↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第二章 あなたは、誰の採点者ですか

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/119

Review15 名前を呼べるだけで

「三上」


「はい」


 朝の会。


「三上陸」


「はい」


「三上」


「……はい」


「三上陸」


「先生」


「何だ」


「さっきから俺の名前呼びすぎ」


 教室に笑いが起きた。


「確認だ」


「何の」


「ちゃんと覚えてるか」


「俺でやるなよ!」


「三上陸。サッカー部。数学苦手。唐揚げ好き。グリーンピース嫌い」


「個人情報!」


「あと靴紐に負ける」


「それもう忘れてくれよ!」


「残念。こういうのだけ記憶力いいんだ、先生」


「最悪!」


 昨日までなら、こんなやり取りすらできなかった。


 高瀬は出席簿へ視線を落とす。


 二十七番。


 三上陸。


 名前は消えていない。


 昨日の朝からずっと。


 高瀬の記憶からも、学校の記録からも。


「じゃあ今日の連絡――」


「先生」


「今度は何だ」


「俺じゃない」


「え?」


「後ろ」


 振り返る。


 女子生徒が手を挙げていた。


「先生、三上に夢中すぎ」


「言い方!」


 教室がまた笑った。


 三上は机に突っ伏している。


「俺、今日だけで変なキャラになってる……」


「元からじゃない?」


「大地、お前あとで覚えとけよ」


「先生、脅されました」


「はいはい。青春は休み時間にやってください」


「先生が始めたんじゃん!」


「そうでした」


「認めるんかい!」


 笑い声の中。


 高瀬も笑っていた。


 こんな朝が。


 少し嬉しかった。



◇



 昼休み。


 職員室でプリントを整理していると、廊下から慌ただしい足音が聞こえた。


「先生!」


 三上だった。


「廊下走るな」


「それ今いいから!」


「教師としては今が一番大事なんだよ」


「大地が怪我した!」


 高瀬の表情が変わった。


「どこ」


「体育館」


 椅子を引く。


「保健室には?」


「連れてった。体育の先生もいる」


「じゃあお前は?」


「先生呼んできてって」


「分かった」


 二人で廊下へ出る。


 三上が走り出す。


「だから走るな!」


「先生も走ってるじゃん!」


「俺はいい!」


「横暴!」


「教師特権!」


「絶対ないから!」


 言い合いながら保健室へ向かった。



◇



 大地はベッドに座っていた。


 右足首に氷嚢を当てている。


「大丈夫か?」


「たぶん捻っただけ」


「『たぶん』は先生が一番信用しない言葉です」


「先生もよく言うじゃん」


「先生はいい」


「横暴その二」


 隣で三上が言った。


「黙ってろ」


 養護教諭から状況を聞く。体育のバスケットボール中、着地した際に足をひねったらしい。腫れも出始めているため、保護者へ連絡し受診してもらうことになった。


「三上がすぐ先生呼んでくれた」


 大地が言う。


「こいつ、俺より焦ってた」


「焦ってねえし」


「『動かすな!』ってめっちゃ叫んでた」


「普通だろ」


「先生みたいだった」


「それ悪口?」


「何でだよ!」


 高瀬がツッコむと、大地が笑った。


 三上も笑う。


「まあ、三上」


「何」


「ありがとな」


「別に」


 そう言いながら。


 三上は少し嬉しそうだった。



◇



 放課後。


 高瀬は教室の前を通りかかって、足を止めた。


 三上が一人で座っていた。


 机の下にはサッカー部のバッグ。


 まだ着替えていない。


「部活は?」


「今日休む」


「なんで」


「何となく」


「何となく?」


「うん」


 昨日なら。


 高瀬は、もう少し慎重に聞いただろう。


 でも今日は違った。


 三上を覚えている。


 好きなものも知っている。


 サッカーのことも。


 試合のメンバーから外されて落ち込んでいたことも。


 だから。


 高瀬の中で答えが先にできた。


「大地の怪我、気にしてる?」


 三上が顔を上げた。


「え?」


「お前、結構焦ってたから」


「別に」


「自分のせいだと思ってるとか?」


「思ってない」


「でも――」


「先生」


 少し強い声だった。


 高瀬は止まった。


「違うって」


「……そっか」


 三上はバッグのファスナーをいじっている。


「じゃあ、試合のこと?」


「違う」


「メンバー発表?」


「違うって」


「じゃあ――」


「何で当てようとすんの?」


 高瀬は口を閉じた。


