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パクス・ウォビスクム  作者: 獅孔
第1章「ヴォイドとルチア」
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第1章 1話「能力の目覚め」


「死ね、糞餓鬼が!!」


 体を斬られ、意識が遠のいた。そして、確かに死んだ──はずだったのだが。


「──なっ、何故……!?」


 ガッツが驚くのもそのはず。確かにガッツが斬った筈の私の体が、元通りくっついていたのだから。


 ──弟の時と同じように。


「お前、何をした!?」


 焦りと動揺が、ガッツの身振り素振りからよく分かる。


 私はまずこの原理を理解する事よりも、ガッツを殺す事を優先した。短刀がガッツの胸に深く刺さる。筋肉の組織が刃で斬られていく感触が、私の手に残った。


 戦いは終わった。ガッツが吐血し、その場に崩れ落ちた。

 人を、2人も殺した。まだこの世に命を受けて10年程。そんな時にこの「感触」を覚えてはいけない気がした。


 突然、先程の刃から感じた感触が手に蘇る。刃から感じる人の筋肉を斬る感触が──刃から感じる心臓の鼓動が──そのままの状態で手に蘇ったのだ。


 ──気持ち悪い。吐き気がして、そのまま地面にへたり込む。そして吐瀉物が口から溢れるように吹き出して、それに加えて嗚咽が止まらない。

 体が、殺人という罪を拒絶しているのだ。


 その時、まるで私の目を覚まさせるかのように、泣き喚く弟の声が耳に届いた。とめどない吐き気をこらえながら、立ち上がって弟の近くへと行く。

 暗闇でよく見えないが、確かに泣き声はする。声のする方へ行き、やっとの事で見つけた弟を抱き上げる。そして彼が生きている事を確認すると、少し吐き気が収まったような気がした。


「良かった……」


 口から溢れ出たそれは、私の様々な気持ちを代弁していた。


 腕全体に感じる脈拍が、私の心を安堵させていく。弟を強く抱きしめ、溢れ出てこようとしている涙をぐっと堪え、作り笑いをする。確かに泣きたい気持ちもあるが、私が笑顔でいる事こそが弟を安堵させる最大の特効薬なのだから。そう思い込む事で、やがて涙も引っ込んだ。


 ──そう。今この瞬間までは。


 暗闇に、月明かりに照らされた銀の刃が浮き上がる。──追手だ。


「動くな」


 短く、鋭く、私に告げられた。追手の視線は、まるで蛇が蛙を睨むようであった。狩人の──殺人鬼の目だ。


「抵抗すれば殺す。まずはこちらの質問に答えてもらおうか」




 * * *




 殺害対象を見つけるのは容易かった。血の臭いが、その場所を教えてくれたからだ。


 そこにいたのは、推定10歳の少女と、まだ乳離れしていないであろう赤子。その傍らに倒れているガッツとバッツの死体が、この少女の異常性を示している。

 まずは少女の制圧からだ。恐らく弟に害は無い。ガッツとバッツを殺したのは少女本人なのだろうから。


 抜刀して、音を立てないように少女に近づく。徐々に距離が縮まり、少女まで残り僅かとなったその時であった。

 雲に隠れていた月が顔を出し、俺の刀を銀色に照らした。その瞬間、俺の気配に気づいたのか少女が振り向いた。彼女はこちらを目視するなり、縮み上がった。それは意図的なものではなく、本能的なものであった。




 ──金髪に、真紅の双眸。あいつと同じ……




 いや。今はそんな事を考えてる場合ではない。


 俺は、口を開いた。


「抵抗すれば殺す。まずはこちらの質問に答えてもらおうか」


 勿論、少女が質問に答えずに抵抗する可能性も踏まえ、いつでも動けるような体勢にしておく。そして、俺は彼女に質問を投げかけた。


「お前は、サージャ・ルミーネの娘か?」

「……はい」


 質問に答える少女の声はか細く、小刻みに震えていた。少し掠れたその声を聞きつつ、俺は次の質問を問いかける。


 それは、俺の次の行動の決定打となる。


「お前は、そのサージャ・ルミーネ──お前の母親が何の罪を犯して殺されたか知っているか?」


 ニゲルが命令したのは、「この機密情報を知る者──即ち、サージャが隠取した情報を聞いた可能性のある者──の抹殺」。

 ここで、少女が「はい」と答えれば殺す。サージャから情報を聞いている可能性を否定しきれないからだ。

 しかし、少女が「いいえ」と答えた場合。彼女はただただサージャに巻き込まれただけの被害者だ。ガッツとバッツを殺した件については正当防衛として認められる為、死刑は免れる。


