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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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5/122

Review5 残り時間

午前六時十一分。


目が覚めた。


アラームは。


まだ鳴っていない。


高瀬は天井を見たまま、しばらく動かなかった。


昨日までなら。


二度寝していた。


あと十分。


そう言って。


布団を被っていた。


でも今日は。


眠れなかった。


枕元のスマートフォンを見る。


通知はない。


Reviewも。


SYSTEMも。


何も。


「……」


何もない方が。


怖かった。


昨日の夜。


表示された数字。


『予定された死亡まで』


『残り47時間29分』


今は。


もう四十時間も残っていない。


高瀬は。


スマートフォンを伏せた。


「……行くか」


学校へ。


今日も。


いつも通り。



◇



「先生」


朝。


教室へ入ると。


昨日の女子生徒が。


すぐに高瀬を見た。


「ん?」


「今日は普通ですね」


「昨日は?」


「変でした」


「そんな即答する?」


「はい」


「傷つくなあ」


女子生徒が笑う。


「大丈夫ですか?」


その言葉に。


高瀬は一瞬だけ止まった。


昨日なら。


大丈夫。


そう答えていた。


今日は。


「昨日よりは」


そう言った。


女子生徒が。


少しだけ目を丸くする。


「お」


「何」


「ちゃんと答えた」


「先生を何だと思ってる」


「すぐ『大丈夫』って言う人」


「……」


「当たってます?」


「まあ」


「じゃあ進歩ですね」


「採点厳しくない?」


「先生ですから」


「俺が?」


「はい」


「採点される側なんだ」


「たまには」


女子生徒は笑った。


そして。


何でもないことのように言った。


「じゃあ今日も生きてください」


高瀬の表情が。


止まった。


「……何?」


「え?」


「今、何て」


「今日も生きてください」


「……」


「先生、来週テスト返すって言ったじゃないですか」


「ああ」


「だからちゃんと来てください」


ただの冗談。


深い意味なんて。


ない。


この子は。


何も知らない。


「……分かった」


「はい」


女子生徒は。


満足そうに席へ戻っていった。


高瀬は。


その背中を見ながら。


小さく息を吐いた。


今日も生きてください。


簡単に言うなよ。


こっちは。


それが。


結構難しいらしい。



◇



三時間目。


「じゃあ返すぞ」


高瀬が。


テストの束を持つ。


教室が。


一気に騒がしくなる。


「先生、平均!」


「まだ言わん」


「赤点何人!」


「それも言わん」


「百点いる?」


「いる」


「誰!?」


「それ言ったら返す意味ないだろ」


「俺だ!」


「お前ではない」


「まだ名前言ってない!」


「顔が違う」


「ひど!」


笑い声。


一人ずつ。


名前を呼ぶ。


答案を返す。


喜ぶ生徒。


崩れ落ちる生徒。


無言で裏返す生徒。


いつもの光景。


「先生!」


一人の男子生徒が。


答案を持ってやってきた。


「何」


「ここ」


「ん?」


「丸なのに点入ってない」


「どれ」


高瀬が確認する。


確かに。


正解。


配点は二点。


答案の上。


赤字。


78。


「あー」


「ですよね?」


「俺のミスだ」


赤ペンを取る。


78。


その数字に。


一本線。


そして。


80。


「はい」


答案を返す。


男子生徒の顔が。


一気に明るくなる。


「よっしゃ!」


「そんな変わる?」


「変わりますよ!」


「二点だぞ」


「先生、七十八と八十は全然違う!」


「そう?」


「八十なら親に見せられる!」


「七十八でも見せろよ」


「無理です」


「何でだよ」


「七十点台と八十点台は世界が違うんです!」


「二点で世界変わるのか」


「変わります!」


男子生徒は。


嬉しそうに席へ戻っていった。


高瀬は。


その背中を見る。


78。


80。


二点。


数字が変わった。


確かに。


本人は喜んだ。


でも。


あいつ自身が。


二点分。


賢くなったわけじゃない。


人間として。