 三上は怒っているというより、疲れた顔をしていた。


「昨日さ」


「うん」


「先生、俺のこと何も覚えてなかったじゃん」


「……そうだな」


「なのに今日になったら、俺のこと全部分かってますみたいなの何?」


 その言葉が。


 思った以上に刺さった。


「全部分かってるつもりは――」


「じゃあ何で、俺が部活休む理由まで先生が決めんの?」


 高瀬は。


 答えられなかった。


 三上が立ち上がる。


「名前覚えただけじゃん」


 バッグを持つ。


「それだけで急に俺のこと分かった気にならないでよ」


 教室を出ていく。


「三上」


 呼ぶ。


 三上は止まった。


 でも。


 振り返らない。


 高瀬は。


 その背中に何か言おうとして。


 やめた。


「……悪かった」


 三上は返事をしなかった。


 そのまま廊下の向こうへ消えた。



◇



「やらかした」


 職員室。


 高瀬は机に額をつけていた。


「何がですか」


 隣の教師が書類を書きながら聞く。


「生徒のこと分かった気になった」


「いつものことじゃないですか」


「俺そんなヤバい教師?」


「冗談ですよ」


「今ちょっと弱ってるから優しくして」


「面倒くさいなあ」


「教師同士の助け合いは?」


「定時過ぎたので終了しました」


「制度だったの?」


 高瀬は顔を上げた。


 少し笑って。


 また考える。


 森田を忘れた。


 三上も忘れた。


 だから。


 覚えることが大事だと思っていた。


 もちろん、それは大事だ。


 名前を呼ぶ。


 昨日のことを覚えている。


 好きなものを知る。


 嫌いなものを知る。


 その積み重ねが、人と人との関係になる。


 でも。


 それを集めたところで。


 人間一人が完成するわけじゃない。


「……そりゃそうだよな」


「何がです?」


「名前と唐揚げとグリーンピースで、人間分かったら苦労しないよな」


「何の話?」


「こっちの話」


「今日の高瀬先生、ちょっと怖いですよ」


「自覚ある」


 高瀬は立ち上がった。


「帰ります?」


「いや」


 時計を見る。


「ちょっと待つ」


「誰を?」


 高瀬は答えなかった。



◇



 午後六時を過ぎた。


 運動部の生徒たちが次々と帰っていく。


 サッカー部も終わったらしい。


 廊下の窓から校庭を見る。


 三上はいない。


 部活を休むと言っていたのだから、当然だ。


「……帰ったか」


 高瀬も鞄を持った。


 昇降口へ向かう。


 靴を履き替え。


 外へ出る。


 校門まで歩いたところで。


「先生」


 後ろから呼ばれた。


 振り返る。


 三上だった。


「……お前、帰ったんじゃなかったの?」


「図書室いた」


「図書室?」


「うん」


「珍しいな」


「何で」


「サッカー部でゲーム好きだから」


 三上がじっと見る。


「……今のも決めつけ?」


「あ」


 高瀬が固まる。


 三上が吹き出した。


「冗談」


「お前!」


「先生、今日ビビりすぎ」


「誰のせいだ!」


 三上が笑う。


 高瀬も、少し遅れて笑った。


 二人で校門の横に立つ。


「で」


 高瀬が言う。


「何で図書室いたの?」


 三上を見る。


「……って聞いていい?」


「そこまで確認する?」


「今日は慎重に生きると決めた」


「めんどくさ」


「お前な」


 三上は少し笑って。


 黙った。


 高瀬は待った。


 やがて。


「大地」


「うん」


「やっぱちょっと関係ある」


「……そっか」


「でも先生が思ってたのとは違う」


「うん」


 三上は校庭を見る。


「俺、大地と小学校からずっと一緒なんだ」


「そうなんだ」


「サッカーも一緒に始めた」


「うん」


「でも最近、大地がサッカー辞めようかなって言ってて」


 高瀬は何も挟まない。


「今日怪我した時」


 三上は続ける。


「俺、最初に思ったんだよ」


 一度、唇を噛んだ。


「これで本当に辞めるかもって」


「……」


「大地が痛がってるのに」


 声が小さくなる。


「俺、自分のこと考えてた」


 高瀬は三上を見る。


「最低じゃん」


「それで部活行く気になれなかった?」


「……うん」


「そっか」


 それだけ答える。


 三上が高瀬を見る。


「何」


「いや」


「何だよ」


「先生、何か言えよ」


「ええ……」


「今度は何も言わなさすぎ!」


「難しいんだよ!」


「加減知らないの!?」


「教師十三年やっても分からん!」


 三上が笑った。


 高瀬も笑う。


「じゃあ一個だけ」


「うん」


