【第18話】三人の出会い
十年前。
「皆様。我が娘、アウロラの七歳のバースデーパーティーへ、ようこそおいでくださいました。本日は存分にお楽しみください」
パチパチパチパチ……と、上品な拍手が広々としたパーティーホールに響き渡る。
リンドフェルト伯爵の華やかな挨拶を、俺はホールの隅の柱にもたれかかりながら、ひどくつまらなさそうに聞いていた。
天井から吊るされた巨大な魔石灯のシャンデリアが、煌びやかな光を落としている。着飾った貴族たちが談笑し、テーブルには見たこともないような豪勢な料理が並べられていた。
俺にとって、これははじめて参加した同世代の貴族の誕生会だった。
当時の俺はどこか冷めた、可愛げのないつまらないガキだった。
「何が面白いんだ? あんなもん……」
同年代の子どもたちがホールの中央で夢中になっているボードゲームや、綺麗に着飾った人形遊びなどには全く興味を示すことができなかった。
俺は四歳の頃からすでに水属性魔法の厳しい修行をはじめていた。
頭の中にあったのは、父上が持っている十八歳での水属性特級魔導師認定の、最年少記録を抜くことだけだった。
毎日魔法の基礎と魔力操作、さらには剣術の訓練にも明け暮れ、子どもらしい遊びなどしたことがなかったのだ。
ただ、それは人付き合いが苦手な俺の強がりでもあった。
でも、どうやって同年代の子どもたちの輪に入ればいいのかわからず、壁際でただジュースの入ったグラスを傾けていることしかできなかった。
「ねぇ。あなたがエリアス?」
不意に、横から凛とした声が響いた。
俺が目を向けると、そこには夕日のような赤髪のロングヘアで、美しい赤い瞳を持った少女が立っていた。ワインレッドの豪奢なドレスに身を包んだ彼女は、本日の主役であるアウロラ・リンドフェルトだった。
「私はアウロラよ。あなた、私と勝負しなさいよ」
唐突な挑戦状に、俺は思わず目を丸くした。
「どうして俺が?」
「あなた、水属性魔法の名門のアインズワース家なんでしょ? うちは火属性の名門なのよ。私はもう二年も修行をしているんだから。それにいずれ私は、火属性特級魔導師になるわ。どう? どっちが強いか、庭でちょっと闘いましょうよ!」
その自信に満ち溢れたその表情を見て、俺は内心、激しく心が踊った。
同世代で、俺以外にもすでに魔法の修行を始めている子どもがいるとは思ってもみなかったのだ。彼女となら、対等な魔法の話ができるかもしれない。
だが、素直になれない俺は、つい可愛げのない態度をとってしまった。
「闘って、俺に何か得があるのか? それにその口調。俺は一応、侯爵家の人間なんだが?」
アウロラは俺の言葉に怯むどころか、鼻で笑って胸を張った。
「それはあなたのお父様が偉いだけでしょ? 魔導師は強さがすべてなんだから、あなたより私の方が偉いのよ。そうね……負けた方が子分になるってのはどうかしら」
その傲慢な言葉を聞いた瞬間、俺の中で高ぶっていた気持ちは、一気に冷めてしまった。
「断る。ただ力が強ければ偉いのか? 俺はそうは思わない。強さとは優しさのことだ。たとえ力が弱くても、誰かのために手を差し伸べられる存在が、俺が目指す魔導師だ」
それは父上から教えられ、俺が心の中にずっと抱いていた理想の魔導師像だった。
だが彼女にとっては、ただの理屈っぽい言い訳にしか聞こえなかったらしい。
「何を言ってるのかわからないわ。ふんっ、負けるのが怖いって素直にいいなさいよ。……もういいわ。行きましょう、フィネル」
そう言ってアウロラは不満げに顔を背け、後ろで小さくなっていた少年に声をかけた。
彼はずっとアウロラの背中に隠れるようにして立っていた。
くるくるとしたくせ毛の金髪で、くりくりの青い瞳をしている。小柄で可愛らしい顔立ちは、まるで女の子のように見えた。
フィネルは俺に申し訳なさそうに小さく会釈をすると、足早に歩き出したアウロラの後を慌てて追いかけていった。
これが俺たち三人の、最悪な印象の最初の出会いだった。
「ははっ、あの頃のアウロラはとてもお転婆だったな」
今思い出しても、俺は笑いがこみあげてくる。
その後も俺は、結局他の子どもたちと交流するきっかけを掴めないまま、壁際で大人たちの会話に耳を傾けて時間を過ごしていた。
しばらくして、ふと大人たちの様子が少しおかしいことに俺は気づいた。
グラスを片手にヒソヒソと話をしている大人たちにこっそり近づき、俺はその内容を盗み聞きしていた。
「ええ……裏の森にホーンウルフが出たようで……」
「はい、ではすぐに討伐隊を編成して……」
