Review36 呼び戻す
翌朝。
高瀬が職員室へ入ると、真壁はもう席にいた。
「おはよう」
「おはようございます」
「……いるな」
高瀬は、真壁の顔をじっと見る。
真壁が眉を寄せた。
「何ですか」
「いや」
「何」
「普通にいるなって」
「昨日もいました」
「でもさ」
「高瀬先生」
「はい」
「朝一で存在確認するのやめてください」
「ごめん」
「あと顔見すぎ」
「……」
「高瀬先生」
「はい」
「昨日の話、全然理解してないですよね」
少し離れたところで、藤原が笑った。
「高瀬先生」
「何」
「真壁先生を数字で見ないって決めた次の日に、目視確認してるの面白いです」
「数字じゃないからセーフ!」
「そういう問題じゃない」
真壁が即座に返す。
「でも」
高瀬は、少しだけ笑った。
「おはようって言えるの、いいな」
「……」
真壁が一瞬黙る。
「何」
「朝から重い」
「いい話にしようとしたのに!」
「高瀬先生」
藤原。
「普通にしてください」
「二人とも今日厳しくない?」
「通常運転です」
「それが一番悲しい」
三人の間に、小さな笑いが落ちた。
昨日。
真壁の識別率は50%。
あと一つ下がれば、未登録領域への接続条件を満たすはずだった。
それでも。
真壁はここにいる。
机がある。
椅子がある。
声が聞こえる。
触れられる。
それが。
今まで以上に、当たり前ではなく感じた。
「で」
真壁がパソコンを閉じる。
「今日は」
「うん」
「ナオですよね」
高瀬の表情が変わった。
「……うん」
藤原も、自分のノートを開く。
「昨日の結果が使えるなら」
「外部固定」
真壁。
「俺の場合」
「高瀬先生と藤原先生」
「二人が俺を真壁透として認識していた」
「それで再分類処理が止まった」
「じゃあ」
高瀬が少し身を乗り出す。
「ナオも」
「待って」
藤原がすぐに止めた。
「何」
「同じだって決めない」
「……」
「真壁先生とナオ」
「状態が違います」
「分かってる」
「本当に?」
「……半分」
「正直」
真壁がため息をつく。
「昨日から何も変わってない」
「俺なりに進んでる!」
「高瀬先生」
藤原は笑わずに続けた。
「真壁先生は、まだ学校にいる」
「うん」
「他の人からも見える」
「うん」
「触れる」
「……うん」
「ナオは」
高瀬の顔から、少しずつ軽さが消えていく。
「見える人が限られる」
「うん」
「触れない」
「うん」
「学校の名簿にもいない」
「……」
「今は、未登録領域側にいる」
「……」
「だから」
藤原は、ゆっくり言った。
「同じやり方をしたら戻る、とは限らない」
高瀬は、黙った。
「でも」
「うん」
「試す価値はあります」
「……」
「ただし」
「三人で」
真壁。
「記録しながら」
高瀬。
「勝手に突っ込まない」
藤原。
「……」
二人が高瀬を見る。
「何」
「最後」
「俺だけ?」
「一番大事なので」
「信用薄!」
◇
昼休み。
三人は、ナオについて残っているものを全部机の上へ出した。
ノート。
座席表。
薄く残った『001』。
ナオを見た記憶がある生徒の証言。
旧視聴覚室の写真。
一年前。
高瀬。
桐谷。
そしてナオ。
「名前」
高瀬が言う。
「まず」
「ナオって」
「俺が聞いた」
「本人が答えた」
「はい」
藤原。
「名字は」
「答えなかった」
「今は無理って」
「うん」
真壁が写真を見る。
「ナオ」
「漢字」
「分からない」
「……」
「確かに」
「もし」
真壁。
「名前が固定点になるなら」
「呼び方が」
「正確な方がいい可能性もある」
「直」
「尚」
「奈央」
「男子だから奈央でも別にあるか」
「高瀬先生」
藤原。
「急に名前辞典始めない」
「はい」
「それと」
真壁が続ける。
「ナオ本人が」
「高瀬先生に」
「その名前だけ」
「渡した」
「うん」
「なら」
「今は」
「それで十分かもしれない」
「……」
