Review25 信用
午前七時三十九分。
「……制止者」
藤原美咲は。
職員室の自席で。
昨夜の記録を読み返していた。
『役割 制止者』
『対象が高瀬を停止させた回数 1』
真壁透。
一年前。
高瀬を。
一度止めた。
「……」
その下。
ノート。
『藤原を信用しろ。』
同じ一年前。
高瀬が。
自分へ残した言葉。
「じゃあ」
藤原は。
小さく呟いた。
「私は何をしたんだろ」
制止者。
そんな役割は。
自分には出ていない。
No.004でもない。
桐谷のように。
DELETEDでもない。
「……普通?」
自分で言って。
少しだけ笑った。
「それはそれで嫌だな」
「何が?」
「うわっ!」
藤原の肩が跳ねる。
高瀬が。
隣に立っていた。
「高瀬先生!」
「何」
「急に来ないでください!」
「普通に来た」
「……」
「……」
「今」
高瀬が。
少し笑う。
「俺がいつも言われるやつ」
「……」
「気持ち分かった?」
「分かりました」
「だろ?」
「腹立つ」
「なんで!」
少し。
笑う。
「で」
高瀬が。
ノートを見る。
「何見てた?」
「昨日の」
「真壁?」
「はい」
「制止者」
「……」
藤原は。
少しだけ。
視線を落とす。
「あと」
「うん」
「私」
「……藤原?」
「一年前」
「何してたんだろって」
高瀬が。
少しだけ。
表情を変える。
「覚えてない?」
「全部は」
「どこまで?」
「高瀬先生が」
「私に距離取ってた」
「それくらい」
「……」
「桐谷先生が」
「急に来なくなって」
「……」
「高瀬先生も」
「三日休んで」
「……」
「でも」
一度。
言葉を止める。
「私」
「何もしなかった」
「……」
高瀬。
すぐには。
返さない。
「いや」
「何もしなかったって」
「藤原」
「多分」
「そんなことないだろ」
「でも」
「私」
藤原が。
高瀬を見る。
「桐谷先生が来なくなった時」
「もっと」
「聞けばよかった」
「……」
「高瀬先生が」
「変だった時も」
「もっと」
「踏み込めばよかった」
「でも」
「高瀬先生」
「『関係ない』って」
「言ったから」
「……」
「私」
「引いた」
高瀬の胸が。
少し。
痛む。
「……それ」
「藤原」
「悪くないだろ」
「分かってます」
「なら」
「でも」
藤原が。
すぐ続ける。
「今なら」
「もう少し」
「聞くと思います」
「……」
「嫌がられても」
「少し」
「残ると思います」
高瀬は。
少しだけ笑った。
「今の藤原」
「結構」
「踏み込んでくるからな」
「誰のせいですか」
「俺?」
「半分」
「残り」
「桐谷先生」
「……」
空気が。
少しだけ。
変わった。
◇
「桐谷が?」
高瀬。
「はい」
「藤原に何か言ってた?」
「一回だけ」
「……」
「いつ」
「十月」
「十三日の」
一度。
藤原が。
考える。
「前日」
「十二日?」
「はい」
高瀬の表情が。
変わる。
「何て」
「……」
藤原が。
ゆっくり。
記憶を辿る。
「放課後」
「職員室」
「桐谷先生」
「急に」
「私の席に来て」
「うん」
「『明日』」
声。
少し低くなる。
「『高瀬が変なこと言っても』」
「……」
「『一回だけ』」
「……」
「『信じてやって』」
「……」
高瀬が。
何も言えなくなる。
「俺」
「何言った?」
「それ」
「聞きました」
「桐谷は?」
「答えませんでした」
「……」
「ただ」
「笑って」
「『高瀬だから』って」
「……」
「意味分からなくて」
「私も」
「そのまま」
「……」
「翌日」
「全部起きた」
十月十三日。
放送。
高瀬。
採点不能。
桐谷。
追う。
真壁。
高瀬対応。
「……」
高瀬が。
机へ。
指を置く。
「桐谷」
「前日に」
「知ってた?」
「何かを」
「……」
「少なくとも」
藤原。
「何か起きるとは」
「思ってたんだと思います」
「何で」
「分かりません」
「……」
高瀬が。
少しだけ。
眉を寄せる。
「また」
「何」
「一年前の俺だけ」
「何も知らん」
「覚えてないだけです」
「それが一番腹立つ」
「……」
「ごめん」
「何で謝るんですか」
「分からん」
「癖」
「最近直してる」
「まだ」
「厳しいな」
少し。
笑う。
◇
「おはようございます」
