第4話-前編
◆第四章◆
鳥は惹き付けるために
美しく囀ずるけれど
美しさに気がつかないカナリアは
声を出さずとも他人を魅了させる
その視線には気づかずに
気づいて、お願い気づかないで
城に身を落ち着けて1年が過ぎようとした頃。クロエは上司であるナディアの部屋に呼ばれていた。
「パーティー?」
「えぇ。あなたも来てくれる?」
「それって夜会ですよね……」
「うーん、ちょっと違うかな~」
ナディアは少し困ったような顔をしてから続けた。
「研究に投資して下さる方々に成果のご報告をするのよ」
「………貴族に?」
「そんな嫌な顔しないの~興味を持ってくださってるから、私たちも研究できるのよ」
ふんわりとした雰囲気のまま、彼女は少し悲しそうな顔をした。
「こんなふうになったのも…つい150年前なの。ウィリアム陛下の曾お祖父様と、あなたの義父様がこの国を変えた。そして、私を救って下さった」
祈るように、そして思い出すように両手を胸の前で組んでそう言った。
ナディアはおよそ200歳で、その4分の1は地下で監禁され、その頭脳を買われて兵器の開発を強いられていた。
罪を犯したわけでもない。
ただ混血児というだけで。
当時ウィリアムの曾祖父である東の国の国王に仕えていたのが、師匠だった。そして、積極的に混血児を差別から救った。
しかしそれもたった一部だけ。
それは変わらない事実。
「私はあのまま”道具”として死んでいくと思ってたの」
東の国以外がそうであるように、エインセル混血児の差別は激しい。
それは形容しがたいほどに。
「あなたも色々あると思うけど…『今』は、利用されている混血児を救う方法を見つけましょう」
「はい」
クロエが知りたいことは、何一つ情報がない。
今は情勢が落ち着くまで、魔術兵器の撲滅を試みている。
争いを繰り返すわけにはいかない。
今は、少しでもこの状況を改善しなければならなかった。
***
「パーティー?お前がぁ?」
鳥籠の水を取り換えながらウィリアムはプッと吹き出した。カナリア__『クロエ』の世話は、すっかり彼の趣味と化している。
「何よ。文句あるの?」
とクロエは顔をしかめながら紅茶を啜った。
時間が合うときは休憩がてらに、こうして彼の私室でお茶を飲んで世間話をしている。
幼馴染みといっても仮にも国王だ。
ストレスも相当たまっているだろう。そうだ、糖分が必要なはず。と、クロエは勝手に納得して目の前の放置されたティーカップに、シュガーポットから鷲掴んだ角砂糖を放り込んだ。
「だって嫌いだろ。そういうの」
「名目はナディアさんの付き人として行くのよ」
「あー、いつもナディア大変そうだからな」
その言葉に首を傾げると、彼はまた笑った。
「行けばわかるって。ところで、お前なに着るんだ?」
「あー。そういえばドレス?よね……誰かから借りようかな。ウィルは別に出ないんでしょ?」
「そうだな。研究者のレセプションだし。国王も忙しいんだよ、なっ♪」
と指で『クロエ』を撫でた。これでまた、ピィ♪と返してくるのだから、愛くるしくて堪らないだろう。
クロエはこちらに視線が向いていないうちに、ティースプーンで適当に中身をかき回す。ザリ、とあらぬ音が聴こえたが空耳のフリをした。
「いつなんだ」
破顔の視線を『クロエ』に落としたまま彼は言った。
「ん…一週間後だって…ムグ」
「そうか。じゃ、俺はケーキを…って!なんで俺の分まで食べてんだよ!!」
「あんたは鳥の世話で忙しいと思って」
じっとりとした目で淡々と言ってやれば、彼はガックリと肩を落とした。そのままおもむろに掴んだ紅茶を口に含むと案の定、むせていた。
(ウィルが…鳥ばっかり見てるから…)