高瀬は、小さく頷いた。
「ナオ」
一度。
口にする。
「ちゃんと」
「本人が選んだ名前だもんな」
「はい」
藤原。
「SYSTEMがつけた番号じゃない」
三人。
少し黙る。
その違いが。
今は、以前よりずっと大きく見えた。
◇
「じゃあ」
高瀬。
「どうする」
「呼ぶ」
「どこで」
「旧視聴覚室?」
真壁。
「桐谷先生がいる」
「うん」
「ナオも寝てるって」
「昨日は」
「でも」
藤原。
「毎日行かないって」
「決めたばかり」
「……」
「じゃあ行かない?」
高瀬の声に。
少しだけ焦りが混じる。
「高瀬先生」
「何」
「今日中にやらないと」
「何かまずいんですか」
「……」
高瀬が止まる。
「いや」
「なら」
「急がない」
「……」
「ナオのため?」
藤原の質問。
高瀬は。
すぐ。
「そう」
と言いそうになった。
でも。
口を閉じる。
「……俺が」
「うん」
「早く安心したい」
「……」
藤原は、小さく頷いた。
「それもありますよね」
「……」
「ごめん」
「謝らなくていいです」
「また?」
「はい」
「でも」
藤原の声が柔らかくなる。
「そこ分けた方がいいです」
「……」
「ナオを戻したい」
「高瀬先生が安心したい」
「似てるけど」
「同じじゃない」
高瀬は。
少しだけ視線を落とした。
「……刺さるな」
「今」
真壁。
「かなり高瀬先生っぽいです」
「何が」
「人を助けることで」
「自分を安心させようとする」
「……」
「真壁」
「何」
「今日は本当に刺すな」
「藤原先生が先です」
「共犯みたいに言うな」
藤原が少し笑った。
高瀬も。
数秒遅れて笑った。
「分かった」
「今日は」
「呼び戻さない」
「呼び戻す方法を」
「考える」
「はい」
藤原。
「それなら」
真壁。
「賛成」
◇
放課後。
高瀬は、いつもの女子生徒に呼び止められた。
「先生」
「何」
「今日暇?」
「教師に暇聞くな」
「じゃあ忙しい?」
「微妙」
「じゃあ暇」
「何で!」
女子生徒が笑う。
「相談」
「珍しいな」
「失礼」
「いや」
「いつも俺が相談されてる感じないから」
「先生、話聞いてるふりして自分の話にする時あるし」
「……」
「先生?」
「今ちょっと過去を反省してる」
「重」
「お前が言ったんだろ!」
二人。
窓際。
少し離れて立つ。
「で」
「何」
女子生徒は。
少しだけ。
言いづらそうにする。
「友達」
「うん」
「最近」
「学校来てなくて」
「……」
「連絡しても」
「返事少なくて」
「うん」
「私」
「毎日送った方がいいのかな」
高瀬は。
少し黙った。
以前なら。
『送ってあげた方がいい』
そう言っていたかもしれない。
相手を一人にしない。
気に掛ける。
その方が正しい。
でも。
「その子」
「何か言ってる?」
「今は」
「そっとしてほしいって」
「……」
「でも」
女子生徒。
「本当に一人にして」
「もっとしんどくなったら」
「嫌だし」
「……」
高瀬の胸に。
ナオ。
桐谷。
重なる。
「先生ならどうする?」
答え。
すぐには。
出さなかった。
「俺なら」
一度。
言葉を選ぶ。
「一回」
「相手に聞くかな」
「何を」
「完全に連絡しない方がいい?」
「それとも」
「返事いらないから」
「たまに送ってもいい?」
「……」
女子生徒。
少し考える。
「それ」
「聞けばいいのか」
「うん」
「助けたい側が」
「勝手に」
「助け方決めない」
「……」
「先生」
「何」
「今日ちょっと」
「いいこと言った」
「今日!?」
「最近多い」
「なら褒めろ!」
「調子乗るから半分」
「藤原ぁ……」
「誰ですか」
「なんでもない」
女子生徒が。
少し笑う。
「じゃあ」
「聞いてみます」
「うん」
「ありがと」
「おう」
数歩。
女子生徒が離れる。
「先生」
「何」
「先生も」
「誰か助けようとしてる?」
「……」
高瀬。
止まる。
