第2章 第2話「氷の魔女」
改造人間の襲来がひと段落し、俺たちは山頂へと向かっていた。漆黒の球体を目印に、俺たちはひたすら登り続ける。改造人間は見る目もない。束の間の安寧が、俺たちの僅かな心の支えとなる。
「──あら、鼠が紛れ込んだようね」
そう。束の間だった。
漆黒の球体の横を箒で飛ぶのは、いつぞや“聖教会”で見た事がある女だった。
妖艶な雰囲気と豊満な肉体、そしてしなやかな肢体は、紛れもない魔女のものだ。箒で飛ぶという現象が、それを裏付けていた。
「グラーチェス……!!」
「あら、スコルピアじゃない。お姉さんたちを裏切っておいて、よくその面を見せられたわね」
グラーチェスと呼ばれた魔女が、ルチアに蛇のような鋭い眼光を向ける。それは物理的な重圧となって、俺たちの体を押し潰そうとしてきた。
生憎ルチアはそこまで力の強い部類ではなかった。ルチアはその場に膝をつき、四つん這いをする結果となった。
「貴方たち鼠も、随分と生意気な顔ね。ヴォイドはともかく、その他の顔はお姉さんの好みじゃないわ」
「別に構わないよ。オジサンは、生涯妻しか愛さないからねぇ」
「──何を言うのだ!! このワタシ──プルーヴィアの御神体を前にしてそんな事を言うか!!」
1人だけ意味の分からないテンションであったが、俺たちの意思は決まっていた。
「“眼”。お前が持っているのか?」
早速本題を切り出すと、グラーチェスの瞼がピクリと動いた。
「持ってたら何よ。貴方たち鼠如きで、お姉さんを殺せるとでも思ってるの?」
そう言って嗤うグラーチェスの雰囲気が、刹那にして強烈なものへと変貌する。
「そんな甘い考えは捨てなさい。ヴォイドを置いていけば、その他は逃してあげるわ。どうせ逃したところで、興味も無いし、まるで脅威じゃないもの」
重圧が1段階上昇した。四つん這いだったルチアが、完全に地に伏す結果となった。俺とニゲルも、徐々に立っているのが辛くなってきた頃だ。プルーヴィアが平気な顔をしながら、先刻のグラーチェスの不敬に対して喚いているのだけは理解が出来ないが。
その間、俺たちは短く作戦会議を行った。
「ヴォイド、行けるかい?」
「承知」
「ワタシも、あのふてぶてしい面をぶっ潰してやるのだ!!」
3人の意思は固まった。ルチアは俺たちが万が一死ぬような事があった場合のストッパーだ。戦いには主だって参加はしない。
「──全員、突撃だよ!!」
地を蹴り──というか破壊し──、まずはプルーヴィアが先陣を切った。箒の飛んでいる高度にまで達したプルーヴィアの拳は既に握られており、それは高速を超えた速度でグラーチェスに到達する。その場には、プルーヴィアとグラーチェスの舌打ちだけが残った。グラーチェスは山頂の雪に突っ込み、雪崩と一緒に落ちていった。
「──凄いな……」
正直、俺はこの光景を見て自分の出る幕が無いのではないかと思った。しかし、それは甘い希望にしかすぎなかった。
地面に華麗に着地したプルーヴィアが、自身の手を押さえながら絶叫した。
「手がっ、手がぁぁぁあああっ!!」
プルーヴィアの手が付いていたはずの場所には、凍り付いた手では無い「何か」であった。なまじプルーヴィアの皮膚と同じ色をしているだけに、それがプルーヴィアの体の一部にしか見えない。
──いや、体の一部「だったもの」だ。
「“構造改変”。お姉さんの手駒だった改造人間を斃してきた貴方たちなら、察しがついているとは思うけれど……そこの鼠ちゃんの手は、もう既に違うもの。しかもそれをお姉さんの氷で凍らせてあるから、もう使い物にはならないわね」
箒で宙に浮かび上がってきたグラーチェスが、どこか切羽詰まったような余裕の態度でそう言った。先程のプルーヴィアの攻撃の刹那、グラーチェスは“構造改変”を発動させたのだろう。それを凍らせる事で、完全な機能停止を目論んでいたのだろう。
「……“未来改変”がある!!」
俺たちの背後で、その少女は天に願った。それに応えるようにして、俺が瞬きをする刹那にプルーヴィアの手は元通りになっていた。
「……ッ、フハハハハッ!! 沸るぞ、ワタシの血が──ッ!!」
プルーヴィアは再び跳躍する。当然グラーチェスはその速度に対応する間もなく、プルーヴィアの拳の餌食になる。再び構造を変えられたプルーヴィアの手も、再びルチアが蘇らせる。
「──小賢しい真似を……お姉さんの美貌に傷付いたらどうするのよ!!」
怒りに任せて、グラーチェスは氷の槍を飛ばしてきた。プルーヴィアは華麗にそれを避け、俺とニゲルはそれを剣で弾いた。猛烈さを増していく氷の槍を弾くのに必死な俺たちとは対照的に、プルーヴィアは愉しそうに笑っている。
「ほらほら、もっと来るのだ!! せいぜいワタシを愉しませるのだ!!!」
プルーヴィアの覇気が増大し、グラーチェスの重圧を押し除けていく。衝突した2つの波動が、周囲に強烈な乱波を流してゆく。
「──このっ、餓鬼がぁっ!!」
「──真のおねーさんはワタシだぞ!!」
グラーチェスが創った氷の槍はプルーヴィアの拳目掛けて飛んでゆく。しかし、それもまた粉砕されるのみ。成す術なし、といったところだろうか。
プルーヴィアの渾身の一撃がグラーチェスの腹部に直撃する。熾烈な勢いで放たれたそれは、グラーチェスを吐血させるのには充分すぎた。グラーチェスの吐いた鮮血が、ゲレンデを真紅に染め上げる。
箒から落下し、地面に膝をついて倒れたグラーチェスの上に、プルーヴィアは止めの蹴りを放つ。勝負あり、といったところで、プルーヴィアは高らかに笑った。
「ワタシたちの、勝利だぞ!!」
勝ち誇ったプルーヴィアは美しかった。戦士としての気高さと誇り高さが、彼女の勝利をより一層輝かせていた。
プルーヴィアはすかさずグラーチェスの全身を漁り始めた。そして、遂に──
「“眼”を見つけたぞ!!」
──任務を完全に遂行したのだった。




