Review26 嘘
午後五時十七分。
資料室。
藤原美咲は。
まだ。
画面の前に座っていた。
『高瀬へ。』
『今は、
私を信用しないで。』
『私が言うことを、
全部信じたらダメ。』
『私は、
もう一度、
嘘をつく。』
「……」
何度読んでも。
意味は。
変わらない。
作成者。
藤原美咲。
更新者。
藤原美咲。
日付。
一年前。
十月十四日。
「……私が」
自分で。
書いた?
でも。
覚えていない。
「もう一度」
藤原は。
そこだけを。
小さく。
口にする。
「一回」
「もう」
「嘘ついてる」
いつ。
誰に。
何を。
「……」
高瀬に。
だろうか。
桐谷に。
真壁に。
それとも。
三人全員に。
スマートフォン。
机の横。
手を伸ばす。
高瀬。
真壁。
三人のグループ。
「……」
送ればいい。
すぐ。
今まで。
何度も。
そう決めた。
一人で抱えない。
確定していなくても。
共有する。
真壁が。
昨日。
それをやった。
なら。
自分も。
「……」
指。
止まる。
もし。
この文章通り。
自分が。
また嘘をつくなら。
今。
高瀬へ。
何かを話すこと自体。
危険なんじゃない?
「……違う」
藤原は。
小さく。
自分へ言った。
「それ」
「言い訳」
怖い。
ただ。
怖いだけ。
高瀬に。
真壁に。
疑われるのが。
「……」
藤原は。
ゆっくり。
グループ通話を押した。
◇
「はい」
高瀬。
すぐ出た。
『何ですか』
真壁。
少し遅れて。
「今」
藤原。
「二人とも大丈夫?」
『大丈夫』
高瀬。
『大丈夫です』
真壁。
「……」
『藤原?』
高瀬。
「一個」
「見つけました」
『何』
「私の」
一度。
言葉が。
止まる。
『藤原先生』
真壁。
『急がなくていいです』
「……」
その一言で。
少し。
呼吸が戻る。
「一年前」
「私」
「自分で」
『うん』
「ファイル残してました」
『何て』
「……」
藤原は。
画面を。
もう一度見る。
そして。
逃げなかった。
「『今は私を信用しないで』」
沈黙。
高瀬。
何も言わない。
真壁も。
何も。
「それと」
藤原。
「『私が言うことを全部信じたらダメ』」
『……』
「最後」
「『私は、もう一度、嘘をつく』」
言った。
全部。
言い終わった。
藤原は。
スマートフォンを。
強く握っていた。
「……」
数秒。
長い。
「何か」
藤原。
「言ってください」
『じゃあ』
高瀬。
『一個』
「はい」
『今』
「……」
『嘘ついてる?』
「……」
藤原の眉が。
寄る。
「ついてません」
『よし』
「何がよし!?」
高瀬が。
少し笑う。
『確認』
「高瀬先生!」
『いや』
声。
少し。
柔らかくなる。
『話してくれてありがとう』
「……」
藤原が。
止まる。
『怖かったろ』
「……」
「何が」
『これ』
「……」
『自分で』
『信用するなって』
『残してるんだから』
「……」
藤原は。
すぐには。
答えられなかった。
「……ちょっと」
『うん』
「怖かったです」
『何が一番』
「二人に」
一度。
言葉を止める。
「疑われるの」
高瀬。
すぐには。
返さない。
真壁が。
先に言った。
『俺』
「はい」
『疑います』
「……」
『これだけ見たら』
「……」
『でも』
真壁の声は。
いつも通り。
静か。
『疑うことと』
『信用しないことは』
『別だと思う』
「……」
藤原。
少しだけ。
目を見開く。
『俺』
『一年前の藤原先生は』
『分からない』
『でも』
『今の藤原先生は』
一度。
間。
『信用してます』
「……」
藤原の。
目が。
少し。
熱くなる。
「真壁先生」
『何ですか』
「今」