「何で」
「なんとなく」
「……」
「顔?」
「はい」
「みんな俺の顔読むな!」
女子生徒。
笑う。
「じゃあ」
「先生も」
一度。
少し真面目な表情。
「その人に」
「聞いた方がいいんじゃないですか」
「……」
「どうしてほしい?って」
高瀬は。
何も言えなかった。
女子生徒は。
それ以上聞かず。
手を振って。
歩いていった。
「……」
高瀬。
その背中を。
しばらく見ていた。
「……生徒に」
小さく笑う。
「教えられてばっかだな」
◇
午後五時九分。
三人。
空き教室。
「決めた」
高瀬。
「何を」
真壁。
「ナオ」
「うん」
「呼び戻す前に」
「聞く」
「……」
藤原。
少しだけ笑う。
「どうしたいか?」
「うん」
「戻りたいって」
「前は言った」
「でも」
「今は分からないって」
「言ってた」
「……」
「なのに俺」
「戻す方法ばっか」
「考えてた」
真壁が。
小さく頷く。
「高瀬先生らしい」
「褒めてないな?」
「半分」
「もういい!」
「でも」
真壁。
「賛成です」
「ナオ本人が」
「今」
「戻りたいのか」
「それを」
「先」
「じゃあ」
藤原。
「桐谷先生に」
「連絡?」
「扉越し」
「毎日行かないって」
「言ったけど」
「今日は」
「目的ある」
「……」
高瀬。
「行っていい?」
二人を見る。
藤原。
「私はいいです」
真壁。
「俺も」
「じゃあ」
「三人で」
「はい」
◇
午後五時四十七分。
旧視聴覚室。
三人。
扉の前。
「桐谷」
高瀬。
「……」
「いる?」
返事。
なし。
「ナオ」
「……」
「起きてる?」
静か。
「今日は」
高瀬。
「入らない」
「……」
「話したいだけ」
数秒。
向こう。
「高瀬」
「うん」
「毎日来るなって」
「……」
「言ってないけど」
「空気で分かれ」
「無茶言うな!」
藤原が。
少しだけ笑う。
真壁も。
口元を緩める。
「ナオは?」
「起きてる」
「話せる?」
「……」
少し。
間。
「ナオ」
桐谷の声。
「高瀬たち」
しばらく。
何もない。
そして。
小さな。
声。
「……先生?」
高瀬。
表情が。
変わる。
「ナオ」
「はい」
「大丈夫?」
一瞬。
沈黙。
「十二点」
「上がった!」
「昨日六点だったから」
「倍」
真壁。
「そういう問題?」
藤原。
扉の向こう。
ナオ。
小さく。
笑った。
その笑い声。
高瀬。
少しだけ。
安心する。
「ナオ」
「はい」
「一個」
「聞きたい」
「質問権?」
「違う」
「普通に」
「……はい」
高瀬。
少し。
息を吸う。
「お前」
「戻りたい?」
向こう。
静か。
「前」
「戻りたいって」
「言ってた」
「でも」
「この前」
「分からないって」
「言った」
「……」
「今」
「どうしたい?」
長い。
長い。
沈黙。
高瀬は。
急かさなかった。
藤原も。
真壁も。
何も言わない。
「……先生」
「うん」
「僕」
一度。
声。
震える。
「戻りたいです」
「……」
高瀬。
胸。
少し。
熱くなる。
「そっか」
「でも」
ナオ。
続ける。
「前と」
「同じには」
「戻りたくない」
「……」
三人。
表情が。
変わる。
「どういう意味?」
高瀬。
「僕」
「前」
「戻るって」
「全部」
「元通りにすることだと」
「思ってた」
「……」
「先生が」
「一回目と」
「同じことして」
「桐谷先生が」
「同じことして」
「真壁先生が」
「同じように止めて」
「藤原先生が」
「同じ嘘をついて」
「……」
「そうすれば」
「僕も」
「戻れると思ってた」
「……」
「でも」
ナオ。
「今回」
「全部」
「変わった」
「……」
「先生」
「僕に」
「名前聞いた」
「……」
「怖いって」
「聞いた」
「……」
「真壁先生」
「役割じゃなく」
「自分で」
「先生止めた」
「……」
「藤原先生」
「嘘」
「隠さなかった」
「……」
