Review1 余命
最初に死んだのは、高瀬ではなかった。
午前零時十三分。
灯りの消えた部屋で、スマートフォンだけが白く光っている。
画面には、五つの星。
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【Review】
★★★★★
あなたの選択は、
正しかった。
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そのすぐそばで、一人の人間が床に倒れていた。
動かない。
声もない。
ただ、スマートフォンだけが、まるで何事もなかったかのように光り続けている。
そして最後に、もう一行。
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次回も、
正しい選択をしてください。
【End】
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――十二時間前。
◇
「先生」
「ん?」
「人って、いつ死ぬと思います?」
昼休み。
高瀬悠介は、箸を止めた。
窓際の席で弁当を食べていた、その目の前。
一人の男子生徒が立っている。
「……急に重いな」
「そうですか?」
「昼休みに唐揚げ食ってる教師へ振る話題ではないだろ」
「じゃあ食べ終わるまで待ちます」
「そういう問題じゃない」
男子生徒が笑った。
高瀬もつられて笑い、唐揚げを口へ放り込む。
「で、何。哲学の授業?」
「違います」
「じゃあ保険の勧誘?」
「先生、俺を何だと思ってるんですか」
「最近の中学生は何するか分からんから」
「偏見ですよ」
「教師十三年目の経験則です」
「なお悪い」
また笑う。
何でもない昼休みだった。
少なくとも、高瀬はそう思っていた。
「で?」
「はい?」
「死ぬとか何とか」
「ああ」
男子生徒は窓の外へ目を向けた。
「先生って、明日死ぬって分かったらどうします?」
「明日?」
「はい」
「学校休む」
「即答」
「当たり前だろ。死ぬ日に働きたくないわ」
「教師が言っていいんですか、それ」
「死ぬ日くらい有給使わせろ」
「申請通ります?」
「そこは校長も空気読むだろ」
男子生徒が吹き出した。
「じゃあ、仕事以外で」
「仕事以外?」
「最後に何します?」
高瀬は箸を止めた。
旅行。
好きなものを食べる。
会いたい人に会う。
そんな答えはいくつか浮かんだ。
けれど、口から出たのは別の言葉だった。
「……謝るかな」
男子生徒の笑顔が、少しだけ薄くなった。
「誰に?」
「色々」
「色々って?」
「教師やってるとあるんだよ。言えなかったこととか、逆に言いすぎたこととか」
「はい」
「助けられなかったやつもいるし。そもそも、気付けなかったこともある」
「……」
「だからまあ、謝れるなら謝る」
「許してもらえなかったら?」
「その時は仕方ない」
「相手を責めない?」
「責める理由ないだろ」
「じゃあ誰を責めます?」
高瀬は少し考えた。
「……俺だろうな」
男子生徒は何も言わなかった。
「何だよ」
「いや」
「そんな変な答えだった?」
「先生らしいなと思って」
「褒めてる?」
「どうでしょう」
「おい」
男子生徒がまた笑った。
その顔を見ながら、高瀬はふと思う。
こいつ、何組だったっけ。
顔は知っている。
何度か話したことも――ある気がする。
名前は。
「……」
「先生?」
「ああ、悪い」
「ぼーっとしてました?」
「ちょっとな」
思い出せない。
まあいい。
あとで聞けばいい。
「最後に一個」
「まだあるの?」
「死ぬの、怖いですか?」
今度は迷わなかった。
「怖いよ」
「即答ですね」
「そりゃな。死んだことないし」
「普通はそうです」
「経験者いたら連れてきてくれ」
「無茶言うなあ」
予鈴が鳴った。
「あ、戻らないと」
「おう」
男子生徒が教室を出ていく。
高瀬はその背中を見送った。
結局。
名前を聞くのを忘れた。
◇
放課後。
「高瀬先生、まだ帰らないんですか?」
「帰るよ」
「何時に?」
「仕事終わったら」
「それ帰らない人の答えですよ」
職員室。
隣の教師が呆れた顔で、高瀬の机を見る。
提出物。
学年資料。
明日の授業準備。
採点途中のプリント。
「また溜めましたね」
「溜めたんじゃない。自然発生した」
「書類が?」
「学校ではする」
「怖い職場だなあ」
同僚が一枚の資料を持ち上げた。
「これ、手伝いましょうか?」
「いいよ」
「でも」
「自分でやった方が早いから」
言ってから、高瀬はパソコンへ視線を戻した。
「高瀬先生」
「ん?」
「そうやって全部抱えるから帰れないんですよ」
「分かってる」
「分かってて直さないやつが一番面倒です」
「今日みんな俺に厳しくない?」
「日頃の行いです」
高瀬は笑った。
いつもの会話。
いつもの放課後。
いつものように仕事を抱えて、いつものように遅くなる。
その日も、それだけで終わるはずだった。
◇
午後七時四十八分。
職員室には、もう数人しか残っていなかった。
高瀬がパソコンへ文字を打ち込んでいると、机の上のスマートフォンが震えた。
――ブッ。
「……ん?」
通知。
見覚えのない表示だった。
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【Review】
★★★☆☆
本日のあなたは、
概ね良好でした。
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「……何これ」
高瀬はスマートフォンを持ち上げた。
広告。
迷惑通知。
新手のアプリ。
そう思った。
