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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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8/122

Review8 終わらない

「早歩きって」


藤原が言った。


「結局、かなり速いですよね」


「走ってません」


「ほぼ走ってます」


「両足が同時に地面から離れてないので、理論上は歩いてます」


「体育の先生みたいなこと言わないでください」


「教師ですから」


「社会科でしょ」


「教師という大枠では一緒です」


「便利な大枠ですね」


二人は廊下を急いだ。


教室の前。


高瀬が足を止める。


「藤原先生」


「はい?」


「さっきの話」


藤原も止まる。


「放課後」


「はい」


「ちゃんと話します」


「……」


「多分」


「多分?」


「いや」


高瀬は言い直した。


「話します。全部」


藤原が少しだけ笑う。


「分かりました」


「ありがとうございます」


「それ」


「何です?」


「話してから言ってください」


「何で」


「逃亡防止です」


「信用ないなあ」


「ありますよ」


「あるんだ」


「だから待ってます」


予鈴。


二人が同時に時計を見る。


「じゃあ」


「はい」


「今度こそ本当に授業行きましょう」


「ですね」


別々の教室へ向かう。


数歩進んで。


高瀬は一度だけ振り返った。


藤原はもう前を向いていた。


誰かに。


全部話す。


それだけのことなのに。


昨日までより。


少しだけ。


息がしやすかった。



◇



「先生」


教室へ入った瞬間。


声が飛んだ。


「三分遅刻です」


「……教師にも遅刻ってあるの?」


「あります」


「誰が決めた」


「俺ら」


「権限強いな」


「理由は?」


「早歩きしてました」


「遅刻の理由になってない」


「廊下は走っちゃ駄目だから」


「そこだけ校則守るんだ」


教室が笑う。


高瀬は教卓へ教材を置いた。


「はい。三分延長な」


「横暴!」


「遅刻分返しただけだろ」


「先生の遅刻なのに!」


「社会は理不尽なんだよ」


「社会科教師が言うと重い!」


また笑い声。


高瀬も笑った。


普通だった。


Reviewも。


死亡予告も。


消えた生徒も。


去年の記憶も。


この教室には。


何もない。


今だけは。


それでよかった。



◇



授業の途中。


高瀬は黒板に一本の線を引いた。


「ここを基準に考える」


後ろから声。


「先生」


「何」


「その線、ずっと伸ばしたらどうなるんですか?」


「ずっと?」


「はい。永遠に」


「何の話?」


「気になっただけです」


「地球は丸いからな」


高瀬はチョークを動かす。


「本当にずっと伸ばせるなら、回って戻ってくるんじゃない?」


「じゃあ終わらないじゃん」


「……」


手が。


止まった。


戻ってくる。


同じ場所へ。


「先生?」


「……いや」


高瀬は。


黒板の線を見る。


「戻ってきても」


「はい」


「それが本当に、同じ場所かは分かんないけどな」


教室が。


少し静かになる。


「……何か深い」


「先生、今日そういう日?」


「俺も今、何で言ったか分からん」


「怖っ」


「忘れろ」


「無理です」


笑いが起きる。


高瀬も。


笑った。


でも。


黒板に残った一本の線だけが。


なぜか。


妙に気になった。



◇



昼休み。


「汚い」


「第一声それ?」


高瀬が顔を上げる。


机の前に。


真壁透が立っていた。


同じ学年の教師。


視線は。


高瀬ではなく。


机。


「書類」


「整理してある」


「移動させただけだろ」


「整理の第一歩です」


「右から左へ動かしただけで?」


「昨日より机の面積が増えた」


「誤差」


真壁が。


一枚の紙を持ち上げる。


「これ昨日締切」


「……」


「こっちは今日」


「……」


「これは」


「待って」


高瀬が手を上げる。


「それ以上は俺が傷つく」


「事実を言ってるだけ」


「事実が一番傷つく時あるから」


真壁は。


紙を戻す。


「高瀬」


「何」


「お前、書類も時間も雑だよな」


「急に総評?」


「あと」


真壁が高瀬を見る。


「自分の体調も」


「……」


高瀬は。


少しだけ目を細めた。


「最近、顔に出てるってよく言われる」


「前から」


「お前も?」


「気付いてなかったの、お前だけ」


「そんなに?」


「そんなに」


高瀬は。


ため息をついた。


「藤原先生にも言われた」


真壁の手が。


ほんの一瞬。


止まった。


「……藤原?」


「うん」


「何を」


「顔に出るって」


「そう」


それだけ。


真壁は。


また紙へ視線を戻す。


高瀬は。


少しだけ気になった。


でも。


今は。


別のことを聞きたかった。


「真壁」


「何」


「去年の俺って、変だった?」


真壁が。


高瀬を見る。


「質問が雑」


「じゃあ去年の十月」


「何で」


「ちょっと確認したいことがある」


「何を確認したい」


「それを言うと長い」


「なら先に言え」


「面倒だな、お前」


「情報の非対称性が嫌いなんだよ」


「何それ」


「お前だけ理由を知ってて、俺だけ答えるのが嫌」


「子どもか」


「公平と言え」


高瀬は笑った。


「じゃあ今度話す」


