Review22 同じ場所
午前七時十二分。
「……何だこれ」
高瀬は玄関で靴を履く手を止めた。
スマートフォン。
昨夜のSYSTEM。
通知履歴に。
一件だけ残っている。
━━━━━━━━━━━━
【SYSTEM】
過去記録との
一致を確認。
LOOP 1
自己選択率
21%時点
同一地点へ到達。
━━━━━━━━━━━━
「……同じ場所」
高瀬は。
何度か読み返した。
一年前。
自己選択率21%。
今。
21%。
「だから何なんだよ」
小さく呟く。
SYSTEMは。
当然。
答えない。
「同じなら」
玄関のドアへ手を掛ける。
「同じことが起きる?」
自分で言って。
少し嫌になった。
昨日。
教室で。
生徒に言われた。
『結構、幸せじゃないですか』
そうだ。
昨日は。
悪くなかった。
むしろ。
いい日だった。
それなのに。
数字一つで。
また不安になる。
「……」
高瀬は。
スマートフォンをポケットへ入れた。
「学校行こ」
今日は。
今日だ。
そう言い聞かせて。
ドアを開けた。
◇
「高瀬先生」
職員室へ入った瞬間。
真壁が呼んだ。
「何」
「顔」
「朝一でそれやめない?」
「見ました?」
「何を」
「SYSTEM」
高瀬の足が止まる。
「……お前も?」
「いや」
真壁が自分のスマートフォンを見せる。
「俺には来てない」
「じゃあ何で」
「藤原先生から」
「藤原?」
少し離れた席。
藤原が。
申し訳なさそうに手を上げる。
「おはようございます」
「おはようじゃなくて」
「昨日」
「高瀬先生寝たあと」
「スマホ、画面共有の設定残ってました」
「……何それ」
「Review記録用に」
「勝手に?」
「前に許可もらいました」
「……」
「覚えてない?」
「覚えてる」
「なら勝手じゃないです」
「ぐっ」
真壁が。
少しだけ笑う。
「で」
「見た?」
高瀬。
「はい」
藤原の表情が。
少しだけ硬くなる。
「21%」
「うん」
「一年前と同じ」
「うん」
三人。
少し黙る。
「高瀬先生」
真壁。
「怖い?」
「……」
高瀬は。
正直に考えた。
「怖い」
「はい」
「でも」
少しだけ。
間を置く。
「昨日よりは」
「マシ」
「何で?」
藤原。
「一年前」
高瀬は。
二人を見る。
「多分」
「俺一人だった」
「……」
「今」
「二人いる」
藤原が。
少しだけ目を細める。
真壁は。
視線を逸らした。
「真壁」
「何」
「今照れた?」
「違います」
「顔」
「見ないで」
「分かりやすい」
「高瀬先生」
「はい」
「朝から元気ですね」
「おかげさまで」
ほんの少し。
笑いが生まれる。
高瀬は。
それだけで。
少し呼吸が楽になった。
◇
「で」
真壁が。
机の上へノートを置く。
「同じ地点なら」
「うん」
「一年前の21%以降」
「何が起きたか」
「調べる?」
「調べる」
高瀬。
「即答」
藤原。
「でも」
「今日は一人で走らない」
「……」
「何その間」
「いや」
「高瀬先生が」
「自分から言った」
「成長」
「最近それ禁止にしない?」
「褒めてるのに」
「生徒扱いされてる気分」
真壁が。
ノートを開く。
「一年前」
「10月13日」
「校内放送」
「はい」
「高瀬先生」
「採点不能」
「はい」
「桐谷先生」
「高瀬先生を追って職員室を出る」
「はい」
「その後」
真壁のペンが。
止まる。
「空白」
「……」
「高瀬先生」
「三日欠勤」
「……」
「桐谷先生」
「十六日退職」
「……」
「で」
藤原が。
ゆっくり言う。
「今の高瀬先生」
「同じ21%」
「……」
「でも」
「昨日までと」
高瀬が。
少しだけ笑う。
「全然違う」
「はい」
「何が違う?」
真壁。
