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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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2/120

Review2 あと三日

目を覚ました瞬間。


高瀬は、自分が死ぬことを忘れていた。


午前六時四十二分。


枕元で鳴るアラームを止め、身体を起こす。


眠い。


喉が渇いた。


今日も仕事か。


そこまで考えて。


スマートフォンの画面を見た。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


3日後。


あなたは死にます。


死亡原因は、

あなた自身の選択です。


━━━━━━━━━━━━


「……ああ」


思い出した。


俺、死ぬんだった。


朝一番に思い出すこととしては、最悪だった。



◇



八月十三日、木曜日。


顔を洗いながら、高瀬は何度も考えた。


三日後。


今日を一日目として数えるのか。


それとも、今日から丸三日後なのか。


「そこ大事だろ……」


死亡予告のくせに、妙なところで説明が足りない。


そもそも。


本当に信じる必要があるのか。


悪質ないたずら。


ウイルス。


誰かの仕掛けたドッキリ。


そう考える方が、よほど現実的だった。


ただ。


一つだけ。


頭から離れない言葉がある。


『気付いていたのに、何もしなかったこと』


昨夜。


その文章を見た瞬間。


誰かの顔が浮かんだ。


今はもう、うまく思い出せない。


思い出そうとすると。


胸の奥だけが重くなる。


「……やめよ」


高瀬は鏡から目を逸らした。


考えても分からない。


なら。


学校へ行く。


いつも通り。


それしかなかった。



◇



「先生、今日死んでません?」


「朝一番に教師へ言う言葉じゃないぞ」


「顔が」


「顔?」


「死んでる」


「二回言うな」


教室に笑い声が広がった。


いつもの朝。


いつもの生徒。


昨日と何も変わらない。


それが。


少しだけありがたかった。


「先生、寝不足?」


「まあ」


「ゲーム?」


「だったら平和だったな」


「何してたんですか」


「人生について考えてた」


「重っ」


「先生にも色々あるんだよ」


「失恋?」


「何でそうなる」


「三十代の悩みってそれくらいかなって」


「お前、全国の三十代に謝れ」


また笑いが起きる。


高瀬も笑った。


その瞬間だけ。


昨夜の通知を忘れられた。



◇



三時間目。


「ここ」


高瀬は黒板を指した。


「テストに出すぞ」


「先生」


「何」


「間違えたらどうなります?」


「減点」


「人生終わります?」


「終わらん」


「高校落ちます?」


「一問で落ちるような試験なら、その前に何か起きてる」


「じゃあ間違えてもいい?」


「よくはない」


「どっち!」


教室が笑う。


高瀬はチョークを置いた。


「間違えるのが怖くて何も書かないよりはいいよ」


「お」


「いいこと言った」


「たまには言う」


「自分で言うんだ」


「間違えたら直せばいい」


高瀬は黒板へ向き直る。


「それだけ」


「先生」


「ん?」


「じゃあ死にません?」


「……」


手が止まった。


ほんの一瞬。


「先生?」


高瀬は振り返る。


生徒は何も知らない。


ただの冗談。


ただの言葉。


「……死なない」


そう答えた。


自分に言い聞かせるように。


「問題間違えたくらいじゃ、人は死なない」


「じゃあ適当に書こ」


「それは違う!」


笑い声が広がる。


高瀬も笑った。


けれど。


胸の奥に残ったものだけは。


消えなかった。



◇



授業後。


廊下へ出ると。


「先生」


声を掛けられた。


昨日とは別の女子生徒だった。


「ん?」


「今日、変ですよ」


「今日もじゃなくて?」


「そういう返しできるなら大丈夫そう」


「何だそれ」


女子生徒は笑わなかった。


高瀬の顔をじっと見る。


「何かありました?」


「……」


反射的に。


いつもの言葉が出かけた。


大丈夫。


何もない。


けれど。


昨夜のReviewが浮かぶ。


『本心を一度、隠しました』


『もう少し正直に答えてください』


「……ちょっと」


高瀬は言った。


「変なことがあって」


女子生徒が目を瞬いた。


「変なこと?」


「ああ」


「何ですか?」


「それは……」


言えるわけがない。


三日後に死ぬらしい。


そんな話を。


「まだ無理かな」


「……そっか」


女子生徒は、それ以上聞かなかった。


「いいの?」


「何がですか?」


「普通、気になるだろ」


「気になりますよ」


「じゃあ聞けば」


「言いたくない人から無理に聞いても仕方ないじゃないですか」


「……」


「でも」


女子生徒は少しだけ笑った。


「大丈夫じゃない時に『大丈夫』って言うの、結構バレますよ」


「……そんな分かりやすい?」


「先生は特に」


「マジか」


「マジです」


予鈴が鳴る。


「あ、行かなきゃ」


「おう」


「先生も」


「ん?」


「無理しないでくださいね」


「……努力します」


「そこは『はい』でしょ」


「はい」


女子生徒が笑って走っていく。


高瀬は、その背中を見送った。


不思議だった。


何も解決していない。


死ぬかもしれない。


Reviewの正体も分からない。


なのに。


「……ちょっと楽だな」


ほんの少し本当のことを言っただけで。


呼吸がしやすくなった気がした。



◇



昼休み。


高瀬は、昨日の教室へ向かった。


理由は一つ。


昨日の男子生徒。


名前を聞き忘れた。


今日なら。


聞けばいい。


それだけの話だった。


教室を覗く。


いない。


廊下。


いない。


近くの教室。


いない。


「……あれ?」


昨日。


どこから来た?


