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パクス・ウォビスクム ---あなたに安らぎあれ---  作者: 獅孔
第1章「ヴォイドとルチア」
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第1章 間話「プレジデントの意向」

間話「プレジデントの意向」


「……因果が書き換えられようとしている」


 ニゲルが社長室に入ろうとしたその刹那、それは扉の隙間からニゲルの耳に届いた。




 ──因果を書き換えるなんて、何を言っているんだか。




 内心プレジデントの発言を軽んじながら、ニゲルは扉をノックした。返事を聞いてから扉を開け、中に入る。


「ルチアは元気か?」


 ニゲルが中に入るなり、プレジデントは唐突にニゲルにそう質問した。「ええ」とニゲルが返事を返すと、プレジデントの口の端が緩んだ。


「あの娘は、“神眼”の使い手だからな……そう簡単に死んでもらっては困る。それに、ノクスの話ではあの娘は……」


 まるで目の前にニゲルがいる事を忘れたかのように、プレジデントが独り言をつらつらと述べる。


「あの娘の様子に、変化はあったか?」


 突然そう問われ、ニゲルは先日のルチアを思い出す。


 いつもと変わらず──いや、いつもより元気すぎるルチア。

 悩みひとつ無いような──まるで、何かをする決意のような何かを、彼女は抱いているように見えた。




 ──その決意が、こちら側に有益なのかは分からないが。




 ニゲルは適当にプレジデントに単語の羅列を返した。プレジデントはそんな曖昧なニゲルの言葉を聞いたが、別に何か反応を示す訳ではなかった。


 そして、ニゲルが瞬きをしたその刹那。プレジデントの巨躯がニゲルの視界を覆い尽くした。


 突然の出来事に少々たじろいだニゲルであったが、そんな事は気にしないとばかりにプレジデントはニゲルの額を指で軽く弾いた。しかし、それには一瞬の激痛が伴った。


 すると、ニゲルの脳内に「存在した筈の記憶」が流れ込み始めた。まるで、黒い絵の具で塗り潰されてた絵画のようなそれが、プレジデントの一撃で鮮明に蘇ったのだ。


「──っ!? これは……っ!?」

「やはり、な。……お前には、思考操作妨害のチップは埋め込んでいなかったからな」


 プレジデントはそう言って、自分の頭を指差した。恐らく、先程はその「思考操作妨害チップ」を埋め込んだのだろう。


「……ヴォイドが危ない!」

「あぁ。あの娘は人の思考に干渉し、その人間の行動意思を書き換える事が出来る。それと“未来改変”が相まって、凶悪な能力になってしまっている」


 またニゲルが瞬きをすると、プレジデントは椅子に腰掛けていた。プレジデントは手元のグラスに並々と注がれたワインを飲み干す。


「……やはり、ワインというものは一気飲みするものではないな」


 悠然と構えるプレジデントを横目に、ニゲルは自分のすべき事を再認識し、行動に移した。


「……再び、王都に行って参ります──」

「待たれよ。お前が行く場所は王都ではない」


 一礼をし部屋を出ようとしたニゲルを、プレジデントが一喝して静止させる。待てをされた忠犬のように、ニゲルはその場に留まった。


「聖教会の地下。お前が行くのはそこだ」


 聖教会。穢界と平界の境界周辺にある宗教施設だ。あそこにヴォイドがいるというのだろうか。


 しかし、こういった時のプレジデントの言葉は確実だ。ニゲルはそれを信頼し、首を縦に振った。


 そして、再びニゲルの視界に出現した巨躯は、ニゲルに1本の剣を差し出していた。


「……“眼”を使え」


 その鍔元には、漆黒の宝石が嵌め込まれていた。


「“眼”を、使う?」


 困惑を見せるニゲルに、プレジデントが呆れたようにため息をつく。


「…‥お前は、ルチアの“未来改変”を知らないのか?」

「いや、以前ヴォイドから聞いた事がありますが……」

「ならば話は早い。あの能力は、あの娘が持っている“眼”由来のものだ」


 ニゲルは、先程までの察しの悪い自分を嘆くのと同時に、眼前の剣を持つ事に少々ばかりの恐怖を感じていた。


 何故ならば、以前ルチアが“未来改変”をした後に異常なまでの疲労を見せていたからだ。あれを見て、ニゲルは“未来改変”には代償があると踏んでいた。

 しかし、“眼”がその代償を負担しないのであれば、この代償はニゲル自身に降りかかってしまうのだ。男手ひとつで娘を育てていかなければならない以上、正体の分からないような代償を支払い続けたくは無いのだ。


 プレジデントの命令は絶対。不変の事実ではあるそれは、ニゲルを含めたクレオ・デウスの前構成員に十字架として重くのしかかっている。

 しかし、今回ばかりはプレジデントの我儘に答えている余裕などはない。ニゲルとて娘を置いてこの世を去りたくはないし、実の父の為に命を投げ出すようなまでの家族愛は持ち合わせていない。


「…………」


 ニゲルは、プレジデントから剣を受け取った。そして一礼をして、部屋を出る。


「……こんな得体の知れない宝石なんかより、自分の実力の方が信頼出来るよねぇ……」


 そんな事を呟きながらニゲルは自室に戻り、着替えを始める。


 腰に、いつも愛用している剣を帯刀する。そして、ニゲルはプレジデントから貰った剣を背中に背負った。


「……多分、この中には位置特定端子が埋め込まれているね。だから、置いていく訳にはいかない」


 プレジデントの意向を聞き入れつつ、自分の意向も実現させる。


 ニゲルはクレオ・デウスを出た。もちろん、その足先は一点を捉えている。


「ヴォイド、死ぬなよ……」

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