「俺がいる」
高瀬。
「藤原も」
「生徒も」
「……」
「桐谷」
藤原。
「今は」
「存在を知ってる」
「うん」
「一年前は?」
「覚えてない」
「……」
「じゃあ」
真壁が。
ペンを置く。
「同じ地点じゃない」
「……?」
「SYSTEM上では」
「21%」
「同じ」
「でも」
真壁が。
高瀬を見る。
「高瀬先生自身は」
「一年前と」
「同じじゃない」
高瀬は。
少し黙った。
「……いいこと言うな」
「やめて」
「何で」
「褒められる流れ嫌い」
「最近それも見慣れた」
藤原が笑う。
「でも」
高瀬は。
真壁を見る。
「それ」
「大事かも」
「同じ数字でも」
「同じ人間じゃない」
「……」
「じゃあ」
ほんの少し。
笑う。
「同じ未来になるとは限らない」
藤原が。
静かに頷いた。
「はい」
「そう思います」
◇
昼休み。
三人は。
去年の資料を。
もう一度確認していた。
「何か」
高瀬。
「残ってない?」
「何が」
真壁。
「一年前の俺」
「メモとか」
「ノートとか」
「パソコン」
「高瀬先生の?」
「うん」
「去年のデータ」
「残ってる?」
「多分」
藤原が。
少し考える。
「校務用PC」
「年度更新してますけど」
「個人フォルダ」
「残してるものは」
「あるかも」
「見てみる?」
「はい」
三人。
高瀬のパソコン。
「パスワード」
真壁。
「見ないで」
「見ません」
「藤原も」
「見ません」
「絶対?」
「高瀬先生」
「何」
「そんな重要なパスワードなんですか」
「いや」
「じゃあ早く」
「はい」
入力。
ログイン。
フォルダ。
去年。
「……汚」
真壁。
「第一声それ?」
「整理してください」
「これでも分かる」
「本人しか分からない整理は整理じゃない」
「お前ほんと細かいな」
「高瀬先生が雑」
「藤原」
「どっち?」
「真壁先生」
「即答!?」
藤原が笑う。
「で」
「去年」
「10月」
フォルダ。
授業。
学年。
生徒対応。
会議。
「普通だな」
高瀬。
「普通ですね」
藤原。
「13日」
真壁。
「ファイルある?」
「……」
クリック。
十月十三日。
空。
「ない?」
「はい」
「十四」
「空」
「十五」
「空」
「……また三日」
三人。
少しだけ。
表情を変える。
「十六日」
高瀬。
ファイル。
一件。
「……ある」
「何」
「タイトル」
藤原が。
画面へ顔を近付ける。
『確認用』
「開く?」
高瀬。
「待って」
真壁。
「バックアップ」
「先」
「お」
「コピー」
「外部」
「できる範囲」
「はい」
藤原。
「写真も」
「撮ります」
「準備」
「完了」
真壁。
「じゃあ」
高瀬が。
マウスへ指を置く。
「開くぞ」
二人。
頷く。
クリック。
ファイル。
テキスト。
最初。
一行。
『これを読んでいる俺へ。』
「……」
高瀬の手が。
止まった。
「俺?」
「はい」
「一年前の」
「高瀬先生」
藤原。
「自分宛て」
「……」
高瀬は。
ゆっくり。
スクロールする。
『たぶん、
また忘れてる。』
「……」
胸が。
少し。
強く鳴る。
『だから、
先に書いておく。』
高瀬。
藤原。
真壁。
三人とも。
息を詰める。
『桐谷を探すな。』
「……」
高瀬の表情が。
固まった。
桐谷本人も。
『俺を助けるな』
そう言った。
そして。
一年前の高瀬自身も。
『桐谷を探すな』
と。
「……何で」
高瀬が。
小さく呟く。
「続き」
真壁。
「はい」
スクロール。
『もし、
桐谷を見つけても。』
次。
『助けようとするな。』
「……」
藤原が。
高瀬を見る。
高瀬は。
画面から。
目を離さなかった。
『あいつは、
それを望んでいない。』
