第1章 第12話「面会」
ルチアが病院に運ばれたと聞いたのは、俺が宿に帰って来てすぐの事だった。
宿の扉を開けると、カウンターにいた主人が血相を変えてこちらへ駆け寄って来た。そこで異常事態を察知したが、案の定事件が起こっていた。
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本日未明、ルチア・ルミーネ(推定10歳)が宿ヘスティア内の2階バルコニーから飛び降り自殺未遂。発見時、本人は運良く屋台の天幕に着地したものの、意識不明の重体。その後国立治療センターにて意識を取り戻したが、こちらの言葉に応じる様子がなく、本人も行動の意思は無い。恐らく、自殺に至るまでの動機が彼女をそうさせたのだろう。
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主人から、国立医療センターから届いた報告用紙を見せてもらった。
そこに書かれた内容の真偽を疑う事が野暮だと、頭では理解していた。ルチアが飛び降り自殺などを思い立った理由を考えようともした。
しかし、俺にはこの自殺未遂に明らかな心当たりがあった。
──ルチアのペンダント。
俺とした事が、まさかルチアにペンダントの中身を見た事を悟られるとは……とんだしくじりをしてしまったもたのだ。
俺は宿の主人に礼を述べ、そのまま国際医療センターへと向かった。ルチアに会って、先日の事を詫びなければ……
「……患者本人が面接を拒否しているので、通す事は出来ません」
医療センターに着くなり、看護婦からそんな事を言われた。
予想していた事ではあったが、いざ起こってみると存外嫌な気分になる。……今はそっとしておくのが吉か。
俺は受付付近にあった椅子に腰掛けた。ルチアが俺を許してくれるまで、ここで待ち続けよう……
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「ヴォイド・オレグという人が、ルミーネさんとの面会を望んでいますが……どうされますか?」
看護婦がルチアにそう問うと、彼女は首を横に振った。彼女が今日、初めて動いた瞬間であった。
看護婦は彼女のこの行動を見て、ヴォイドがルチアに関わりが深いのを感じたのと同時に、この自殺未遂にはヴォイドが1枚絡んでいると踏んだ。自分がヴォイドと会って少し話をしてみようと思い立った看護婦は、ルチアの言葉を受け取って部屋を出た。
1階へと降り、ヴォイドらしき人物を見つける。そして、「……患者本人が面接を拒否しているので、通す事は出来ません」と言う。それを聞いたヴォイドは返事をしたのか唸ったのか分からないような声を出して、受付横の椅子に腰掛けた。
その様子を見た看護婦は、やはりヴォイドはこの事件に絡んでいると確信を持った。
看護婦は果たしてヴォイドに話しかけようとしたが、鋭い眼光を受け怯んでしまう。しかし、そんな事で彼女は諦めなかった。
「ヴォイド・オレグさん、ですか? 私、ここで看護婦として勤めています、ルード・ロマーノと申します──」
「何が目的だ?」
話しかけようと試みたところに、ヴォイドがそう問いかけてきた事でルードは萎縮してしまった。しかし、彼女は諦めずにヴォイドの隣へと座った。
「……べ、別に目的なんてありませんよ。私はただ貴方と少し話してみたかっただけで──」
「こっちだって暇じゃ無いんだ。お前が嘘をついているのだって分かる。俺に何か聞こうとしているのなら、無駄だ。帰れ」
ボロクソに言われた事で、ルードは頭に来た。そして、なりふり構わず感情の赴くままに言葉を発した。
「第一、貴方とルミーネさんが何も無ければ、彼女が貴方に反応を示す筈が無いでしょう!? 彼女、ここに来てから初めてした大きな行動が、貴方との面会依頼についての話だったのよ!!」
ルードは言い終わってから、しまったとばかりに口を手で押さえた。しかし、先程からポーカーフェイスを保っていたヴォイドが見せたのは驚愕した表情だった。
「……ルチアは、そこまで重症なのか?」
「えぇ。ご飯を食べて、排泄物を出して、後は寝るだけよ──って、あれ? どこへ行ったの……?」
ルードが瞬きをするよりも早く、ヴォイドは彼女の視界から消えていた。ルードが慌てて周囲を見渡すが、そこにヴォイドの姿は無かった。
「あの男、怪しすぎるじゃない……」
ルードは、1度ルチアのいる病室へ戻る事にした。どうせヴォイドは病室へ向かったのだろう。会って何か面白い話でも聞ければ、とゴシップ好きの彼女は密かに思っていたのだった。
* * *
俺は、病室のドアにかかっている掛札から「ルチア・ルミーネ」の名前を探した。2階から3階までの隅々を探したが、中々見つからない。
先程自分に話しかけてきたあのルードとかいう看護婦も、やがて部屋へと戻ってくるだろう。そうすると入室を阻まれる可能性が高いので、極力早く見つけたいところだ。
ルードの話を聞くに、ルチアの怪我はかなり重態らしい。自分がそのきっかけなだけに、申し訳が立たなくなってくる。
焦燥感に駆られつつ、ただひたすらに廊下を駆け抜けていく。そして、遂にその時はやってきた。
──『ルチア・ルミーネ』
その名を目にした瞬間、俺の体は動くのをやめていた。目が釘付けになり、その場に立ち尽くした。
中からは何の音も聞こえない。ただ静かに、次に起こる事を待っている。
部屋の戸を叩こうか悩んだ末、叩いた後にルチアに拒絶されたらどうしようかという考えが脳裏を過り、行動を躊躇った。帰る。そうも思ったが、どこからか湧き上がってきた虚勢がそれを否定した。
ルチアに会って、しっかり自分のやった事の精算をしなければ。
俺は戸を叩いた。まるで扉の奥には空虚が存在しており、そこへ音が吸われていくみたいだ。
しかし、返事が返ってくるまでに時間は必要無かった。
「……ヴォイド、来たのかい」
剽軽で、どこか間の抜けた声。
「ま、まさか……」
「君がそんなに驚くなんて珍しいね。オジサンもびっくり仰天だよ……」
扉の向こうにあった、皺が刻まれ始めたその顔には、うっすらと苦笑いが浮かんでいた。よく見知ったその顔に、俺は呆気に取られたのだった。




