【第3話】王国派と教会派
「本日からみんなと一緒に学ぶこととなった編入生の二人だ。二人とも自己紹介をよろしく」
教壇に立つ担任の先生に促され、私は多くの視線を浴びながら、一歩前に出た。
これまで孤児院や教会でしか過ごしていなかったため、同世代の生徒たちからの好奇心に満ちた熱い視線には、どうしても緊張してしまう。
「エレオノーラ・ストラです。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
私ができる限り丁寧にお辞儀をすると、教室のあちこちから男の子たちのざわめきが漏れ聞こえてきた。
「あれが噂の聖女かよ……めっちゃ可愛いじゃん」
「国で唯一魔法が使えるって話は、本当なのかな?」
「そんな雰囲気には見えないけど、とにかく美人だな……」
彼らの率直すぎる感想に少し頬が熱くなるのを堪えていると、隣に立っていたリオスが一歩進み出た。
「リオスです。貴族ではありませんので、姓はありません。エレオノーラ様の専属護衛騎士を務めております。よろしくお願いいたします」
凛とした声が教室に響く。
ネイビーのミディアムヘアに黒い瞳、長身で引き締まった身体。クールな佇まいと、騎士としての礼儀正しい振る舞いに、今度は女の子たちの目が一斉に輝いたのが分かった。
「ちょ、ちょっと。リオス君、めっちゃイケてない?」
「ほんと。あんなに素敵なら、貴族じゃなくて平民でも全然オッケーだわ」
「隣の席……空いてないわね……」
教室中の女子生徒たちが一気に色めき立つ。
その熱っぽい視線が彼に集中するのを見て、私はなんだかリオスを勝手に品定めされているような気がして、あまり気分がよくなかった。
「よし、二人とも一番後ろの空いている席に並んで座ってくれ。ほら、みんな静かにしろ! これより授業をはじめるぞ」
先生の指示に従い、私は振り返る視線を背中に受けながら、一番後ろの窓際の席へと向かった。もちろん、護衛騎士であるリオスはそのすぐ隣の席だ。
初めての授業が終わり、休み時間のチャイムが鳴る。するとすぐに私たちの席へ、一人の生徒が近づいてきた。
「ルキア・ナルザリアといいます。これからよろしくお願いします、エレオノーラ様」
「ナルザリア……。あのナルザリア大商会の? たしか男爵様よね?」
「うれしい! 知ってくださってたんですね!」
人懐っこい笑顔を向けたのは、アッシュグリーンの長い髪を後ろで一つの三つ編みにした、文学少女のような雰囲気の女子生徒だった。
彼女の制服の上着は、ボタンが弾け飛びそうなほどに、胸元が窮屈そうだ。
ルキアは挨拶をかわしたかと思うと、その緑の瞳を極端に細め、どんどんリオスの顔へと自分の顔を近づけていく。
あまりにも近すぎる距離。
(あれ? この娘、出会って数分でリオスにキスでもしようとしているの?)