「だから」
一度。
声。
小さくなる。
「僕も」
「前と」
「同じには」
「戻りたくない」
高瀬は。
しばらく。
何も言えなかった。
「じゃあ」
「ナオ」
「うん」
「どう戻りたい?」
「……」
その質問。
扉の向こう。
ナオ。
少し。
息を詰める。
「分からない」
「……」
「でも」
「うん」
「僕として」
一度。
声。
震える。
「戻りたい」
高瀬。
目を閉じる。
「分かった」
「……」
「それ」
「一緒に探そう」
ナオ。
すぐには。
返事をしなかった。
「先生」
「何」
「今回」
「勝手に決めないんですね」
「……」
高瀬。
少し笑う。
「怒られたから」
「誰に」
「色んな人に」
藤原。
「主に私たち」
真壁。
「あと生徒」
「言うな!」
向こう。
桐谷まで。
少し笑った。
◇
「じゃあ」
真壁。
「試したいこと」
「何」
「名前」
「うん」
「外部固定」
「俺の場合」
「高瀬先生と藤原先生」
「二人」
「ナオも」
「俺ら三人が」
「名前を」
「認識してる」
「……」
「それで」
「こちら側との」
「接続」
「少しでも」
「強くなるか」
桐谷。
向こうから。
「やめた方がいい」
三人。
止まる。
「何で」
高瀬。
「真壁と」
「ナオは」
「状態が違う」
「やっぱり」
藤原。
「真壁は」
「まだこっち」
「ナオは」
「もう」
「こっち側」
桐谷。
「未登録領域」
「はい」
「外から」
「無理に固定すると」
「どうなる」
「……」
桐谷。
少し。
言いづらそうに。
「引っ張られる」
「誰が」
高瀬。
「呼んだ側」
「……」
三人。
黙る。
「例えば」
藤原。
「私たちが」
「ナオの名前を」
「強く固定しようとしたら」
「……」
「誰か一人」
「こっちへ」
「落ちる?」
「可能性がある」
「……」
高瀬。
表情。
変わる。
「じゃあ」
「俺が」
「高瀬先生」
真壁。
すぐ。
声。
強くなる。
「今」
「何言おうとした」
「……」
「俺が」
「代わりに」
「行けば」
「高瀬先生」
藤原。
今度は。
かなり低い声。
「それ」
「やめて」
「……」
高瀬。
止まる。
「でも」
「でもじゃない」
藤原。
扉の前。
高瀬を見る。
「ナオが」
「どう戻りたいか」
「今」
「やっと聞いたんですよね」
「うん」
「ナオ」
「高瀬先生と」
「入れ替わって」
「戻りたいって」
「言いました?」
「……」
「言ってない」
「じゃあ」
「勝手に」
「自分差し出さない」
「……」
「それ」
「前の高瀬先生」
「そのまま」
高瀬。
何も。
言えなくなる。
胸。
少し。
痛い。
「……ごめん」
「謝って終わらせない」
「はい」
「考えて」
「……」
真壁。
横から。
「藤原先生」
「今日強い」
「必要なので」
「俺も」
「止めようと思ったけど」
「先越された」
「二人とも」
「……」
高瀬。
小さく。
息を吐く。
「分かった」
「本当に?」
「うん」
「俺が」
「行けばいい」
「って」
「もう」
「今は」
「言わない」
「今は?」
藤原。
「……」
「高瀬先生」
「言い直す!」
一度。
息を吸う。
「勝手に」
「俺を差し出す」
「方法は」
「選ばない」
「……」
藤原。
ようやく。
少し表情が緩む。
「はい」
「それなら」
「……」
扉の向こう。
ナオ。
小さな声。
「先生」
「何」
「僕」
「それ」
「嫌です」
「……」
「先生が」
「代わりに」
「こっち来るの」
「……」
「嫌」
高瀬。
目。
少し。
伏せる。
「そっか」
「はい」
「じゃあ」
「やらない」
「……」
「約束?」
高瀬。
一瞬。
あの女子生徒。
思い出す。
約束。
軽く言わない。
「……勝手に」
「自分を犠牲にする方法は」
「選ばない」
「……」
「これなら」
「約束する」
ナオ。
少し。
間。
「はい」
◇
「桐谷」
高瀬。
「じゃあ」
「方法」
「他に」
