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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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6/118

Review6 いなかった生徒

午前七時二十八分。


高瀬は、いつもより三十分ほど早く学校に着いた。


職員室には向かわず。


そのまま昨日の教室へ行く。


まだ誰もいない。


朝の光だけが、窓から差し込んでいる。


高瀬は。


窓際の席を見た。


一昨日。


ここで弁当を食べていた。


そして。


あの男子生徒と話した。


『人って、いつ死ぬと思います?』


声は覚えている。


『先生って、明日死ぬって分かったらどうします?』


話し方も。


『死ぬの、怖いですか?』


笑い方も。


覚えている。


なのに。


「……誰だよ」


名前が出てこない。


何年生だった。


何組だった。


制服は。


髪型は。


高瀬は目を閉じる。


顔を思い浮かべる。


「……」


見える。


はずだった。


昨日までは。


もっとはっきりしていた。


「……待て」


高瀬は目を開いた。


もう一度。


思い出す。


目。


鼻。


口。


「……どんな顔だった?」


心臓が。


嫌な鳴り方をした。


声は覚えている。


会話も。


でも。


顔が。


少しずつ。


曖昧になっている。


「……消えてる?」


誰もいない教室で。


その言葉だけが。


妙に大きく聞こえた。



◇



高瀬は職員室へ戻ると、すぐに生徒名簿を開いた。


一年。


違う。


二年。


一人ずつ。


顔写真を見る。


違う。


三年。


最後まで。


いない。


「……」


もう一度。


一年から。


今度は。


名前も見る。


顔写真も。


一人ずつ。


ゆっくり。


確認する。


それでも。


いない。


「何してるんですか?」


「うわっ」


後ろから声を掛けられ。


高瀬は名簿を閉じた。


「びっくりした」


「こっちがびっくりですよ」


同僚が、高瀬の手元を見る。


「朝から全校生徒の名簿?」


「……ちょっと確認」


「何を?」


「生徒」


「それは見れば分かります」


「ですよね」


「何かあったんですか?」


「いや」


いつもの言葉が。


喉まで出る。


大丈夫。


何でもない。


でも。


昨日。


決めた。


少しくらい。


他人を頼ってもいい。


「……まだ」


高瀬は名簿へ手を置いた。


「自分で調べてみます」


同僚が。


少しだけ眉を上げる。


「一人でやるやつですか?」


「……」


「高瀬先生、それ昨日も注意されてませんでした?」


「誰に」


「全員に」


「範囲広いな」


「困ったら言ってくださいね」


「はい」


同僚が離れていく。


高瀬は。


その背中を見る。


頼る。


簡単そうで。


難しい。


昨日。


女子生徒には少しだけ本音を言えた。


でも。


自分でも理解できていないことを。


他人に説明するのは。


もっと難しかった。



◇



「先生」


朝のホームルーム。


昨日の女子生徒が。


高瀬を見る。


「今日もいる」


「何、その確認」


「約束したから」


「……ああ」


昨日。


『明日も来る?』


『絶対?』


高瀬は。


約束した。


「ちゃんと来ただろ」


「はい」


女子生徒が笑う。


「今日、大丈夫ですか?」


「……」


高瀬は少し考える。


「五十点くらい」


「低っ」


「昨日よりは高い」


「昨日何点だったんですか」


「三十くらい?」


「赤点じゃん」


「先生にもそういう日はある」


女子生徒は。


少し考えてから言った。


「百点じゃなくても、学校来ていいんですよ」


「……」


「五十点なら」


指を一本立てる。


「一日一ポイントずつ上げましょう」


「遅くない?」


「無理して百点にすると、また下がりそうだから」


「俺の扱い分かってきたな」


「五十日かければ百点です」


「五十日……」


何気ない数字。


でも。


高瀬には。


遠かった。


今の自分には。


五十日なんて。


どこにもない。


「先生?」


「……いや」


高瀬は笑った。


「それくらいがいいかもな」


「でしょ?」


「じゃあ今日は五十一点目指すわ」


「低い目標」


「一ポイントって言ったのお前だろ」


女子生徒が笑う。


高瀬も笑った。


でも。


胸の奥では。


別のことを考えていた。


五十日。


欲しい。


五十日後も。


ここにいたい。


昨日。


初めて。


生きたいと思った。


今日は。


その先まで。


少しだけ。


欲しくなった。



◇



二時間目。


高瀬は。


黒板に問題を書きながら。


ふと。


教室を見渡した。


「……」


何か。


おかしい。


生徒たちは。


いつも通り。


授業を受けている。


寝そうなやつ。


ノートを取るやつ。


隣を見てるやつ。


「そこ、喋るなよ」


「喋ってません」


「今、口動いてた」


「呼吸です」


「特殊な呼吸だな」


笑い声。


いつもの教室。


なのに。


何かが。


足りない。


「……何だ?」


「先生?」


「いや」


高瀬は。


もう一度。


教室を見る。


一。


二。


三。


数える。


三十六。


「……」


もう一度。


三十六。


「先生、どうしました?」


「このクラス」


「はい」


「何人だっけ」


一瞬。


教室が静かになる。


「……先生?」


「何」


「担任ですよね?」


「知ってる」


「三十六です」


「だよな」


「怖いんですけど」


「確認しただけ」


「担任が人数確認することあります?」


「ある」


「今?」


「今」


生徒たちが笑う。


高瀬も。


笑った。


三十六人。


合っている。


出席簿。


三十六。


座席。


三十六。


何も。


おかしくない。


はずだった。



◇



授業が終わったあと。


高瀬は。


教卓の上に置かれた座席表を手に取った。


三十六人。


縦。


横。


全部。


合っている。


「……気のせいか」


そう呟いて。


紙を戻そうとした。


その時。


端。


鉛筆で。


