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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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19/118

Review19 自分を選ぶ

 通話が切れたあと。


 三人とも。


 すぐには何も言わなかった。



『俺を助けるな。』


『次は、自分を選べ。』



 最後に届いた。


 桐谷を名乗る人物の言葉。


 画面には。


 もう新しいメッセージは来ない。


「……」


 高瀬は。


 スマートフォンを持ったまま。


 ただ。


 その二行を見つめていた。


「高瀬先生」


 藤原の声。


「……うん」


「大丈夫ですか」


「分からない」


 高瀬は。


 少しだけ笑った。


「今は」


「それでいいです」


 藤原は。


 無理に何か言わせようとはしなかった。


 真壁も。


 黙っている。


 その沈黙が。


 今は。


 ありがたかった。


◇


「……助けるな、か」


 しばらくして。


 高瀬が。


 ようやく口を開いた。


「はい」


 藤原。


「俺」


 一度。


 言葉を探す。


「そんなこと」


「言われたことないかも」


「助けるなって?」


 真壁。


「うん」


「まあ」


 真壁は少し考える。


「普通は」


「助けようとしてる人に」


「言わないかもしれませんね」


「だよな」


「でも」


 藤原が。


 ゆっくり言う。


「言われることは」


「あるんじゃないですか」


「……」


 高瀬が。


 藤原を見る。


「どういう意味?」


「助け方によっては」


「うん」


「それ」


「相手が望んでないこともあるから」


「……」


 高瀬は。


 すぐに返せなかった。


 真壁も。


 藤原を見る。


「例えば」


 藤原が続ける。


「話したくない時に」


「無理に話させる」


「うん」


「一人になりたい時に」


「無理に側にいる」


「うん」


「良かれと思って」


「答えを決める」


 高瀬の胸に。


 少し。


 刺さるものがあった。


「……俺」


「はい」


「それ」


「やってそう」


「……」


「藤原」


「何ですか」


「否定して」


「できません」


「即答!」


 真壁が。


 少しだけ笑う。


「でも」


 藤原も。


 ほんの少しだけ笑った。


「全部が悪かったって話じゃないです」


「じゃあ」


「何」


「助けること自体は」


「悪くない」


「はい」


「でも」


「どう助けるかは」


「相手が決める部分もある」


「……」


 高瀬は。


 ゆっくり頷いた。


「そういうことか」


◇


 真壁が。


 机へ肘をつく。


「俺は」


「うん」


 高瀬。


「桐谷って人の言葉」


「全部そのまま信じるのは」


「まだ早いと思います」


「……」


「本人かもしれない」


「でも」


「本人じゃないかもしれない」


「うん」


「それに」


 真壁は。


 少しだけ視線を落とす。


「本人だったとしても」


「正しいこと言ってる保証はない」


「……」


「だよな」


「はい」


「でも」


 高瀬は。


 またSMSを見る。


「なんか」


「何ですか」


「分かるんだよ」


「何が」


「桐谷が」


「本当に」


「俺に来てほしくないんだって」


 藤原も。


 真壁も。


 黙る。


「高瀬先生」


 真壁が。


 少し低い声で言う。


「それ」


「勘ですか」


「……」


「たぶん」


「じゃあ」


 真壁は。


 一瞬だけ。


 何か言おうとして。


 やめた。


「何」


 高瀬。


「いや」


「言えよ」


「言っていい?」


「うん」


「高瀬先生」


「はい」


「勘に弱い」


「……」


「人のことになると」


「特に」


「……」


「正しそうな方じゃなくて」


「助けられそうな方へ行く」


「……」


「それ」


 一度。


 言葉を止める。


「長所だけじゃないですよ」