そんな焦りが私の頭を駆け巡る。
「ちょ、ちょっと!」
気がついたときには、私は思わず席を立ち上がり、二人の間に割り込んでルキアの肩をぐいっと引き離していた。
「ご、ごめんなさい! 私、極度の近視なんです! 彼が変わったピアスを付けてるなって思って……」
ルキアが慌てて両手を振って弁解する。
彼女は制服の胸ポケットから分厚いレンズの黒縁眼鏡を取り出して装着した。
「今朝、眼鏡を落として壊してしまったの……」
そう言った彼女の眼鏡は、片方のレンズがひび割れてしまっていた。
それを知った瞬間、私の焦りがすっと消え去った。だけど、どうして私はこんなにもホッとしているのだろう。
自分の感情の動きに戸惑っていると、今度は別の女子生徒が凛とした足取りでこちらへ歩み寄ってきた。
「エレオノーラ様、ルキアさんは王国派の生徒ですよ。そのような方とのお付き合いは、あまりおすすめいたしませんわ」
制服をきっちりと着こなしたその女子生徒は、ルキアを冷ややかな目で見つめた。
ただクラスメイトに対して頭ごなしに付き合うなと言う彼女の態度に、私はあまりよい印象を持てなかった。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、私が学園で誰と付き合い、誰と仲良くするかは、私自身が決めることです」
私が真っ直ぐに彼女の目を見て返答すると、女子生徒は不満そうに鼻を鳴らした。
「ふ、ふん。わたくしはせっかく忠告して差し上げましたのに。後悔なさっても知りませんわよ」
そう捨て台詞を残すと、その女子生徒は自分の席へと戻っていった。
「あまり気にしないでください。今のはメラニア様といって、熱心で献身的な教会派の貴族なんです」
ルキアが困ったように眉を下げて教えてくれる。その会話を聞いていたリオスが、疑問を口にした。
「すみません。さっきから言っている王国派や教会派って、一体なんでしょうか?」
ルキアが目を丸くしてリオスを見る。
「リオス君はどこの出身なの?」
「リオスでかまいません。故郷はヒュランドルです」
「私もルキアって呼んで、普通に接してくれると嬉しいわ。えっと、たしか王都と対角にある島の端っこね。それなら王都の情勢を知らないのも無理はないわね。王都では、ほとんどの家や貴族が二つの大きな派閥のどちらかに属しているの」
「それが、王国派と教会派だと?」
「そうよ」
今度はルキアが真剣な表情でリオスの質問に答える。
「私は王国派に所属しているの。王国派というのは、国王陛下をトップとして、以前より王家が推進しようとしている積極的な外交政策に同意する派閥。長く続いた鎖国を解いて、外国と貿易や文化交流をしていこうという考え方ね」
「なるほど。王都では他国と交流を持とうという動きもあるんだな」
「ええ、そうなの。一方で教会派は、教皇様をトップとしてストラ神を信仰し、現在のオルディナの形である鎖国政策をそのまま維持すべきだと主張する派閥よ。『外界からの穢れ(けがれ)を入れないからこそ、この島には魔獣がやってこない』っていう教会の教えを守っているの」
彼女の説明を聞き、リオスは少し顎を引いて考え込むようなしぐさを見せた。
そして、私の瞳を静かに見据えて尋ねてくる。
「なるほど。エレオノーラ様は、まさにそのストラ教会のシンボルであり、精神的支柱だ。……エレオノーラ様。あなたは王国派であるルキアと親しく話すことに、立場上の問題はないのですか?」
心配そうな彼の視線を受け止め、私はやさしく微笑んだ。
「さっきも言ったでしょ。私が誰と付き合うかは、私が決めるの。派閥なんて関係ないわ。ルキア、これからよろしくね。私のことも、敬語じゃなくてエレオノーラでいいわよ」
私の言葉に、ルキアはニカッと笑った。
「さすが聖女様。よろしくね、エレオノーラ、リオス!」
初めての学園生活に、実はとても大きな不安を抱いていた私だったけれど、初日からこんなに素敵な良い友人ができた。
この学園でなら、きっと楽しい日々が送れそうな気がしていた。
しかし、その平穏な期待は、昼休みになった途端に少しだけ揺らぐことになる。
午前中の授業がすべて終わると同時に、リオスの席の周りに、大勢の女子生徒たちがドドドッと押し寄せてきたのだ。
どうやら午前中の間に噂が広まったらしく、うちのクラスだけでなく、隣のクラスの生徒まで混ざっているようだった。
「ねぇ、リオス君。私たちと一緒にお昼を食べにいかない?」
「こっちのテーブルで一緒にお弁当をたべましょう、リオス君!」
「リオス君、放課後に時間はある? 私のおすすめのカフェに、一緒に行きましょうよ!」
次々と声をかけられ、リオスは完全に女子生徒たちの輪の中心に囲まれてしまっている。
(ちょっと、リオスは私の専属護衛騎士なんですけど!)
