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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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7/122

Review7 知らない顔

「俺のクラスに、知らない生徒がいる」


同僚の言葉を。


高瀬はすぐには理解できなかった。


「……俺が、そう言ったんですか?」


「はい」


「去年?」


「去年です」


「いつ頃?」


「秋だったと思います。十月くらい」


十月。


高瀬は記憶を探る。


去年の十月。


文化祭。


中間テスト。


進路。


忙しかった。


それくらいしか出てこない。


「その時、俺……どんな感じでした?」


「どんな感じ?」


「焦ってたとか。怖がってたとか」


同僚は少し考えた。


「怒ってました」


「怒ってた?」


「はい。結構」


意外だった。


今。


あの男子生徒のことを考えると。


怖い。


気味が悪い。


分からない。


そういう感情が先に来る。


でも。


去年の自分は。


怒っていた。


「何に?」


「そこまでは」


「何か言ってませんでした?」


「高瀬先生、全然説明してくれなかったんですよ」


「……俺らしい」


「自覚あるなら直してください」


「最近よく言われます」


同僚は苦笑する。


それから。


何かを思い出したように。


「あ」


「何です?」


「一個だけ」


「はい」


「その知らない生徒について」


少し間を置く。


「高瀬先生、言ってました」


「何て?」


同僚は。


当時の言葉を思い出すように。


ゆっくり答えた。


「『あいつ、俺を知ってる』って」


高瀬は。


黙った。


「……俺を?」


「はい」


「教師なんだから、そりゃ知ってるんじゃ」


「俺もそう言いました」


「ですよね」


「そしたら」


同僚の表情が変わる。


「『そういう意味じゃない』って」


「……」


「何が違うのか聞いても、教えてくれませんでした」


高瀬は。


あの男子生徒の声を思い出す。


『先生らしいなと思って』


あの時。


少しだけ。


引っかかった。


初めて話すような距離ではなかった。


高瀬の答えを。


最初から知っているような。


そんな。


話し方だった。


「そのあと、どうなったんです?」


「次の日です」


「はい」


「俺、高瀬先生に聞いたんですよ」


『昨日の生徒、どうなりました?』


同僚は。


その時の高瀬の返事を。


そのまま言った。


「『何の話?』」


「……」


「本当に覚えてない顔してました」


「冗談とかじゃなく?」


「はい」


同僚は。


高瀬を見る。


「だから俺も、そのままになってました」


「……」


「忙しかったし」


少し。


申し訳なさそうに。


「高瀬先生本人が覚えてないなら、俺の聞き間違いだったのかなって」


高瀬は。


責める気にはなれなかった。


むしろ。


怖かった。


昨日。


名前を忘れた。


今日。


顔まで。


薄くなっている。


去年も。


同じことが起きていたなら。


次に消えるのは。


何だ。


「ありがとうございます」


「高瀬先生」


「はい」


「大丈夫ですか?」


また。


その言葉。


高瀬は少し考えて。


「……大丈夫じゃないです」


同僚が。


少しだけ目を丸くした。


「でも」


高瀬は続ける。


「さっきよりは、マシです」


「ならよかった」


それ以上。


聞いてこなかった。


それが。


ありがたかった。



◇



午後。


廊下を歩いていると。


「高瀬先生」


声を掛けられた。


振り返る。


藤原美咲。


同じ学校の教師。


「今、いいですか?」


「授業までなら」


「三分あります」


「短いな」


「高瀬先生なら三分で十分です」


「扱い雑じゃない?」


「要点だけ話してください」


「俺が話す側?」


「まず私からです」


「ですよね」


藤原は。


少し声を落とした。


「昨日の事故の件」


高瀬の表情が変わる。


「倒れた男子生徒は?」


「検査では大きな異常なし。今のところは」


「……よかった」


肩から。


少し力が抜ける。


「駅で倒れた女子生徒も、意識はあります」


「本当に?」


「軽い脳震盪と、転倒した時に頭を打ったみたいです」


「……」


「現時点では、後遺症が残るような状態ではないそうです」


高瀬は。


息を吐いた。


「よかった……」


「高瀬先生」


「はい」


「何で」


藤原が。


じっと高瀬を見る。


「助けた側が、そんなに自分を責めてる顔してるんですか?」