だが、続きに表示された文章を見て、指が止まる。
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【Good】
・生徒からの質問に、
自分の言葉で答えました。
・同僚との関係は、
良好に保たれています。
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「……」
昼休み。
あの男子生徒。
そして、さっきまでの職員室での会話。
「何で知ってんだよ」
さらに続く。
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【Improve】
・他者へ頼ることを避けました。
・本心を一度、
隠しました。
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高瀬の眉が寄った。
「本心?」
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次回は、
もう少し正直に答えてください。
【End】
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表示が消えた。
「……気持ち悪」
すぐにスマートフォンを確認する。
アプリ一覧。
ない。
通知履歴。
ない。
検索しても、Reviewという名前のアプリは見つからなかった。
「ウイルスか?」
再起動。
変化なし。
「……帰るか」
今日はもう疲れている。
そういうことにした。
◇
午後九時十二分。
自宅。
風呂を終え、高瀬が冷蔵庫から水を取り出したところで、スマートフォンが震えた。
――ブッ。
「……また?」
嫌な予感がした。
画面を見る。
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【Review】
★★☆☆☆
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「下がってるし」
思わず口に出た。
だが、その下を読んで笑えなくなる。
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訂正します。
あなたは本日、
一つの質問に対し、
嘘をつきました。
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「嘘?」
昼休みの会話が浮かぶ。
死ぬのが怖いか。
怖いと答えた。
最後に何をするか。
謝る。
それも嘘ではない。
「何の話だよ」
文字が変わった。
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あなたが最も後悔しているのは、
「言えなかったこと」
ではありません。
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「……」
胸の奥がざわついた。
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「気付いていたのに、
何もしなかったこと」です。
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高瀬の指が止まった。
頭の中に、一瞬だけ。
誰かの顔が浮かんだ。
「……」
すぐに消えた。
思い出したくない。
そう思ったことだけが、はっきり分かった。
「誰だよ、お前」
返事はない。
「何が目的だ」
沈黙。
「俺の何を知ってる」
数秒。
画面が白く光った。
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【Review】
本日の評価を終了します。
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「……」
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なお。
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一拍。
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3日後。
あなたは死にます。
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「……は?」
高瀬は動けなかった。
冗談。
悪質ないたずら。
そう思うより先に、次の文章が表示される。
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なお、死亡原因は――
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高瀬の喉が鳴った。
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あなた自身の選択です。
【End】
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画面が暗くなった。
部屋が、急に静かになった気がした。
「……三日後?」
時計を見る。
午後九時十三分。
何も変わっていない。
テレビも。
冷蔵庫の音も。
窓の外を走る車も。
世界は、昨日までと同じように動いている。
ただ一つ。
高瀬に残された時間だけが変わった。
あと三日。
その時間が、たった今。
減り始めた。