 俺だって、この少女を殺したくはない。「殺し屋」という仕事に就いていながらも不要な殺しはしないと誓っているのだ。──ましてや、無実の人を殺すのは。


 少女の額に汗が浮かぶ。恐怖の余り大きくなった心音が、静寂を破って鳴っている。

 少女が、震えながらこちらを向く。そして、その口は開かれた。


「……知りません。私の母は、突然『クレオ・デウス』の構成員を名乗る殺し屋に殺されました」


 俺はその言葉を聞いて構えを解く。彼女の言葉から、嘘の気配が感じられなかったからだ。


 ……信じてみる価値はありそうだ。


 念の為に少女を束縛すべく、ポーチからロープを取り出す。そして彼女に近づこうとすると、彼女は突然自分語りを始めた。


「母は修道院のシスター長で、捨てられていた私を拾ってくれた恩師でもあります」


 ……この少女、サージャの実の娘じゃないのか。──だが、それならば何故あの傲慢な女(サージャ)が赤の他人を保護したんだ……?


 俺がそんな事を考えていると、先程まで腰を抜かしていた筈の少女が立ち上がった。


「だから、私は私の恩師()を殺したクレオ・デウスを許さない──」


 その全身の震えは、既に止まっている。そしてその目は、真っ直ぐ俺を捉えていた。


 それは殺意の籠った、俺と同じ──殺人鬼の目をしていた。


「──貴方たち殺し屋を!!」


 少女が、自暴自棄になりつつ俺に殴りかかってきた。当然その拳に殺傷力などはなく、当たったところで痛くはなかったのだろう。

 俺は直感的に少女の拳を躱して、彼女の腕を掴んで地面に押さえつけた。


「落ち着け。俺に敵意はない。お前を殺す気も無いんだ……」


 説得を試みようと少女に話しかけるが、彼女が返事の代わりに返してきたのは不可解な現象と拳であった。

 先程まで押さえつけていたはずの少女が突如として消え、俺の背後から拳を浴びせてきたのだ。


「──なっ!?」


 拳の威力はそれほどではなかったが、不意打ちを受けた俺は体勢を崩した。その刹那、少女は俺の喉に手をやり、そのまま締め付けてきた。何とか手を引き剥がそうとするが、この華奢な体からは想像出来ない力で抑えられており、結局それは叶わない。


 俺は、少女と合った目を見た。彼女の真紅の目は、怒りと悲しみ、苦しみ、不安など、様々な負の感情に染まっていた。


「貴方たちは、私たちから幸福を奪った!! ──貴方たちは、私たちから未来を奪った!!!」


 少女の涙が、俺の顔を濡らす。更に、少女が俺を押さえつける力が強くなる。


「だから私は許さない。私の未来を奪った存在を──!!」


 少女の心の叫びは、俺1人に向けられたものではない。それは、俺の所属する組織──クレオ・デウスに向けられたものであった。


「私は、貴方たちに制裁を与える──!!」


 少女は俺の喉を押さえているのとは逆の手で短刀を取り出した。短刀が高々と上げられ、俺の喉元を捉えた。


「死んで。私たちの未来の為に──!!」


 振り下ろされる短刀は勢いを増し、俺の喉元への軌道は完璧だ。必死に脱出を試みるが、少女のものとは思えない腕力で完璧に押さえつけられている。




 ──詰み、なのか?




 殺し屋である俺が、殺す対象に殺されるのは何とも皮肉な事か。走馬灯の中で思考したのは、そんな他愛もない事であった。


 しかし、天は俺を見捨ててはいなかった。


「それは、オジサンが阻止するよ」


 頼り甲斐のある上司──ニゲルの登場である。

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