45話 ため息の理由
ため息の理由
「はぁ。」
最初は気が付かなかった。
「はぁ。」
作品がもうすぐ出来上がるのを待つ間、いつものソファに座り込んで、本を読んでいたからだ。
「はぁー。」
しかし、いったん気がつくと気になってしょうがない。
「はぁ。」
「なんだよ!」
びくっとして、春男は振り返った。
「なんだい、いきなり。びっくりするじゃないか。」
「さっきから、ため息ばっかりうっとうしい。気になってしょうがないだろうが。ため息ばっかりついていると、幸せが逃げるって言っていたのはお前だろうが。なんだ?なにかあったのか?」
オレは本を腹の上に乗せた。
「いや、その話は父さんの受け売りなんだけど。それがさぁ、お隣さんが引っ越したんだ。こっち側の。」
オレは目を丸くした。
「もう?数ヶ月しかたってないのにか?」
「そう。急に田舎に帰ることになったって。一人いなくなると、おすそ分けが余るんだよねぇ……。」
こんなものが、ため息の原因とは。せめて、作家の端くれらしく、作品の話のすじとか、登場人物のことで悩むとかして欲しいと思うのは、オレだけだろうか。
「前から思ってたんだが、どうしてお前のおふくろさんはあんなに色々と送ってくるんだ?家には旦那もいるし、娘だっているじゃないか。」
「母さんが送ってくるのは、感想が欲しい料理。でも、材料を送ってくるのは父さんなんだ。家にあると、変わった食事に変身するからね。夫婦揃って送ってくるから増えるんだ。」
「とにかくだな、ちょっとしたら、また新しい人でもくるだろうから、それまで待っているしかないだろ。もしかしたら、今度の人は家族とかでくるかもしれないじゃないか。そうしたら、持っていく分量が増えるだろうが。」
「そうだねぇ。それに期待するしかないよねぇ。だけどさ。」
「だけど?」
「うちの下も引っ越すんだ。」
「下?ああ、学生の二人か。卒業か?」
「そう。」
「もうすぐ春だからなぁ。引っ越しシーズンだよなぁ。」
そう自分で言ってから、ふと考えた。オレは?
春男はそんなことは気にならなかったようで、またパソコンに向かい始めた。オレが転勤になったらどうなるんだろう?
翌日。編集長に聞いてみた。すると。熱いお茶をずずっと飲みながら言った。
「なに、転勤?したいのか?」
「そういうわけではないんですけど、可能性としてあるんですか?」
「お前はない。あの変人作家に他の編集社員が見つかるか、お前がこの仕事をやめるか、あいつが作家を辞めない限りはない。」
編集長はそう言い切った。
別に転勤したいわけではない。したいわけではないが……。なんだかなぁ……。
そういえば、オレは春男の四人目の担当だった。後継者なんて見つかる可能性はかなり低い。
なんだか、春男のため息が移ったようだ。
「はぁぁ。」