続く。
『それでも、
俺は行った。』
「……」
高瀬の。
指が。
少し震える。
『俺なら、
また行く。』
次。
『だから、
これを読んでる俺へ。』
一行。
空白。
『頼む。』
さらに。
『今度は、
俺の言うことを聞いてくれ。』
高瀬は。
何も言えなかった。
去年の自分。
今の自分。
同じ。
人を放っておけない。
助けたい。
走る。
「……」
藤原も。
真壁も。
急かさない。
高瀬が。
自分で。
次へ進む。
スクロール。
『桐谷を助ければ、
俺は――』
文章。
そこで。
切れていた。
「……え?」
高瀬。
「続き」
「ない」
藤原。
「ファイル」
「壊れてる?」
真壁。
「待って」
下。
スクロール。
空白。
「……ここまで」
「何だよ」
高瀬の声に。
苛立ちが混じる。
「一番大事なとこ!」
「高瀬先生」
「分かってる」
深呼吸。
「……ごめん」
「また」
真壁。
「今はいいだろ!」
藤原が。
少しだけ笑う。
空気。
ほんの少し。
戻る。
「でも」
真壁が。
画面を見る。
「ファイル情報」
「何」
「作成日時」
三人。
確認。
『10月16日 06:12』
「……」
「高瀬先生」
藤原。
「学校復帰した朝」
「うん」
「記憶」
「なかった?」
「そう聞いてる」
「でも」
「これを書いた?」
高瀬。
画面を見る。
「……おかしい」
「何が」
「もし」
「俺が十六日に」
「桐谷忘れてたなら」
「……」
「これ」
「誰が書いた?」
三人。
黙る。
真壁が。
すぐ。
ファイルの更新履歴を見る。
「作成者」
「高瀬」
「……」
「端末」
「このPC」
「ログイン」
「高瀬先生のアカウント」
「……」
「じゃあ俺?」
高瀬。
「でも」
「覚えてない」
「……」
藤原が。
少しだけ。
声を落とす。
「忘れたあと」
「一瞬だけ」
「戻った?」
「記憶が?」
「可能性」
「……」
高瀬。
画面を見る。
『たぶん、また忘れてる。』
「いや」
「これ」
「書いた俺」
「自分が忘れるって」
「知ってる」
「……」
真壁。
「つまり」
「忘れる前に」
「未来の自分へ」
「残した?」
「でも作成日は十六」
「……」
矛盾。
また。
矛盾。
◇
「印刷」
真壁。
「しよう」
「今」
高瀬。
「はい」
「紙」
「複数」
「コピー」
「藤原」
「はい」
「写真」
「撮りました」
「クラウド」
「はい」
「三人」
「共有」
「はい」
「今回」
高瀬が。
少し笑う。
「消させんぞ」
真壁が。
高瀬を見る。
「それ」
「フラグっぽい」
「言うなよ!」
藤原が笑う。
プリンター。
動く。
一枚。
二枚。
三枚。
文章。
紙。
残る。
「よし」
高瀬。
その瞬間。
職員室の電気が。
一瞬。
消えた。
「……」
暗闇。
「停電?」
藤原。
すぐ。
戻る。
「……」
三人。
無言。
高瀬が。
プリンターを見る。
紙。
ある。
「残ってる」
「PC」
真壁。
画面。
ファイル。
ある。
「スマホ」
藤原。
写真。
「ある」
三人。
少し。
息を吐く。
「……今回は」
高瀬。
「勝った?」
「まだ言わない」
真壁。
「慎重!」
「学習」
高瀬が笑う。
◇
午後。
高瀬は。
授業。
いつもの教室。
「先生」
「何」
「今日なんか機嫌いい?」
「そう?」
「うん」
「何で」
「知らん」
「いいことあった?」
「……」
少し考える。
「昔の俺から」
「手紙来た」
「は?」
教室。
一瞬。
静か。
「先生」
「うん」
「病院行った方がいいですよ」
「行ったばっかだわ!」
笑い。
「冗談?」
「半分」
「半分本当なの怖!」
高瀬も笑う。
その時。
朝の女子生徒が。
手を挙げる。
「先生」
「はい」
