2話 編集長のうらみごと
編集長のうらみごと
春もうららかだというのに、朝からとんでもないニュースが流れた。流行作家の麻薬所持の逮捕だ。オレの出版社ではなかったが、編集長は朝から大声を上げて言っていた。
「いいか!捕まるよりかは、逮捕されないほうがいいが、万が一にも逮捕されそうだったら、その前に作家から原稿をもらえ!」
ここまで断言されたら、これはこれで気持ちのよささえあるというものだ。
「佐々木。」
「ハイ。」
「お前のところの変人は、大丈夫か?」
「春男のことですか?」
「他に誰がいる。」
編集長はしぶそうにお茶を飲んだ。
「編集長、いくら春男が変わっているからって言いすぎですよ?」
「ふんっ。本人の目の前で言っても気にせんだろうさ!」
たしかに、そのとおりだろう。春男は気にしない。ところで、ずいぶん前から気にはなっていたが、どうも編集長は春男に対して、嫌悪感を抱いているようだ。
「私、知っていますよ。」
オレの隣にいる同僚が教えてくれた。
「あのね、編集長、昔、マキさんのファンだったの。たぶん、いまでも好きなんだと思う。」
「ああ、春男のお袋さん。初めて聞いた。」
「でね、息子さんが、「母が作ったものです。」って、ケーキを持ってきたことがあったの。」
「それで?」
「編集長、うれしくて家に持って帰ったらしいの。で、家族と食べたら……。」
なんだか、いやな予感がしてきた。
「辛かったんですって。」
……。俺はすでに慣れはじめているが、最初にそれを食べたら、ショックだろう。ましてや、嬉しかった分だけショックが大きいというものだろう。
「辛いケーキねぇ。」
「編集長、いたずらだと思ったみたいよ。ついでに、家族にもえらく、怒られたらしいの。それ以来、あの調子。」
そりゃ、家族も怒るだろう。
あとから、春男の本人に聞いてみた。
「持っていくやつを間違えたんだよ。」
「間違えた?」
「そう。わさびのケーキを持っていくはずだったのが、からしのケーキをもっていっちゃって。同じクリームが乗っていたんだ。タバスコのは、赤いクリームだったからわかっていたんだけど。それで、次の日に、新しくケーキを持っていったんだけど、いらないって言われたよ。」
どっちもどっちのような気がするのはオレだけだろうか。オレだって、辛いケーキなんか食べたくはない。
「だけど、お袋さんが作ったのは間違いないんだな?」
「そうだけど、多分、彼は信じてない気がする。」
「いいのか?誤解、解かなくて。」
本人がいないところで、ずいぶんな言われようを考えると、そうする権利があるのではないかと、ちょっと思った。春男は振り返っていった。
「知らぬが仏って本当だと思わない?」
オレは妙に納得した。
「黙っておこう。」




