【第4話】聖女の護衛騎士
オルディナ学園に通いだしてから、気がつけば一ヶ月ほどの月日が流れていた。
最初は周りからの好奇の目に戸惑い、貴族や平民、さらには王国派と教会派という複雑な人間関係に少し緊張していた私だったけれど、今ではこの新しい生活にもかなり慣れてきていた。
何より、裏表のない性格で明るく接してくれるルキアという大切な友人ができたことが大きい。
もちろん、いつも私のすぐ隣で誠実に、時に甘やかしながら護衛を務めてくれるリオスの存在が、私の心に一番の安心感を与えてくれているのは言うまでもなかった。
今日の午後の授業は、屋外の実習場で行われる剣術と射撃の実習で、男子と女子それぞれに分かれて採点を行うことになっている。
人々が魔法を一切使えないこの国では、己の身を守り、戦うための技術として、独自の機械化と武術が発展してきた。
その代表格とも言えるのが、今私が手に持っている『蒸気銃』だ。
小型の圧縮蒸気タンクを内蔵したその銃の排気口からは、シューッという微かな音と共に白く温かい蒸気が揺らめいていた。
私は少し離れた場所にある木製の標的をじっと見据え、覚悟を決めて引き金に指をかけた。
パシュンッ!!
圧縮された蒸気が一気に開放される独特の鋭い発射音と共に、銃身が強い反動で大きく跳ね上がる。
放たれた弾丸は、悲しいことに的から大きく外れ、後ろの土砂に向かって虚しく突き刺さった。
「あー……だめかー。うーん、結構難しいわねこれ……」
私は初めて触れたヴェイパーガンの扱いに戸惑い、肩を落としてため息をついた。
私が重い銃身を下ろして首をひねっていると、隣で自分の銃の調整を終えたルキアが、おさげの髪を揺らしながら笑顔で近づいてきた。
「緊張しすぎだよ。あと引き金を一気に引いちゃだめ。それだけで銃口がブレちゃうわ。引き金はじんわり引くのよ」
ルキアが手振りを交えて優しくアドバイスしてくれる。
彼女はレンズが直った黒縁眼鏡をしっかりとかけていた。
「わかったわ、もう一度やってみる」
私は彼女のアドバイスを胸に、深くゆっくりと息を吐き出した。
そしてもう一度標的へと銃口を向け、引き金を力任せに引くのではなく、指の腹でじわじわと圧力をかけていくように、慎重に力を込めていった。
パシュンッ!!
先ほどよりもはるかに安定した手つきから放たれた弾丸は、直線的な軌跡を描いて標的へと吸い込まれていった。
バガンッ!
「あ、当たったわ! ……端っこだけど」
私が思わず歓声を上げると、ルキアも自分のことのように明るい表情で拍手を送ってくれた。
そんな風に二人でささやかな成功を喜び合っていると、突然、少し離れた場所から大きな地鳴りのような歓声が響いてきた。
「なんだか向こうが騒がしいわね?」
私が視線を向けると、グラウンドの向こう側、男子の実習場にたくさんの生徒たちが人だかりを作っているのが見えた。
「見に行こうよ!」
ルキアに手を取られ、私たちは射撃実習の休憩時間を利用して、人だかりの方へと走り寄った。人だかりの隙間をぬって最前列に出てみると、そこでは男子の剣術実習が行われていた。
広い土のコートの中心に立っていたのは、私の専属護衛騎士であるリオスだった。
彼が木剣を片手に構え、対面には教会派の貴族の男子生徒が同じく木剣を構えて鋭い視線を送っている。
なるほど、聖女の護衛騎士の腕前をみんな見に来たと言うわけだ。その注目度は凄まじく、他のクラスの生徒だけでなく、評価を担当しているはずの先生までもが目を輝かせて観戦に参加している。
「相手はビトーニ様ね。騎士の名家の令息よ」
ルキアが耳元でそっと教えてくれた。ビトーニは教会派の有力な貴族であり、幼い頃から厳しい剣技の英才教育を受けてきたと学園でも有名な実力者だという。
「それでは、始め!」
先生の力強い合図がグラウンドに響き渡る。
「お手並み拝見といこうか!」
ビトーニが自信に満ちた声を上げ、地面を強く蹴り上げた。一気に距離を詰めた彼は、上段から力強い一撃をリオスへと振り下ろす。
私は思わず息を呑んで両手を握りしめた。
カンッ! カコココンッ!
甲高い木剣同士がぶつかり合う音が連続して響く。けれど、リオスの表情は驚くほどに涼やかなままだった。
彼はまるで流れる水のような最小限の動きだけで、ビトーニの荒々しい剣戟をすべて軽々と受け流し、いなしていく。
「おぉ……」
あまりにも見事で美しい体捌きに、周りを囲む観客たちから感嘆の声が漏れる。
「くそ! これならどうだっ!」
自身の攻撃がまったく通用しないことに焦りを覚えたのか、ビトーニが渾身の力を込めて横なぎの大振りな一撃に出た。
わずかな隙が生まれた、その瞬間だった。
リオスの身体が瞬時にフッと沈み込み、目にも留まらぬ速さで相手の懐へと潜り込んだ。
彼の手にする木剣の刃先が、鋭い突きとなって、ビトーニの喉元、ほんの数ミリのところでピタリと静止する。
「ま、まいった……」
ビトーニが額に冷や汗を浮かべ、両手を挙げて敗北を認めた。
「そこまで!」
先生が興奮した声で勝負の決着を告げる。
「うおぉぉぉぉ!」
「きゃー! リオス君かっこいいー!」
実習場は男子生徒たちの地鳴りのような歓声と、女子生徒たちの熱烈な黄色い声援に包まれ、大盛り上がりとなった。
あまりの圧勝劇に、見ていた私まで胸の奥が熱くなり、誇らしい気持ちでいっぱいになる。
木剣を下ろしたビトーニは、悔しさをにじませながらも、一礼したリオスに向かって爽やかな笑顔を見せた。
「素晴らしい腕前だ。これなら安心して聖女様をまかせられる」
「ありがとうございます。おまかせください、命に代えてもエレオノーラ様をお守りいたします」
リオスは落ち着いた眼差しで礼儀正しく、けれど力強くそう宣言した。
騎士の名家であるビトーニは教会派の貴族とあって、リオスに対して非常に好印象を持ったようだった。周りの教会派の生徒たちも、リオスの圧倒的な実力と誠実な態度に、深く頷きながら拍手を送っている。
誰に対しても分け隔てなく礼儀正しく、そしてどんな時でも私を第一に守り抜こうとしてくれるリオス。
人気者となり、生徒たちに囲まれるリオスの姿を見ながら、私は彼と出会った二ヶ月前のことを思い出していた。