他の女の子たちに向けて、彼があの素敵な笑顔を見せているのではないかと思うと、なんだか無性に胸がザワザワとして落ち着かなかった。
「皆様。お誘いいただき、ありがとうございます」
リオスの落ち着いた声が、女子生徒たちの声を遮るように響いた。
「ただ、俺はエレオノーラ様の護衛騎士です。いかなる時も、エレオノーラ様のそばを離れるわけにはいきません。申し訳ありませんが、ご遠慮させていただきます」
きっぱりとした、けれど礼儀正しいお断り。その言葉に、女子生徒たちは残念そうなため息を漏らした。
「ええー、残念。護衛騎士って大変なのね」
「それじゃ、またの機会にね。リオス君」
取り巻きの女の子たちが諦めて散っていくと、リオスはこちらを向き、私を見て軽く微笑んだ。
その穏やかな笑顔を見た瞬間、私の胸がトクンと跳ねる。
(あれ、私? ひょっとして、彼にヤキモチを焼いていたの?)
自分が抱いていたモヤモヤの正体に気がつき、カァッと顔が熱くなる。
それと同時に、リオスが「エレオノーラ様のそばを離れない」とはっきり言ってくれたことがとても嬉しくて、心の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じていた。
――
賑やかな学園生活の初日を終えた放課後。
私たちは王都のメインストリートを、二人で並んで教会へと帰る道を歩いていた。街を走る蒸気自動車の音や、配管から吹き出す蒸気のシューッという音が、夕暮れの街に心地よく響いている。
初めて体験する学園の空気は少し疲れたけれど、隣にリオスが一緒にいてくれるなら、これから何があってもなんとかなりそうな気がしていた。
「痛っ……」
少し歩幅を広げた瞬間、右足のかかとから鋭い痛みが走った。ブーツの中で、どうやら絆創膏が剥がれてしまったようだ。
「また靴擦れですか?」
私の小さな異変にすぐに気がついたリオスは立ち止まると、なんとメインストリートの歩道の真ん中であるにもかかわらず、昨日の丘の道と同じように背中を向けてしゃがみこんだのだ。
「さあどうぞ、エレオノーラ様。お乗りください」
「な、なにやってるのよ! こ、こんな人通りが多い所で、乗れるわけないでしょ!」
周りを見渡せば、家路につく市民や学園の生徒たちが大勢歩いている。こんなところで男の人におんぶなんてされたら、目立って仕方がない。
私が慌てて小声で叫ぶと、しゃがんだまま振り返ったリオスが、いたずらっぽく目を細めて笑った。
「なるほど。つまり、人目がなければ、昨日みたいに乗ってくださるんですね」
「なっ……! そ、そういうわけじゃ……!」
からかわれたと気がつき、私は自分の言葉の意味に急に恥ずかしくなって、俯いてしまった。そんな私の様子を見て、リオスは優しく微笑む。
「ははっ。すみません、冗談です。さあ、とりあえずここに腰掛けてください」
リオスはそう言うと、歩道の端の人通りが少ないスペースへと移動し、片膝を地面につけた。そして私の手をとって、もう片方の立てた膝の上へとそっと私を腰掛けさせたのだ。
「っ……!」
いきなり彼のしっかりとした膝の上に座らされ、距離がぐっと近くなる。驚きで声も出ない私を見上げ、リオスはまるで物語に登場する騎士のように恭しく言った。
「さぁ、こちらをどうぞ。聖女様」
彼の手から、新しい絆創膏がそっと手渡される。
こんなに至近距離で、ブーツを脱いで裸足になるのは気が引けるし、少し恥ずかしかった。
けれど、彼がこうして私だけを大切に甘やかしてくれるのなら、靴擦れを起こすのも、そんなに悪くないかもしれないな。
腰を優しく支えてくれる、彼の温かい手のひらの感触に包まれながら、私は密かにそんなことを思っていた。




