Review2 あと三日
目を覚ました瞬間。
高瀬は、自分が死ぬことを忘れていた。
午前六時四十二分。
枕元で鳴るアラームを止め、身体を起こす。
眠い。
喉が渇いた。
今日も仕事か。
そこまで考えて。
スマートフォンの画面を見た。
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【Review】
3日後。
あなたは死にます。
死亡原因は、
あなた自身の選択です。
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「……ああ」
思い出した。
俺、死ぬんだった。
朝一番に思い出すこととしては、最悪だった。
◇
八月十三日、木曜日。
顔を洗いながら、高瀬は何度も考えた。
三日後。
今日を一日目として数えるのか。
それとも、今日から丸三日後なのか。
「そこ大事だろ……」
死亡予告のくせに、妙なところで説明が足りない。
そもそも。
本当に信じる必要があるのか。
悪質ないたずら。
ウイルス。
誰かの仕掛けたドッキリ。
そう考える方が、よほど現実的だった。
ただ。
一つだけ。
頭から離れない言葉がある。
『気付いていたのに、何もしなかったこと』
昨夜。
その文章を見た瞬間。
誰かの顔が浮かんだ。
今はもう、うまく思い出せない。
思い出そうとすると。
胸の奥だけが重くなる。
「……やめよ」
高瀬は鏡から目を逸らした。
考えても分からない。
なら。
学校へ行く。
いつも通り。
それしかなかった。
◇
「先生、今日死んでません?」
「朝一番に教師へ言う言葉じゃないぞ」
「顔が」
「顔?」
「死んでる」
「二回言うな」
教室に笑い声が広がった。
いつもの朝。
いつもの生徒。
昨日と何も変わらない。
それが。
少しだけありがたかった。
「先生、寝不足?」
「まあ」
「ゲーム?」
「だったら平和だったな」
「何してたんですか」
「人生について考えてた」
「重っ」
「先生にも色々あるんだよ」
「失恋?」
「何でそうなる」
「三十代の悩みってそれくらいかなって」
「お前、全国の三十代に謝れ」
また笑いが起きる。
高瀬も笑った。
その瞬間だけ。
昨夜の通知を忘れられた。
◇
三時間目。
「ここ」
高瀬は黒板を指した。
「テストに出すぞ」
「先生」
「何」
「間違えたらどうなります?」
「減点」
「人生終わります?」
「終わらん」
「高校落ちます?」
「一問で落ちるような試験なら、その前に何か起きてる」
「じゃあ間違えてもいい?」
「よくはない」
「どっち!」
教室が笑う。
高瀬はチョークを置いた。
「間違えるのが怖くて何も書かないよりはいいよ」
「お」
「いいこと言った」
「たまには言う」
「自分で言うんだ」
「間違えたら直せばいい」
高瀬は黒板へ向き直る。
「それだけ」
「先生」
「ん?」
「じゃあ死にません?」
「……」
手が止まった。
ほんの一瞬。
「先生?」
高瀬は振り返る。
生徒は何も知らない。
ただの冗談。
ただの言葉。
「……死なない」
そう答えた。
自分に言い聞かせるように。
「問題間違えたくらいじゃ、人は死なない」
「じゃあ適当に書こ」
「それは違う!」
笑い声が広がる。
高瀬も笑った。
けれど。
胸の奥に残ったものだけは。
消えなかった。
◇
授業後。
廊下へ出ると。
「先生」
声を掛けられた。
昨日とは別の女子生徒だった。
「ん?」
「今日、変ですよ」
「今日もじゃなくて?」
「そういう返しできるなら大丈夫そう」
「何だそれ」
女子生徒は笑わなかった。
高瀬の顔をじっと見る。
「何かありました?」
「……」
反射的に。
いつもの言葉が出かけた。
大丈夫。
何もない。
けれど。
昨夜のReviewが浮かぶ。
『本心を一度、隠しました』
『もう少し正直に答えてください』
「……ちょっと」
高瀬は言った。
「変なことがあって」
女子生徒が目を瞬いた。
「変なこと?」
「ああ」
「何ですか?」
「それは……」
言えるわけがない。
三日後に死ぬらしい。
そんな話を。
「まだ無理かな」
「……そっか」
女子生徒は、それ以上聞かなかった。
「いいの?」
「何がですか?」
「普通、気になるだろ」
「気になりますよ」
「じゃあ聞けば」
「言いたくない人から無理に聞いても仕方ないじゃないですか」
「……」
「でも」
女子生徒は少しだけ笑った。
「大丈夫じゃない時に『大丈夫』って言うの、結構バレますよ」
「……そんな分かりやすい?」
「先生は特に」
「マジか」
「マジです」
予鈴が鳴る。
「あ、行かなきゃ」
「おう」
「先生も」
「ん?」
「無理しないでくださいね」
「……努力します」
「そこは『はい』でしょ」
「はい」
女子生徒が笑って走っていく。
高瀬は、その背中を見送った。
不思議だった。
何も解決していない。
死ぬかもしれない。
Reviewの正体も分からない。
なのに。
「……ちょっと楽だな」
ほんの少し本当のことを言っただけで。
呼吸がしやすくなった気がした。
◇
昼休み。
高瀬は、昨日の教室へ向かった。
理由は一つ。
昨日の男子生徒。
名前を聞き忘れた。
今日なら。
聞けばいい。
それだけの話だった。
教室を覗く。
いない。
廊下。
いない。
近くの教室。
いない。
「……あれ?」
昨日。
どこから来た?
