【第10話】魔獣との戦い
ドドドドドドドッ……。
地響きを立てて、タートルボアが一直線にリオスへと突進していく。
リオスは冷静にその巨体の突撃をかわすと、すれ違いざまに魔獣の太い足へ強烈な一撃を叩き込んだ。
ガキィン!!
硬い金属がぶつかり合うような、甲高い音が森に響き渡る。
タートルボアの足は硬いウロコに覆われており、リオスの剣は弾かれ、刃が少し欠けてしまっていた。
突進の勢いを止められなかったボアは、そのままリオスの背後の立木に激突した。
ズドォォン!! メキメキ……ズシィィィン……。
直径一メートルほどの太い木がへし折れ、大きな音を立てて土煙が舞い上がる。
しかしボアはダメージを受けた様子もなく、ゆっくりとこちらへ向き直った。
パシュン、パシュン!
ルキアが腰から抜いたヴェイパーガンの引き金を引き、圧縮蒸気で鉛の弾丸を放つ。
カキィン、カキィン!
弾丸はボアの甲羅とウロコに当たり、虚しく弾き返されてしまった。
「ハンドガンじゃ通用しない! 隠れているんだ!」
リオスが鋭い声で叫ぶ。
しかしヴェイパーガンの攻撃を受けたタートルボアは、標的をリオスからルキアへと変え、猛然と突進を始めた。
「ルキア! 逃げてっ!」
私の叫び声と同時に、ルキアは間一髪で横へ飛び退いて、その巨体の突進をかわした。
「ああっ!」
だが完全に避けきることはできず、ボアの硬いウロコが彼女の左腕をかすめ、ルキアは苦悶の声を上げて地面に倒れ込んだ。
私はすぐさまルキアの元へ駆け寄った。
「ルキア、大丈夫!?」
「こ、これくらい平気よ……」
ルキアは強がってみせるが傷口からは血が溢れ、みるみるうちに制服に血が滲んでいく。
私は両手を傷にかざし、回復魔法を発動した。
温かい光が私の手のひらから溢れ出し、彼女の左腕を包み込むと、あっという間に傷跡は塞がっていった。
カンッ、カンッ!
「こっちだ! こっちを向け!」
リオスが再び剣で鞘を叩いて音を鳴らす。その音に反応したボアが、再びリオスを目で追い、巨体を揺らして向きを変えた。
標的を定めたボアが、グルルゥ……と、短い唸り声を上げてリオスへ突っ込む。
リオスは再びその突進を紙一重でかわしながら、今度は甲羅と足の付け根のわずかな隙間を狙って鋭く剣を突き入れた。
バキィン!
嫌な音が響き渡り、リオスの剣が無残にも真っ二つに折れてしまった。
彼は半分に折れてしまった剣を構えたまま、油断なくボアの動きを警戒している。
(このままだと、武器を失ったリオスがやられてしまうわ! どうして私はこんなに無力なの!)
私にもっと、みんなを守る力があれば。
そう強く願った時だった。
私の両の手のひらに、今まで感じたことのない熱い魔力が集まってくる感覚を覚えた。
(な、なにこれ……? 回復魔法とは違う感覚……)
私は導かれるままに、両手をタートルボアの方へとまっすぐ突き出すと、手のひらから小さな赤い炎がポンッと飛び出した。
炎はゆらゆらと宙を舞い、ボアの固い甲羅へと命中した。
パシュン。
しかし、小さな炎は乾いた音を立てて弾けただけで、その威力はあまりにも弱く、巨体のボアに到底ダメージを与えられるようなものではなかった。
「な、何……今の?」
私が自分の手のひらを見つめて呆然としていると、隣で痛みが引いたルキアが目を輝かせた。
「すごいわ! きっと火の魔法よ! 聖女は回復魔法以外にも魔法が使えるなんて知らなかったわ!」
恐ろしい魔獣を前にしても、ルキアの持ち前の好奇心は恐怖を上回っているようだ。
だが、私の放った小さな炎はボアの注意を完全にこちらへと引きつけてしまっていた。ボアがゆっくりと巨体の向きを変え、真っ赤な目で私たちを睨みつける。
「あ……。これは、ちょっとヤバいかも……」
ボアは完全に私たちを次の標的としてロックしていた。
「逃げるわよ、ルキア!」
「うん! あっ、痛っ!」
立ち上がろうとしたルキアが顔をしかめてしゃがみ込む。
さっきボアの突進を避けて倒れた時に、どうやら足をひどく、くじいてしまっていたようだ。
「トビアス、剣を!」
「ああ! 受け取れ、リオス!」
リオスの叫びに呼応し、少し離れた場所にいたトビアスが自身の剣をリオスの方へ向けて力強く投げた。
リオスは宙を舞う剣を片手で受け取ると、邪魔になる鞘をその場に投げ捨て、私たちの方へと猛然と走り始めた。
それと同時に、タートルボアも地面を蹴り上げ、私とルキアに向かって一直線に突っ込んでくる。
(だめだわ! ルキアは足をくじいて動けない。回復魔法で回復している時間もないわ!)
