【第20話】エリアスの告白
月日は流れ、俺たちはソラリス学園の高等部に進級し、十六歳となっていた。
十年前のあの日から、俺たち三人は固い絆で結ばれ、互いに切磋琢磨しながら技術と知識の探求に没頭してきた。
その結果、俺たち三人の実力は同年代の生徒たちはおろか、教員たちをも寄せ付けないほどに飛び抜けたものへと成長していた。
俺たちの中で最初に結果を出したのは、他でもないフィネルだった。
彼は中等部の二年生、わずか十四歳という若さで、見事特級魔導具師の認定を受けたのだ。
それまでの最年少記録が二十三歳だったことを考えれば、彼の天才ぶりがどれほど圧倒的なものだったかがよくわかるだろう。
彼は幼い頃からいくつもの魔導具を開発して特許を取得し、早くからその名を轟かせはじめていた。
そして彼の特級認定を決定づけたのが、それまで実用不可能と言われていた空間魔導具の開発だった。
空間魔導具自体は昔から存在していたが、異空間を繋ぐためのエネルギー消費が異常に大きく、発動させるには巨大で高価な魔石を使い捨てるか、上級魔導師数人による同時魔力供給が必要不可欠だったのだ。
フィネルは魔力の流れを緻密に計算し、彼がプログラムと呼ぶ独自の術式を組み込むことで、その魔力消費量を劇的に減少させることに成功した。
結果として、手のひらサイズの小さな魔石ひとつで、コンテナサイズの空間魔導具を長期運用できる技術を確立したのだ。
専門的な魔力効率化の理論は俺にはよくわからなかったが、この技術が発表されたことで、ソラリス神聖帝国の流通と軍事のあり方が一気に変わることになったのである。
一方の俺とアウロラはというと、互いに中等部三年の十五歳の時の認定試験で、S級魔導師まで上り詰めていた。
これは父上が持っていた歴代最年少記録と全く同じ年齢である。
周囲からは天才の二人ともてはやされたが、A級からS級と、S級から特級への階段には、それこそ天と地ほどの圧倒的な差がある。
若くしてS級になれた優秀な魔導師が、そのまま特級への壁を越えられずに一生を終えることは、この国では決して珍しいことではなかった。
あの日からアウロラは、宣言通り回復魔法の修行に打ち込み、次々と高度な治癒魔法を習得していった。
あの頃のお転婆だった面影は徐々に鳴りを潜め、今ではリンドフェルト伯爵家の令嬢にふさわしい、立派な淑女として美しく成長していた。
まぁ、極度の面倒くさがりはそのままだったのだが。
ただ誰に影響されたのか、時折自分を犠牲にしてまで誰かを助けようとするような行動が見られるようになり、その度に俺は落ち着かない気持ちで彼女を見守っていたものだ。
そんな平穏な学園生活を送っていた、ある日の放課後のことだった。
「エ、エリアス……ちょっと二人だけで話がしたいの」
授業が終わり、他の生徒たちが部活動や帰宅の準備で教室を後にしていく中、アウロラが俺の席までやってきて声をかけてきた。
その表情はいつもの明るい彼女らしくなく、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせている。
俺たちはそのまま教室に残り、夕日が差し込みはじめた窓際の席で隣り合って座った。
「あのね……実は、お見合いの話が私に来てるの」
彼女の口から紡がれたその言葉を聞いた瞬間、俺は一瞬呼吸が止まるほどの強烈な衝撃を受けた。
俺はアウロラのことを、ずっと大切な親友であり、共に高みを目指すライバルだと思っていた。
けれど、その彼女が他の誰かのものになるかもしれないと突きつけられた瞬間に、俺は初めて、自分が彼女に対して抱いていた感情の正体に気づいてしまったのだ。
「そ……そうなのか。お相手は誰なんだ?」
俺は必死に動揺を悟られまいと、平静を装った声で尋ねた。
「アロルド公爵様の次男の方なの。火属性の名門で、回復系のS級魔導師という私の肩書に興味を持たれたそうなの」
この魔法大国であるソラリス神聖帝国においても、高度な治療を行える回復系の魔導師は非常に数が少ない。
ましてや若くしてS級に上り詰めた、美しく聡明な少女に興味を持たない貴族などいないだろう。
現にアウロラの噂は社交界でもよく耳にしていたし、学園内でも彼女に想いを寄せる男子生徒は山のようにいた。
ただ、特級魔導師になるという目標に向かって日々修行に打ち込む彼女は、周囲からの様々なアプローチを上手く受け流していた。
そんな彼女の姿を見て、俺はどこか勝手に、彼女はずっと俺のそばにいるものだと安心してしまっていたのだ。
「そ、そうか……公爵家なんて、すごいじゃないか」
俺の口から出たのは、ひどく的外れな言葉だった。
「うん……。公爵様はとても気をつかってくださって、すでにお相手がいるのなら断ってくれてもいいと言ってくださっているの。……どうしたらいいと思う?」
アウロラはすがるような、期待を込めた眼差しで俺を見つめてきた。
彼女が俺に何を言ってほしいのか、痛いほど伝わってくる。
「お、俺が決めることじゃ、ないんじゃないか?」
だが、俺は軽くパニックになっていたせいで、心とは裏腹になぜか強がってみせてしまったのだ。
相手は公爵家という上位の貴族であり、リンドフェルト伯爵家にとっても決して悪い話ではないはずだ。
俺の気持ちだけで、彼女の家や将来の可能性を邪魔してはいけない。そんな理屈が、自分の素直な言葉を喉の奥に押しやってしまったのだ。
「じゃあ、私がお見合いしてもいいってことなの?」
アウロラの声が震え、その瞳が潤みはじめる。
「お相手は公爵家だ。アウロラの将来的にも、いい話かもしれない」
「……わかった」
彼女は目に涙をいっぱいためてそう言うと、勢いよく席を立ち上がり、教室のドアへと向かった。
「バカッ!!」
ガラララ……ビシャン!
