第2章 第1話「山頂にて」
「来い、小童共!!」
俺とルチア、そしてニゲルは眼前の光景に驚きが隠せずにいた。
「どうした、もう終わりか? つまらん奴らだな!」
そう言って血濡れた不敵な笑みを浮かべる幼女──プルーヴィアは、折り重なる人の山の頂上でそう言った。
「オジサン、もしかして出番ないねぇ……?」
「もしかしたら、クレオ・デウス最強なんじゃないか──」
「いや、それは無いね。オジサンの沽券に関わるし」
「でも、あんなにいた山賊を圧倒しちゃった……」
“眼”があるという場所──アモールケイヴ山脈にて、俺たちは山賊に襲われていたのだが、俺やニゲルが剣を抜くまでもなく、プルーヴィアが山賊をルチアの“眼”での助けも無しに圧倒して見せたのだ。
「む? お前たち、なぜワタシを見つめているのだ? ワタシの顔に虫でも付いているのか?」
「「「いや、何でもないです……」」」
思わず恐怖すら抱いてしまった俺たちであった。
山賊に襲われた山の中腹辺りからしばらく登り続け、もうじき山頂が見えそうだというところで、俺たちは吹雪に見舞われた。視界も悪く、生憎のところ遮蔽物も無い。そんな絶望的な情報だったのだが──
「……遮蔽物が無いなら、作ればいいんだよねぇ──ッ!!」
ニゲルが高々と掲げた剣に嵌め込まれた“眼”が、ニゲルに応えるように輝く。そして、虚空より岩の壁が出現した。
「──っ!?」
「──えっ、ええっ!?」
「フハハハハッ!! やりおるな、ニゲルよ!!」
岩の壁によって、俺たちは吹雪を凌いだ。しかし、このままでは暗闇で何も見えない──
「明かりも、オジサンに任せてよ」
ニゲルが剣を地面に向けて翳すと、再び虚空から焚き火が出現した。岩の壁の中は、たちまち焚き火の明かりでいっぱいになったのだった。
「ふっふっふ……オジサン、やっと“眼”の使い方が分かってねぇ……?」
奇妙な笑い方をするニゲルは、突然天を仰ぎながら両手を大きく広げて見せた。
「オジサンの“能力”は“物質創造”!! 何も無い虚空に漂う原子から、物質を想像する能力だねぇ」
つまり、ニゲルはこの空間に漂う原子から、岩の壁や焚き火を創造したってわけか。全く、“眼”の能力ってのは神の力みたいなものしかないのか?
「すごぉい……! これを使えば、敵の攻撃とかも簡単に防げるね!」
「まぁ、“物質創造”を使うのには創造するものを集中して思い浮かべなきゃないから、集中する時間はいるんだけどねぇ……」
「フハハハハッ! ニゲル、お前はもはや神のようだな!」
「オジサンは、神になんてなりたくはないけどねぇ……?」
確かに、御伽噺に出てくる“創造神”ルミナスも虚空から物質を創り出す力を持っていたっけ……?
そういえば、ルミナスって確か“未来改変”も出来たような……? その理論なら、ルチアの“未来改変”もまた神のような力だな。
「さて、吹雪が止むまでここで待つぞ!!」
「元気で羨ましいよ……オジサンにも分けて?」
俺たちは岩の壁の中でしばらく、雪宿りをしながら団欒を楽しんだのだった。
「そういえば、さっきワタシの言った神のような力で思い出したのだが、確かルミナスは“物質創造”を持ってはいなかったか? ワタシもあれには……いや、何でもないぞ」
「私、覚えてます! よくノクス様が話してくれたので……」
そう言って少し苦笑いをするルチアから、ルミナスに関する御伽噺──「“創造神”と“英雄王”」を聞いた。
冒頭は“創造神”の名前に直結する“物質創造”の話。この世で悪事を働く“破壊神”を倒すべく立ち上がった1人の英雄の為に、ルミナスが装備を創造するというものだ。
この世の未来を変える“未来改変”の話。突如として襲来した“破壊神”に敗れそうになった英雄の未来を改変し、助けるというものだ。
この世の時間を自在に操る“時間操作”の話。“破壊神”に殺されそうになった英雄を、ルミナスが“破壊神”の時間を引き延ばし、英雄を逃すというものだ。
この世の過去を変える“過去改変”の話。英雄が僅かに見せた隙を見逃さなかった“破壊神”は、英雄の胸を貫いた。ルミナスは“過去改変”の力で、英雄が胸を貫かれたという過去を改変したというものだ。
この世の万物の構造を変える“構造改変”の話。“破壊神”によって破壊された英雄の下半身を“物質創造”で創造し、その構造をより強固なものへと改変したというものだ。
この世の空間を操る“空間操作”の話。“構造改変”と“未来改変”によって“破壊神”に致命傷を与える事に成功したのを見たルミナスは、即座に“破壊神”のいた空間を削除し、この世から消し去ったというものだ。
最後に、この世の思考を変える“思考改変”の話。人々から“破壊神”の忌々しい恐怖を、幸せな記憶へと改変したというものだ。
「もし、“眼”がルミナス様の力みたいなら、この御伽噺の力に由来するかもしれないですね!」
もし、プレジデントのように“眼”を集めたらどうなるのだろうか。こんな神のような力を全て手に入れれば、そこにいるのはもはや“創造神”ルミナスではないか。
「ったく、プレジデントは何を考えてるんだか……」
そんな俺の呟きは、焚き火の音に掻き消されたのだった。
数十分した後、先程の吹雪も止み、空からは太陽が差し込んでいた。
