Review65 あなた一人で、足ります
翌朝。
高瀬は、スマートフォンを伏せたまま朝食を食べていた。
見なくても覚えている。
昨夜、最後に表示された文章。
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対象No.18の
現実移行が成立した場合
現実側存在
1名を
代替削除します。
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「……朝飯がまずい」
食パンはいつもと同じ味だった。
まずいのは、たぶん自分の方だ。
誰か一人が消えれば、No.18に会える。
逆に言えば。
誰も消さなければ、会えない。
分かりやすい。
だからこそ、嫌だった。
スマートフォンが震える。
Review0。
『今日は、
何したい?』
「……」
高瀬はしばらく考えてから入力した。
『誰も消したくない。』
送信。
『そっか。』
「……こういう時くらい、もうちょっと何か言えよ」
思わず笑った。
少しだけ。
朝飯の味が戻った。
◇
昼休み。
空き教室には、昨日と同じ顔が揃っていた。
高瀬は昨夜の表示をホワイトボードに書いた。
最後の一文字を書き終えても、誰もすぐには話さなかった。
最初に口を開いたのは真壁だった。
「確認していいですか」
「うん」
「“一名を削除する”とありますが、対象は選べるんですか?」
「そこはまだ聞いてない」
「先に確認した方がいいと思います。選択可能か、無作為かで意味が全く違う」
やっぱり真壁はそこを見る。
高瀬がSYSTEMを開いた。
『代替削除される一名は選べる?』
返答。
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YES
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「最悪」
結良が吐き捨てた。
「選べる方が?」
「だって、誰かが決めるんでしょ」
「……」
「くじ引きなら運が悪かったで終われる。でも選ぶなら」
結良は高瀬を見た。
「選んだ人が、一生背負う」
高瀬は何も返せなかった。
沙耶が腕を組む。
「誰が選ぶの?」
「それも聞く」
入力する。
『選択者は?』
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高瀬
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「……俺?」
思わず声が漏れた。
結良が小さく息を吐く。
「ほら」
「いや、ほらじゃないだろ」
「先生ならやりそう」
「何を」
「全部背負うの」
「……」
高瀬は反論しかけて、やめた。
できなかった。
少し前までなら。
きっと、そうしていた。
◇
画面が再び切り替わった。
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代替候補を
算出します。
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「候補?」
藤原が眉を寄せる。
次の表示。
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候補1
桐谷玲司
現行個体
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二人の桐谷が同時に顔を上げた。
「どっち?」
「現行って書いてあるだろ。俺」
「確認しただけ」
「お前、俺なのに読解力低くない?」
「お前も俺だろ」
「ややこしい!」
高瀬が思わず割って入る。
こんな状況なのに、結良が少し笑った。
だが、続く文章で空気はすぐに戻った。
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同一基礎人格を持つ
別個体が存在。
削除による
関係性損失は
比較的軽微。
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「……軽微?」
戻った玲司の声が低くなる。
現実側の桐谷は、しばらく画面を見ていた。
「なるほどね」
「桐谷」
「俺が消えても、こいつがいるから損失が少ない」
隣の“自分”を見る。
「ずいぶん合理的じゃん」
口元は笑っている。
目は、まったく笑っていなかった。
「玲司」
戻った方が呼ぶ。
「何」
「俺、お前の代わりやる気ないから」
「……」
「同じ顔でも、今まで生きてきた時間は違う」
現実側の桐谷が少しだけ目を見開く。
「だから消えるな」
「……お前に言われると気持ち悪いな」
「こっちの台詞だ」
今度は。
ほんの少しだけ。
二人とも笑った。
◇
次。
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候補2
真壁
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未来観測能力削除により
予測分岐数 31%減少
Review69
安定性向上
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真壁は画面を見たまま言った。
「理屈は通ってます」
「真壁」
「未来の分岐を観測する俺がいなくなれば、SYSTEM側の処理量は減る。数字だけなら合理的です」
「だから何」
「事実を言っただけです」
「じゃあ俺も事実言う」
高瀬は真壁を見る。
「お前が消えたら困る」
「……」
真壁が一瞬だけ黙る。
「感情論ですね」
「悪い?」
「いえ」
真壁は小さく息を吐いた。
「今は、それでいいと思います」
それ以上は言わなかった。
でも。
少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
◇
次の候補が表示される前に。
「もういい」
高瀬が言った。
SYSTEMは止まらない。
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最適代替対象を
算出中
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「最適?」
沙耶の表情が曇る。
「嫌な言葉」
佐伯が呟いた。
「人を消すのに“最適”って」
高瀬も同じことを思った。
誰なら消していい。
誰なら損失が少ない。
誰なら代わりが利く。
人間を、数字で並べていく。
それが。
妙に腹立たしかった。
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算出完了
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表示された名前。
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最適代替対象
高瀬
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「……」
高瀬は、しばらく画面を見た。
「俺?」
沙耶が立ち上がった。
「ダメ」
「まだ何も言ってない」
「今、言おうとした」
「何を」
「俺ならいいって」
「……」
高瀬は黙った。
