第1章 第15話「聖教会」
俺は、自身の記憶と向き合っていた。
ニゲルがクレオ・デウスに帰ってからは、俺とルチアの2人で過ごす時間が大半だった。
しかし、前々から任務をこなしたルチアの姿と、眼前のルチアの姿の齟齬に、いまいち慣れない。だが、それを考えようとすると、頭蓋の奥底に潜んでいる「闇」が思考を覆い尽くしてしまい、俺は思考を止めるのだ。なまじその感覚だけを覚えているだけに、気味が悪いのだ。
「ヴォイドさ〜ん! こっちこっち〜!!」
きっと、ルチアならば「ヴォイドさん、こっちですよ」とか言ったんだろうな──
『──だ〜か〜ら〜、そんな事考えちゃダメだよ? キミは、今まさしく目の前で起きている光景を肯定しなきゃ』
──まただ。この“声”が俺の頭蓋の中を蠢き、その触手で様々な場所に侵入していく。そんな悍ましい感覚が、俺の全身を駆け巡る。
もう数分すれば、俺は先程考えていた事を忘れて、この悍ましい感覚だけが体に残る。そんな超常現象に、俺は頭を悩まされていた。
「ほ〜ら、早く来てよ〜!!」
「あ、あぁ……今行く」
俺は伸ばされたルチアの手を取り、彼女の赴くままに駆け出す。行く先も分からない場所へと、ただひたすら進んでいく。
それに抗おうとしても、何故か体がそれを拒絶する。脳と体の齟齬もまた、気味が悪い。
「ルチア、任務は良いのか……?」
「任務? そんなの忘れちゃえば良いじゃん。今はただ、私と遊ぼ?」
本当ならば嫌悪を感じる筈のこの言葉に、俺は何故か郷愁を覚えていた。眼前の少女が、妹と姿形が似ているからであろうか……?
どれ程の時間が経ち、どれ程の距離を移動したのか。体力の底が見えないルチアを横目に、俺はそんな事を考えていた。
城下町にいた筈の俺たちだったが、今はもう平界か穢界すら分からない場所にいた。
辺りに立ち並んでいた筈の煉瓦造りの建物や、その周囲で日常を謳歌する人々は、その姿をすっかり消してしまった。今はもう、木造式や掘立式の建造物が点在するばかりで、その周囲の人々は蒼白な顔面を必死に上げるばかりで、その目は生を渇望する欲にまみれていた。
道の脇にいたホームレスの1人が、ものすごい速さでこちらへと這い寄ってきた。人間とはとても形容しがたいようなその醜悪な姿に嘔気すら湧き上がってきたが、ルチアがその男の顔面を蹴り飛ばした事で、彼は数メートル吹き飛ぶ事となったのだ。
「私たちの邪魔なんて、させないよ?」
ルチアはそう言って、再び走り始める。尋常じゃない力で手を引かれ、俺も走り始める。
足が疲れたという訳ではないし、疲労も余り感じてはいない。今はただ、不安のみが募っていくだけだ。
しかも、今度は点在していた筈の建物すらその数を減らしてきた。いよいよ人気が無くなり、周囲の風景も殺伐とし始めた。草木などはその色すら見せず、空もその蒼さを失っている。自分とルチア以外の色彩という色彩が、この世界から消え失せてしまったみたいだ。
それもあってか、より一層ルチアの金髪に、ルチアの背中に目がいく。もはや魅了と言っても良いそれは、俺の心を奪っていく。
先程までの疑り深さはどこへやら。今はもう、ルチアの虜になってしまったようだ。
──そして、時は満ちたり。
「ほら、着いたよ」
雲の割れ目から、陽光が神々しく差し込む。
「これは……」
荒原の中に雄大に聳え立つそれは、奇妙なまでの力強さを漂わせていた。
「そう。これが、私の帰るべき場所……」
蔦や苔が繁茂しており、建物の外壁を覆っていた。
「──そう。ここは“聖教会”。私とノクス神父様の家だよ」