「今度?」


「うん」


「話す気ある?」


「ある」


真壁は。


数秒。


高瀬を見る。


「なら、その時でいい」


「聞かないの?」


「言いたくない奴から無理に聞いても意味ないだろ」


「……」


「何」


「お前」


高瀬は。


思わず笑う。


「意外と優しいな」


「気持ち悪いからやめろ」


「褒めたのに」


「急に人間性を評価するな」


「評価嫌い?」


真壁が。


少しだけ。


高瀬を見る。


「内容による」


「そりゃそうか」


予鈴が鳴る。


真壁が立ち上がる。


「高瀬」


「ん?」


「本当に困ってるなら」


一度だけ。


言葉を止める。


「話せ」


「……」


「聞くくらいはする」


「ありがとう」


「だから素直に言うな。気持ち悪い」


「どっちだよ」


真壁は。


そのまま職員室を出ていった。


高瀬は。


少し笑った。


藤原。


朝の同僚。


真壁。


昨日まで。


自分の中だけにあったものへ。


少しずつ。


他人が入ってくる。


怖さが消えたわけじゃない。


でも。


一人だった時より。


息ができた。



◇



午後五時十一分。


誰もいない教室。


藤原は。


高瀬の向かいに座っていた。


「……じゃあ」


高瀬は。


スマートフォンを机の上に置く。


「話します」


「はい」


「途中で帰りたくなったら帰ってください」


「帰りません」


「まだ何も言ってない」


「高瀬先生がそこまで前置きする時点で、普通じゃないので」


「……ですよね」


高瀬は。


息を吐いた。


そして。


話した。


三日前。


突然届いたReview。


自分の一日が。


星で評価されたこと。


『三日後、あなたは死にます』


そう告げられたこと。


死亡原因が。


自分自身の選択だと言われたこと。


十五時四十七分。


事故が起こると予告されたこと。


職員室から出るなと言われたこと。


でも。


出たこと。


その結果。


女子生徒を助けたこと。


そして。


SYSTEM。


未来が変わったこと。


変わった未来を。


何かが修正しようとしていること。


話している間。


藤原は。


一度も笑わなかった。


一度も。


「そんなわけない」と言わなかった。


ただ。


聞いていた。


「……これが」


高瀬は。


スマートフォンを見せる。


━━━━━━━━━━━━


【SYSTEM】


予定された死亡まで


残り


22時間48分


━━━━━━━━━━━━


「明日?」


「……はい」


「何時頃ですか」


「正確には分かりません」


「原因は?」


「分かりません」


「場所は?」


「分かりません」


「避ける方法は?」


「……分かりません」


藤原は。


黙った。


高瀬は。


少し笑う。


「分からないことばっかりなんですよ」


「そうですね」


「だから」


「怖かったですよね」


高瀬の言葉が。


止まった。


「……」


予想していた反応と。


違った。


Reviewの正体。


SYSTEM。


未来予知。


事故。


普通なら。


そこを聞くと思っていた。


でも。


藤原が最初に聞いたのは。


高瀬のことだった。


「三日前から」


藤原が続ける。


「ずっと一人で考えてたんですか?」


「……まあ」


「誰にも言わず?」


「はい」


「死ぬって言われて?」


「……はい」


「怖くなかったんですか?」


いつもの癖で。


言いかけた。


大丈夫。


でも。


もう。


やめた。


「……怖いよ」


自分の声が。


思ったより小さかった。


「普通に」


藤原は。


何も言わない。


「朝起きると」


高瀬は続けた。


「最初に思い出すんです」


「……」


「あと何時間だって」


笑おうとして。


やめた。


「生徒が『死ぬ』とか言うだけで、ちょっと怖いし」


「はい」


「『また明日』って言われるのも」


「……」


「約束するのも」


高瀬は。


自分の手を見る。


「怖い」


言ってしまうと。


止まらなかった。


「死ぬことも怖いけど」


一度。


息を吸う。


「俺が死んだあと」


藤原を見る。


「生徒とか」


「……」


「先生たちとか」


「はい」


「家族とか」


「……」


「自分のせいだったって思う人がいたら」


声が。


少しだけ。


掠れた。


「それが、一番嫌です」


藤原は。


しばらく。


何も言わなかった。


それから。


「じゃあ」


高瀬を見る。


「死ななければいい」


「……」


高瀬が。


少しだけ笑う。


「そんな簡単に」


「簡単じゃないですよ」


藤原は。


すぐに返した。


「でも」


スマートフォンを指す。


「昨日」


「?」


「未来、変えたんですよね」


高瀬は。


黙る。


「職員室から出るなって言われたのに」


「……はい」


「出て」


「はい」


「生徒を助けた」


「……はい」


藤原は。


まっすぐ。


高瀬を見る。


「なら」


一拍。


「今回も変えましょう」


「……」


「一人で無理なら」


少しだけ。


笑う。


「二人でやります」


高瀬は。


何も言えなかった。


昨日まで。


自分が死ぬかもしれないことを。


誰にも言えなかった。


自分の問題だから。


自分で何とかする。


そう思っていた。


でも。


今。


目の前に。


一緒に考えると言う人がいる。


「……ありがとうございます」


「だから」


「はい?」


「それ、全部終わってから言ってください」


