Review4 修正
「……意識は?」
高瀬は立ち上がった。
電話を受けた教師が、まだ受話器に手を置いたまま答える。
「あるそうです」
「怪我は?」
「そこまではまだ。ただ、駅の近くで急に倒れて、頭を打った可能性があるって」
「病院は?」
「救急車を呼んでるそうです」
「……」
高瀬は息を吐いた。
生きている。
まず。
それだけで少しだけ力が抜けた。
スマートフォンを見る。
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【SYSTEM】
修正率
4%
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「……修正」
事故では。
あの女子生徒は怪我をしなかった。
高瀬が助けたからだ。
なのに。
その後。
駅で倒れた。
偶然。
そう考えることもできる。
でも。
この数字を見たあとでは。
そう思えなかった。
「高瀬先生」
「……はい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
反射的に答えて。
止まる。
今日。
同じことを言われた。
『大丈夫じゃない時に「大丈夫」って言うの、結構バレますよ』
「……いや」
高瀬は言い直した。
「ちょっと、大丈夫じゃないです」
教師が目を瞬く。
「なら今日は帰った方がいいですよ」
「でも」
「でも、じゃないです」
「……」
「事故の対応も、あとはこっちでやりますから」
高瀬は。
少しだけ迷った。
いつもなら。
残る。
自分が関わったことだから。
最後まで。
自分で確認する。
でも。
今。
頭の中にあるのは。
三日後。
Review。
SYSTEM。
そして。
駅で倒れた女子生徒。
「……分かりました」
「本当に?」
「信用ないなあ」
「普段の行いです」
「最近それよく言われる」
「じゃあ直してください」
「努力します」
「そこは『はい』です」
「……はい」
少しだけ。
笑った。
笑えた。
◇
午後六時十二分。
帰ろうとしたところで。
「先生」
廊下から声を掛けられた。
振り返る。
男子生徒が一人。
どこか落ち着かない様子で立っていた。
「どうした?」
「今日の……」
視線が。
階段の方へ向く。
「消火器のことなんですけど」
「ああ」
「俺かもしれない」
「何が?」
「倒したの」
高瀬の表情が変わった。
「どういうこと?」
「最初に倒れたやついたじゃないですか」
「ああ」
「あの時、俺、AED取りに走って」
「うん」
「階段のところ通った時」
男子生徒が。
自分の腕を掴む。
「何かにぶつかった気がするんです」
「……消火器に?」
「分かんないです」
「見た?」
「見てない」
「音は?」
「覚えてない」
「じゃあ」
高瀬は。
ゆっくり言った。
「まだ、お前が倒したって決まってない」
「でも」
「可能性はある」
男子生徒が。
顔を上げる。
「……先生」
「何」
「普通そこ、『お前のせいじゃない』って言いません?」
「言ってほしい?」
「……ちょっと」
「じゃあ言わない」
「何で!」
「分かんないから」
「……」
「お前がぶつかったかもしれない。それで倒れた可能性もある」
「……はい」
「でも」
高瀬は続ける。
「倒れてた生徒を助けるために走ったのも事実だろ」
「……」
「そこまで全部まとめて」
男子生徒を見る。
「『俺のせいだ』にするな」
「……」
「確認しよう」
「え?」
「現場」
「今から?」
「気になるんだろ」
「先生、帰るんじゃ」
「……」
「帰れって言われてましたよね?」
「何で知ってんの?」
「職員室の前通ったんで」
「聞くなよ」
「聞こえたんです」
「……五分だけ」
「絶対五分じゃないやつ」
「最近みんな俺のこと分かりすぎじゃない?」
男子生徒が。
少しだけ笑った。
その顔を見て。
高瀬も笑った。
「行くぞ」
「はい」
◇
階段。
消火器は。
すでに別の場所へ移されていた。
壁には。
ぶつかった跡が残っている。
「ここです」
男子生徒が立ち止まる。
「俺、この辺通って」
「うん」
「向こうから声聞こえて」
「うん」
「走った」
「その時?」
「たぶん」
男子生徒が。
壁際を見る。
「腕か鞄が当たったかも」
「覚えてない?」
「……はい」
「なら今はそこまでだな」
「でも」
「確認できてないことを」
高瀬はしゃがみ込む。
「自分で事実にするな」
「……」
「もし本当にぶつかってたなら、その時考える」
「怒ります?」
「俺が?」
「はい」
「何で」
「事故起こしたから」
「わざとじゃないだろ」
「でも」
「お前さ」
高瀬は男子生徒を見る。
「自分を犯人にするの、早すぎ」
「……」
「先生も似たようなことするけど」
「じゃあ説得力ないじゃないですか」
「うるさい」
男子生徒が笑った。
高瀬も立ち上がろうとして。
止まった。
「……ん?」
階段の隅。
壁際。
小さなものが落ちている。
「先生?」
「ちょっと待って」
近付く。
透明な。
プラスチックの破片のようなもの。
大きさは。
指先ほど。
「これ、さっきからあった?」
「分かんないです」
「触るなよ」
「はい」
高瀬はスマートフォンを取り出した。
写真を撮る。
一枚。
角度を変えて。
もう一枚。
「何ですか、それ」
「分からん」
「消火器の部品?」
「こんなの付いてたかな」
「じゃあ何?」
「だから分からんって」
高瀬は。
写真を拡大する。
透明な破片。
その端に。
小さな黒い点のようなものが見えた。
「……」
何だ。
これ。
ポケットの中で。
スマートフォンが震えた。
「……またか」
画面。
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【Review】
★★★☆☆
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男子生徒が覗こうとする。
高瀬は反射的に画面を伏せた。
「何ですか?」
「何でもない」
「怪しい」
「教師にも秘密はあります」
「絶対ろくな秘密じゃない」
「帰れ」
「急!」
男子生徒が笑う。
「じゃあ先生も帰ってくださいね」
「分かってる」
「本当に?」
「……はい」
「間!」
「早く帰れ!」
男子生徒が手を振って去っていく。
高瀬は。
もう一度。
スマートフォンを見る。
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【Review】
あなたは、
予定された事故へ
介入しました。
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次。
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結果。
一名の負傷を
回避しました。
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「……」
やっぱり。
あの女子生徒は。
本来。
怪我をするはずだった。
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同時に。
新たな負傷が
発生しました。
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高瀬の顔から。
表情が消えた。
「……駅」
あの女子生徒。
「俺が助けたから?」
声に出す。
「事故で怪我しなかったから」
その代わりに。
駅で。
Review。
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いいえ。
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「……え?」
初めて。
明確な否定。
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あなたが、
彼女を負傷させた
わけではありません。
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「じゃあ何なんだよ」