私は咄嗟に目をつむり、しゃがみこむルキアの上に覆いかぶさった。
強烈な衝撃と激痛を覚悟して、全身に力を込める。
ザンッ!
鋭い風を切るような音が耳元をかすめた。
しかし、しばらく待ってもボアが突っ込んでくる衝撃はこない。
恐る恐るゆっくりと目を開けると、私の目と鼻の先で、巨大なタートルボアが立ったままピタリと静止していた。
ズルッ……ドザッ……。
不気味な音と共に、ボアの頭部が首の付け根から滑り落ち、続いて巨体そのものが力なくその場に倒れ込んだ。
「はぁ……二人とも大丈夫ですか?」
ボアのすぐ横で、息一つ乱していないリオスが静かに声をかけてきた。
「え、ええ……ありがとう。……リオスが倒したの?」
私が呆然と尋ねると、リオスは「ええ」と短く頷いた。
同時にトビアスが、リオスが投げ捨てた鞘を拾い上げながら駆け寄ってきた。
リオスは彼から鞘を受け取ると、流れるような動作で剣をおさめ、トビアスへと返した。
「剣をありがとう、トビアス」
剣を受け取ったトビアスは、切断されたボアの首を見下ろしながら興奮した声でまくしたてる。
「やっぱすげーな護衛騎士って! ものすごい速さで猪に追いついたと思ったら、一瞬で首をバッサリだもんな。俺が同じ剣を使ってもこんなことできねーよ!」
しかし、しばらくボアの死体を眺めていたトビアスが、不思議そうに呟いた。
「あれ? ……なぁ、雨とか降ってないよな?」
「ええ、今日はとてもいい天気よ」
ルキアが空を見上げると、生い茂る木々の隙間から、先程までの緊迫した状況が嘘のような、穏やかな木漏れ日が四人の上に降り注いでいた。
「じゃあ、なんでここの地面、びしょ濡れになってるんだ?」
トビアスの視線の先、ボアの落ちた頭の下には、血液とはまったく違う、大きな澄んだ水たまりができていた。
「魔獣のよだれじゃないの? それよりもその甲羅、高く売れそうだわ」
ルキアは水たまりよりも、すでに商売のことで頭がいっぱいのようだ。
私は座り込んだルキアの足首に手を当て、回復魔法で痛めた筋を治療しながら、リオスに尋ねた。
「リオスはどうしてこの魔獣のことを知っていたの?」
「あ……ああ、以前に本で見たことがあったんだ。魔獣のことがいろいろ載っている、図鑑のようなものだ」
彼は少しだけ視線を泳がせながら答えた。
「リオスは物知りなのね。でも本当にこれが魔獣だとしたら、どうしてこの島にいるのかしら?」
ルキアが首をかしげる。
「タートルボアは泳ぎが得意だ。甲羅の中に空気を貯めて、ずっと浮いていられるんだ。冬になると南下するために、数百キロも泳ぐという。おそらく向かいのソラリス大陸から渡ってきたんだろう」
「いや、この島は磁場に守られてるんだ。こいつは似ているだけの野生動物じゃないか? ひょっとすると新種かもしれない。とりあえず先生たちに早く報告しよう」
トビアスがもっともらしい推測を口にした。
「……そうだな」
リオスは何かを言いたげにわずかに眉をひそめたけれど、結局トビアスの提案に静かに頷いた。
ルキアの足の治療を終えた私たちは、最後の薬草の採取を断念し、急いで教員たちが待つ集合場所の広場へと歩きはじめた。