 高瀬は。


 何も言えなかった。


◇


「……痛いな」


「何が?」


 藤原。


「今の」


「真壁の言葉」


「当たってるから」


 高瀬は。


 スマートフォンを机へ置いた。


「俺」


「誰か困ってたら」


「結構すぐ行く」


「はい」


「で」


「相手が」


「本当にそれ望んでるか」


「聞く前に」


「動いてる時ある」


「あります」


「藤原」


「何ですか」


「今日は全部肯定してほしい」


「嫌です」


「今日厳しいな!」


「大事な話だから」


 真壁が。


 小さく笑う。


「でも」


 藤原は。


 少し声を柔らかくした。


「高瀬先生が」


「そうやって動いたから」


「助かった人もいると思います」


「……」


「ただ」


「今まで」


「助ける」


「助けない」


「二択だったんじゃないですか」


「……」


「これからは」


「どう助けるか」


「どこまで行くか」


「相手が何を望んでるか」


「そこまで考える」


 高瀬は。


 ゆっくり息を吐いた。


「……難しいな」


「はい」


「教師向いてない?」


「それは知らないです」


「そこは励ませよ」


 三人。


 ほんの少しだけ。


 笑った。


◇


「で」


 真壁が。


 話を戻す。


「桐谷の件」


「うん」


「今どうするか」


「……」


 高瀬は。


 少し迷う。


「探したい」


「ですよね」


「でも」


「行かない」


 藤原が。


 高瀬を見る。


「本当に?」


「今は」


「うん」


「桐谷が」


「来るなって言ってる」


「……」


「それを」


「一回」


「信じてみる」


 真壁が。


 少しだけ目を細める。


「珍しい」


「何が」


「踏み込まない」


「俺だって」


「学習する」


「……」


「何その顔」


「いや」


「成長したなって」


「お前に言われたくない!」


 藤原が笑う。


 高瀬も。


 少しだけ笑った。


「でも」


 高瀬は。


 すぐに表情を戻す。


「何もしないわけじゃない」


「はい」


「桐谷を探さない」


「でも」


「桐谷が残したもの」


「過去」


「記録」


「そこは調べる」


「それなら」


 真壁。


「賛成」


 藤原も。


 頷く。


「私も」


「じゃあ」


 高瀬。


「次」


「何調べる?」


「桐谷先生の」


 藤原が。


 少し考える。


「職員記録」


「写真」


「担当」


「一緒に働いてた人」


「それと」


 真壁。


「去年の秋」


「高瀬先生が休んだ三日間」


「はい」


「その前後」


「何が起きてたか」


「……」


「そこ」


 高瀬が。


 少しだけ身を乗り出す。


「やっぱ大事だよな」


「多分」


「あと」


 藤原。


「星形キーホルダー」


「001」


「返さない」


「今は」


「はい」


「桐谷は返せって言った」


「001は返すなって言った」


「……」


「誰を信じるか」


 高瀬。


「まだ決めない」


「それでいいと思います」


 真壁。


「結論」


「保留」


「……」


「最近」


 高瀬が。


 少し笑う。


「保留できるようになったな俺」


「前は?」


 藤原。


「すぐ突っ込んでた」


「はい」


「それ知ってるなら」


「最初から直してください」


「今直してる!」


◇


 通話を切ったあと。


 高瀬は。


 一人。


 ベッドの上に座っていた。


 部屋。


 静か。


 さっきまで。


 三人で話していた空気が。


 急に消える。


「……自分を選べ」


 桐谷の言葉。


 もう一度。


 口にする。


「自分を選ぶって」


「何だよ」


 助けない。


 逃げる。


 見捨てる。


 そういうこと?


 違う。


 でも。


 何が違う?


「……」


 高瀬は。


 手のひらを見る。


 今まで。


 誰かのために。


 何度。


 手を伸ばした?


 その中で。


 どれくらい。


 本当に。


 相手のためだった?


 自分が。


 助けたかっただけの時は?


