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パクス・ウォビスクム  作者: 獅孔
第1章「ヴォイドとルチア」
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第1章 第9話「決行」




 〜時は少し遡り、これはヴォイドとルチアがプランAを実行する少し前の事〜





 私はプランA通りに、指定された場所に爆弾を仕掛け、少し離れた場所へと移動した。起爆スイッチを片手に身を潜める。


 近くにある窓から差す月光が、廊下を淡く照らしていた。あと少しすれば、この淡い光は灼熱の炎によって塗り替えられるのだが。


 私は手に持った起爆装置を見つめた。これを押せば、この城は爆ぜる。不本意極まりない行為ではあるが、弟を守る為だと自己暗示をかけ、決意を固める。指にスイッチが触れ、それが押されようとしたその刹那であった。

 突如として、私の手から起爆装置が消えたのだった。


 落としたのではないか、という可能性は考える前に否定した。私は自分に覆い被さるようにしてかかっていた影に気がついたからだ。


「誰──」


 しかし、気がついてからではもう遅かった。ルチアが短剣の柄に触れていた手は、既に「見えない何か」によってその場に固定されて動かなくなっていた。それに動揺した私に出来た隙を、その『影』は見逃してはいなかった。すかさず峰打ちを入れられて、私の意識は遠のいた──はずだったのだが。


「……厄介な“力”だな」


 気がつけば、私はその『影』──『謎の男』の背後に回り込んでいた。この正体不明の現象は、ヴォイドさんとの任務でも何回か目にしている。つい先日、ヴォイドさんを救ったのもこの現象である。この現象を引き起こしている力はよく分からないが、現にこれに何度も助けられているのもまた事実。


 しかし、この能力には代償があった。使う事で私自身の体力が減り、使いすぎると意識が飛ぶ事だ。連発が出来ないという訳では無いが、連発してしまうとろくに立つ事すら出来なくなるのだ。


 先程の峰打ちは打ち消す物としては程度が軽かったらしく、まだ立てない程体力を持っていかれたという訳ではなかった。

 しかし、またこの能力が発動するのも時間の問題だろう。この漆黒のローブを纏った『謎の男』は、再び剣の柄に手を当てているのだから。


 この戦いの勝敗は、誰にでも予想出来るものであった。そこから間も無い内に、私は体力が尽きその場にへたり込んだのだった。


 全身が痙攣し、本能が危険だと警鐘を鳴らしている。そして、『謎の男』は私に再び峰打ちを打ち込む準備をした。避けようなどはなく、次に能力を発動したとしても私の意識はとうに失われているだろう。




 ──だったら、せめて足掻いてやるしかない。




 私は能力によって動かせるようになった手で、思いっきり起爆装置のボタンを押した。城中に爆発音が轟き、地面が揺れた。少し近くにも爆弾はあり、煙はすぐにここまで到達した。


 それでも、『謎の男』は余裕の態度を崩さない。煙の中を平気な顔をして進んできている。

 一方の私はというと、爆発の煙で咳き込み、その場に這う始末だった。


 私は煙で朧げになりつつある意識の中で、『謎の男』を見た。そして、そこで不思議な光景を見た。男と顔の周りは、『球状の空気』によって守られていたのだ。煙は男の顔付近に到着する前に、その『球状の空気』によって遮られているのだ。


 しかし、生憎私にはその『球状の空気』の正体について考える意識は残ってはいなかった。そのまま沈んでいく自分の意識に、私は身を委ねた。










 私の意識が再び戻ったのは、『謎の男』の脇の下だった。ぼやけて朧げだった視界も、徐々にその色合いを取り戻していく。




 ──そして、視界全体に広がっていく真紅に絶望する。




 視界の端々に、何者かの腕やら足やらが転がっている。歴戦の証である数々の傷跡が特徴の、しなやかだけど力強く、いつも私を守ってくれた腕。傷1つ無く綺麗であり、すらっと長く、助けを呼ぶとすぐに駆けつけてくれた足。




 ──私の、大好きだった……




 涙腺が崩壊した。熱い涙が頬を伝い、地面を濡らす。


 その刹那であった。内ポケットにしまってあった『秘密のペンダント』が、私の心に呼応するように燃えるような熱を帯びた。ペンダントの入っている場所を見ると、布越しでも分かる程ペンダントは眩い光を放っていた。