沙耶の表情が歪む。
「ほら」
次の表示。
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No.18との
代替適合率
98.7%
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さらに。
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高瀬1名の削除により
No.18
現実移行可能
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高瀬は、その文章を見ながら。
ほんの一瞬。
思ってしまった。
――それなら。
「先生」
結良だった。
「今、何考えた?」
「……」
「言って」
高瀬は視線を逸らした。
「俺なら」
声に出すと、思っていた以上に簡単な言葉だった。
「一番いいのかなって」
「何が?」
「No.18に会える。みんなも残る。俺一人で済むなら――」
「先生」
結良の声が遮った。
強くはない。
でも。
逃げられない声だった。
「それ、本当にNo.18のため?」
「……何?」
「先生、自分が消えれば全部丸く収まるって思った瞬間」
結良はまっすぐ高瀬を見る。
「ちょっと安心したでしょ」
「……」
胸を刺された。
「自分で決められるから」
「篠宮」
「誰かを選ばなくていい。誰かに恨まれなくていい。自分が消えれば、自分で終わらせられる」
「……」
「それ」
結良は少しだけ眉を下げた。
「誰かを助けたいんじゃなくて、先生が一番楽な答えを選んでるだけじゃない?」
高瀬は、何も言えなかった。
腹が立つくらい。
その通りだった。
誰か一人を選ぶより。
自分を選ぶ方が。
ずっと楽だ。
「……痛いな」
「ごめん」
「いや」
高瀬は苦笑した。
「ちゃんと痛かったから、多分必要だった」
◇
「先生」
今度は白石だった。
「何」
「消えたいの?」
「……」
あまりにも直接的で。
高瀬は思わず白石を見る。
「いや」
「じゃあ」
白石はそれだけ言って、黙った。
「……終わり?」
「うん」
「もうちょい何かない?」
「消えたくないなら」
白石は眠そうな目で高瀬を見る。
「消えなきゃいいじゃん」
「……」
単純。
ものすごく単純。
だからこそ。
高瀬には言えなかった言葉だった。
「俺」
一度。
息を吸う。
沙耶が見ている。
結良も。
真壁も。
藤原も。
桐谷も。
全員。
「……消えたくない」
言った。
たったそれだけなのに。
喉が少し震えた。
「俺も」
もう一度。
「ここにいたい」
沙耶が俯いた。
泣くのを我慢したのかもしれない。
でも今日は。
姉だから、と抱きしめたりはしなかった。
ただ。
「うん」
笑った。
「それでいい」
高瀬も笑った。
◇
SYSTEMを開く。
高瀬は迷わず入力した。
『高瀬を代替対象にする提案を拒否する』
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確認
高瀬を削除することで
人的損失を
最小化できます。
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「……」
高瀬は少しだけ笑った。
昨日までなら。
その文章は。
魅力的に見えたかもしれない。
今は。
『それでも拒否する。』
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理由を入力してください。
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高瀬は考えた。
みんなを守りたいから。
No.18が望まないから。
教師だから。
仲間がいるから。
どれも。
嘘ではない。
でも今日は。
もっと簡単な理由でいい。
『俺が
消えたくないから。』
送信。
数秒。
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回答を受理しました。
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高瀬は長く息を吐いた。
「……言えた」
結良が小さく笑う。
「何点?」
「それ俺に聞く?」
「第一章だから」
「何の話!?」
久しぶりに。
みんなが笑った。
◇
その夜。
高瀬のスマートフォンに通知が届いた。
SYSTEM。
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高瀬
代替対象から除外。
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「……よし」
続く。
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代替条件を
再検索します。
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「いや、もういいって」
高瀬は眉を寄せる。
誰も消さない。
それでいい。
No.18に会えなくても――。
いや。
会いたい。
それも本音だ。
でも。
誰かを消してまで会いたいわけじゃない。
高瀬は、ようやくその二つを同時に持てるようになった。
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代替候補
1件
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「……」
高瀬の表情が変わる。
まだある?
次。
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人的削除
不要
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「え?」
身体を起こす。
人的削除。
不要。
「じゃあ……」
誰も消さなくていい。
No.18も戻せる。
そんな方法が――。
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代替対象を
表示します。
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高瀬は画面を見つめた。
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代替対象
Review0
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「……Review0?」
毎朝。
何がしたいか聞いてくる。
毎晩。
今日の自分をどう思うか聞いてくる。
あの。
Review0。
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Review0削除により
人的削除 0
No.18
現実移行 可能
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「……あるじゃん」
高瀬の口から。
思わず言葉が漏れた。
誰も消えない。
No.18にも会える。
だったら。
これでいい。
――そのはずだった。
Review69まで。
あと四。




