第1章 第17話「畏怖」
「…………と、……で終…………」
覚醒しつつある意識の中で、俺の鼓膜は何かの音を捉えた。
「……きた。やっと…………ったよ」
やがて朧げであった意識も鮮明に変わり──
「あれ? やっと目を覚ましたぁ〜!」
俺の目は、自分に何かをしていた少女──ルチア・ルミーネを捉えたのだった。
「ほら、ココアだよ」
側から見ればベッドに寝た1人の大人が少女に介抱してもらっているという何とも無様な様子なのだろうが、この際もうそんな事は気にしない事にした。
「どうして……お前は影に呑まれて……しかも、ノクスに俺を突き出して──」
「もう、ヴォイドさんったら落ち着いてよ。私はただ、ノクスから受けていた命令もこなしたし、ヴォイドさんも助けたんだよ? 2つの事を同時にやってのけるのって、すっごぉく難しいんだよ?」
ルチアはそう言ってケタケタと笑う。やはりルチアに似つかわしくないそれは、いつ見ても違和感がある。
しかし、どこか親近感を感じるそれに対して、俺は一切の警戒心を抱いてはいなかった。
「ほら、私を褒めてぇ〜!」
ずいっと突き出された頭を、手櫛で髪を解かしながら撫でる。俺がよくコピアにやっていた撫で方である。
「うへ〜。やっぱりこれが1番だねぇ」
どこかおじさんじみた口調で、ルチアは呟いた。
「……ルチア。お前は一体、どうしちまったんだ?」
その問いに対するルチアの答えは、存外なものであった。
「私は、変わったんだよ。新しい『ルチア・ルミーネ』にね」
慈愛の笑みを浮かべながら、突如として意味の分からない事を言い出すルチアは、どこか狂気的にも見えたし、どこか愉悦的にも見えた。
まるで、この状況を愉しんでいるかのように。
少なからず、今眼前に立っているルチアという少女は、俺の知っているルチア・ルミーネではない。あの別人のような口調や様子の変化にも合致がいく。──が、見落としている点が1つあった。
俺は、一瞬の間に抜刀し、ルチアに峰打ちを──
『──ダメダメ。私は戦いは望んでないんだから。出来れば、殺したくなんかないんだよ?』
「…………ふぅ」
再び感じた奇怪な現象に、思わず息が漏れた。
これだ。この記憶が書き換えられるようなこの感覚。以前の起こった出来事を変える“未来改変”と同時に発動する「能力」。今度は何か行動を起こそうとした過去の記憶が書き換えられているような気がする。言ってしまえば、“未来改変”ならぬ“過去改変”だろうか。
──俺が今、何故抜刀しているのかを忘れているのが何よりの証拠だろう。
“眼”を持っているルチアは、未来も過去も改変する事が出来るという、絶対無敵の能力を得たという事になる。──つまり、彼女を倒す術は無いのだ。
今は味方の素振りを見せているが、もし、ルチアの目的が過激なものであったら? もし、ルチアがクレオ・デウスを敵視したら? どちらの結果としても、甚大な被害からは逃れられないだろう。
手に持っている刀が、カタカタと音を立てる。師匠の言っていた武者震いというものだろうか。眼前の少女に、異常なまでの畏怖を抱いている。払拭する事の出来ないそれは、俺を震わせるのには充分過ぎたのだろう。
「……私は、別にヴォイドさんを殺そうなんて思ってないよ?」
突然、ルチアがこちらへ1歩踏み出した。
「私はただ、ヴォイドさんと協力して目的を成し遂げたいだけ」
1歩、また1歩とルチアがこちらへ近づいて来る。後退を始めたが、1人用のベッドに逃げ場は無い。
ルチアは、ベッドの横で足を止めた。そして、その艶やかな唇が単語の羅列を放った。
そこから、俺の意識は途絶えたのだった。
* * *
「やっと私と2人っきりになれたね♪」
どこか狂気的な笑みを浮かべながら、ルチアは自分の傀儡となったヴォイドの顔を手で撫でる。輪郭をなぞるように──何か模様を刻むように。
「『服従』」
ルチアが言い放ったその単語は、ヴォイドの両頬に紋様を刻んだ。
「これで、もうどこかに行っちゃう心配はないね♪」
ルチアが椅子を指差すと、ヴォイドはそこに腰掛けた。ルチアもその対面の椅子に座り、頬杖を付きながら眼前の青年を彷彿とした表情で見つめる。
「私の大好きな、ヴォイ兄♪」




