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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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1/121

Review1 余命

最初に死んだのは、高瀬ではなかった。


午前零時十三分。


灯りの消えた部屋で、スマートフォンだけが白く光っている。


画面には、五つの星。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


★★★★★


あなたの選択は、

正しかった。


━━━━━━━━━━━━


そのすぐそばで、一人の人間が床に倒れていた。


動かない。


声もない。


ただ、スマートフォンだけが、まるで何事もなかったかのように光り続けている。


そして最後に、もう一行。


━━━━━━━━━━━━


次回も、

正しい選択をしてください。


【End】


━━━━━━━━━━━━


――十二時間前。


◇


「先生」


「ん?」


「人って、いつ死ぬと思います?」


昼休み。


高瀬悠介は、箸を止めた。


窓際の席で弁当を食べていた、その目の前。


一人の男子生徒が立っている。


「……急に重いな」


「そうですか?」


「昼休みに唐揚げ食ってる教師へ振る話題ではないだろ」


「じゃあ食べ終わるまで待ちます」


「そういう問題じゃない」


男子生徒が笑った。


高瀬もつられて笑い、唐揚げを口へ放り込む。


「で、何。哲学の授業?」


「違います」


「じゃあ保険の勧誘?」


「先生、俺を何だと思ってるんですか」


「最近の中学生は何するか分からんから」


「偏見ですよ」


「教師十三年目の経験則です」


「なお悪い」


また笑う。


何でもない昼休みだった。


少なくとも、高瀬はそう思っていた。


「で?」


「はい?」


「死ぬとか何とか」


「ああ」


男子生徒は窓の外へ目を向けた。


「先生って、明日死ぬって分かったらどうします?」


「明日?」


「はい」


「学校休む」


「即答」


「当たり前だろ。死ぬ日に働きたくないわ」


「教師が言っていいんですか、それ」


「死ぬ日くらい有給使わせろ」


「申請通ります?」


「そこは校長も空気読むだろ」


男子生徒が吹き出した。


「じゃあ、仕事以外で」


「仕事以外?」


「最後に何します?」


高瀬は箸を止めた。


旅行。


好きなものを食べる。


会いたい人に会う。


そんな答えはいくつか浮かんだ。


けれど、口から出たのは別の言葉だった。


「……謝るかな」


男子生徒の笑顔が、少しだけ薄くなった。


「誰に?」


「色々」


「色々って?」


「教師やってるとあるんだよ。言えなかったこととか、逆に言いすぎたこととか」


「はい」


「助けられなかったやつもいるし。そもそも、気付けなかったこともある」


「……」


「だからまあ、謝れるなら謝る」


「許してもらえなかったら?」


「その時は仕方ない」


「相手を責めない?」


「責める理由ないだろ」


「じゃあ誰を責めます?」


高瀬は少し考えた。


「……俺だろうな」


男子生徒は何も言わなかった。


「何だよ」


「いや」


「そんな変な答えだった?」


「先生らしいなと思って」


「褒めてる?」


「どうでしょう」


「おい」


男子生徒がまた笑った。


その顔を見ながら、高瀬はふと思う。


こいつ、何組だったっけ。


顔は知っている。


何度か話したことも――ある気がする。


名前は。


「……」


「先生?」


「ああ、悪い」


「ぼーっとしてました?」


「ちょっとな」


思い出せない。


まあいい。


あとで聞けばいい。


「最後に一個」


「まだあるの?」


「死ぬの、怖いですか?」


今度は迷わなかった。


「怖いよ」


「即答ですね」


「そりゃな。死んだことないし」


「普通はそうです」


「経験者いたら連れてきてくれ」


「無茶言うなあ」


予鈴が鳴った。


「あ、戻らないと」


「おう」


男子生徒が教室を出ていく。


高瀬はその背中を見送った。


結局。


名前を聞くのを忘れた。


◇


放課後。


「高瀬先生、まだ帰らないんですか?」


「帰るよ」


「何時に?」


「仕事終わったら」


「それ帰らない人の答えですよ」


職員室。


隣の教師が呆れた顔で、高瀬の机を見る。


提出物。


学年資料。


明日の授業準備。


採点途中のプリント。


「また溜めましたね」


「溜めたんじゃない。自然発生した」


「書類が?」


「学校ではする」


「怖い職場だなあ」


同僚が一枚の資料を持ち上げた。


「これ、手伝いましょうか?」


「いいよ」


「でも」


「自分でやった方が早いから」


言ってから、高瀬はパソコンへ視線を戻した。


