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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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4/120

Review4 修正

「……意識は?」


高瀬は立ち上がった。


電話を受けた教師が、まだ受話器に手を置いたまま答える。


「あるそうです」


「怪我は?」


「そこまではまだ。ただ、駅の近くで急に倒れて、頭を打った可能性があるって」


「病院は?」


「救急車を呼んでるそうです」


「……」


高瀬は息を吐いた。


生きている。


まず。


それだけで少しだけ力が抜けた。


スマートフォンを見る。


━━━━━━━━━━━━


【SYSTEM】


修正率


4%


━━━━━━━━━━━━


「……修正」


事故では。


あの女子生徒は怪我をしなかった。


高瀬が助けたからだ。


なのに。


その後。


駅で倒れた。


偶然。


そう考えることもできる。


でも。


この数字を見たあとでは。


そう思えなかった。


「高瀬先生」


「……はい」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫です」


反射的に答えて。


止まる。


今日。


同じことを言われた。


『大丈夫じゃない時に「大丈夫」って言うの、結構バレますよ』


「……いや」


高瀬は言い直した。


「ちょっと、大丈夫じゃないです」


教師が目を瞬く。


「なら今日は帰った方がいいですよ」


「でも」


「でも、じゃないです」


「……」


「事故の対応も、あとはこっちでやりますから」


高瀬は。


少しだけ迷った。


いつもなら。


残る。


自分が関わったことだから。


最後まで。


自分で確認する。


でも。


今。


頭の中にあるのは。


三日後。


Review。


SYSTEM。


そして。


駅で倒れた女子生徒。


「……分かりました」


「本当に?」


「信用ないなあ」


「普段の行いです」


「最近それよく言われる」


「じゃあ直してください」


「努力します」


「そこは『はい』です」


「……はい」


少しだけ。


笑った。


笑えた。



◇



午後六時十二分。


帰ろうとしたところで。


「先生」


廊下から声を掛けられた。


振り返る。


男子生徒が一人。


どこか落ち着かない様子で立っていた。


「どうした?」


「今日の……」


視線が。


階段の方へ向く。


「消火器のことなんですけど」


「ああ」


「俺かもしれない」


「何が?」


「倒したの」


高瀬の表情が変わった。


「どういうこと?」


「最初に倒れたやついたじゃないですか」


「ああ」


「あの時、俺、AED取りに走って」


「うん」


「階段のところ通った時」


男子生徒が。


自分の腕を掴む。


「何かにぶつかった気がするんです」


「……消火器に?」


「分かんないです」


「見た?」


「見てない」


「音は?」


「覚えてない」


「じゃあ」


高瀬は。


ゆっくり言った。


「まだ、お前が倒したって決まってない」


「でも」


「可能性はある」


男子生徒が。


顔を上げる。


「……先生」


「何」


「普通そこ、『お前のせいじゃない』って言いません?」


「言ってほしい?」


「……ちょっと」


「じゃあ言わない」


「何で!」


「分かんないから」


「……」


「お前がぶつかったかもしれない。それで倒れた可能性もある」


「……はい」


「でも」


高瀬は続ける。


「倒れてた生徒を助けるために走ったのも事実だろ」


「……」


「そこまで全部まとめて」


男子生徒を見る。


「『俺のせいだ』にするな」


「……」


「確認しよう」


「え?」


「現場」


「今から?」


「気になるんだろ」


「先生、帰るんじゃ」


「……」


「帰れって言われてましたよね?」


「何で知ってんの?」


「職員室の前通ったんで」


「聞くなよ」


「聞こえたんです」


「……五分だけ」


「絶対五分じゃないやつ」


「最近みんな俺のこと分かりすぎじゃない?」


男子生徒が。


少しだけ笑った。


その顔を見て。


高瀬も笑った。


「行くぞ」


「はい」



◇



階段。


消火器は。


すでに別の場所へ移されていた。


壁には。


ぶつかった跡が残っている。


「ここです」


男子生徒が立ち止まる。


