41話 見ているもの
見ているもの
なにやら、会社内が朝からわいわいと騒がしい。
「なにかあったの?」
オレは隣にいる女の子の同僚に聞いてみた。
「鈴木さんが結婚するんですよ。」
鈴木さんというのはオレと同じ会社の仲間だ。だから、みんなに囲まれて、あんなに冷やかされているのだろう。
「へぇ、そりゃ、おめでたい。いつ?」
「来年の春頃だそうですよ。」
「へぇ。付き合っている人がいたんだなぁ。」
「知らなかったんですか?」
「知らなかった。」
「だって、去年くらいから、服が変わっていたじゃないですか。」
「……そうだっけ?」
まったく思い出せないどころか、変わる前の服装も思い出せない。
「基本的にスーツだしねぇ。」
オレはいいいわけをしたが、彼女は首を振った。
「ネクタイとか、シャツの色とか、前のと全然違うものになっているじゃないですか。他にも、もっているハンカチにアイロンがかかっているとか。ダメですねぇ。」
オレは正直、驚いた。
「そこまで見ているものなのかい?」
「そりゃあ、基本ですよ。」
なんの基本だか、よくわからないが、そんなに見ているもんなんだなぁということに感心していた。
「服?そんなものに気がつくわけないじゃないか。」
帰りに寄った春男の家で話してみると、春男はあっさりと言い切った。
「だろうな。」
「男は気がつかないものだよなぁ。」
「いや、男女関係ないんじゃない?だって、父さんは母さんが服を買おうが、髪型を変えようが気がつくもん。僕はほとんど、わからないけど。」
「へぇ。さすがだ。」
「人によって違うんだろうね。人を意識的によく見ているかどうかだね。僕はあんまり見ていないけど。」
「オレもだ。」
こんなことだから、彼女もできないのだろうか。オレはふと思い出した。そういえば。
「春男、あの受付嬢はどうなったんだ?」
「受付嬢?」
「ほら、電車の模型の展示会で会ったって言っていたじゃないか。」
「ああ、会わないなぁ。」
オレは目が点になった。
「なんで?」
「なんでといわれても……会わないんだよ。」
あんなにもかわいらしく、にこやかに笑っていた女性を逃すことなんてするだろうか、普通。いや、ありえねぇ!
「連絡先も携帯の番号もメールのアドレスも聞いていないのか?」
「聞いてない。」
それが、どうしたと、いうよな口調で春男は言った。オレはなんだか、がっくりきた。それと同時にほっとした。オレはここに来られなくなる日はまだ来ないようだ。