「高瀬先生」


「ん?」


「そうやって全部抱えるから帰れないんですよ」


「分かってる」


「分かってて直さないやつが一番面倒です」


「今日みんな俺に厳しくない?」


「日頃の行いです」


高瀬は笑った。


いつもの会話。


いつもの放課後。


いつものように仕事を抱えて、いつものように遅くなる。


その日も、それだけで終わるはずだった。


◇


午後七時四十八分。


職員室には、もう数人しか残っていなかった。


高瀬がパソコンへ文字を打ち込んでいると、机の上のスマートフォンが震えた。


――ブッ。


「……ん?」


通知。


見覚えのない表示だった。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


★★★☆☆


本日のあなたは、

概ね良好でした。


━━━━━━━━━━━━


「……何これ」


高瀬はスマートフォンを持ち上げた。


広告。


迷惑通知。


新手のアプリ。


そう思った。


だが、続きに表示された文章を見て、指が止まる。


━━━━━━━━━━━━


【Good】


・生徒からの質問に、

 自分の言葉で答えました。


・同僚との関係は、

 良好に保たれています。


━━━━━━━━━━━━


「……」


昼休み。


あの男子生徒。


そして、さっきまでの職員室での会話。


「何で知ってんだよ」


さらに続く。


━━━━━━━━━━━━


【Improve】


・他者へ頼ることを避けました。


・本心を一度、

 隠しました。


━━━━━━━━━━━━


高瀬の眉が寄った。


「本心?」


━━━━━━━━━━━━


次回は、

もう少し正直に答えてください。


【End】


━━━━━━━━━━━━


表示が消えた。


「……気持ち悪」


すぐにスマートフォンを確認する。


アプリ一覧。


ない。


通知履歴。


ない。


検索しても、Reviewという名前のアプリは見つからなかった。


「ウイルスか?」


再起動。


変化なし。


「……帰るか」


今日はもう疲れている。


そういうことにした。


◇


午後九時十二分。


自宅。


風呂を終え、高瀬が冷蔵庫から水を取り出したところで、スマートフォンが震えた。


――ブッ。


「……また?」


嫌な予感がした。


画面を見る。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


★★☆☆☆


━━━━━━━━━━━━


「下がってるし」


思わず口に出た。


だが、その下を読んで笑えなくなる。


━━━━━━━━━━━━


訂正します。


あなたは本日、

一つの質問に対し、

嘘をつきました。


━━━━━━━━━━━━


「嘘?」


昼休みの会話が浮かぶ。


死ぬのが怖いか。


怖いと答えた。


最後に何をするか。


謝る。


それも嘘ではない。


「何の話だよ」


文字が変わった。


━━━━━━━━━━━━


あなたが最も後悔しているのは、


「言えなかったこと」


ではありません。


━━━━━━━━━━━━


「……」


胸の奥がざわついた。


━━━━━━━━━━━━


「気付いていたのに、

何もしなかったこと」です。


━━━━━━━━━━━━


高瀬の指が止まった。


頭の中に、一瞬だけ。


誰かの顔が浮かんだ。


「……」


すぐに消えた。


思い出したくない。


そう思ったことだけが、はっきり分かった。


「誰だよ、お前」


返事はない。


「何が目的だ」


沈黙。


「俺の何を知ってる」


数秒。


画面が白く光った。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


本日の評価を終了します。


━━━━━━━━━━━━


「……」


━━━━━━━━━━━━


なお。


━━━━━━━━━━━━


一拍。


━━━━━━━━━━━━


3日後。


あなたは死にます。


━━━━━━━━━━━━


「……は?」


高瀬は動けなかった。


冗談。


悪質ないたずら。


そう思うより先に、次の文章が表示される。


━━━━━━━━━━━━


なお、死亡原因は――


━━━━━━━━━━━━


高瀬の喉が鳴った。


━━━━━━━━━━━━


あなた自身の選択です。


【End】


━━━━━━━━━━━━


画面が暗くなった。


部屋が、急に静かになった気がした。


「……三日後?」


時計を見る。


午後九時十三分。


何も変わっていない。


テレビも。


冷蔵庫の音も。


窓の外を走る車も。


世界は、昨日までと同じように動いている。


ただ一つ。


高瀬に残された時間だけが変わった。


あと三日。


その時間が、たった今。


減り始めた。

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