「……してます?」


「してます」


「最近、顔で全部バレるな」


「前からです」


「誰も教えてくれなかった」


「みんな気を遣ってたんじゃないですか」


「悲しい事実」


藤原が少し笑う。


それから。


「もう一つ」


「はい」


「昨日、階段調べてましたよね」


「……見てたんですか?」


「通りましたから」


「声かけてくださいよ」


「男子生徒と真剣な顔で話してたので」


「まあ」


「何かありました?」


高瀬は。


一瞬迷った。


いつもなら。


ないです。


そう言っていた。


でも。


今朝。


他人を頼った。


そして。


一人では知れなかったことを。


知った。


高瀬は。


スマートフォンを取り出す。


昨日撮った写真。


透明な破片。


「これ」


藤原に見せる。


「階段に落ちてました」


「これ……」


藤原が。


画面を拡大する。


「消火器の部品ですか?」


「分かりません」


「現物は?」


「まだ学校にあると思います」


「触ってない?」


「はい」


「正解です」


「そんな危険物?」


「いや、分かりませんけど」


「分からんのかい」


「私、前の学校で理科担当だったんです」


「そういえば」


「こういうの、ちょっと気になる」


藤原は。


写真の端を指で拡大する。


「ここ」


「黒い点?」


「はい」


「何です?」


「分かりません」


「二回目」


「でも」


藤原の表情が。


少し真剣になる。


「ただ割れたプラスチックなら、こんな規則的なものが端にあるのは少し変です」


「部品?」


「可能性はあります」


「何の?」


「だから、それを調べるんです」


「藤原先生が?」


「高瀬先生が」


「俺?」


「拾ったの高瀬先生でしょ」


「……」


藤原が。


少し笑う。


「一緒に見ます?」


その言葉に。


高瀬は。


ほんの一瞬。


止まった。


いつもなら。


大丈夫です。


自分でやります。


そう言う。


でも。


「……お願いします」


藤原が。


高瀬を見る。


「何です?」


「いや」


「その顔」


「珍しいなと思って」


「何が」


「高瀬先生が、人を頼るの」


「今日二回目です」


「急成長」


「褒めてます?」


「かなり」


藤原は笑った。


「高瀬先生」


「はい」


「一人で全部やろうとするじゃないですか」


「……まあ」


「で、疲れて」


「はい」


「余裕なくなって」


「はい」


「それでも『大丈夫』って言う」


「……」


「不器用ですよね」


「急に悪口?」


「感想です」


「もっと悪い」


藤原は。


少しだけ笑った。


「だから」


「?」


「頼ってもらえて、よかったです」


高瀬は。


返事ができなかった。


こういう言葉に。


慣れていない。


「……ありがとうございます」


「素直」


「今日だけです」


「明日もお願いします」


明日。


その言葉に。


胸が少しだけ痛む。


でも。


昨日ほどではなかった。


明日。


来る。


約束した。


なら。


来るために。


できることをする。



◇



「そういえば」


高瀬は。


藤原と歩きながら聞いた。


「去年の俺って、変でした?」


藤原の足が。


止まった。


ほんの一瞬。


でも。


高瀬は気付いた。


「……何でです?」


「今」


「何が」


「止まりましたよね」


「止まってません」


「止まった」


「高瀬先生、そういうところだけ鋭いですね」


「だけ?」


藤原は。


少し迷った。


「去年の十月」


「……」


「三日間」


藤原が言う。


「学校、休んでます」


「俺が?」


「はい」


「三日も?」


「覚えてないんですか?」


「……全然」


高瀬は。


頭の中を探る。


去年の十月。


三日間。


休んだ記憶。


ない。


「理由は?」


「体調不良」


「病院は?」


「そこまでは知りません」


「三日後は?」


「普通に来ました」


「……」


「本当に、普通に」


藤原は。


少しだけ。


顔を曇らせる。


「でも」


「何です?」


「休んでる間」


一度。


言葉を止める。


「私、一回だけ電話したんです」


「俺に?」


「はい」


「何て?」


「心配だったから。体調どうですかって」


高瀬は。


黙って聞く。


「そしたら」


藤原の声が。


少し低くなる。


「高瀬先生」


「はい」


「変なこと言ったんです」


「……何て?」


藤原は。


覚えている言葉を。


そのまま。


口にした。


「『学校に行ったら』」


一拍。


「『また、あいつがいるから』」


