10話 梅雨の誤解(後編)
梅雨の誤解(後編)
「あ、ハイ。大学のときのクラスメイトなんです。」
「そう。駅でばったり。最初、誰だかわからなかったよ。」
「あ、でも、佐々木君が、まさか、春男さんと知り合いだとはまったく思わなくって。言ってくれればよかったのに。」
「オレも社会人になってから、こいつと一緒にいるようになったからなぁ。大学時代はほとんど交流がなかったんだよ。」
「まぁ、そうだね。」
春男も認めた。
「あ、あの、真琴ちゃんに、これにサインしてくれませんか?お見舞いがてらにしたいと思います。」
安藤はガサゴソと本を出してきた。オレは目を丸くした。この小さいかばんの中にどれだけモノが入るというのだろう。
「それはいいけど、売れないよ?」
さらりと春男は言った。
「いえ、売らないと思います。」
春男はサインを書いた。しかし、文通の方が価値があるような気がするのはオレだけだろうか。
「じゃ、あの、誤解が解けたようなので、私はこれで。」
「もう?」
と、言ったのはオレだった。春男の家だというのに。
「うん。ありがとう。」
オレは安藤を玄関まで送った。
「あ、これ、ありがとう、傘。」
「あ、もういいの?」
「うん、こいつの家においてあるから。」
たまに、忘れていくのだ。
「じゃあね。」
「ああ、またな。」
そうして、見送った。その、またな、がいつのことになるのか、オレにも分からない。
「クラスメイトねぇ。」
春男がいつもの椅子に座っていた。なにやら、にまにま笑っている。オレもあいたソファに座った。
「ああ、だけど、昔はものすごく体系的に丸くてねぇ。あんなに痩せていたとは知らなかった。」
「へぇ。」
「ところで、作品は?あと、三日で締め切りだぞ。」
「あー、例の手紙で落ちこんでいてねぇ、半分くらいしか書けていない。」
「おい!誤解が解けたんだから、さっさと書けよ!」
「わかったよ。」
とりあえず、春男はパソコンの電源を入れた。ついでに、除湿の電源も入れた。ずっと、涼しい部屋にい続けるせいか、暑くなってきたようだ。
「それにしても、よく、鉛筆でこすったな。」
オレは鉛筆で真っ黒になった手紙を見ながら感心していた。上に向けると、すけてよく見える。普通は、なにもせずに、なぜ手紙に、文字が何も書かれていないのか、疑問に思うだけで終わるものではないだろうが。
「んー、最初はあぶりだしかと思ったんだけど、なんにも出てこなかったから。」
あぶり出し!こんな時代にそんなものを思い浮かべるだろうか。思いつかないオレがまずいのだろうか。
とりあえず、春男が落ち込むような誤解が解けてよかった。ついでに早めに解けてよかったとしみじみ思った。