「まだ逃亡防止?」


「当然です」


「信用ないな」


「死にそうな人を一人にするほど信用してません」


「それ信用の問題?」


藤原が笑う。


高瀬も。


少しだけ笑った。


その時。


机の上のスマートフォンが震えた。


――ブッ。


二人が。


同時に見る。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


情報開示を確認。


━━━━━━━━━━━━


高瀬の表情が変わる。


次。


━━━━━━━━━━━━


藤原美咲


観測対象へ追加。


━━━━━━━━━━━━


「……私?」


藤原が。


画面を見る。


「観測対象って何ですか」


「分かりません」


「私も採点されるってこと?」


「多分」


「嫌ですね」


「そこ?」


「人に勝手に点数つけられるの嫌いなんで」


「教師が言う?」


「テストと人間は別です」


高瀬が。


少しだけ目を見開く。


昨日。


自分が考えたことと。


似ていた。


画面が。


切り替わる。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


藤原美咲


★★★★★


━━━━━━━━━━━━


「五つ」


高瀬が言う。


藤原は。


あまり嬉しそうではなかった。


「高瀬先生は?」


「何で競うんですか」


「気になるじゃないですか」


表示。


━━━━━━━━━━━━


高瀬悠介


★★★★☆


━━━━━━━━━━━━


「勝った」


「だから競うなって」


「一個勝ち」


「何の一個だよ」


ほんの少し。


笑った。


その時だった。


画面が。


一度。


暗くなる。


「……?」


高瀬が。


スマートフォンを見る。


知らない表示。


Reviewでも。


SYSTEMでもない。


たった。


二行。


━━━━━━━━━━━━


LOOP


2


━━━━━━━━━━━━


「……」


高瀬も。


藤原も。


言葉を失った。


数秒。


表示は。


消えた。


「今の」


藤原が言う。


「見ました?」


「……見ました」


「LOOP」


「はい」


「2」


「……はい」


高瀬は。


すぐに画面を操作する。


通知履歴。


ない。


Review Log。


ない。


SYSTEMにも。


何も残っていない。


「……消えてる」


「でも」


藤原が言う。


「私も見ました」


「……」


「見間違いじゃないです」


二人。


同じものを見た。


LOOP。


2。


「ループって」


藤原が。


ゆっくり言う。


「普通に考えたら」


「……繰り返し」


「ですよね」


去年。


十月。


知らない生徒。


三日間の欠勤。


『俺を採点してる奴』


そして。


今。


LOOP 2。


高瀬は。


スマートフォンを見る。


「もし」


言葉にする。


「これが」


一度。


止まる。


「二回目って意味なら」


藤原は。


すぐには答えなかった。


「決めつけるのはやめましょう」


「……」


「まだ二文字と数字一個です」


「確かに」


「考えるのは」


藤原が。


机の上のSYSTEMを見る。


残り。


22時間。


「明日を越えてからでもできます」


高瀬は。


その数字を見る。


そうだ。


今。


一番大事なのは。


Reviewの正体でも。


去年の記憶でも。


LOOPでもない。


「……生きること」


「はい」


藤原が頷く。


「まず」


「明日」


「越えましょう」


高瀬は。


スマートフォンを伏せた。


「分かりました」


「じゃあ今日は帰りますよ」


「え」


「寝てください」


「まだ仕事が」


「死ぬかもしれない人が残業しないでください」


「言い方」


「帰ります」


「はい」


高瀬は。


素直に立ち上がった。


その時。


教室の扉が開いた。


「何してる」


真壁だった。


「会議」


藤原が。


時計を見る。


「あ」


高瀬も見る。


「あ」


真壁が。


二人を見る。


「始まってる」


「……」


「……」


数秒。


「走ります?」


藤原が聞く。


「廊下は走っちゃ駄目です」


高瀬が答える。


真壁が。


ため息をついた。


「何の話してんだ、お前ら」


三人で。


廊下へ出る。


その途中。


真壁が。


ふと振り返った。


「さっき」


「ん?」


高瀬が見る。


「何か鳴ってた?」


「鳴ってた?」


「電子音みたいな」


高瀬と。


藤原が。


同時に止まる。


「……聞こえました?」


「何が」


真壁が聞き返す。


高瀬は。


ポケットの中のスマートフォンへ触れた。


音は。


鳴っていない。


一度も。


振動しただけだ。


「いや」


高瀬は答えた。


「何でもない」


真壁は。


数秒。


高瀬を見る。


「そう」


それ以上。


聞かなかった。


三人は。


会議室へ向かった。


高瀬は。


歩きながら考える。


LOOP。


2。


二回目。


その意味は。


まだ分からない。


でも。


昨日までと。


決定的に違うことがある。


一人じゃない。


明日。


自分が死ぬかもしれないことを。


知っている人がいる。


それだけで。


怖さが消えるわけじゃない。


それでも。


高瀬は。


昨日より少しだけ。


明日を。


迎えられる気がしていた。

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