何かが書かれている。


消しゴムで。


消した跡。


高瀬は。


顔を近付けた。


薄い。


ほとんど見えない。


でも。


数字だった。


「……37?」


三。


七。


そう見える。


「先生」


「うわっ」


後ろから。


生徒の声。


「今日めっちゃ驚きますね」


「急に後ろから来るな」


「何見てるんです?」


「これ」


高瀬は。


座席表を見せる。


「ここ。何か書いてない?」


生徒が。


覗き込む。


「……37?」


「見えるよな」


「はい」


「これ誰が書いた?」


「知りません」


「お前じゃない?」


「何で俺」


「近くにいたから」


「推理雑すぎません?」


「じゃあ違うか」


「早っ」


生徒は。


座席表を見る。


「誰かの落書きじゃないですか?」


「かな」


「このクラス三十六人ですし」


「だよな」


「先生」


「ん?」


生徒が。


少し首を傾げた。


「前もそれ、聞いてませんでした?」


「……何を?」


「人数」


高瀬の表情が止まる。


「俺が?」


「はい」


「いつ?」


「いつだっけ」


生徒は。


考える。


「結構前」


「今年?」


「たぶん」


「何て聞いた?」


「今みたいに」


生徒は。


笑いながら言った。


「『このクラス、何人だっけ』って」


「……」


「あと」


生徒の笑顔が。


少しだけ消える。


「何か言ってた気がする」


「何?」


「えっと……」


数秒。


「あ」


思い出したように。


顔を上げる。


「『一人足りなくないか?』って」


高瀬は。


何も言えなかった。


「先生?」


「……俺が?」


「はい」


「いつ?」


「だから、結構前です」


「その時」


高瀬は。


座席表を握る。


「誰が足りないって言った?」


「そこまでは」


「名前は?」


「覚えてないです」


「顔は?」


「いや」


生徒が。


困った顔をする。


「そもそも俺ら三十六人ですよ?」


「……」


そうだ。


三十六人。


名簿も。


出席簿も。


座席も。


全部。


三十六。


なのに。


薄く残った。


37。


そして。


高瀬自身が。


以前。


『一人足りない』と言っていた。


「……ありがとう」


「大丈夫ですか?」


「五十一点くらい」


「一ポイント上がってる」


「目標達成」


「まだ午前ですよ」


「じゃあ午後下がるかも」


「下げないでください」


生徒が笑って。


教室を出ていく。


高瀬は。


一人。


座席表を見る。


三十六。


その端。


消された。


三十七。


頭の中に。


あの声が。


蘇る。


『先生って、明日死ぬって分かったらどうします?』


顔を。


思い出そうとする。


「……」


昨日より。


さらに。


ぼやけている。


高瀬は。


自分の額へ手を当てた。


「待てよ……」


名前だけじゃない。


顔まで。


消えていく。


このまま。


あと何日か経ったら。


声も。


会話も。


全部。


「……忘れる?」


その言葉が。


怖かった。



◇



昼休み。


高瀬は。


古い出席簿を調べた。


今年。


去年。


一昨年。


転校。


転入。


在籍記録。


それらしい名前はない。


あの男子生徒が。


どの学年なのかすら。


分からない。


それでも。


探した。


いなかった。


「……」


一時間近く。


同じ名前を。


同じ写真を。


何度も見た。


結果は。


同じ。


「高瀬先生」


声。


朝の同僚。


「まだやってたんですか」


「……はい」


「見つかりました?」


高瀬は。


顔を上げた。


「何が、とは聞かないんですね」


「聞いても言わなそうなんで」


「……」


「一人でやるやつ?」


朝と。


同じ質問。


高瀬は。


少しだけ笑った。


いつもなら。


「大丈夫です」


そう答える。


自分のことだから。


自分で。


でも。


五十日。


欲しいと思った。


明日も。


学校へ来たいと思った。


そのために。


一人では分からないことがある。


高瀬は。


息を吐いた。


「……調べてほしいことがあります」


同僚の表情が。


少し変わった。


「珍しい」


「やっぱなしで」


「嘘です。聞きます」


「早いな」


「高瀬先生が頼るなんて、次いつあるか分からないので」


「俺そんな扱い?」


「はい」


即答。


高瀬は苦笑する。


それから。


座席表を机へ置いた。


「変なこと聞きます」


「どうぞ」


「この学校に」


一度。


言葉を選ぶ。


「確かにいたはずなのに」


同僚の顔を見る。


「誰も覚えてなくて」


続ける。


「名簿にも載ってない生徒って」


「……」


「いたことあります?」


同僚は。


答えなかった。


「……先生?」


表情が。


変わっていた。


驚いている。


いや。


それだけじゃない。


何かを。


思い出している。


「高瀬先生」


「はい」


「その話」


声が。


少し低くなる。


「前にも、俺にしてますよ」


「……え?」


高瀬は。


動けなかった。


「いつ?」


「去年です」


「……去年?」


「はい」


同僚は。


高瀬を見る。


「ただ」


「……何です?」


「その時は」


少し。


言いにくそうに。


続けた。


「『生徒が消えた』とは言ってません」


「じゃあ」


「高瀬先生が言ったのは」


一拍。


「『俺のクラスに、知らない生徒がいる』」


「……」


意味が。


逆だった。


今は。


いたはずの生徒が。


いない。


去年は。


知らない生徒が。


いた。


高瀬のポケットの中で。


スマートフォンが。


静かに点灯した。


高瀬は。


気付かない。


画面には。


たった数行。


━━━━━━━━━━━━


【Review Log】


検索結果


1件


━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━


Review000


対象


No.001


━━━━━━━━━━━━


そして。


数秒後。


何事もなかったように。


画面は。


暗くなった。

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