「大地が怪我した時、最初に何を思ったかは知らん」


「……うん」


「でもお前、すぐ保健室連れてったんだろ」


「うん」


「俺も呼びに来た」


「うん」


「だったら」


 高瀬は少し考えた。


「頭に最初に浮かんだこと一個だけで、自分を最低って採点しなくてもいいんじゃない?」


 三上は黙った。


「……採点」


「そう」


「先生っぽ」


「先生だからな」


「でも」


 三上は足元の小石を蹴った。


「大地が辞めたら、嫌だ」


「それは本人に言った?」


「言えるわけないじゃん」


「何で」


「辞めるなって言ってるみたいになる」


「なるかもな」


「じゃあ言えない」


「でも」


 高瀬は言った。


「『辞めないで』と『辞めたら寂しい』は、同じじゃないだろ」


 三上が顔を上げた。


「前者は大地の選択を決めようとしてる」


「……」


「後者は、お前の気持ちを伝えてるだけだ」


 三上は考えていた。


「決めるのは大地」


「うん」


「寂しいのは俺?」


「うん」


「……それなら」


 少しだけ笑う。


「言えるかも」


「じゃあ言ってみたら」


「今?」


「知らん」


「そこはアドバイスしてよ」


「そこまでやったら、また『俺のこと分かった気になるな』って怒られる」


「根に持ってんじゃん!」


「めちゃくちゃ刺さったからな!」


 三上が笑った。



◇



 翌日。


 大地は休んだ。


 病院で診てもらった結果、大きな怪我ではなかったらしい。ただ、しばらく運動は控えることになった。


 昼休み。


 高瀬が廊下を歩いていると。


「先生」


 三上に呼び止められた。


「どうした」


「昨日、大地にLINEした」


「おお」


「言った」


「何を」


 三上は少し恥ずかしそうにする。


「サッカー辞めたら寂しいって」


「返事は?」


「『キモ』」


「最高の友達じゃん」


「だろ?」


 二人で笑った。


「でも、そのあと」


 三上がスマートフォンを見せる。


 画面には短いメッセージ。



『まだ辞めるって決めてねえよ』



 その下。



『勝手に引退させんな笑』



 高瀬は笑った。


「よかったな」


「うん」


 三上も笑う。


 そのまま行こうとして。


「三上」


「何?」


 高瀬が呼び止める。


「昨日は悪かった」


「もういいって」


「名前覚えて、好きなもの覚えて、ちょっと昔のこと知って」


「うん」


「それでお前のこと分かった気になった」


 三上は黙って聞いている。


「先生、まだお前のこと全然知らんわ」


「……」


「だから」


 高瀬は笑った。


「ぼちぼち教えて」


 三上は。


 少しだけ考えた。


「いいよ」


「お」


「でも先生も」


「俺?」


「先生のこと、教えてよ」


「何が知りたい」


 三上は即答した。


「彼女いる?」


「何でそこから!?」


「クラスのみんな気になってる」


「俺のプライバシー!」


「ぼちぼち教えて?」


「その言葉を悪用するな!」


 三上が笑いながら逃げていく。


「待て三上!」


「彼女いるんですかー!」


「廊下で叫ぶな!!」


 教室から。


「え、先生彼女いるの!?」


「いないの!?」


「どっち!?」


「授業より食いつくな!!」


 笑い声が広がる。


 高瀬は頭を抱えた。


「……ぼちぼちって言っただろ」


 でも。


 悪い気はしなかった。



◇



 放課後。


 高瀬は出席簿を閉じる。


 三上陸。


 今日も。


 名前は残っている。


 高瀬も覚えている。


 それだけ確認して。


 スマートフォンには触れなかった。


 机の数も数えなかった。


 Reviewも開かなかった。



 窓の外。



 三上が校庭を走っている。



 部活は見学のはずなのに、大地がいない分まで声を張っている。



「ナイス!」


「逆サイド!」


「そこ走れ!」



 高瀬はしばらく眺めた。



 昨日まで。



 三上の名前を覚えることに必死だった。



 今日は。



 名前以外の三上を。



 ほんの少しだけ知った。



 明日は。



 また違う三上を見るのだろう。



 人を知るというのは。



 たぶん。



 そういうことだ。



 一度覚えれば終わりではない。



 毎日。



 少しずつ。



 更新されていく。



「……三上」



 窓越しに呟く。



 当然。



 声は届かない。



 それでいい。



 名前を呼べる。



 今は。



 それだけでも。



 十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。