誘拐
起きた出来事に、場は静まりかえった。
リアンの足下から吹き出た黒い霧のような固まりが父親を締め上げている。
人々は叫び声をあげたが、それもすぐに静まった。
リアンが参列者の方に目線を向けたからだ。
煩わしいとばかりに向けられた視線に、人々は動けなくなった。
少しでも変な動きをすれば命を奪われる、そうみんな理解したのだ。
場が静かになり、会話がよく聞こえるようになる。
リアンは締め上げた父親に告げた。
「おまえは始祖のわたしより偉い存在なのか?ならば、この拘束を解くのもたやすいだろう」
言われた父親は小さくもがいたが、結局何もできなかった。
彼の魔力はあの継承式でなくなっていたからだ。
何も言えない父親に、ルカは告げた。
「継承者を否定することは、アミュールの家を否定することも同じではありませんか?私が今はダークナイトの力を継承しています。私がこの家から離れたら、あなた方に何が残ります?」
そう言われた父親と母親はハッとして抵抗を止めた。
ようやく自分の立場がわかったようだ。
頭ではそれはわかっていたのだろうが、今までの環境や生活でルカは彼らに服従していた。
だから、これからも支配はできると思いこんでいたのだろう。
もう、これでお開きにしよう。
ルカはそばであっけに取られているシリルに向き合った。
彼とは決定的に距離をとりたい。
これからリアンとともに魔導を追求していき、家族に復讐するにあたって、シリルの存在は邪魔になるだろう。
名ばかりの王族だが、守護者として貴族の間で力を持つアミュール家とセットになれば脅威となる。
それに、前回のルカの人生では彼にも存分に傷つけられた。
意趣返しと、新しい人生でも彼に舐められないために、わからせなければ。
ルカはシリルより下の存在ではないのだと。
ルカはシリルに笑顔で言った。
「アミュール家の後継者とはいえ、妾の子と結婚させられるの、なぜだかおわかりですか?あなたには何も価値がないと言われているのですよ。出来損ないの王族だという証明ですね」
シリルは顔は怒りでゆがみ、反射的にルカに対して腕を振り上げようとした。
だが、ルカの後ろでこちらを睨むリアンに気が付き、すぐにそれを止めた。
「暴力をふるおうとしたんですか?権威のある王族の方とは思えませんね」
ルカはシリルに言った後、最後にマリーに向き合った。
マリーはルカに目もくれず、ずっとリアンを見つめたままだった。
彼女のほほえみしか浮かべない表情の中で、唯一感情がわかるのが瞳だ。
潤んで熱っぽいその目からは、独占欲があふれ出ていた。
ようやくマリーの目線に気が付いたのか、熱を振り払ってルカに向き合う。
視線があったところで、ルカは言った。
「彼はもう私のものよ」
そのままリアンに向き合い、微笑みかける。
リアンもルカにほほえみ、そして彼女の陰にとけ込んでいった。
会場は静まり返ったまま、みんなルカを見ていた。
黒い騎士を従えた、黒いドレスの女。
それは悪女と呼ぶにふさわしい姿だった。
継承のお披露目はそこで中断となり、参列者は皆帰って行った。
マリーたち家族は、ルカに目もくれず去っていく。
ルカももうこの場にいる必要はない。
帰途につこうと、乗ってきた馬車のもとへ向かう。
皆すでに帰った後なので、馬車はルカが乗ってきたもの一台しかない。
灯りも無く、薄暗い中を進んでいく。
馬車に着き、乗り込もうと足をあげた時だった。
背後から口をふさがれて、地面に倒された。
自分に何が起こったのかわからず、一瞬混乱する。
ルカは延びてくる複数の男の手を視界にとらえて、自分が襲われているとわかりとっさに声をあげる。
「リアン!」
だが、その声に彼は答えてくれなかった。
今までであれば、ルカの求めに応じてすぐに姿を表してくれた。
先ほどの継承のお披露目のときのように。
叫びで止まっていた手が、再びルカに迫ってくる。
大勢を相手に太刀打ちできるはずもなく、ルカは縛られて馬車に放り込まれる。
元々乗ってきた馬車だったが、従者はグルだったのか騒動を傍観するだけで、手助けをしようとしなかった。
縛られ、猿ぐつわをされたままどこかに運ばれていく。
しばらく馬車は走り、出されるときに目隠しをされて男に担がれる。
物のようにぞんざいに運ばれ、目的の場所にたどりついたのか、床に転がされた。
男たちはその場から離れ、鍵がかかる音がして、自分が閉じこめられたことを知る。
ルカは、せめて目隠しだけはどうにかしようと、地面と自分の頭をすりつけてなんとか片目だけはずらせた。
そこはどこかの地下室のようだった。
通気口代わりなのか、側面の天井付近に鉄格子がはめられていて外から月の光が入ってくる。
薄暗い中で目を懲らすも、物一つない部屋に自分がいるとわかっただけ。
自分が誰かにはめられ、ここにつれてこられた。
状況を整理しながら、ルカの中で悲しみが広がっていく。
なぜ、リアンは出てきてくれないのだろう。




