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第1章 2話「覚悟と決断」




 〜視点:ヴォイド〜




「それは、オジサンが阻止するよ」


 短刀が振り下ろされたと思ったその瞬間。ニゲルが少女の意識を刈り取る事で俺の殺害を阻止した。


「に、ニゲル……」

「上司を呼び捨てとは、不敬極まりないね〜。オジサン、泣いちゃうよ?」

「……すみません」


 部下が殺されようとしている最中ですら、いつも通りの軽い口調。ニゲルのその姿に、少し安堵した。


「この女の子が、サージャの娘かい?」


 ニゲルに問われ、俺は首を縦に振った。


「彼女は、自分の母(サージャ)を殺したクレオ・デウスを恨み、俺に攻撃をしてきました」

「……そうなる事は想定内ではあったが、まさか君が制圧される事態になるとはね。オジサンも正直、びっくり仰天だね」


 ニゲルは顔色ひとつ変えずにそう言った。ニゲルがそのまま少女の弟の方を向いたので、俺は補足をした。


「そっちにいるのが、彼女の弟です」

「ほうほう、そうかそうか」


 ニゲルは少女の弟に近づき、殺すでも何でもなく、ただ優しく抱き抱えたのだった。


「とりあえず、君もこの子も、そっちの女の子も、みんなウチで保護するよ」


 ニゲルは、この少女もその弟も「保護する」と言った。自ら殺害命令を出しておいて保護をするとは、今度はどういう考えを……?

 これは推測ではあるが、彼は少女が持つクレオ・デウスに対する恨みを無くし、彼女をこの組織に取り込もうとしているのだろう。

 あのサージャが保護しようとした少女だ。異能力の1つくらい使えてもおかしくはない。俺が以前体験した戦いの中でも、それらしきものはあった。あれをニゲルは使いこなそうとしているのだろう。

 だが、あの能力は恐らく……いや、今はそれを気にしている場合ではないか。


 ニゲルは、未だ起き上がれずにいた俺に手を差し伸べた。──俺を拾ってくれた、あの時のように。




 * * *




 クレオ・デウスに併設されている病室にて。俺は出血部位に包帯を巻いてもらった後に、医者にお願いして少女の様子を見に行かせてもらった。俺たちに恨みを持つ彼女の事だ。大胆な精神で事件の1つでも起こしていないと良いのだが……


 俺のそんな考えとは裏腹に、少女はベッドでぐっすり眠っていた。安堵しているようにも見えるその顔は、若干引き攣っているようにも見えた。

 その横の保護カプセルには、少女の弟が寝かされていた。弟の方は目を覚ましているようで、周囲を見回している。


 俺が少女の傍らに立つと、少女が急に目を覚ました。そして悲鳴を上げ、その場に縮こまった。


「こ、ここはどこなの!?」


 パニック状態とも言える少女に、必要な情報だけを手短に説明した。


「クレオ・デウスの、本部……」


 説明が終わるなり、少女がそう呟いた。


 果たして、今の彼女の心境はどうなっているのだろうか。今から俺を再び殺そうとするのか。はたまた、1度落ち着き俺たちに従うのか。……どちらにせよ、彼女がクレオ・デウスを恨んでいるという事実はすぐに変わりそうにはないが。