何組だった?
高瀬は近くにいた生徒を呼び止めた。
「なあ」
「はい?」
「昨日の昼休み、俺とここで話してた男子知らない?」
「男子?」
「うん」
「誰ですか?」
「名前が分かんないんだよ」
「特徴は?」
「えっと……」
高瀬は説明しようとして。
止まった。
顔。
分かる。
声。
分かる。
笑い方も。
会話も。
覚えている。
なのに。
名前だけが。
出てこない。
「先生?」
「ああ、ごめん」
「昨日ですよね?」
「うん」
生徒が首を傾げる。
「先生、昨日の昼休み」
「うん」
「一人でしたよ」
「……え?」
「ここで弁当食べてましたよね」
高瀬は笑った。
「いやいや」
「?」
「いたじゃん。男子」
「誰が?」
「だから……」
言葉が止まる。
「結構長く喋ってたんだけど」
「先生」
「何」
「俺、昨日ここ通りましたけど」
「……」
「先生、一人でしたよ」
笑えなくなった。
「本当に?」
「はい」
「誰かと喋ってなかった?」
「少なくとも俺が見た時は」
「……」
「先生?」
高瀬は。
昨日の光景を思い出す。
『人って、いつ死ぬと思います?』
『先生って、明日死ぬって分かったらどうします?』
『死ぬの、怖いですか?』
声も。
会話も。
確かに覚えている。
それなのに。
「……誰だよ」
ポケットの中で。
スマートフォンが震えた。
――ブッ。
高瀬はすぐに取り出した。
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【Review】
★★★★☆
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「……」
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昨日より、
正直に答えることができました。
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高瀬の表情が変わる。
「お前……」
周囲を確認する。
生徒たちが普通に昼休みを過ごしている。
高瀬は画面へ向かって、小さく聞いた。
「昨日の生徒は誰だ?」
数秒。
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質問を確認しました。
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「答えろ」
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回答できません。
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「何で」
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まだ、
あなたが知る必要はありません。
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「……ふざけんな」
初めて。
Reviewが。
昨日の男子生徒の存在を否定しなかった。
高瀬の背中に。
冷たいものが走った。
◇
午後。
高瀬は何度もスマートフォンを確認した。
新しい通知はない。
男子生徒も見つからない。
やがて。
午後三時四十一分。
スマートフォンが震えた。
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【Review】
本日のあなたには、
一つの事故が予定されています。
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「……事故?」
高瀬は立ち上がった。
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発生時刻
15時47分
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時計を見る。
15時41分。
あと六分。
「どこで?」
反応なし。
「誰が事故に遭う?」
反応なし。
「俺か?」
数秒。
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あなたは、
その事故を回避できます。
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「どうやって」
すぐに返ってきた。
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15時46分まで。
通常通りお過ごしください。
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「……」
次。
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そして。
15時46分になったら――
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高瀬は。
息を止めた。
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職員室から、
一歩も出ないでください。
【End】
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「……」
時計。
15時42分。
あと五分。
事故。
誰が。
どこで。
何が起きる。
何も分からない。
ただ。
Reviewは。
職員室から出るなと言っている。
「……それで」
高瀬は呟いた。
「誰が助かるんだよ」
◇
15時45分。
高瀬は職員室にいた。
何も起きない。
時計を見る。
15時45分42秒。
43秒。
44秒。
「……」
周囲では。
教師たちが普通に仕事をしている。
15時45分55秒。
56。
57。
58。
59。
15時46分。
高瀬は。
椅子に座ったまま。
扉を見た。
出るな。
一歩も。
Reviewはそう言った。
15時46分05秒。
10秒。
15秒。
「……何なんだよ」
その時だった。
廊下の向こうから。
叫び声。
「先生!!」
高瀬の身体が強張る。
続けて。
「誰か来て!!」
椅子が。
大きな音を立てた。
高瀬は立ち上がっていた。
スマートフォンが震える。
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警告。
職員室から
出ないでください。
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「……」
廊下。
また声。
「先生!!」
高瀬は。
扉を見る。
画面を見る。
時計を見る。
15時46分16秒。
事故まで。
あと四十四秒。
「……知るか」
高瀬は走った。
職員室を飛び出す。
15時46分17秒。
スマートフォン。
━━━━━━━━━━━━
警告。
予定行動から
逸脱しました。
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高瀬は振り返らなかった。
事故まで。
あと四十三秒。