「俺、この辺通って」


「うん」


「向こうから声聞こえて」


「うん」


「走った」


「その時?」


「たぶん」


男子生徒が。


壁際を見る。


「腕か鞄が当たったかも」


「覚えてない?」


「……はい」


「なら今はそこまでだな」


「でも」


「確認できてないことを」


高瀬はしゃがみ込む。


「自分で事実にするな」


「……」


「もし本当にぶつかってたなら、その時考える」


「怒ります?」


「俺が?」


「はい」


「何で」


「事故起こしたから」


「わざとじゃないだろ」


「でも」


「お前さ」


高瀬は男子生徒を見る。


「自分を犯人にするの、早すぎ」


「……」


「先生も似たようなことするけど」


「じゃあ説得力ないじゃないですか」


「うるさい」


男子生徒が笑った。


高瀬も立ち上がろうとして。


止まった。


「……ん?」


階段の隅。


壁際。


小さなものが落ちている。


「先生?」


「ちょっと待って」


近付く。


透明な。


プラスチックの破片のようなもの。


大きさは。


指先ほど。


「これ、さっきからあった?」


「分かんないです」


「触るなよ」


「はい」


高瀬はスマートフォンを取り出した。


写真を撮る。


一枚。


角度を変えて。


もう一枚。


「何ですか、それ」


「分からん」


「消火器の部品?」


「こんなの付いてたかな」


「じゃあ何?」


「だから分からんって」


高瀬は。


写真を拡大する。


透明な破片。


その端に。


小さな黒い点のようなものが見えた。


「……」


何だ。


これ。


ポケットの中で。


スマートフォンが震えた。


「……またか」


画面。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


★★★☆☆


━━━━━━━━━━━━


男子生徒が覗こうとする。


高瀬は反射的に画面を伏せた。


「何ですか?」


「何でもない」


「怪しい」


「教師にも秘密はあります」


「絶対ろくな秘密じゃない」


「帰れ」


「急!」


男子生徒が笑う。


「じゃあ先生も帰ってくださいね」


「分かってる」


「本当に?」


「……はい」


「間!」


「早く帰れ!」


男子生徒が手を振って去っていく。


高瀬は。


もう一度。


スマートフォンを見る。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


あなたは、


予定された事故へ

介入しました。


━━━━━━━━━━━━


次。


━━━━━━━━━━━━


結果。


一名の負傷を

回避しました。


━━━━━━━━━━━━


「……」


やっぱり。


あの女子生徒は。


本来。


怪我をするはずだった。


━━━━━━━━━━━━


同時に。


新たな負傷が

発生しました。


━━━━━━━━━━━━


高瀬の顔から。


表情が消えた。


「……駅」


あの女子生徒。


「俺が助けたから?」


声に出す。


「事故で怪我しなかったから」


その代わりに。


駅で。


Review。


━━━━━━━━━━━━


いいえ。


━━━━━━━━━━━━


「……え?」


初めて。


明確な否定。


━━━━━━━━━━━━


あなたが、


彼女を負傷させた

わけではありません。


━━━━━━━━━━━━


「じゃあ何なんだよ」


高瀬は。


画面へ向かって聞く。


「SYSTEMの修正じゃないのか?」


返事はない。


「修正率って何だ」


反応なし。


「ReviewとSYSTEMは別なのか?」


数秒。


━━━━━━━━━━━━


質問の順番が、

違います。


━━━━━━━━━━━━


「……順番?」


━━━━━━━━━━━━


まず。


確認してください。


━━━━━━━━━━━━


「何を」


━━━━━━━━━━━━


なぜ彼女は、


駅にいたのでしょうか。


━━━━━━━━━━━━


高瀬の指が止まった。


「……駅?」


何がおかしい。


生徒が。


学校から帰って。


駅へ行く。


別に。


普通じゃないか。


「電車通学とか」


すぐ。


表示。


━━━━━━━━━━━━


いいえ。


━━━━━━━━━━━━


「……」


━━━━━━━━━━━━


彼女の自宅は、


駅とは逆方向です。


━━━━━━━━━━━━


「……は?」


高瀬は。


画面を見る。


事故のあと。


あの女子生徒は。


なぜ。


家とは逆方向の駅へ向かった?