 涙でぼやけた視界をどうにかしようと、私は目を擦った。そして、瞬きをした。

 すると、そこに立っていたのは──先程まで四肢を切断され、血溜まりの中に倒れていた筈の──ヴォイド・オレグであった。




 * * *




 意識が闇に呑まれ、気がつけば俺は『無』に立っていた。何も見えないし、何も聞こえないし、何もかもが存在しないのだ。


 遂に俺も死んでしまったのかと思い、そのまま地面に寝転んだ。

 このまま目を閉じてしまえば、もう俺は俺ではなくなるのだろうか。──だが、それでいい。


 死んでしまったのなら、それはもう死人に過ぎない。今更未練などを抱いたところで、何も変わるまい。そう思った俺は、考えるのをやめた。


 意識を手放そうとしていたその時であった。ふと、どこからか温かい光が差し込んだのを感じた。


 目を開けてその方向を見ると、『無』に裂け目が出来ており、そこから一筋の光が差し込んでいた。俺は無意識の内にそれに手を伸ばしていた。指先が裂け目に触れると、そこから裂け目が広がり、光が溢れ出す。


 『無』を照らし尽くした光が収まると、俺は再び城の廊下に立っていた。そして、その目線の先には『謎の男』と、こちらを見て弱々しく笑ったルチアがいた。ルチアはそのまま気絶した。


 俺はその場に落ちていた剣を拾った。そして、こちらに気付き振り返った『謎の男』を一瞥する。


「……“眼”の能力か」


 『謎の男』が剣を抜く。それに伴って、俺は剣を構えた。


 しかし、その心は揺れていた。このまま戦っても、どうせさっきと同じように殺されるだけだという自分。逃げる。そう思った自分もいた。

 そして、ルチアの剣として──この因縁を断ち切る為に──『謎の男』と戦おうとする自分。


 だが、その心の揺れはすぐに収まった。


「……まぁ良い。どうせまた、この私に殺されるだけだろう」


 その言葉が、俺の闘志に火をつけた。どうせ殺される? 逃げるしか方法は無い? ──否、絶対に違う。


 俺の理性は既に、その意思を本能に委ねていた。しかし、本能は至って冷静で、澄みきっていた。




 ──“瞬きをする間に相手との間合いを縮め、相手が再び目を閉じた時には、攻撃はもう終わっている”。




「なっ──」

「“岶桜(はくおう)流刀殺法”『開闢』」


 『謎の男』の体が2つに裂け、血飛沫が高々と上がる。地面に残っていた俺の血に男の血が触れ、接触部分から固まっていく。男の上半身は、血溜まりにそのまま突っ込んだ。下半身は上半身と分かれ、その場に倒れた。


 俺は腕に抱き抱えたルチアを見る。攻撃をした直後の刹那に、俺は剣を鞘に納め、彼女を救出したのだ。


 俺の腕に抱き抱えられたルチアは、どこか安堵したような表情をしていた。心臓の鼓動は落ち着いており、呼吸も正常だ。


「──おい、こっちから人の気配がするぞ!」

「こっちだこっち!! 早く来い!!」


 城の兵士たちもこの陽動に伴って動き出したみたいだ。そろそろずらかるか。


 俺はルチアを抱き抱え、その場から離れたのだった。




 * * *




「──血だ! 血の臭いがするぞ!!」

「近いぞ! 早く来い!!」


 マグヌス城内にて。兵士長サングイスは部下たちを引き連れ、異質な臭いがすると通報のあった場所へ向かっていた。

 臭いが強くなり、いよいよその場所に着こうとしていた瞬間であった。サングイスは足元の絨毯が泥濘んでいるのに気がついた。また1歩足を踏み出してみるが、そこも同様であった。


「へ、兵士長。この絨毯、何か変じゃないですか?」

「あぁ、そうだな。まるで、何かの液体が染み込んで腐ってるみたいだ」


 そして、先程のサングイスの言葉を裏付けるかのような異臭が、この場にいる全員の鼻についた。それに伴い、先程まで勇猛果敢であった兵士たちの足取りは重くなった。


「お、俺が先に見てくるぞ……」


 サングイスは兵士たちに変わってそう宣言し、恐る恐る角から顔を出した。そして、その違和感極まりない光景に絶句した。


 そこに残っていたのは、巨大な血溜まりであった。月明かりに照らされた絨毯は、赤黒く光っていた。それは──


「血の色だ」


 何者かの血以外の何物でもなかったのだから。


 しかし、サングイスが違和感を感じたのはそれではなかった。


「死体が、無い……」


 まるで重傷を負った人が残したかのような血溜まりであるのにも関わらず、その当事者がいないのだ。重傷の体を引きずった跡がある訳でもなく、死体が残っている訳でもなく。そこには血以外のものは何も残っていなかったのだ。


 サングイスは背後で待機させておいた兵士たちを呼び、現場検証を始めた。しかし、そこから何の成果も得られず、結局事実の解明を諦める事となったのだ。


「一体、あの血溜まりは何だったのだ……?」


 サングイスの脳内には疑問が残っていた。しかし、それが解明される事はもうなかったのだった。

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