「……」
「ある」
三人。
同時に。
顔を上げる。
「あるの!?」
「高瀬」
「何」
「声でかい」
「ごめん!」
「ただ」
「……」
「簡単じゃない」
「何」
「名前」
「外部固定」
「それだけじゃ」
「ナオは戻せない」
「うん」
「未登録領域に」
「落ちた人間は」
「こちら側に」
「存在理由が必要になる」
「……」
真壁。
「存在理由?」
「誰かに」
「覚えてもらうだけでは」
「弱い」
「……」
「こっちに」
「戻って」
「何をするのか」
「誰と」
「どう生きるのか」
「……」
「本人側にも」
「こちらへ向かう」
「理由が必要」
「……」
藤原。
「つまり」
「ナオ自身が」
「こちら側を」
「選ばないと」
「戻れない?」
「そう」
高瀬。
扉を見る。
「ナオ」
「聞こえた?」
「はい」
「戻ったら」
「何したい?」
沈黙。
「高瀬先生」
真壁。
「今すぐ」
「答え求めない」
「……そうだった」
高瀬。
苦笑。
「ナオ」
「今日」
「答えなくていい」
「……」
「考えて」
「自分で」
「決めて」
ナオ。
静かに。
「はい」
◇
三人。
帰る。
階段。
下りる。
「藤原」
「何ですか」
「さっき」
「怖かった」
「何が」
「顔」
「……」
「高瀬先生」
「はい」
「怒りますよ」
「もう怒ってたじゃん!」
「まだいけます」
「怖!」
真壁。
少し笑う。
「でも」
「何」
「藤原先生」
「正しかった」
「……」
藤原。
少しだけ。
眉を寄せる。
「正しいかどうかは」
「後で」
「……」
「今は」
「高瀬先生が」
「勝手に消えようとするの」
「嫌だっただけです」
高瀬。
足。
少し。
止まる。
「藤原」
「何」
「それ」
「……」
「ありがとう」
「……」
藤原。
一瞬。
目を逸らす。
「はい」
真壁。
「照れた」
「真壁先生」
「はい」
「黙って」
「はい」
高瀬。
笑う。
「真壁」
「何」
「お前」
「俺の気持ち分かった?」
「何が」
「藤原に黙ってって言われるやつ」
「……」
「ちょっと」
「だろ?」
三人。
笑う。
◇
午後七時五十六分。
高瀬。
自宅。
ノート。
『ナオ』
『本人意思:戻りたい』
『ただし、前と同じには戻りたくない』
『「僕として戻りたい」』
『未登録領域からの帰還条件?』
『①外部固定』
『②本人の存在理由』
『③本人自身がこちら側を選ぶ』
高瀬。
ペン。
止める。
「存在理由」
学校。
生徒。
教師。
友達。
家族。
名前。
何でも。
戻ったら。
何をしたい?
「……」
ナオ。
何を。
したいんだろう。
今まで。
聞いたことがない。
SYSTEM。
Review。
桐谷。
ループ。
戻る。
全部。
ナオの周りにある。
でも。
ナオ自身は。
何が好き?
誰が好き?
何をしたい?
何が嫌い?
高瀬。
少し。
表情が変わる。
「……俺」
「ナオのこと」
「全然知らんじゃん」
助ける。
戻す。
そう言っていた。
なのに。
相手が。
どんな人なのか。
ほとんど。
知らない。
「……」
高瀬。
小さく。
笑う。
「まず」
「そこからか」
その時。
SMS。
知らない番号。
「……」
開く。
『ようやく気付きましたね。』
「……」
高瀬。
眉。
寄る。
『見てんのかよ』
返信。
『見ています。』
『誰だ』
既読。
少し。
『その質問を』
次。
『最後の質問権で使いますか?』
「……」
高瀬。
止まる。
挑発。
明らか。
残り一問。
使わせたい?
「……使わん」
声。
小さく。
打つ。
『使わない』
返信。
『なぜ?』
『今はお前より
ナオの方が大事』
送信。
数秒。
返事。
来ない。
「……」
一分。
二分。
ようやく。
『それも、
前回にはありません。』
「……」
高瀬。
少し。
目を細める。
『前回の俺は?』
打って。
止まる。
質問。
普通のSMS。
でも。
相手。
どこまで。
答える?