二点分。


価値が増えたわけでもない。


ただ。


数字が変わった。


それだけだ。


ポケットの中で。


スマートフォンが震えた。


――ブッ。


高瀬は。


一瞬だけ。


手を止める。


でも。


取り出さなかった。


「先生、次!」


「ああ、悪い」


今は。


授業中だ。


今は。


目の前の生徒たちの時間だ。



◇



授業が終わった。


生徒たちが教室を出ていく。


最後の一人を見送ってから。


高瀬はスマートフォンを取り出した。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


★★★★★


━━━━━━━━━━━━


「……五つ」


久しぶりに見た。


その下。


━━━━━━━━━━━━


採点を

修正しました。


━━━━━━━━━━━━


「……採点?」


続く。


━━━━━━━━━━━━


78点。


80点。


━━━━━━━━━━━━


高瀬の表情が変わる。


さっきの。


テスト。


━━━━━━━━━━━━


二点の修正により、


対象は喜びました。


━━━━━━━━━━━━


「……見てたのか」


次。


━━━━━━━━━━━━


しかし。


彼自身の価値が、


二点増えたわけでは

ありません。


━━━━━━━━━━━━


高瀬は。


黙った。


自分が。


さっき考えていたこと。


そのままだった。


画面。


━━━━━━━━━━━━


では。


━━━━━━━━━━━━


一拍。


━━━━━━━━━━━━


あなたの


★★★★★は。


━━━━━━━━━━━━


高瀬は。


五つの星を見る。


━━━━━━━━━━━━


あなた自身の価値を、


どれだけ

増やしましたか。


━━━━━━━━━━━━


「……」


答えは。


すぐに出た。


「……ゼロ、か」


星が五つでも。


二つでも。


高瀬悠介という人間が。


その瞬間。


増えたり。


減ったりするわけじゃない。


Reviewは。


何も返さなかった。


それが。


妙に気持ち悪かった。



◇



昼休み。


「高瀬先生」


「はい」


同僚が。


資料の束を持ってくる。


「これ、ちょっと手伝ってもらえません?」


「いいですよ」


いつものように。


そう答えて。


高瀬は。


止まった。


「……いや」


「え?」


「今日じゃないと駄目ですか?」


同僚が。


目を丸くする。


「いや。明日でも」


「じゃあ明日で」


「……高瀬先生?」


「何」


「体調悪い?」


「何で」


「仕事断った」


「俺だって断るよ」


「初めて見た」


「絶滅危惧種みたいに言うな」


同僚は。


高瀬の机を見る。


「今日は帰るんですか?」


「自分の仕事終わったら」


「おお」


「何」


「成長」


「俺、生徒?」


「抱え込み★★★★★だったんで」


「それ褒めてないよね?」


「最悪の意味です」


「だと思った」


高瀬は笑った。


それから。


少しだけ。


時計を見る。


今日。


残る必要はない。


もし。


自分に。


残された時間が少ないなら。


他人の仕事まで。


全部背負っている場合じゃない。


初めて。


そう思った。



◇



午後四時二十分。


高瀬は。


本当に学校を出た。


「……明る」


空が。


まだ青い。


こんな時間に校門を出ることなんて。


ほとんどない。


生徒たちが。


部活へ向かって走っている。


笑い声。


ボールの音。


吹奏楽部の音。


いつも。


聞いているはずの音。


でも。


今日は。


少し違って聞こえた。


高瀬は。


校舎を振り返る。


もし。


あと一日しか。


ここへ来られないなら。


「……」


急に。


帰りたくなくなった。


昨日までは。


早く帰りたいと思っていたのに。


人間。


勝手だな。


そう思って。


少し笑った。


「先生」


声。


振り返る。


朝の女子生徒。


「もう帰るんですか?」


「その言い方何」


「珍しいから」


「先生だって帰るよ」


「今日は早いですね」


「働き方改革」


「明日には戻ってそう」


「信用ないなあ」


女子生徒が笑う。


高瀬は。


その向こう。


校門の近くを見る。


昨日の。


男子生徒。


いない。


今日も。


見つからなかった。


名前も。


分からないまま。


「先生?」


「ん?」