「めっちゃいいこと」
『やめて』
「言った」
『だからやめて』
高瀬が。
笑う。
『真壁』
『照れんな』
『切りますよ』
「……」
藤原も。
少しだけ。
笑った。
◇
『で』
真壁。
『確認』
「はい」
『そのファイル』
『見せられる?』
「今」
藤原。
「画面共有します」
ファイル。
表示。
三人。
読む。
『今は、
私を信用しないで。』
「今は」
高瀬。
『そこ』
真壁。
『気になります』
「はい」
藤原。
『ずっと信用するな』
『じゃない』
「今は」
高瀬。
「特定の時間?」
『可能性』
真壁。
「一年前の」
藤原。
「10月14日」
『高瀬先生が』
『休んでた二日目』
「はい」
『じゃあ』
高瀬。
『14日の俺に』
『信用するな?』
「……」
三人。
少し。
考える。
『次』
真壁。
『「もう一度」』
「はい」
『一回目の嘘』
「それ」
藤原。
「全然」
「思い出せない」
『高瀬先生』
真壁。
『一年前』
『藤原先生に』
『何か』
『嘘つかれた記憶』
「ない」
『ですよね』
「記憶飛んでるから」
『……』
「お前」
「言ってから気付くな」
『すみません』
高瀬。
少し笑う。
「でも」
「嘘」
「って」
「どんな」
藤原。
「悪意のあるものだけじゃない」
『はい』
真壁。
「守るため」
高瀬。
「隠すため」
「安心させるため」
「……」
『どれか』
真壁。
『分からない』
「うん」
『じゃあ』
『調べる』
高瀬。
「何を」
『藤原先生の』
『10月13日から15日』
「……」
藤原。
少しだけ。
表情を変える。
「私の」
「記録?」
『はい』
『勤務』
『メール』
『連絡』
『校務』
「……」
藤原。
小さく。
息を吐く。
「分かりました」
『嫌?』
高瀬。
「少し」
『やめる?』
「……」
藤原。
少し考える。
「やります」
『無理すんな』
「無理じゃないです」
『本当に?』
「はい」
『高瀬先生』
真壁。
『今』
『詰めすぎ』
「……」
「ごめん」
『また』
「でも今の必要だろ!」
藤原が。
笑う。
「大丈夫です」
「今度は」
「私が」
「調べたい」
『……』
「自分が」
「何したか」
「知りたい」
高瀬。
少しだけ。
声を柔らかくする。
『分かった』
◇
翌日。
午後一時二十三分。
三人。
空き教室。
藤原の。
一年前。
10月13日。
「勤務」
真壁。
「通常」
「はい」
「授業」
「通常」
「はい」
「メール」
「……」
藤原。
「これ」
「何」
高瀬。
「13日」
「17時51分」
「送信」
「誰に」
「高瀬先生」
「俺?」
三人。
見る。
件名。
『大丈夫です。』
「……」
高瀬。
「俺に?」
「はい」
藤原。
「開きます」
本文。
『高瀬先生。
今のところ、
学校では何も起きていません。
桐谷先生も、
普通に帰りました。
今日はもう、
無理に戻ってこなくて大丈夫です。』
「……」
三人。
止まる。
「桐谷」
高瀬。
「普通に帰った?」
「でも」
真壁。
「17時44分」
「放送」
「桐谷先生」
「高瀬先生を」
「追った」
「……」
藤原の。
顔から。
血の気が。
少し引く。
「私」
「これ」
「嘘?」
「可能性」
真壁。
「でも」
「かなり」
高瀬。
「高い」
「だって」
「桐谷」
「帰ってない」
「……」
藤原。
画面を。
見つめる。
「私」
「何で」
「こんなの送った?」
「……」
高瀬。
すぐには。
何も言わない。
「それ」
「一回目の嘘?」
藤原。
声。
少し震える。
「かもしれない」
真壁。
「でも」
「まだ」
「理由」
「分からない」
「……」
「藤原」
高瀬。
