8話 梅雨の誤解(前編)
梅雨の誤解(前編)
雨が多くなるこの時期には、あまり春男の家にはいかなくなる。春男の家で乾いた服がまた帰り道でぬれるのが嫌だからだ。しかし、今日は作品を受け取らなくてはならない。まっすぐに春男の家に向かった。あまりよくないことに、今まで降っていなかった雨が自分の降りる駅に着いたとたんに降り出した。
げんなりしたのはきっと同じときに電車から降りた人はほとんどがそう思っただろう。とくにオレはもっとそうだった。降っていないからと傘を会社においてきてしまった。まず、ここでぬれてしまうことが決定になる。
次に。そっと後ろを見つめると、やっぱり見ている女性がいる。さっきから女性がオレのことを見ているのだ。いや、気のせいではない。傘を持っているのに、外に出ようとしていない。最初はオレの勘違いと思ったが、電車の中からずっと続いている。誰かに恨まれるような理由もない。ついでに、一目惚れをされるような容姿ではないことをオレはよく知っている。オレはため息をついた。
「よし。」
カバンを頭にのせて、走ろうと覚悟を決めたときである。
「佐々木君。」
振り返ると、さっきの女性が立っていた。
「佐々木くんだよね?」
「そうですけど。」
「あ。私、同じ大学だった、安藤です。」
「あ。え?痩せたな!」
思い出した!クラスメイトだ!後から考えるとなんて失礼な言葉だったと考えるが、そのくらい、ほっそりしていた。誰なのか、わからないくらいに。彼女は気を悪くした様子もなく、にっこりと微笑んだ。
「この駅なんだね。」
「ああ。だけど、傘を置いてきてね。走ろうかと思って。」
「あ、じゃ、これ、貸してあげる。」
がさごそ、かばんの中から折りたたみを出してきた。ん?
「え、なんで、二本もあるのさ?」
「知り合いが返してくれたの。こっちは朝から持ってきたほう。」
「なるほど。ホントに借りていいの?」
「うん、でも、その前に、ここに付き合ってくれない?一緒に来るはずだった子が風邪を引いちゃって。」彼女がカバンから手紙を出してきた。
「この住所なの。地図ならインターネットで引いてきたからわかるわ。」
オレはじっと、その住所を見つめていた。
「どうしたの?」
彼女、いや、安藤が聞いた。
「安藤、なんでここに行くんだ?知りあいか?とにかく、道はこっちだ。」
間違った方を向いている安藤に言った。
「あははは。地図、分かりにくいね。えっとねぇ、作家の家らしいの。今日来るはずだった子が好きでねぇ。手紙のやり取りをしていたらしいんだけど、間違った手紙を送ったらしくって、どうしても早く誤解をときたいって、手紙を預かったの。」
「手紙ねぇ。こっちだ。」
地図も見ずに歩くオレに感心したように安藤は言った。
「詳しいのね。」
「あー、まぁね。」
まさか、一年の半分以上歩いている道だとはいいづらい。
「ここだ。」
そこは春男の住んでいるアパートの前だった。