思い出す。


事故直後。


女子生徒の顔。


驚いていた。


いや。


それだけじゃない。


何かを。


怖がっていたような。


「……何か見た?」


返事はない。


「それとも」


高瀬は。


階段を見る。


透明な破片。


スマートフォンの写真。


「俺に何か」


言おうとしていた?


画面は。


もう何も答えなかった。



◇



午後八時三十一分。


自宅。


「……早く帰れって言われたのに」


結局。


この時間だった。


高瀬はソファへ座る。


テーブルの上には。


紙。


今日起きたことを。


簡単に書き出していた。


15時46分。


男子生徒が倒れる。


15時47分。


消火器。


女子生徒を救助。


その後。


女子生徒が駅で倒れる。


透明な破片。


そして。


SYSTEM。


「……分かんねえ」


繋がっているのか。


偶然なのか。


何一つ。


確信がない。


スマートフォンを見る。


残り。


三日。


いや。


もう。


三日もない。


その瞬間。


画面が勝手に点灯した。


━━━━━━━━━━━━


【SYSTEM】


修正率


12%


━━━━━━━━━━━━


「……」


━━━━━━━━━━━━


修正対象を

再設定しました。


━━━━━━━━━━━━


「再設定?」


高瀬が身体を起こす。


━━━━━━━━━━━━


初期対象


A


━━━━━━━━━━━━


「……あの子?」


次。


━━━━━━━━━━━━


新規修正対象


高瀬


━━━━━━━━━━━━


「……俺?」


背中に。


冷たいものが走った。


画面。


━━━━━━━━━━━━


予定された死亡まで


残り


47時間29分


━━━━━━━━━━━━


初めて。


数字になった。


「……二日もないじゃん」


三日後。


そう言われていた。


でも。


実際には。


もう。


四十八時間を切っている。


高瀬は。


画面へ聞いた。


「事故を変えたから」


返事はない。


「その修正が」


喉が鳴る。


「俺の死なのか?」


数秒。


━━━━━━━━━━━━


訂正します。


━━━━━━━━━━━━


高瀬は。


息を止める。


━━━━━━━━━━━━


死亡は、


修正ではありません。


━━━━━━━━━━━━


「……」


━━━━━━━━━━━━


あなたの死亡は、


最初から

予定されています。


━━━━━━━━━━━━


「……は?」


希望が。


一瞬で。


消えた。


事故は。


変えられた。


だから。


自分の死も変えられると思った。


なのに。


最初から。


予定されている。


「じゃあ」


高瀬は。


スマートフォンを強く握る。


「俺が何しても死ぬのか?」


返事はない。


「答えろよ」


沈黙。


「俺は」


言葉が止まる。


怖い。


「死ぬのか?」


SYSTEMは。


答えなかった。


代わりに。


Reviewが表示された。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


質問を変更してください。


━━━━━━━━━━━━


「……何?」


━━━━━━━━━━━━


「死ぬのか」


ではありません。


━━━━━━━━━━━━


次。


━━━━━━━━━━━━


「なぜ、

自分は死ぬのか」


━━━━━━━━━━━━


「……」


━━━━━━━━━━━━


答えは、


すでにあなたの中にあります。


【End】


━━━━━━━━━━━━


画面が暗くなる。


高瀬は。


動けなかった。


『気付いていたのに、何もしなかったこと』


昨日の男子生徒。


誰も覚えていない。


駅で倒れた女子生徒。


そして。


自分の中にあるという。


死ぬ理由。


「……何を忘れてる」


高瀬は。


誰もいない部屋で。


初めて。


そう呟いた。



◇



午後八時三十五分。


誰もいなくなった学校。


階段。


壁際に残された。


透明な破片。


非常灯の光を。


わずかに反射している。


誰も。


触れていない。


誰も。


見ていない。


その中で。


――カチ。


小さな。


音がした。


透明な破片の端。


黒い点だと思われていた場所に。


一瞬だけ。


赤い光が灯った。


そして。


消えた。

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