 少女は少し呆けた表情をしていたが、突然何かを思い出し俺の胸ぐらを掴んだ。


「イーグルを──弟をどこにやったの!?」


 少女は、必死の形相で俺を睨んだ。俺が静かに保護カプセルを指刺すと、彼女は俺の胸ぐらから手を離した。

 少女が、保護カプセルのガラスに手を置く。


「イーグル、本当に生きてて良かったね……」


 雪のように白い少女の頬を、ひと筋の涙が伝う。そして彼女はこちらを向いた。

 涙は引いている。しかも、少女の目には哀愁などは宿っていなかった。

 少女は、その口を開いた。


「私は、母を殺したクレオ・デウスを恨んでいます」


 少女の口から出てきた第1声はそれだった。しかし、その言葉にはまだ続きがある。


「……私はクレオ・デウスを許す事は出来ない。──だけど、弟を助けてくれた事は……そのっ、感謝しています」


 それは、少女からの俺たち──クレオ・デウスへの感謝の言葉であった。


 少し間を置いて、少女が再び口を開いた。


「私は、弟を守りたい。弟を生かして、充実した人生を送って欲しい」


 それは、少女が生きる希望としている願いであり、それと同時に俺に対する懇願でもあった。


「私はどうなったって良い。でも、弟だけは幸せに生きて欲しいの……」


 少女は、保護カプセルに守られた弟を見つめた。


 ──『自分はどうなったって良いから、その分他人を幸せにしてやれ! そうやって他人を救えば、いつか自分に返って来るから!!』


 脳裏に、父がかつて俺に言ってくれた言葉が想起された。少女は、父に似ている。家族を守ろうとする、決意を背負った背中。……俺の憧れの背中だ。

 胸の奥が、微かに軋んだ。俺はよく知っているその背中を、自分の力不足で失ったのだから。……少女もまた、俺から離れて行ってしまうのだろうか。


 ──否、俺はあの過去から何を学んだんだ。あの惨劇を繰り返さない為に、俺は生きているのだから。


 俺は少女に歩み寄った。少女は驚いた様子だったが、俺は構わず提案を持ちかけた。


「……クレオ・デウス(ここ)で働く気はあるか?」


 少女の真紅の瞳孔が、大きく開かれた。そこに、警戒心と僅かな覚悟が宿る。


「弟を守る為だったら、何でもする」


 即答であった。勿論、その答えに嘘はない。


「分かった。お前がそう決めたのなら、俺は手を貸す」


 俺の言葉に、少女の目が揺れた。それは疑いなのか、はたまた──

 だが、俺はどちらでも構わない。


「──俺は、お前の剣となる」


 そして、一拍程間をおいて言葉を続ける。


「お前は、お前の救いたいものを救え。……それを邪魔する者は、俺が斬り捨てる」


 俺の言葉を聞いた少女の表情が、幾分か緩まった。


 その時であった。扉が数回ノックされ、ニゲルが病室に入ってきた。


「やあやあ、体調はどうだい……って、お取り込み中だったかな?」


 ニゲルは、手に袋を下げていた。袋の膨らみ具合から察するに、少女への差し入れだろう。


「すまないね、こんな辺鄙な場所にいてもらって」

「いえ、私の家だって似たようなものです。何なら、ここでの生活が快適とまで言えます」

「そうかい。喜んでくれたようで何よりだ。それじゃ、はいコレ」


 ニゲルは少女に微笑みかけ、その手に下げていた袋を渡した。少女が中身を取り出すと、それは高級料理であるカツ丼だった。


「こ、こんな高級料理、私にはもったいないです!」


 少女はカツ丼を取り出すなり、すぐさまそれをニゲルに返した。しかし、ニゲルはそれを受け取りはしなかった。


「……それは、君の物だ。理由が理由であったとはいえ、10歳の女の子に母親の死を経験させてしまった、オジサン──ニゲル・アロガンティアから、せめてものお詫びだよ」


 ニゲルの笑みは、慈愛に満ちた物へと昇華された。……この笑みに違和感を感じているのは、この中で俺だけなのだろうが。


 少女の驚いた表情が、一気に複雑な表情へと変化した。恐らく、自分が恨むべき対象からここまで優しくされるとは思いもしなかったのだろう。


「……いただきます」


 少女は複雑な表情のまま、カツ丼を口に運んだ。高級料理のカツ丼が不味い訳もなく、瞬く間に容器いっぱいに入っていたカツ丼はその姿を消したのだった。


「カツ丼、美味しかったかい?」


 少女がカツ丼を食べ終わってすぐ、ニゲルは少女にそう質問した。少女はそれに対して首を縦に大きく振り、少し頬を赤らめた。


「……本当に美味しかったです」


 少女の口から出たその言葉は、少女の複雑な心を代弁していた。

 ニゲルはその言葉を聞くと、歯を出しながら高らかに笑った。


「いや〜、そう言ってもらえるとオジサンの給料の半分を使った甲斐があるってもんだよ〜!」

「──き、給料の半分!? そんな、私の為にそこまで……!?」

「良いんだよ。オジサンたちからのお詫びなんだから。まぁ、オジサンだって本当はカツ丼食べてみたかったけど……」


 ニゲルと少女は、側から見たらまるで親子のようであった。笑い合う姿なんて、本当に瓜二つだ。


「そういえば、名前を聞いていなかったね」

「ルチア・ルミーネです」

「ルチア。良い名だ」


 ニゲルの質問に即答した様子を見るに、ルチアはこちら側に心を開いてくれたようだ。


 ……ルチア・ルミーネ、か。


「……それじゃ、ヴォイド。オジサンはこれから出張だから、2人を守ってあげてね」


 ニゲルはそう言って俺たちに別れを告げ、部屋から出た。ニゲルが去った後の部屋は、とても静かだった。


 ルチアと目が合う。彼女は「あの……」と何かを言いかけたが、言葉を呑み込んだ。そして、彼女は言葉の代わりに弟を見た。その視線の先に見えているものは明らかであった。


 俺は身を翻し、ルチアに背を向けた。そして何も言わず、この部屋を後にしたのだった。

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