俺たちは荷物を纏め、再び歩みを進めた。
今回、プレジデントから聞いた情報によると、アモールケイヴ山脈の山頂にて──“眼”の力らしき──異常現象が目撃された。その真相を突き止めるという名目で、ついでにプレジデント的には“眼”も回収してしまおうという魂胆なのだろう。
しかし、先程のルミナスの話から推測するに“眼”の力というのはどれも神のような力だ。今回の異常現象もまた“眼”の力ならば、苦戦するのは間違いないだろう。
「あれが、この山脈の山頂だぞ!!」
プルーヴィアがはしゃぎながら指を差した先には、太陽に照らされ輝く雪に覆われた山頂があった。そしてその頂上には、純白の雪とは対照的な漆黒の球体のようなものがあった。
「あれは……っ!?」
「プルーヴィアさん、何かご存知なのですか?」
「巨大黒飴か……!?」
プルーヴィアがそんな冗談を言えるのだから、そこまで危険なものではないのだろう。しかし、あそこまで異質なものとなるとやはり気になるな。
そんな少し緊張感に欠ける空気は、突如として急変する。俺が気を抜いた刹那、「それ」は襲来した。
「キシャアアアッ!!」
緑色の人型のそれは、俺の左頬に擦り傷を付けた。明らかに人間では無いそれは、人間と形容するよりかは、改造人間と言うべきだろう。
「こいつ、生物としての気配が無いぞ……!?」
少しそれに焦りつつも、俺はその改造人間を木っ端微塵に斬り落とした。例えこれが人間だろうと、俺は人間を斬るのに慣れている。何ら問題は無い。
しかし、危機はまだ去ってはいなかった。
「──ッ!?」
突如として先程改造人間に攻撃された俺の左頬に激痛が走る。剣の反射でその部分を確認すると、そこがまるで林檎のように赤く腫れ上がっていたのだ。
本能的に危険を感じ、俺はすぐさまその部分を切り落とした。鋭い痛みは走ったが、先程までの断続的な激痛に比べれば安いものだ。
「──ヴォイドさん!?」
頬から血が吹き出す俺の心配をしたルチアが、俺の横に跪く。そして彼女は自分のペンダントを祈るようにして握りしめ、天に祈った。
たちまち俺の頬の痛みが消え、吹き出していた血も止まった。
「……やっぱり、“眼”は凄いですね」
そう言って慈愛の笑みを浮かべたルチアは、どこか女神のような神々しさを纏っていた。それこそ神の力を使うが故に、どこかでその姿から神を彷彿とさせた。
──やはり、これは神の力なのかもしれないな……“創造神”ルミナスが、俺たち人間に分け与えてくれた、人智を超えた力だ……
声にならない自己解釈が、俺の脳裏をよぎった。今それを口に出したところで、意味などは無いのだろうが。
「──ッキシャ!!」
「キシャアアアッ……!!」
「キッシャァァァアアアッ!!」
そんな事を考えていると、気がつけば周囲は改造人間で埋め尽くされていた。
やはり、これらは改造された人間なのかもしれない。痩せ細ってこそいるものの、浮き出た肋骨の形や体の造りが、まるで人間にそっくりだ。もしこれが元々人間なのだとしたら、誰がそんな事を──
──この世の万物の構造を変える“構造改変”の話。“破壊神”によって破壊された英雄の下半身を“物質創造”で創造し、その構造をより強固なものへと改変したというものだ。
ふと、御伽噺の一説が脳裏をよぎった。もし、これが神の力だとしたら、この力故だろう。つまり──
「──これは、“眼”による“構造改変”だ!!」
結論を導き出すのと同時に、戦慄を覚えた。仮にそれが真実だとしたら、今俺たちを取り囲んでいるこいつらは全て人間だという事になる。この役100人余りのこの人間は、何者かの“眼”の力によって改造されたのだ。
非道いなぁ。そう思うのと同時に、俺は剣が出ていた。
「でも、俺たちには戦わなきゃ──殺さなきゃならない理由がある!」
そして、俺は大地をめいいっぱい蹴る。そして、改造人間の渦中に飛び込んだ──
「“岶桜流刀殺法”『断裂』」
横への一太刀で敵を薙ぎ払う、岶桜流における対大人数用の技。緩急の剣は、束なったものすらも両断する。
汚れた剣を振り、血を払い落とす。妖しく艶めきがかった剣を見て、俺は思慮に耽った。
──俺は今、大量の人を殺した。
「殺し屋」として、沢山の人間を殺して来た。根っから腐り切ったような外道や、神道を過信し過ぎたが故に狂気に陥った人間。金の為に戦う人間や、誰かを守る為に身を投げ出す人間。そんな沢山の人間を斬り血で穢れた筈のこの剣は、今も尚妖艶な輝きを帯びている。
俺は、何をしてるんだか。脳裏をよぎるその言葉を振り払い、意識を現実に戻す。
「助かったよ、ヴォイド」と俺を讃えるニゲル。「私の力も役に立って良かった……」と胸を撫で下ろすルチア。「フハハハハッ!! ヴォイド、お前やるではないか!!」と俺の背中を異常な力で叩くプルーヴィア。やがてこれが、旅の日常になるのだろうか──
「いや、そんな大した事はしてないさ……」
「──ヴォイ兄ってば、キザったぁっ!」
「まぁまぁ。いつものヴォイドじゃないか」
「フハハハハッ!! その謙虚さは大切にするのだぞ!!」
──いや、これが俺の日常なのだろうな。
「……あぁ。そうだな」
俺はそう言って笑ってくれる仲間たちに、精一杯の微笑みを返したのだった。