高瀬は。
画面へ向かって聞く。
「SYSTEMの修正じゃないのか?」
返事はない。
「修正率って何だ」
反応なし。
「ReviewとSYSTEMは別なのか?」
数秒。
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質問の順番が、
違います。
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「……順番?」
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まず。
確認してください。
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「何を」
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なぜ彼女は、
駅にいたのでしょうか。
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高瀬の指が止まった。
「……駅?」
何がおかしい。
生徒が。
学校から帰って。
駅へ行く。
別に。
普通じゃないか。
「電車通学とか」
すぐ。
表示。
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いいえ。
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「……」
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彼女の自宅は、
駅とは逆方向です。
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「……は?」
高瀬は。
画面を見る。
事故のあと。
あの女子生徒は。
なぜ。
家とは逆方向の駅へ向かった?
思い出す。
事故直後。
女子生徒の顔。
驚いていた。
いや。
それだけじゃない。
何かを。
怖がっていたような。
「……何か見た?」
返事はない。
「それとも」
高瀬は。
階段を見る。
透明な破片。
スマートフォンの写真。
「俺に何か」
言おうとしていた?
画面は。
もう何も答えなかった。
◇
午後八時三十一分。
自宅。
「……早く帰れって言われたのに」
結局。
この時間だった。
高瀬はソファへ座る。
テーブルの上には。
紙。
今日起きたことを。
簡単に書き出していた。
15時46分。
男子生徒が倒れる。
15時47分。
消火器。
女子生徒を救助。
その後。
女子生徒が駅で倒れる。
透明な破片。
そして。
SYSTEM。
「……分かんねえ」
繋がっているのか。
偶然なのか。
何一つ。
確信がない。
スマートフォンを見る。
残り。
三日。
いや。
もう。
三日もない。
その瞬間。
画面が勝手に点灯した。
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【SYSTEM】
修正率
12%
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「……」
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修正対象を
再設定しました。
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「再設定?」
高瀬が身体を起こす。
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初期対象
A
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「……あの子?」
次。
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新規修正対象
高瀬
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「……俺?」
背中に。
冷たいものが走った。
画面。
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予定された死亡まで
残り
47時間29分
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初めて。
数字になった。
「……二日もないじゃん」
三日後。
そう言われていた。
でも。
実際には。
もう。
四十八時間を切っている。
高瀬は。
画面へ聞いた。
「事故を変えたから」
返事はない。
「その修正が」
喉が鳴る。
「俺の死なのか?」
数秒。
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訂正します。
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高瀬は。
息を止める。
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死亡は、
修正ではありません。
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「……」
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あなたの死亡は、
最初から
予定されています。
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「……は?」
希望が。
一瞬で。
消えた。
事故は。
変えられた。
だから。
自分の死も変えられると思った。
なのに。
最初から。
予定されている。
「じゃあ」
高瀬は。
スマートフォンを強く握る。
「俺が何しても死ぬのか?」
返事はない。
「答えろよ」
沈黙。
「俺は」
言葉が止まる。
怖い。
「死ぬのか?」
SYSTEMは。
答えなかった。
代わりに。
Reviewが表示された。
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【Review】
質問を変更してください。
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「……何?」
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「死ぬのか」
ではありません。
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次。
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「なぜ、
自分は死ぬのか」
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「……」
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答えは、
すでにあなたの中にあります。
【End】
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画面が暗くなる。
高瀬は。
動けなかった。
『気付いていたのに、何もしなかったこと』
昨日の男子生徒。
誰も覚えていない。
駅で倒れた女子生徒。
そして。
自分の中にあるという。
死ぬ理由。
「……何を忘れてる」
高瀬は。
誰もいない部屋で。
初めて。
そう呟いた。
◇
午後八時三十五分。
誰もいなくなった学校。
階段。
壁際に残された。
透明な破片。
非常灯の光を。
わずかに反射している。
誰も。
触れていない。
誰も。
見ていない。
その中で。
――カチ。
小さな。
音がした。
透明な破片の端。
黒い点だと思われていた場所に。
一瞬だけ。
赤い光が灯った。
そして。
消えた。