「俺」
「このメール」
「読んだ?」
「送信履歴だけじゃ」
「分からない」
真壁。
「受信側」
「高瀬先生の」
「メール」
「確認できる?」
「ある」
三人。
高瀬の。
過去メール。
検索。
件名。
『大丈夫です。』
「……ある」
高瀬。
「既読」
「……」
藤原。
「既読です」
「時間」
真壁。
「17時53分」
「……」
「俺」
高瀬。
「読んだ」
「……」
「で」
「信じた?」
誰も。
答えられない。
◇
「次」
真壁。
「高瀬先生」
「このあと」
「メール」
「送ってる?」
「検索」
17時56分。
一通。
送信先。
藤原。
本文。
『分かった。
今日は行かない。
ありがとう。』
「……」
藤原の。
表情が。
完全に。
止まった。
「高瀬先生」
「うん」
「これ」
「……」
「私の嘘」
「信じた」
「……」
高瀬も。
画面を見る。
「俺」
「行かなかった?」
「少なくとも」
真壁。
「17時56分時点では」
「……」
「でも」
高瀬。
「その日」
「学校に」
「俺いたって」
「証言」
「ある」
「……」
藤原。
すぐ。
顔を上げる。
「じゃあ」
「一回」
「行かないって」
「決めた」
「でも」
「後から」
「来た?」
「……」
真壁。
「何か」
「きっかけ」
「ある」
「メール」
高瀬。
「このあと」
「誰かから」
三人。
確認。
17時58分。
18時02分。
18時11分。
普通。
保護者。
校務。
同僚。
「桐谷」
「なし」
高瀬。
「SMS」
真壁。
「電話履歴」
藤原。
「……あります」
「誰」
「非通知」
「時間」
「18時07分」
三人。
黙る。
「通話」
高瀬。
「長さ」
「……」
藤原。
「十一秒」
「短」
真壁。
「でも」
「そのあと」
「高瀬先生」
「18時12分」
「……」
「位置情報」
「校内Wi-Fi」
「接続」
「……」
高瀬。
「五分で?」
「電話」
「18時07」
「学校」
「18時12」
「無理」
真壁。
「自宅からなら」
「絶対無理」
「じゃあ」
藤原。
「高瀬先生」
「その時」
「もう」
「学校の近く?」
「……」
高瀬。
「分からない」
「でも」
「メールでは」
「行かないって」
「……」
「その直後」
「非通知」
「十一秒」
「……」
「それで」
「学校へ」
三人。
顔を見合わせる。
「桐谷?」
高瀬。
「可能性」
真壁。
「はいはい」
「確定しない」
「成長」
「もういい!」
でも。
誰も。
笑わなかった。
◇
「藤原」
高瀬。
「お前」
「うん」
「その日」
「俺を」
「学校から」
「遠ざけようとした?」
「……」
藤原。
すぐには。
答えない。
「多分」
「……」
「でも」
「何で」
「分からない」
「桐谷を」
「助けさせないため?」
「可能性」
「高瀬先生を」
「守るため?」
「……」
「それなら」
高瀬。
「俺に」
「嘘ついた」
「うん」
「……」
「藤原」
「はい」
「それ」
「俺」
「怒っていい?」
藤原。
少し。
目を伏せる。
「いいです」
「……」
「でも」
「今の藤原に」
「怒っても」
「仕方ないよな」
「……」
「覚えてないんだから」
藤原。
少しだけ。
顔を上げる。
「でも」
「私です」
「一年前でも」
「……」
「私が」
「嘘ついた」
「……」
「だから」
「怒るなら」
「受けます」
「……」
高瀬。
少し。
困った顔。
「お前」
「真面目だな」
「何で今それ」
「いや」
「怒る気」
「ちょっと失せた」
「……」
真壁。
横から。
「高瀬先生」
「何」
「怒るなら」
「ちゃんと怒っていいと思います」
「……」
「藤原先生」