「また変な顔してます」


「どんな顔」


「考えてる顔」


「先生だから考えることくらいある」


「昨日言ってた」


女子生徒が。


少しだけ声を落とす。


「変なこと」


高瀬は。


彼女を見る。


「……ああ」


「まだ話せません?」


「……」


三日後。


いや。


もう。


そんなにない。


明日。


自分が。


ここにいる保証すら。


ない。


「まだ」


高瀬は言った。


「無理かな」


「そっか」


女子生徒は。


やっぱり。


無理には聞かなかった。


「じゃあ」


「ん?」


「明日」


高瀬の胸が。


わずかに締まる。


「明日なら話せます?」


「……」


答えられない。


明日。


自分が。


生きているかどうか。


分からない。


「先生?」


高瀬の沈黙に。


女子生徒の表情が変わる。


「何か」


一歩。


近付く。


「本当に大丈夫ですか?」


「……」


「先生」


声が。


少しだけ。


怖がっていた。


「勝手にいなくならないでください」


高瀬は。


何も言えなかった。


この子は。


何も知らない。


それでも。


何かを感じている。


「……努力する」


女子生徒が。


眉を寄せる。


「そこ」


「何」


「『分かった』でしょ」


「……」


「昨日も言いました」


高瀬は。


少しだけ笑った。


「分かった」


「本当に?」


「うん」


「明日も来る?」


その言葉だけは。


簡単に答えられなかった。


でも。


「来る」


言った。


「絶対?」


「……絶対」


女子生徒が。


ようやく笑った。


「じゃあ」


手を振る。


「また明日」


「……おう」


女子生徒が。


歩いていく。


高瀬は。


その背中が見えなくなるまで。


そこに立っていた。


「……約束しちゃったな」


ポケットの中。


スマートフォンが震えた。



◇



━━━━━━━━━━━━


【Review】


★★☆☆☆


━━━━━━━━━━━━


「……」


━━━━━━━━━━━━


あなたは、


守れる保証のない

約束をしました。


━━━━━━━━━━━━


「分かってるよ」


高瀬は。


画面を見る。


━━━━━━━━━━━━


明日も来る。


絶対。


━━━━━━━━━━━━


「……」


星。


二つ。


その時。


表示が変わった。


━━━━━━━━━━━━


ですが。


━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━


その約束を、


守りたいと

思いました。


━━━━━━━━━━━━


星が。


一つ。


増える。


★★★☆☆


高瀬は。


黙って見ていた。


━━━━━━━━━━━━


人は、


守れるから

約束するのではありません。


━━━━━━━━━━━━


次。


━━━━━━━━━━━━


守りたい未来が

あるから、


約束するのです。


【End】


━━━━━━━━━━━━


画面が。


暗くなった。


高瀬は。


校舎を見る。


明日。


また。


ここへ来たい。


教室へ入って。


くだらない話をして。


授業をして。


テストを返して。


また。


帰りたい。


昨日まで。


死ぬのが怖かった。


だから。


死にたくないと思っていた。


でも。


今は。


少しだけ違う。


「……生きたいな」


言葉にすると。


驚くほど。


簡単だった。


スマートフォンが。


もう一度。


点灯する。


━━━━━━━━━━━━


【SYSTEM】


生存意思を確認。


━━━━━━━━━━━━


高瀬の目が。


細くなる。


━━━━━━━━━━━━


予定に変更は

ありません。


━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━


予定された死亡まで


残り


38時間57分


━━━━━━━━━━━━


「……」


高瀬は。


しばらく。


その数字を見ていた。


そして。


スマートフォンをしまう。


「だったら」


校門を出る。


昨日までと。


同じ道。


でも。


昨日とは違う。


「変えてやるよ」


高瀬は。


初めて。


自分から。


三日後の未来に。


逆らうことを決めた。

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