真壁。
職員室。
「お」
高瀬。
「噂をすれば」
「何の噂」
「お前」
「嫌な予感しかしない」
「昨日の」
「制止者」
「……」
真壁の表情が。
少しだけ。
固くなる。
「朝からそれ?」
「ごめん」
「また」
「今のは必要!」
藤原が。
少し笑う。
「真壁先生」
「何ですか」
「私」
「一年前のこと」
「一個」
「思い出しました」
「……」
「桐谷先生」
「十二日」
「私に」
「高瀬先生を」
「信じてって」
「……」
真壁は。
すぐには答えない。
「前日?」
「はい」
「何か知ってた?」
「多分」
「……」
真壁が。
少しだけ。
視線を落とす。
「俺」
「何」
高瀬。
「十二日」
「何してたんだろ」
「……」
「調べます?」
藤原。
「勤務表」
「はい」
三人。
もう。
自然に。
同じ机へ集まる。
高瀬は。
それに。
少しだけ。
気付いた。
以前は。
何かあるたび。
一人で調べていた。
今は。
「高瀬先生」
「何」
「ぼーっとしない」
「はい」
真壁。
「何笑ってるんですか」
「いや」
「何」
「ちょっと」
「三人っぽくなったなって」
「……」
藤原。
「今更?」
「言わなくてよかった」
「真壁!」
「気持ち悪い」
「お前!」
いつもの。
少しだけ。
くだらない会話。
高瀬は。
それが。
妙に。
嬉しかった。
◇
十月十二日。
勤務記録。
「高瀬」
「出勤」
「藤原」
「出勤」
「真壁」
「……出勤」
「桐谷」
「出勤」
「全員」
藤原。
「普通ですね」
「時間」
真壁。
「退勤」
高瀬。
18時12分。
藤原。
18時31分。
桐谷。
「……19時04分」
真壁。
最後。
「……」
「何」
高瀬。
真壁が。
画面を見る。
「俺」
「20時17分」
「遅」
「何で」
「覚えてない」
「……」
「十三日」
真壁。
午後休。
なのに。
17時52分。
「……」
高瀬。
少し考える。
「真壁」
「何」
「十二日」
「一番最後までいた?」
「管理職抜けば」
「多分」
「桐谷が」
「藤原に」
「俺を信じろって言った日」
「……」
「お前」
「そのあと」
「学校に残ってた」
「はい」
「何してた?」
「だから」
一度。
真壁が。
少し強く言いかける。
「……分からない」
声が。
落ちる。
高瀬は。
それ以上。
追わない。
「そっか」
「……」
真壁。
少しだけ。
高瀬を見る。
「本当に」
「聞かなくなりましたね」
「嫌?」
「いや」
「じゃあ」
「言いたくなったら」
「言う」
「うん」
藤原が。
少しだけ。
笑う。
「二人とも」
「何」
「成長」
「それ禁止!」
二人同時。
「……」
三人。
顔を見合わせる。
藤原が。
先に。
笑った。
◇
午前十一時四十三分。
高瀬。
授業。
「はい」
黒板へ。
大きく。
『選択』
と書く。
「今日は」
「選択?」
生徒。
「国語ですよね」
「国語」
「人生相談?」
「違う」
「最近先生人生の話多くない?」
「気のせい」
「絶対何かあった」
「はい」
「本文見ろ」
笑い。
「じゃあ」
高瀬。
「主人公が」
「ここで」
「AとB」
「どっちを選ぶと思う」
「A!」
「B!」
「先生は?」
「俺?」
「うん」
「どっち選ぶ?」
「……」
高瀬。
少し。
止まる。
「分からん」
「逃げた!」
「いや」
高瀬が。
少し笑う。
「昔なら」
「正しいと思う方」
「選んでた」
「今は?」
「……」
「今は」
「誰にとって」
「正しいか」
「考える」
「……」
教室。
少し。
静かになる。
「先生」
女子生徒。
いつもの。
「それ」
「めんどくさくない?」
「めちゃくちゃ」
「じゃあ正解一個でいいじゃん」
「それが」
「一個じゃない時あるんだよ」
「……」
「大人?」
「いや」
高瀬。
少しだけ。
笑う。
「人間」
「……」
「急にカッコつけた」
「そこ笑うとこ?」
教室。
笑い。
高瀬も。
笑った。
◇
昼。
三人。
資料。
「藤原」
高瀬。
「一年前」
「うん」
「桐谷から」
「信じろって」
「言われた」
「はい」
「そのあと」
「俺」
「藤原に何か言った?」
「……」
藤原。
少し考える。
「十二日?」
「うん」
「その日は」
「何も」
「十三日?」
「朝」
「一回」