高瀬。
消す。
「いい」
「聞かん」
スマートフォンを。
伏せる。
数秒。
また。
震える。
「……」
SMS。
『では、一つだけ。
質問なしで教えます。』
高瀬。
画面。
見る。
『ナオが戻れなかった最大の理由は、
SYSTEMではありません。』
「……」
次。
『高瀬でもありません。』
「……」
高瀬。
息。
少し。
止まる。
『じゃあ誰だ』
送信。
返信。
『誰でもない。』
「……?」
次。
『ナオ自身です。』
高瀬の。
表情が。
変わる。
『どういう意味』
返信。
『前回のナオには、
戻った先がありませんでした。』
「……」
高瀬。
胸。
少し。
痛む。
次。
『名前を呼ぶ人も。』
『待っている人も。』
『戻った後にしたいことも。』
「……」
『だから、
戻ることだけを望んだ。』
次。
『そして、
戻る理由を持てなかった。』
高瀬。
何も。
打てない。
最後。
『今回は、
もう違います。』
少し。
間。
『少なくとも、
三人は待っている。』
「……」
高瀬。
画面。
見つめる。
三人。
いや。
「……四人だろ」
小さく。
呟く。
ナオも。
そこにいる。
高瀬。
ゆっくり。
グループチャットを。
開く。
『明日さ』
送信。
真壁。
『何ですか』
藤原。
『どうしました?』
高瀬。
少し考える。
『ナオが戻ってきたら
何したいか
一緒に考えん?』
既読。
藤原。
『それは』
少し間。
『私たちが決めることじゃないです』
「……」
高瀬。
「ですよね!」
すぐ。
次。
『じゃあ
ナオ本人に
いっぱい聞こう』
真壁。
『それなら賛成』
藤原。
『私も』
高瀬。
少し。
笑う。
『よし』
真壁。
『ただし』
「……」
高瀬。
『何』
真壁。
『質問攻め禁止』
藤原。
『賛成』
高瀬。
『信用なさすぎん?』
藤原。
『実績』
真壁。
『実績』
「……」
高瀬。
スマートフォンを。
置く。
「二人して」
少し。
笑う。
でも。
その夜。
旧視聴覚室。
暗闇。
ナオは。
一人。
起きていた。
「戻ったら」
小さく。
「何したい?」
今日。
聞かれなかった質問を。
自分で。
口にする。
「……」
何も。
浮かばない。
学校。
友達。
家族。
将来。
思い出そうとする。
でも。
全部。
輪郭が。
ない。
「……僕」
ナオ。
膝を。
抱える。
「何が」
「好きだったっけ」
少し離れた場所。
桐谷は。
その声を。
聞いていた。
でも。
答えなかった。
答えられなかった。
ナオ自身が。
見つけなければ。
意味がない。
「……」
その時。
暗闇。
小さく。
音。
――カラン。
ナオ。
顔を上げる。
床。
何かが。
転がっている。
「……?」
手を伸ばす。
小さい。
金属。
古い。
傷だらけ。
ナオの。
目が。
大きくなる。
「……これ」
星形の。
キーホルダー。
でも。
高瀬たちが持っているものとは。
違う。
もう一つ。
同じ形。
裏。
ナオ。
ゆっくり。
ひっくり返す。
刻印。
『002』
「……」
桐谷が。
立ち上がる。
「ナオ」
「桐谷先生」
「触るな」
遅かった。
ナオの。
指。
すでに。
002へ。
触れていた。
暗闇。
突然。
白く。
光る。
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【SYSTEM】
未登録領域
新規識別対象を確認。
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桐谷の。
表情が。
変わる。
「……嘘だろ」
次。
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識別番号
002
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ナオ。
動けない。
「誰」
声。
震える。
「002って」
桐谷。
答えない。
SYSTEM。
最後。
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状態
帰還済
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「……」
ナオの。
呼吸が。
止まる。
002。
すでに。
こちら側へ。
戻っている。
誰か。
ナオより先に。
未登録領域から。
帰った人間が。
高瀬以外にも。
存在している。