何組だった?


高瀬は近くにいた生徒を呼び止めた。


「なあ」


「はい?」


「昨日の昼休み、俺とここで話してた男子知らない?」


「男子?」


「うん」


「誰ですか?」


「名前が分かんないんだよ」


「特徴は?」


「えっと……」


高瀬は説明しようとして。


止まった。


顔。


分かる。


声。


分かる。


笑い方も。


会話も。


覚えている。


なのに。


名前だけが。


出てこない。


「先生?」


「ああ、ごめん」


「昨日ですよね?」


「うん」


生徒が首を傾げる。


「先生、昨日の昼休み」


「うん」


「一人でしたよ」


「……え?」


「ここで弁当食べてましたよね」


高瀬は笑った。


「いやいや」


「?」


「いたじゃん。男子」


「誰が?」


「だから……」


言葉が止まる。


「結構長く喋ってたんだけど」


「先生」


「何」


「俺、昨日ここ通りましたけど」


「……」


「先生、一人でしたよ」


笑えなくなった。


「本当に?」


「はい」


「誰かと喋ってなかった?」


「少なくとも俺が見た時は」


「……」


「先生?」


高瀬は。


昨日の光景を思い出す。


『人って、いつ死ぬと思います?』


『先生って、明日死ぬって分かったらどうします?』


『死ぬの、怖いですか?』


声も。


会話も。


確かに覚えている。


それなのに。


「……誰だよ」


ポケットの中で。


スマートフォンが震えた。


――ブッ。


高瀬はすぐに取り出した。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


★★★★☆


━━━━━━━━━━━━


「……」


━━━━━━━━━━━━


昨日より、

正直に答えることができました。


━━━━━━━━━━━━


高瀬の表情が変わる。


「お前……」


周囲を確認する。


生徒たちが普通に昼休みを過ごしている。


高瀬は画面へ向かって、小さく聞いた。


「昨日の生徒は誰だ?」


数秒。


━━━━━━━━━━━━


質問を確認しました。


━━━━━━━━━━━━


「答えろ」


━━━━━━━━━━━━


回答できません。


━━━━━━━━━━━━


「何で」


━━━━━━━━━━━━


まだ、

あなたが知る必要はありません。


━━━━━━━━━━━━


「……ふざけんな」


初めて。


Reviewが。


昨日の男子生徒の存在を否定しなかった。


高瀬の背中に。


冷たいものが走った。



◇



午後。


高瀬は何度もスマートフォンを確認した。


新しい通知はない。


男子生徒も見つからない。


やがて。


午後三時四十一分。


スマートフォンが震えた。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


本日のあなたには、


一つの事故が予定されています。


━━━━━━━━━━━━


「……事故?」


高瀬は立ち上がった。


━━━━━━━━━━━━


発生時刻


15時47分


━━━━━━━━━━━━


時計を見る。


15時41分。


あと六分。


「どこで?」


反応なし。


「誰が事故に遭う?」


反応なし。


「俺か?」


数秒。


━━━━━━━━━━━━


あなたは、

その事故を回避できます。


━━━━━━━━━━━━


「どうやって」


すぐに返ってきた。


━━━━━━━━━━━━


15時46分まで。


通常通りお過ごしください。


━━━━━━━━━━━━


「……」


次。


━━━━━━━━━━━━


そして。


15時46分になったら――


━━━━━━━━━━━━


高瀬は。


息を止めた。


━━━━━━━━━━━━


職員室から、


一歩も出ないでください。


【End】


━━━━━━━━━━━━


「……」


時計。


15時42分。


あと五分。


事故。


誰が。


どこで。


何が起きる。


何も分からない。


ただ。


Reviewは。


職員室から出るなと言っている。


「……それで」


高瀬は呟いた。


「誰が助かるんだよ」



◇



15時45分。


高瀬は職員室にいた。


何も起きない。


時計を見る。


15時45分42秒。


43秒。


44秒。


「……」


周囲では。


教師たちが普通に仕事をしている。


15時45分55秒。


56。


57。


58。


59。


15時46分。


高瀬は。


椅子に座ったまま。


扉を見た。


出るな。


一歩も。


Reviewはそう言った。


15時46分05秒。


10秒。


15秒。


「……何なんだよ」


その時だった。


廊下の向こうから。


叫び声。


「先生!!」


高瀬の身体が強張る。


続けて。


「誰か来て!!」


椅子が。


大きな音を立てた。


高瀬は立ち上がっていた。


スマートフォンが震える。


━━━━━━━━━━━━


警告。


職員室から

出ないでください。


━━━━━━━━━━━━


「……」


廊下。


また声。


「先生!!」


高瀬は。


扉を見る。


画面を見る。


時計を見る。


15時46分16秒。


事故まで。


あと四十四秒。


「……知るか」


高瀬は走った。


職員室を飛び出す。


15時46分17秒。


スマートフォン。


━━━━━━━━━━━━


警告。


予定行動から

逸脱しました。


━━━━━━━━━━━━


高瀬は振り返らなかった。


事故まで。


あと四十三秒。

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