「過去の自分と」
「今の自分」
「分けすぎても」
「違う気がする」
「……」
藤原。
真壁を見る。
「真壁先生」
「何ですか」
「今日」
「めちゃくちゃ」
「刺してきますね」
「事実」
「……」
高瀬。
少し笑う。
「でも」
「俺」
「怒ってる」
「……」
藤原。
「何に」
「嘘つかれたこと」
「じゃなくて」
「……」
「一年前の俺」
「藤原に」
「一人で」
「こんな判断させたんだろ」
「……」
「それ」
「ちょっと」
「腹立つ」
藤原。
何も。
言えない。
「多分」
高瀬。
「俺」
「何も話してなかった」
「……」
「藤原は」
「何か知って」
「でも」
「全部分からなくて」
「……」
「一人で」
「俺を止めようとした」
「……」
「それ」
「今なら」
「させたくない」
藤原の。
目が。
少し。
潤む。
「高瀬先生」
「何」
「また」
「いいこと」
「言った?」
「言ってません」
「即答」
「……」
少し。
笑う。
◇
放課後。
三人。
ノート。
『10月13日』
『17:51 藤原→高瀬』
『桐谷は帰った、と虚偽連絡』
『17:53 高瀬既読』
『17:56 高瀬「今日は行かない」』
『18:07 非通知着信 11秒』
『18:12 高瀬 校内Wi-Fi接続』
「……」
真壁。
「非通知」
「誰か」
「調べられる?」
「一年前」
藤原。
「厳しい」
「電話会社」
「無理」
「じゃあ」
高瀬。
「ここ」
「保留」
「はい」
「あと」
藤原。
「もう一度」
「嘘をつく」
「……」
三人。
止まる。
「一回目」
高瀬。
「これ」
「多分」
「桐谷は帰った」
「じゃあ」
真壁。
「二回目」
「まだ」
「……」
「起きてない?」
藤原。
「一年前の」
「14日時点では」
「これから」
「……」
「何を」
「嘘ついた」
「……」
高瀬。
少し。
嫌な顔をする。
「それ」
「また」
「調べるしかない」
「はい」
◇
その夜。
藤原。
自宅。
今日の。
記録。
読み返す。
「……」
一年前。
自分が。
高瀬へ。
嘘をついた。
「桐谷先生は」
「普通に帰りました」
事実。
違った。
でも。
高瀬を。
学校から。
遠ざけようとした。
「……守ろうとした?」
そう。
思いたい。
でも。
次。
『私は、
もう一度、
嘘をつく。』
「……」
何を。
次に。
嘘ついた?
その時。
スマートフォン。
震える。
「……」
SMS。
知らない番号。
藤原の。
表情が。
変わる。
開く。
一行。
『一回目の嘘を、
思い出しましたか?』
「……」
藤原の。
指が。
止まる。
返信。
『誰ですか?』
送信。
数秒。
既読。
返信。
『二回目は、
まだ思い出さない方がいい。』
「……」
『誰ですか』
もう一度。
返信。
今度は。
少し。
長い。
『あなたが二回目の嘘を思い出した時、
高瀬はまた、
あなたを信用できなくなる。』
「……」
藤原の。
呼吸が。
浅くなる。
『桐谷先生?』
送信。
数秒。
返信。
『違います。』
次。
『001でもありません。』
「……」
藤原は。
すぐに。
三人のグループチャットを。
開いた。
一人で。
抱えない。
今度は。
迷わなかった。
『二人とも。
また来ました。』
送信。
直後。
知らない番号から。
最後の一通。
『そう。』
次。
『今回は、
ちゃんと共有できた。』
「……」
藤原は。
画面を。
見つめた。
まるで。
誰かが。
自分たち三人を。
ずっと。
見ている。
いや。
もっと。
嫌な可能性。
一年前から。
今の三人が。
こうやって。
動くことまで。
知っている。
誰かが。
いる。