高瀬の背中を。


冷たいものが走った。


「……あいつ?」


「私も聞きました」


「誰って?」


「はい」


藤原は。


高瀬を見る。


「そしたら」


言った。


「『俺を採点してる奴』」


「……」


廊下の音が。


遠くなった気がした。


去年。


十月。


知らない生徒。


三日間の欠勤。


そして。


採点。


「……Review」


高瀬が。


小さく呟く。


「え?」


藤原が聞き返す。


高瀬は。


答えなかった。


いや。


答えられなかった。


去年も。


あった。


Reviewは。


三日前に。


突然始まったんじゃない。


自分は。


一度。


これを知っている。


そして。


忘れている。


「高瀬先生?」


「……藤原先生」


「はい」


「話があります」


藤原の表情が。


変わる。


「多分」


高瀬は。


スマートフォンを握る。


「信じてもらえない話です」


「聞いてから決めます」


「……長くなります」


「じゃあ放課後」


「いいんですか?」


「ここまで言われて帰れます?」


「まあ、無理ですね」


「逃げないでくださいね」


「俺が?」


「高瀬先生、肝心なところで『やっぱいいです』って言いそうだから」


「……否定できない」


「じゃあ決まり」


藤原が歩き出す。


高瀬も。


その隣を歩く。


その時。


スマートフォンが震えた。


――ブッ。


高瀬が。


画面を見る。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


警告。


━━━━━━━━━━━━


足が。


止まる。


━━━━━━━━━━━━


藤原美咲への


情報開示を

推奨しません。


━━━━━━━━━━━━


「……」


藤原が。


振り返る。


「どうしました?」


「いや」


画面。


━━━━━━━━━━━━


理由を確認しますか?


YES


NO


━━━━━━━━━━━━


高瀬は。


指を伸ばす。


理由。


知りたい。


なぜ藤原に話してはいけない。


Reviewは。


何を知っている。


指先が。


YESの上で止まる。


「高瀬先生?」


藤原の声。


高瀬は。


顔を上げた。


『一人で全部やろうとする』


『頼ってもらえて、よかったです』


昨日。


自分は。


Reviewの指示に逆らった。


その結果。


一人の生徒を助けた。


なら。


今。


選ぶべきなのは。


画面じゃない。


高瀬は。


スマートフォンの画面を消した。


「藤原先生」


「はい」


「やっぱり」


藤原が。


少しだけ眉を上げる。


高瀬は続けた。


「話す」


「……」


「全部」


藤原は。


数秒。


高瀬を見た。


そして。


笑った。


「はい」


ポケットの中で。


スマートフォンが震える。


一度。


二度。


三度。


高瀬は。


もう見なかった。


「じゃあ放課後」


「はい」


「逃げないでくださいね」


「分かってます」


「本当に?」


「本当に」


その時。


予鈴が鳴った。


二人とも。


時計を見る。


「……授業」


「高瀬先生」


「はい」


「あと何分?」


「ゼロです」


「走ります?」


「廊下は走っちゃ駄目です」


「教師ですもんね」


「早歩きで」


「それほぼ走るやつ」


二人は。


早歩きで。


廊下を進んだ。


高瀬は。


まだ知らなかった。


Reviewが。


藤原へ話すことを。


なぜ止めたのか。


去年。


自分に。


何が起きたのか。


何一つ。


分からない。


それでも。


一つだけ。


昨日までとは違った。


今度は。


一人で。


抱え込まなかった。



◇



同じ頃。


誰も触れていない。


職員室の高瀬のパソコン。


黒い画面が。


一瞬だけ。


開いた。


━━━━━━━━━━━━


Review Log


Review000


対象 No.001


状態 DELETED


━━━━━━━━━━━━


数秒。


新しい文字。


━━━━━━━━━━━━


復元処理


開始


━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━


関連記憶


高瀬


━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━


復元率


1%


━━━━━━━━━━━━


そして。


誰にも見られないまま。


画面は。


元へ戻った。

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