アウロラは俺に向かって一言叫び、ドアを乱暴に閉めて廊下へと走り去ってしまった。
俺は自分の不甲斐なさに打ちのめされ、静かになった教室で一人取り残されてしまった。
ガララ……。
その後すぐ、また教室のドアが開く音がした。
「アウロラ! ……なんだ、フィネルか」
俺が慌てて顔を上げると、そこに立っていたのは少し息を切らせたフィネルだった。
七歳の頃より随分大人びたものの、相変わらず小柄で女の子のような可愛らしい顔立ちをした親友だ。
「なんだとはひどいじゃないか。さっき校舎から走っていくアウロラを見たよ。お見合いのこと聞いたの?」
「お前も知ってたのか」
「君がなんて言うだろうって、先に僕のところに相談に来たからね。で、結局突き放しちゃったんだ」
フィネルは呆れたようにため息をつきながら、俺の前の席に座った。
「突き放してなんかないさ。ただ、彼女にとっていい話なのは確かだろう?」
「それは外面的なことだよね? アウロラの気持ちに今まで気づいてなかったとは言わせないよ?」
フィネルの真っ直ぐな瞳に見透かされ、俺は言葉に詰まった。
「そ、それは……」
「はぁ。じゃあ、エリアスはアウロラのことを何とも思ってないの? 他の人と婚約してもいいんだ」
「それは……嫌だ」
俺は自分の中に渦巻く嫉妬心と、彼女を失うかもしれない恐怖を、あらためて自覚した。
「なら、さっさと後を追う!」
バンッ!
「怖っ……お前、ずいぶん変わったよな」
「無駄口叩かない! さぁ、走って!」
俺はフィネルに追い立てられ、教室を飛び出し、アウロラの後を追って走り出した。
彼女の行くところは、当然決まっていた。
――
ザザァー……ザザァー……。
俺は息を切らせながら、学園からの帰り道にある、高台の公園へとやってきた。
そこは、オレンジ色に染まりはじめた海が間近に見下ろせる、美しい景色の広がる場所だ。
「あ、やっぱりいた……」
予想通り、アウロラは海を望むベンチの上で膝を抱え、水平線に沈みゆく夕日を一人で眺めていた。
「と、となりに座っても……いいかな?」
俺が恐る恐る声をかけると、彼女はまっすぐ海を眺めたまま、小さく答えた。
「……だめ」
俺はその言葉を無視して、彼女の左隣りに静かに腰掛けた。
「……何しに来たの」
アウロラが、ちょっと拗ねた声で尋ねる。
「謝りにきたんだ。俺はさっき嘘をついた」
俺の言葉に、アウロラが口を尖らせ、上目使いで俺の顔を見つめてきた。
その瞳は赤く腫れ、頬には涙の跡が残っている。
「できれば、お見合いの話は断ってほしい」
「……どうして?」
「俺は君が……アウロラが好きなんだ。他の誰かのものになってほしくない。さっき言ったことは、相手が公爵家だとか、家の利益だとか、そんなことを言い訳にした俺のただの強がりだ。許してほしい」
俺が真っ直ぐにアウロラの目を見てそう告げると、彼女は自分の膝を抱えたまま、両腕に深く顔をうずめてしまった。
彼女の耳が、海を照らす夕日よりも真っ赤に染まっているのが見える。
「……私もエリアスが好きよ。七歳の誕生日のあの日から、ずっと……」
彼女の腕の中から、そのくぐもった声を聞いた瞬間、俺の胸の奥はとても温かく、幸せな気持ちでいっぱいになった。
「そうか、ありがとう。とても嬉しいよ。……アウロラ、俺は次の認定試験で、必ず特級魔導師になってみせる。俺が特級として認定されたら、俺と婚約してくれないか?」
七歳の時に三人で誓った、特級という高い目標。
俺の決意の言葉に、アウロラはバッと顔を上げた。
その顔は真っ赤に染まり、涙でぐしゃぐしゃに濡れた、隠しきれないニヤついた笑顔だった。
(くっ……笑うな俺! すべてが台無しになるぞ!)
「しょ、しょうがないわね……じゃあ、それまで待っててあげる」
彼女の強がりな返事に俺は心から安心し、そっと彼女の肩に右腕を回して抱き寄せた。
アウロラはとても自然に、頭を俺の右肩にコツンと乗せた。
潮風が心地よく吹き抜け、オレンジ色の光が波間をきらきらと照らしている。
俺たち二人はそのまま、夕日が完全に水平線の向こうへ沈みきるまで、何も言わずにただ静かに、目の前の美しい海を眺め続けていた。




