↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/117

Review65 あなた一人で、足ります

 翌朝。


 高瀬は、スマートフォンを伏せたまま朝食を食べていた。


 見なくても覚えている。


 昨夜、最後に表示された文章。



━━━━━━━━━━━━


対象No.18の

現実移行が成立した場合


現実側存在

1名を

代替削除します。


━━━━━━━━━━━━



「……朝飯がまずい」


 食パンはいつもと同じ味だった。


 まずいのは、たぶん自分の方だ。


 誰か一人が消えれば、No.18に会える。


 逆に言えば。


 誰も消さなければ、会えない。


 分かりやすい。


 だからこそ、嫌だった。


 スマートフォンが震える。


 Review0。



『今日は、

何したい?』



「……」


 高瀬はしばらく考えてから入力した。



『誰も消したくない。』



 送信。



『そっか。』



「……こういう時くらい、もうちょっと何か言えよ」


 思わず笑った。


 少しだけ。


 朝飯の味が戻った。



◇



 昼休み。


 空き教室には、昨日と同じ顔が揃っていた。


 高瀬は昨夜の表示をホワイトボードに書いた。


 最後の一文字を書き終えても、誰もすぐには話さなかった。


 最初に口を開いたのは真壁だった。


「確認していいですか」


「うん」


「“一名を削除する”とありますが、対象は選べるんですか?」


「そこはまだ聞いてない」


「先に確認した方がいいと思います。選択可能か、無作為かで意味が全く違う」


 やっぱり真壁はそこを見る。


 高瀬がSYSTEMを開いた。



『代替削除される一名は選べる?』



 返答。



━━━━━━━━━━━━


YES


━━━━━━━━━━━━



「最悪」


 結良が吐き捨てた。


「選べる方が?」


「だって、誰かが決めるんでしょ」


「……」


「くじ引きなら運が悪かったで終われる。でも選ぶなら」


 結良は高瀬を見た。


「選んだ人が、一生背負う」


 高瀬は何も返せなかった。


 沙耶が腕を組む。


「誰が選ぶの?」


「それも聞く」


 入力する。



『選択者は?』



━━━━━━━━━━━━


高瀬


━━━━━━━━━━━━



「……俺?」


 思わず声が漏れた。


 結良が小さく息を吐く。


「ほら」


「いや、ほらじゃないだろ」


「先生ならやりそう」


「何を」


「全部背負うの」


「……」


 高瀬は反論しかけて、やめた。


 できなかった。


 少し前までなら。


 きっと、そうしていた。



◇



 画面が再び切り替わった。



━━━━━━━━━━━━


代替候補を

算出します。


━━━━━━━━━━━━



「候補?」


 藤原が眉を寄せる。


 次の表示。



━━━━━━━━━━━━


候補1


桐谷玲司

現行個体


━━━━━━━━━━━━



 二人の桐谷が同時に顔を上げた。


「どっち?」


「現行って書いてあるだろ。俺」


「確認しただけ」


「お前、俺なのに読解力低くない?」


「お前も俺だろ」


「ややこしい!」


 高瀬が思わず割って入る。


 こんな状況なのに、結良が少し笑った。


 だが、続く文章で空気はすぐに戻った。



━━━━━━━━━━━━


同一基礎人格を持つ

別個体が存在。


削除による

関係性損失は

比較的軽微。


━━━━━━━━━━━━



「……軽微?」


 戻った玲司の声が低くなる。


 現実側の桐谷は、しばらく画面を見ていた。


「なるほどね」


「桐谷」


「俺が消えても、こいつがいるから損失が少ない」


 隣の“自分”を見る。


「ずいぶん合理的じゃん」


 口元は笑っている。


 目は、まったく笑っていなかった。


「玲司」


 戻った方が呼ぶ。


「何」


「俺、お前の代わりやる気ないから」


「……」


「同じ顔でも、今まで生きてきた時間は違う」


 現実側の桐谷が少しだけ目を見開く。


「だから消えるな」


「……お前に言われると気持ち悪いな」


