第1章 第16話「スコルピア」
「ノクス様〜! 連れて来たよ〜!!」
教会の重圧な扉を一気に開け放つルチア。その扉からは赤絨毯が伸びており、その先にある説教壇の向こうには女神像が神々しく聳え立っており、ステンドグラスから差し込む七色の光が後光のように輝く。
「……誰だ。此俺を呼ぶのは」
教会のどこからか、含蓄かつ重厚感のある重低音が轟く。それと共に、カツ、カツ……と足音が近づいてくる。
「──ヴォイド・オレグ……それに、ルチアか?」
声の主は、ルチアが呼んだノクスという神父であった。
女神像とためを張れる程の長身から伸びる手足はしなやかだが、決して筋肉が付いていないという訳ではなかった。その長身の頂点を飾る頭蓋は小さく、そこから腰まで垂れた銀髪は星のような煌めきを帯びていた。整った顔立ちで印象的なのは、その双眸だ。銀河がそのまま詰められたかのような煌めきは、髪のそれを優に超越している。しかし、その双眸には、どこか迷いのようなものも宿っている。
「……何だ、人の顔を舐めるように見つめて」
ノクスの鋭い眼光は、猛獣のそれであった。まるで銀河全てを敵に回したかのようなそれは、俺を怯ませるのには充分だった。
「ちょっと神父様〜、私をおまけのように扱わないでくれる?」
「……ほう。貴様は此俺に物申せる程の権力があったか? 実力はあったか? 無いだろう」
ルチアが軽率な態度でノクスを小馬鹿にするが、それを受けたノクスの威圧が徐々に増していく。やがて常人のそれを卓越した威圧感は、まるで重力のように俺の体を押し潰していく。
「──黙れ。此俺が話したいのは貴様ではない。その隣にいるヴォイド・オレグだけだ」
「チッ……誰のお陰でここにヴォイドを連れて来たと思ってるのよ……」
ルチアが悪態をつくなり、その体はルチアの影に呑まれた。それを静止する時間は俺には無く、ただそれを見守るしか出来なかった。
空いた口の隙間から「は?」という声が漏れる。脳の情報処理が追いつかない。先程から、まるで夢を見ているみたいな現象ばかりが起こっている。
「……彼奴も、退く事を覚えたか。まぁ良い。貴殿と2人になれたのだ。話をしようではないか」
気がつけば、俺は教会の椅子に座っていた。その対面にも椅子があり、ノクスが座っている。慌てて周囲を見渡すが、場所もまた教会のどこか一室へと変わっている。
「……ノクスだ。ルチアが言っていたから分かるかもしれないが」
ノクスはそう言って、威圧を解いた。かと言って笑みを浮かべるでも、隙を見せるでもなく、その心身には隙が無かった。
「ヴォイド・オレグだ。何故貴方が俺の事を知っているのかは知らないが……」
俺はノクスに続いて軽く自己紹介をした。それ以上の素性は明かさなかった。初対面なのにも関わらず俺の事を知っている男だ。目的も見えない以上、こちらから近づくのは危険というものだろう。
「……貴殿には、少々聞きたい事があってな」
そのノクスの声に応じるかのように、彼の影が四方に伸びる。
「……先日、貴殿もよく知っているマグヌス城内で此俺の同胞が殺された」
再び、ノクスの威圧が増し始める。
「……彼は、全身に鋭利なもので斬られた傷跡が残っていた」
ノクスの髪が、威圧が増すのに伴って靡き始める。
「……此俺は奇遇な事に、その事件の全貌を聞く事が出来たのだ」
星々の煌めきが、その強さを増す。
「……そこに居合わせた2人の人間を、此俺は知っているのだ」
突然、ノクスの顔が俺の目と鼻の先に現れた。
「──ヴォイド・オレグ。それに、ルチア・ルミーネ!! この2人が、その殺人現場に居合わせていたのだ!!」
精神的な威圧が、物質的な重圧へと変わる。もう、俺の手足は重圧に押し潰されそうになり、それに抵抗するので精一杯だ。
俺は確信した。眼前のノクス神父は、『謎の男』の仲間なのだと。
──つまり、俺の妹の行先を知っていると。
「うぁぁ……っ!!」
声帯が僅かに振動し、力無い呻き声が出る。体が、内臓が、全身がその場に押し付けられる。
抵抗する事も虚しく、抵抗をする度に重圧は増すばかりだ。
そして、俺は異変に気がついた。ノクスから四方に伸びた影から、人のようなものが顕現していたのだ。しかし、その姿形は人のそれではなかった。
だが、それを確認している余地などは俺には無い。今は抵抗のみが生であり、それを止めるとそこには死が待っている。
万事休すとは、まさにこの事だろう。『謎の男』の時とは違う。抵抗と呼べるかも怪しいこれは、ノクスからしたら屁でも無いのだろう。
ノクスは俺の耳に顔を近づけ、こう囁いた。
「──死ね。貴様の罪は、此俺にとっての不穏因子となった事だ」
俺は、意識を失った。
* * *
「流石はベネディクティオ様。小生の『分身体』を殺せる程の者を、こうも容易く制圧するとは……」
「すっごぉ〜い。ベネっちのボロ勝ちじゃ〜ん」
「……やはり、ベネディクティオはルミナス様の左腕に相応しいわい……」
「お姉さん、ベネくんに惚れ直しちゃった……」
ベネディクティオの戦いを近くで観戦していた“四皇”たちは、各々の賞賛を零した。地面にのめり込み、意識を失ったヴォイドを横目に、ベネディクティオは賞賛を鼻で笑った。
「……こんな小物など、此俺の敵では無い。ただ不穏因子であったがために、排除しただけだ」
ベネディクティオはそう言って部屋を出た。それに“四皇”たちは続く。
彼らはやがて、聖堂へと戻って来た。神像の前に立ち止まると、ベネディクティオは自身の『影』を伸ばした。そこから1人の少女が顕現する。
「あれ、“四皇”まで集めちゃってどうしたの?」
そこに顕現したのは、ルチア・ルミーネであった。
「……ルチア──いや、スコルピア。まずはヴォイドを連れて来た事は賞賛しよう」
「あっそ。別に、ボクは都合が良かったから連れて来ただけだよ」
そう言って、スコルピアはヴォイドのいる部屋を指差す。
「あの死体、ちょっと貰ってもいい? 久しぶりに現世に顕現したんだ、ちょっとくらい研究しても構わないよね?」
「……好きにしろ。どうせ処分するだけだからな」
ベネディクティオは踵を返して、『影』の中へと去っていった。
「……あれ、ベネっちもしかして機嫌悪いのかな?」
「あれは危険じゃな。何処かの村が滅びるぞ……」
「村では済まないだろう。ベネディクティオ様はああいう時、何をしでかすか分からないからな」
「……やっぱり、お姉さんが慰めてあげなきゃね! あんな事から、こんな事まで、全部やってあげなきゃ……!」
“四皇”たちもそう言ってベネディクティオに続く。それを確認するなり、スコルピアも動き出す。
「…………まさか、死んでたりしないよね?」




