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4話 三つの椅子

 三つの椅子


春男の家には、全部で椅子が三つある。それも全部ばらばらな椅子で共通しているものがない。そのなかでも春男が一番よく使っているのは、ローラーのついた椅子で、仕事のときも、オレと食事をするときもその椅子を使っている。よく事務所なんかにあるような椅子だ。

立ち上がるのが面倒な時は、それに座ったままで床を蹴って移動する。あまりに使い込んでいるせいか、背もたれのところが壊れ、ひっくり返ったことがなんどかあるそうだ。買い替えをしたらどうだ、と一応、薦めてみたが、買いに行くのも、家まで運んでくるのも面倒だということで、いまのところ、実現されていない。

オレは、作品を待っているときは、大抵はソファに座っている。なぜ、ソファがたん品で一つだけあるのか、疑問だった。

すると、春男が言った。

「人間椅子って作品、知っている?」

 春男でも知っている作品だ。

「あたりまえだ。これでも、編集員だぞ。」

「古い作品なのにさ、今まで読んでなかったのを、読んだらしいんだ。そしたら、読み終わった後に、父さんが怖くなったらしい。」

「怖くなった?だけど、あれは、べつにソファってわけじゃないじゃないか。」

「僕もそう言ったんだけど、どうしても、一個だけあるっていうのが怖かったらしくって。捨てるとまでいうからさぁ。他のは三つ、くっついているから気にならないんだって。だから、残りは実家のリビングにおいてあるよ。」

「まぁ、捨てるのはもったいないな。」

「だろう?それも今じゃ古いけど、当時は買ったばかりの話だったんだ。だからここにあるんだ。僕は気にしないしね。」

「繊細な親父さんだな。」

そんな理由だとはオレは夢にも思わなかった。改めて言われるとなんとなく気になる。しかし、次回、来る時までにはきれいさっぱり忘れているだろう。

もう一つは食事の机とセットになっている椅子だ。実際の机の上は、半分以上、春男の作品の資料で埋め尽くされている。きれいになっているときは、たいてい春男の母親から、何か送られてきた時だけだ。資料の代わりに食材が乗っている。

「なんで、席が一つだけなんだ?」

「本当は、机だけでよかったんだけど、セットのほうが安かったから。椅子の数は指定できたから、一つだけにしたんだ。それ以上あっても邪魔だし。それに、高いところを掃除するときは、ローラーがついていないほうがいいんだ。」

なんて単純明快な答だろう。たしかに、たって、足場が不安定では、怖いだろう。

以前に、春男のこの部屋に電気屋さんが来たときも、たしか、このいすに立っていたような気がする。そんなわけで、三つの椅子がある。まぁ、春男の家にたくさんの人が来ることはないからこれでいいのかもしれない。三人以上来ると、座ることが出来ないけれど、すくなくとも、そんな状況になったのを、オレは見たことがなかった。

「三人以上来たら、どうするんだ?」

「そんなにくること、ないし。」

本人もわかっているようだ。

「それに、来たら、ベッドの上にでも座ればいいんじゃないか。もう置くスペースないし。君が今座っているソファだって、最近邪魔なんじゃないかと思っているんだから。」

 なるほど。そして、そのとおり。最近ではソファさえも、物置になってきている。オレが座るのは、荷物をどかしてからでないと、座れない。そのうち、これもなくなっているかもしれない。そのまえに、いまのうちに座っておこう。


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