31話 君を床屋へ
君を床屋へ
さすがに、我慢にも限界というものがある。とくに、楽なほうになれていると、面倒なことになると、余計に腹が立つのだろう。その思いだけは理解できる。
しかし!この行動だけは理解できなかった!そして、最悪なのは、春男の髪型だ。切り方だ。いや、ひげもひどい。
「なにがあったんだ、なんだ、そのボサボサの頭は?」
春男を一目見るなり、オレは悲鳴に近いように言った。
「ん?父さんがあまりにも来ないから、もう待っていられなくて、自分で切った。そんなに変?」
変、程度のレベルではない。ひどすぎる。もし、格好までひどくなったら、人相の悪い浮浪者寸前だ。そこで。
「ひどすぎだろう!床屋へいけよ!」
「どこにあるのか、知らないんだよ。行ったことないし。」
「ひげは、それるだろう?」
「んー。でも、誰か来るわけじゃないしねぇ。君が今日来るってわかっていたら、そったんだけど。」
「いや、朝からメールしただろう?」
「あれ、そうだった?あ、ホント。」
春男は、いま、朝に送った携帯内容を確認したようだ。
「とにかく、その髪はひどい。横の長さは違うし、前髪は少ないし、後ろは……。」
春男がくるりと後ろを向いた。
「長さが、まったく揃ってない。親父さん、どうしたのさ?」
オレはどさっとソファに座り込んだ。春男の髪は父親が切っていた。ところが、ここ何ヶ月が見ていない。いや、会わなくても来たかどうかがわかっていたのに、その様子さえも見られなくなった。
「教室が忙しいんだって。」
「ああ、例の短歌教室か。」
春男の父親は短歌の教室に通っていると、妻には言ってあるが実際には着付けの講師をしている。
「いままで、火曜、木曜だったのに、今度、土曜日まで行くことになった。」
「繁盛だなぁ。着付けをしに?」
「ううん。本当に習いに行っている。カクテルの作り方だって。」
「なんだって?カクテル?なんで?」
「母さんが田舎に土地を買うらしいよ。父さんが引退したら、そこに梅の木を植えて、梅酒を作るだって。まぁ、本格的なものじゃなくて、自分たちで飲む程度のものだと思うんだけど。酒の事を勉強してくるって。」
「それで、カクテルねぇ。」
そんな教室があることにも驚いたが。しかし、問題はとにかく髪だ。
「とにかく、床屋へ行って来い。それじゃ、お隣におすそわけだっていけないだろう。」
春男は自分の髪を引っ張って見せた。
「やっぱり、ひどいか。面倒だなぁ。あ、洋介、切って。」
「無理を言うな!人の髪なんか切ったことない!床屋へ行け。今だ、今、行くぞ!ほら!」
「えー。今から?着替えなきゃいけないのに……。」
「だから、なんだ、行くぞ!」
夕方だというのに、春男を連れ出した。しかし。
「閉まっているねぇ。」
「……だな。」
よく考えたら、自分も休みの日にしか行かない。何時までやっているのか、知らなかった。
「じゃ、やっぱり、切ってくれ。」
オレはため息をついた。自分で切ったら、どんなにひどい髪形になっても文句は言えないだろう。オレはそっと、春男の親父さんを恨んだ。