「……」


 思い当たる。


 いくつか。


 ある。


「……嫌だな」


 小さく笑う。


「自分の嫌なとこ」


 見つけるの。


 でも。


 今は。


 逃げたくなかった。


◇


 翌朝。


 高瀬は。


 いつもより。


 少し早く学校へ来た。


 校門。


 朝の空気。


 まだ。


 生徒は少ない。


「先生」


 後ろから。


 声。


「うわっ」


 振り返る。


 昨日。


 高瀬へ。


『ちゃんとまた来て』


 と言った女子生徒。


「またびっくりした」


「最近多いんだよ」


「何が」


「急に声かけられるの」


「普通に歩いてきました」


「全員それ言うな」


 女子生徒が笑う。


「先生」


「ん?」


「今日は」


 一度。


 顔を見る。


「何点?」


「何が」


「大丈夫度」


「ああ」


 高瀬も。


 少し考える。


「六十二」


「上がった」


「だろ」


「昨日五十くらいでしたよね」


「うん」


「十二点」


「結構上がったな」


「何で?」


「……」


 高瀬は。


 少し考えた。


「人に」


「話したから」


「……」


 女子生徒が。


 少しだけ笑う。


「いいじゃないですか」


「だろ?」


「誰に?」


「そこ聞く?」


「気になる」


「同僚」


「女?」


「またそこ!?」


 女子生徒が。


 笑う。


「で」


「あと」


「もう一人」


「男」


「つまんない」


「何を期待してるんだよ」


「恋バナ」


「教師に求めるな」


「先生」


「何」


「でも」


 一度。


 言葉を止める。


「少し顔」


「戻りましたね」


「……」


「前より」


「ちゃんと」


「先生っぽい」


「俺ずっと先生だけど」


「そういう意味じゃない」


 高瀬は。


 少しだけ。


 黙った。


「……ありがと」


「珍しい」


「何が」


「普通にお礼言った」


「俺そんな変?」


「ちょっと」


「最近みんな俺に厳しいな」


「仲良い証拠」


「便利だなそれ」


 女子生徒が。


 笑って。


 校舎へ向かう。


 数歩。


 進んで。


 振り返る。


「先生」


「ん?」


「今日も」


「生きてください」


 高瀬は。


 少しだけ。


 目を細めた。


「おう」


 今度は。


 迷わなかった。


「そっちもな」


「はい!」


 女子生徒が。


 走り出す。


「走るな!」


「早歩き!」


「それ禁止にするぞ!」


 笑い声。


 朝。


 普通の学校。


 高瀬も。


 少し笑った。


 その時。


 スマートフォン。


 震える。


「……」


 Review。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


評価なし


━━━━━━━━━━━━


「……評価なし?」


 初めてだった。


 星がない。


 続き。


━━━━━━━━━━━━


本日の対象行動。


観測不能。


━━━━━━━━━━━━


「……観測不能?」


 高瀬の眉が。


 寄る。


 次。


━━━━━━━━━━━━


対象


高瀬


━━━━━━━━━━━━


 その下。


━━━━━━━━━━━━


自己選択率


12%


━━━━━━━━━━━━


「……」


 見たことのない。


 項目。


「自己選択……」


 高瀬が。


 小さく呟く。


 さらに。


━━━━━━━━━━━━


警告。


自己選択率の上昇は


評価精度を低下させます。


━━━━━━━━━━━━


「……」


 高瀬は。


 数秒。


 画面を見る。


「それ」


 少しだけ。


 笑った。


「いいことじゃん」


 SYSTEMに。


 初めて。


 そんな風に。


 思えた。


 評価精度が。


 下がる。


 つまり。


 自分が。


 採点できない人間に。


 少しずつ。


 近付いている。


「……」


 高瀬は。


 スマートフォンを閉じた。


 でも。


 その直前。


 一瞬だけ。


 画面の下。


 別の表示が。


 浮かんだ。


━━━━━━━━━━━━


自己選択率


上限


――69%


━━━━━━━━━━━━


「……?」


 高瀬の指が。


 止まる。


 69。


 何か。


 その数字だけ。


 妙に。


 胸に残った。


 でも。


 すぐ。


 画面は消えた。


「……何だよ」


 高瀬は。


 少し笑う。


「また数字か」


 校舎を見る。


 今は。


 数字より。


 目の前。


 そう思った。


 歩き出す。


 だから。


 まだ。


 知らない。


 自己選択率が。


 69%へ届いた時。


 高瀬の人生から。


 「採点」という仕組みそのものが。


 一度。


 崩れることを。

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