(魔獣が出たのか、ちょっと見てみたいな。でも、討伐隊に同行なんて、大人は絶対に許してくれないだろうな)
そんなことを考えながら、ふと俺は嫌な予感に襲われた。
(こんな話、さっきのあのお転婆お嬢様が聞いたら危ないぞ。……そういえば、さっきから主役である彼女の姿がどこにも見当たらない。……まさかな)
俺は急いでパーティーホールを隅から隅まで見回したが、アウロラと、その後ろをくっついて歩いていたフィネルの姿は、やはりどこにも見当たらなかった。
――
その頃、アウロラとフィネルは、大人たちの討伐隊が編成されるより先に、屋敷の裏手に広がる深い森の中へと足を踏み入れていた。
「やっぱり帰ろうよ、アウロラ……」
薄暗い森の木々の間を進みながら、フィネルが怯えた声で懇願する。
「何言ってるのよ、フィネル。私が魔獣を倒して、お父様に褒めてもらうんだから。そしたらあの、いけすかないエリアスってやつも、私のほうが偉いってわかるはずよ。それに、別についてこなくていいって言ったでしょ」
アウロラはドレスの裾が汚れることも気にせず、ズンズンと前へ進んでいく。
「そんなことできるわけないじゃないか。それに、せめて着替えてから来たほうが……」
「グチグチうるさいわね。このドレス、脱ぐのが面倒くさいのよ」
フィネルに反論していたその時、アウロラがピタリと足を止めた。
「しっ! いたわ、ホーンウルフよ」
彼女が茂みの隙間から指差した先には、一匹の獣が低い唸り声を上げてうろついていた。図鑑で見た通り、額に細くて長い角が生えている、大きな灰色の狼だ。
「なんだ、大したことなさそうね」
アウロラは両手を前に突き出し、茂みに隠れたまま魔力を練り上げはじめた。
『燃え上がりし炎よ、刃となれ。《炎刃》!』
彼女の詠唱と共に、空中に生み出された高熱の炎の刃が、ホーンウルフの背中めがけて猛スピードで飛んでいった。
トンッ。
炎の刃が命中する直前、ホーンウルフはまるで背中に目がついているかのように、軽いジャンプでその攻撃をふわりとかわしてしまった。
「えっ!?」
アウロラは目を見張った。完全な死角からの攻撃だったはずだ。
「死角からでもダメなの……あの角が触覚のようにセンサーになってるって本当なのね……」
着地したホーンウルフは、額の角を微かに震わせると、炎が飛んできた二人のいる茂みの方へとゆっくり向きを変えた。
その鋭い眼光が、獲物を定めるように二人を射抜く。
「マズイわ! 居場所がバレた! こうなったら避けきれないくらいに弾幕を張ってやる」
アウロラは茂みから飛び出し、ホーンウルフと正面から対峙した。両手から次々と熱い火の粉が舞い上がり、彼女の周囲の温度が一気に上昇する。
『翔けよ火の燕、絶え間なき群れとなれ《火燕連弾》!』
ボボボボボボボボッ!
アウロラの掌から、燕の形をした無数の炎の弾丸が、マシンガンのように絶え間なく撃ち出された。
しかし、ホーンウルフは華麗なステップを踏み、まるで踊るようにしてその炎の群れをすべて避け続ける。
「くっ! 当たらない!」
アウロラは焦りの声を上げた。
彼女は七歳にして中級火魔法を習得していた間違いなく天才であったが、今までの実戦経験はゼロだった。
放つ魔法も当たれば十分倒すことのできる威力を有してはいたが、訓練のほとんどは動かない的を相手にしていたため、動く標的に対する経験値が圧倒的に足りなかったのだ。
炎の弾幕が止むと、ホーンウルフは再び低い姿勢をとり、アウロラの様子を伺うようにゆっくりと円を描いて歩きはじめた。
避ける一方で攻撃をしかけてこない。
「アウロラ、あいつこっちがバテるのを待ってるんだ。何とかして逃げないと」
背後からフィネルが震える声で忠告する。
「私が逃げるですって?! 私は負けないわ。逃げるなら、あんた一人で逃げなさい!」
アウロラは意地を張り、再び魔力を練り上げる。
しかし、そんな攻防が続き、十数分が経った。
「はぁ、はぁ……マズイわ……もうすぐ魔力が……」
さすがのアウロラも、すでに魔力と体力が限界に達していた。息が上がり、視界が霞む。
膝から力がぬけ、ガクッと崩れ落ちそうになったその隙を、ホーンウルフは見逃さなかった。
ガルルッ!
獰猛な唸り声を上げ、強靭な後ろ脚で地面を蹴った魔獣が、一気にアウロラとの距離を詰め、鋭い爪を剥き出しにして襲いかかってきた。
「しまった!」
アウロラは咄嗟に振り返り、迫り来るホーンウルフに背中を向け、後ろで立ちすくんでいたフィネルへと覆いかぶさった。