「昔の自分から」
「はい」
「今の自分に何て?」
高瀬は。
少しだけ。
止まった。
「……同じ失敗するなって」
教室の空気が。
ほんの少し。
変わる。
「先生」
別の生徒。
「失敗したんですか?」
「したんじゃない?」
「覚えてないの?」
「……まあ」
「何それ」
笑い。
高瀬も。
軽く笑った。
「でも」
女子生徒。
「昔の先生が」
「今の先生に」
「失敗するなって言ってるなら」
「うん」
「今の先生」
「前より強くない?」
「……何で」
「一回」
「知ってるから」
「……」
高瀬は。
その言葉に。
少し。
返事が遅れた。
「……そうかもな」
「でしょ」
「じゃあ先生」
「何」
「今度はちゃんとしてください」
「急に雑!」
教室。
笑い声。
高瀬も。
笑った。
「……今度は」
小さく。
自分へ。
「ちゃんとするよ」
◇
放課後。
高瀬。
藤原。
真壁。
三人。
空き教室。
一年前のメモ。
机の上。
「今度は」
高瀬が。
紙を見る。
「俺の言うこと聞け」
「……」
「昔の俺」
「自分のこと」
「全然信用してないな」
「今の高瀬先生見てたら」
真壁。
「理由分かる」
「お前!」
「半分冗談」
「残り半分本気じゃん」
藤原が笑う。
「でも」
高瀬。
「桐谷も」
「昔の俺も」
「同じこと言ってる」
「助けるな」
「探すな」
「はい」
藤原。
「だから」
高瀬が。
少しだけ。
視線を落とす。
「余計」
「気になる」
「高瀬先生」
「分かってる!」
「まだ何も言ってない」
「言う顔してた」
「顔読むの上手くなりましたね」
「みんなにやられてるから」
真壁。
少し笑う。
「でも」
「今」
「行かないんですよね」
「……うん」
「なんで」
高瀬は。
少し考える。
「桐谷が」
「来るなって言った」
「昔の俺も」
「行くなって言った」
「……」
「二人分」
「聞いてやろうかなって」
「……」
藤原が。
少し笑う。
「二人とも」
「高瀬先生ですけどね」
「確かに」
三人。
小さく笑う。
でも。
高瀬の目は。
紙の最後。
途切れた一文に。
残っていた。
『桐谷を助ければ、
俺は――』
その先。
何が。
書かれていた?
◇
午後七時四十三分。
真壁。
帰宅。
鞄。
机。
今日の資料を整理する。
コピーした。
一年前の高瀬のメモ。
「……」
読む。
『これを読んでいる俺へ。』
『たぶん、また忘れてる。』
真壁は。
少し。
眉を寄せる。
何か。
違和感。
「……」
もう一度。
読む。
『桐谷を探すな。』
『助けようとするな。』
『俺なら、また行く。』
「……」
違う。
文章じゃない。
紙。
「……?」
端。
薄い。
何か。
裏に。
書いてある。
「……」
真壁は。
紙を。
部屋の照明へかざした。
透ける。
表の文章の裏。
鉛筆。
ほとんど。
消されている。
「……文字?」
角度を変える。
読めない。
スマートフォンのライト。
横から。
当てる。
凹み。
少し。
浮かぶ。
「……」
一文字。
次。
繋げる。
真壁の表情が。
少しずつ。
変わっていく。
そこには。
『藤原を――』
「……藤原先生?」
その先。
消えている。
「何で」
真壁は。
さらに。
角度を変える。
続き。
僅かに。
見える。
『信用――』
そこで。
途切れる。
「……」
『藤原を信用――』
信用しろ。
なのか。
信用するな。
なのか。
一文字違えば。
意味は。
真逆になる。
真壁は。
しばらく。
紙を。
見つめた。
そして。
すぐには。
二人へ。
連絡しなかった。
「……まず」
小さく。
「確認してから」
それが。
真壁透という人間の。
長所だった。
そして。
時に。
一番危険な。
短所でもあった。