「……何」
「高瀬先生」
「私のところ来ました」
「俺が?」
「はい」
「何て」
藤原が。
表情を。
少し。
硬くする。
「『今日』」
「うん」
「『何があっても』」
「……」
「『俺を止めるな』」
「……」
三人。
黙る。
真壁。
「高瀬先生が」
「藤原先生に」
「止めるな」
「はい」
「でも」
高瀬。
「真壁は」
「制止者」
「……」
「藤原は」
「止めるな」
「……」
真壁。
少しだけ。
眉を寄せる。
「役割」
「違う?」
「何が」
「高瀬先生」
「藤原先生には」
「止めてほしくなかった」
「俺には」
「……」
「止めさせた?」
「でも」
藤原。
「高瀬先生が」
「真壁先生に」
「止めてって」
「言ったとは限らない」
「うん」
「SYSTEMが」
「制止者にしただけ」
「……」
「つまり」
高瀬。
「一年前の俺」
「桐谷へ行こうとした」
「藤原には」
「止めるな」
「……」
「真壁には」
「全部話すな」
「……」
「でも」
「真壁に」
「止められた」
「……」
三人。
それぞれ。
違う方向を。
見ていた。
そして。
高瀬が。
小さく。
言う。
「俺」
「一年前」
「相当」
「追い詰められてた?」
「……」
藤原。
すぐに。
答えなかった。
「多分」
「……」
「でも」
少しだけ。
声を柔らかくする。
「今は」
「一人じゃないです」
「……」
高瀬。
少し笑う。
「それ」
「最近」
「効くわ」
「なら」
「何回でも言います」
「……」
真壁が。
視線を逸らす。
「真壁」
「何」
「お前も言って」
「嫌です」
「何で!」
「二人で十分」
「仲間外れ!」
藤原が。
吹き出す。
「真壁先生」
「何ですか」
「言ってあげて」
「……」
真壁が。
嫌そうに。
高瀬を見る。
「高瀬先生」
「はい」
「……一人じゃない」
「……」
「何その顔」
「いや」
「嬉しい」
「やめて」
「照れた?」
「仕事戻ります」
「逃げた!」
藤原が。
笑う。
三人。
また。
少しだけ。
普通に戻った。
◇
放課後。
藤原は。
一人。
資料室。
去年の。
自分の記録。
探していた。
「……」
高瀬。
桐谷。
真壁。
それぞれ。
何か。
残っている。
なら。
「私も」
何か。
残していない?
校務PC。
自分の。
去年のフォルダ。
十月。
「……」
十三日。
ファイル。
一つ。
『保護者連絡』
普通。
十四日。
『授業』
普通。
十五日。
『学年』
普通。
「……私だけ」
空白が。
ない。
高瀬。
三日欠勤。
桐谷。
記録が途切れる。
真壁。
午後休。
藤原だけ。
「普通に」
「働いてる」
それが。
妙に。
怖かった。
十四日。
授業案。
開く。
普通。
十五日。
学年資料。
普通。
「……」
何も。
おかしくない。
閉じようとした。
その時。
十四日の。
ファイル名。
妙な。
空白。
『授業 』
「……?」
末尾。
不自然に。
スペース。
「何これ」
右クリック。
プロパティ。
元の名前。
履歴。
一件。
『授業_高瀬には見せない』
「……」
藤原の。
指が。
止まった。
「私が?」
作成者。
藤原美咲。
更新者。
藤原美咲。
十月十四日。
高瀬が。
学校を休んでいた。
三日間の。
二日目。
「……何を」
「見せなかった?」
藤原は。
ファイルを。
開いた。
授業案。
普通。
何も。
ない。
でも。
一番下。
白い文字。
背景と。
同じ色。
ドラッグ。
反転。
文章が。
浮かび上がる。
『高瀬へ。』
「……」
次。
『今は、
私を信用しないで。』
藤原の。
呼吸が。
止まった。
「……え?」
一年前の高瀬は。
『藤原を信用しろ。』
そう。
残した。
でも。
一年前の藤原自身は。
『今は、
私を信用しないで。』
そう。
高瀬へ。
残していた。
さらに。
その下。
『私が言うことを、
全部信じたらダメ。』
「……」
最後。
一行。
『私は、
もう一度、
嘘をつく。』
藤原は。
椅子に。
座ったまま。
動けなかった。
誰かが。
藤原を。
疑わせようとしている。
そう思いたかった。
でも。
作成者は。
自分。
そして。
文章を読んだ瞬間。
胸の奥で。
ほんの少しだけ。
何かを。
知っている感覚が。
確かに。
あった。