「こっちの台詞だ」


 今度は。


 ほんの少しだけ。


 二人とも笑った。



◇



 次。



━━━━━━━━━━━━


候補2


真壁


━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━


未来観測能力削除により


予測分岐数 31%減少


Review69

安定性向上


━━━━━━━━━━━━



 真壁は画面を見たまま言った。


「理屈は通ってます」


「真壁」


「未来の分岐を観測する俺がいなくなれば、SYSTEM側の処理量は減る。数字だけなら合理的です」


「だから何」


「事実を言っただけです」


「じゃあ俺も事実言う」


 高瀬は真壁を見る。


「お前が消えたら困る」


「……」


 真壁が一瞬だけ黙る。


「感情論ですね」


「悪い?」


「いえ」


 真壁は小さく息を吐いた。


「今は、それでいいと思います」


 それ以上は言わなかった。


 でも。


 少しだけ肩の力が抜けたように見えた。



◇



 次の候補が表示される前に。


「もういい」


 高瀬が言った。


 SYSTEMは止まらない。



━━━━━━━━━━━━


最適代替対象を

算出中


━━━━━━━━━━━━



「最適?」


 沙耶の表情が曇る。


「嫌な言葉」


 佐伯が呟いた。


「人を消すのに“最適”って」


 高瀬も同じことを思った。


 誰なら消していい。


 誰なら損失が少ない。


 誰なら代わりが利く。


 人間を、数字で並べていく。


 それが。


 妙に腹立たしかった。



━━━━━━━━━━━━


算出完了


━━━━━━━━━━━━



 表示された名前。



━━━━━━━━━━━━


最適代替対象


高瀬


━━━━━━━━━━━━



「……」


 高瀬は、しばらく画面を見た。


「俺?」


 沙耶が立ち上がった。


「ダメ」


「まだ何も言ってない」


「今、言おうとした」


「何を」


「俺ならいいって」


「……」


 高瀬は黙った。


 沙耶の表情が歪む。


「ほら」


 次の表示。



━━━━━━━━━━━━


No.18との

代替適合率


98.7%


━━━━━━━━━━━━



 さらに。



━━━━━━━━━━━━


高瀬1名の削除により


No.18

現実移行可能


━━━━━━━━━━━━



 高瀬は、その文章を見ながら。


 ほんの一瞬。


 思ってしまった。


 ――それなら。


「先生」


 結良だった。


「今、何考えた?」


「……」


「言って」


 高瀬は視線を逸らした。


「俺なら」


 声に出すと、思っていた以上に簡単な言葉だった。


「一番いいのかなって」


「何が?」


「No.18に会える。みんなも残る。俺一人で済むなら――」


「先生」


 結良の声が遮った。


 強くはない。


 でも。


 逃げられない声だった。


「それ、本当にNo.18のため?」


「……何?」


「先生、自分が消えれば全部丸く収まるって思った瞬間」


 結良はまっすぐ高瀬を見る。


「ちょっと安心したでしょ」


「……」


 胸を刺された。


「自分で決められるから」


「篠宮」


「誰かを選ばなくていい。誰かに恨まれなくていい。自分が消えれば、自分で終わらせられる」


「……」


「それ」


 結良は少しだけ眉を下げた。


「誰かを助けたいんじゃなくて、先生が一番楽な答えを選んでるだけじゃない?」


 高瀬は、何も言えなかった。


 腹が立つくらい。


 その通りだった。


 誰か一人を選ぶより。


 自分を選ぶ方が。


 ずっと楽だ。


「……痛いな」


「ごめん」


「いや」


 高瀬は苦笑した。


「ちゃんと痛かったから、多分必要だった」



◇



「先生」


 今度は白石だった。


「何」


「消えたいの?」


「……」


 あまりにも直接的で。


 高瀬は思わず白石を見る。


「いや」


「じゃあ」


 白石はそれだけ言って、黙った。


「……終わり?」


「うん」


