第1章 第10話「ルチアの“眼”」
ルチアは、まだ起きる気配はない。取り敢えず城を出て宿に入ったのは良いものの、ファトゥス暗殺に失敗している以上、城の警備が厳しくなるのは確定しているのだ。「王子ファトゥス暗殺命令」をどうするべきなのだろうか。
俺は、『謎の男』を殺した。遂に家族の復讐をやり遂げたというのに、いまいちその実感も湧かず、パッとしない終わり方である。
そして何より、心残りな事が1つだけあるのだ。
──『……“眼”の能力か』
それは、俺がルチアに死の淵から救ってもらった刹那に、『謎の男』が発した言葉であった。
『謎の男』が“眼”の存在を知っている事は、それより前に彼が発した言葉から察していた。
しかし、先程述べた『謎の男』の言葉の意味は、こういう意味なのだろうか。
──ルチアのこの“能力”は、“眼”の力なのだ。
プレジデントから“眼”を集めろと言われたものの、その用途までは聞かされていなかった。
しかし、もしこのルチアの“能力”──“未来改変”──が“眼”の力由来だと考えると、俺たちが集めた他の“眼”にもこのような“能力”はあるのではないか。プレジデントはそれらを集めようとしているのではないか。
それならば、プレジデントがあそこまで必死になるのも納得だ。傲慢かつ堅実な彼が、“眼”の捜索に財産の殆どを割いているのだ。今まではその行動が引っかかっていたが、“能力”の事を踏まえるとそこまでする事にも合点がいく。
つまり、ルチアは“眼”を持っており、今までその力を使っていたのではないか。しかも、その“能力”は“未来改変”という人智を超えたものだ。
だが、もしそうだと仮定すると、ルチアはどうやって“眼”を手に入れたのか。しかし、俺はその答えが分かった。
「……サージャ・ルミーネ」
久しく名前すら聞いていなかった同僚。彼女ならば、“眼”についての情報など自分で掴んだのではないか。或いは、
「彼女は、“眼”を持っていた……?」
サージャは、同じニゲルの元で働いていたからこそ分かるが、まるで不思議な力でも持っているのかという次元の強さを持っていた。1度剣を交えて、それを身に染みて体感した。
もし、彼女も“眼”が持つ力──超常的とまでいえる“能力”を使えたとしたならば、あの強さと功績にも納得がいく。が、
「……だとしたら、何故彼女はああも簡単に殺されたんだ?」
彼女程の実力があれば、ニゲル程の手練れでない限りは負ける筈がないのだ。それなのに、彼女はクレオ・デウスの一般構成員に負けた。その戦いの目撃者の証言から聞くに、サージャはその構成員に1対1で負けたのだとか。
始めてその話を聞いた時も自分の耳を疑ったが、“眼”の“能力”を踏まえると尚更合点がいかない。サージャがもし“眼”を誰かに渡しでもしない限りは──
「サージャは、殺される時には“眼”をルチアに託していた……?」
俺の脳は、この入り混じった情報からその答えを導き出した。サージャは自分が死ぬ前に、ルチアに“眼”を託した。そして、それ故にクレオ・デウスの一般構成員に殺された。
……だとしても、サージャは自分の死を受け入れでもしたのだろう。彼女がそう易々と一般構成員に負ける訳がないからな。
「……やはり、彼女の強さは“未来改変”故でもあったのか」
俺はそこで思考を放棄した。そして、自身の任務を遂行するべく動き出した。
「……ルチア、すまないな」
ルチアに手を触れると、布越しに彼女の体温を感じる。起きる様子もないので、俺はルチアから服を脱がせる。下着姿にしてしまったのはいささか申し訳ないが、これも任務の為だと合理化を図って感情を押し殺す。
まだ温かい服の中を、無感情で探す。色々物が入っていたり装飾があったりで様々な感触がするが、“眼”らしきものは中々見つからない。
徐々に探すのが億劫になってきて、俺はルチアの服を上下に振った。様々な音がしたが、それと同時に1つのロケットペンダントが落ちてきた。それは落ちた衝撃で開き、中身が飛び出していた。──そして、その中身を見つけた瞬間、俺は既にそれをポケットの中に閉まっていた。
「……“眼”だ」
自身のポケットの中に、確かにビー玉サイズの真紅の宝玉が入っているのを感じる。それを確認した俺はペンダントを服の胸ポケットに仕舞い、ルチアに服を着せた。
最後に上着を着させたところで、丁度ルチアが目を覚ました。そして、彼女は今の状況を見てすぐさま行動した。
皮膚を力強くはたく音が、宿の1室に鳴った。
「この……ヘンタイっ!!」
俺は自分の左頬に出来た真っ赤な手形をさすった。徐々にその痛みは強さを増し、激痛へと変わる。
「この変態っ。ド変態っ。変態大人っ!」
……まぁ、当然の報いか。同意も無しに少女の服を脱がせたのだ。普通ならば死罪である。
「ルチアが少し寒そうにしてたから、はだけてた上着を直しただけだよ……」
「──それでもっ、それでも駄目なものは駄目!!」
俺の言い訳も無駄に終わり、ルチアは頬をぷくーっと膨らませてそっぽを向いてしまった。
……こうなってしまった時の対処法は1つだけだ。
「……お菓子、買ってやるぞ」
俺の言葉に、ルチアが僅かに反応した。
「……何でも良いぞ」
俺の言葉に、ルチアが振り向いた。
「……ケーキでも良いの?」
「あぁ。男に二言はない」
ルチアはベッドから起き上がって、手櫛で髪を解かし、軽く身嗜みを整えた。そして鞄を肩にかけ、俺の前に立った。
「……約束ですよ?」
「……分かったよ」
俺は左頬に手を当てながら、ルチアに右手を差し出す。しかし、いつものように彼女は手を取らず俺の3歩前を歩いた。
「……さっき街を散策して見つけたケーキ屋さんがあるんですよ」
ルチアは扉を開けた。そして、俺の方を向いた。
「──早く、行きましょうよ!」
その顔は、満面の笑みを浮かべていたのだった。




