見据えて金はあった方がいい。だから──
「ルチア。走るぞ」
「…………ええええええぇぇぇ!?」
この後、俺たちは街に着くまでひたすら走り続けたのだった。