「もうちょい何かない?」


「消えたくないなら」


 白石は眠そうな目で高瀬を見る。


「消えなきゃいいじゃん」


「……」


 単純。


 ものすごく単純。


 だからこそ。


 高瀬には言えなかった言葉だった。


「俺」


 一度。


 息を吸う。


 沙耶が見ている。


 結良も。


 真壁も。


 藤原も。


 桐谷も。


 全員。


「……消えたくない」


 言った。


 たったそれだけなのに。


 喉が少し震えた。


「俺も」


 もう一度。


「ここにいたい」


 沙耶が俯いた。


 泣くのを我慢したのかもしれない。


 でも今日は。


 姉だから、と抱きしめたりはしなかった。


 ただ。


「うん」


 笑った。


「それでいい」


 高瀬も笑った。



◇



 SYSTEMを開く。


 高瀬は迷わず入力した。



『高瀬を代替対象にする提案を拒否する』



━━━━━━━━━━━━


確認


高瀬を削除することで

人的損失を

最小化できます。


━━━━━━━━━━━━



「……」


 高瀬は少しだけ笑った。


 昨日までなら。


 その文章は。


 魅力的に見えたかもしれない。


 今は。



『それでも拒否する。』



━━━━━━━━━━━━


理由を入力してください。


━━━━━━━━━━━━



 高瀬は考えた。


 みんなを守りたいから。


 No.18が望まないから。


 教師だから。


 仲間がいるから。


 どれも。


 嘘ではない。


 でも今日は。


 もっと簡単な理由でいい。



『俺が


消えたくないから。』



 送信。



 数秒。



━━━━━━━━━━━━


回答を受理しました。


━━━━━━━━━━━━



 高瀬は長く息を吐いた。


「……言えた」


 結良が小さく笑う。


「何点?」


「それ俺に聞く?」


「第一章だから」


「何の話!?」


 久しぶりに。


 みんなが笑った。



◇



 その夜。


 高瀬のスマートフォンに通知が届いた。


 SYSTEM。



━━━━━━━━━━━━


高瀬


代替対象から除外。


━━━━━━━━━━━━



「……よし」


 続く。



━━━━━━━━━━━━


代替条件を

再検索します。


━━━━━━━━━━━━



「いや、もういいって」


 高瀬は眉を寄せる。


 誰も消さない。


 それでいい。


 No.18に会えなくても――。


 いや。


 会いたい。


 それも本音だ。


 でも。


 誰かを消してまで会いたいわけじゃない。


 高瀬は、ようやくその二つを同時に持てるようになった。



━━━━━━━━━━━━


代替候補


1件


━━━━━━━━━━━━



「……」


 高瀬の表情が変わる。


 まだある?


 次。



━━━━━━━━━━━━


人的削除


不要


━━━━━━━━━━━━



「え?」


 身体を起こす。


 人的削除。


 不要。


「じゃあ……」


 誰も消さなくていい。


 No.18も戻せる。


 そんな方法が――。



━━━━━━━━━━━━


代替対象を

表示します。


━━━━━━━━━━━━



 高瀬は画面を見つめた。



━━━━━━━━━━━━


代替対象


Review0


━━━━━━━━━━━━



「……Review0?」



 毎朝。


 何がしたいか聞いてくる。


 毎晩。


 今日の自分をどう思うか聞いてくる。


 あの。


 Review0。



━━━━━━━━━━━━


Review0削除により


人的削除 0


No.18

現実移行 可能


━━━━━━━━━━━━



「……あるじゃん」


 高瀬の口から。


 思わず言葉が漏れた。



 誰も消えない。



 No.18にも会える。



 だったら。



 これでいい。



 ――そのはずだった。



 Review69まで。



 あと四。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。