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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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14/120

Review14 普通

「退院していいんですか?」


「先生がいいって言った」


「本当に?」


「本当」


「勝手に解釈してない?」


「してない」


「『無理しなければ』とか付いてませんでした?」


「……」


「高瀬先生」


「付いてた」


「ほら!」


 午前十一時二十三分。


 病院の正面玄関。


 藤原美咲は、高瀬の鞄を持ったまま盛大にため息をついた。


「だから今日は帰って寝てください」


「学校寄るだけ」


「ダメです」


「十分」


「ダメ」


「五分」


「値切るものじゃないです」


「荷物だけ」


「真壁先生が持ってきます」


「もう頼んだの?」


「はい」


「仕事早いな」


「高瀬先生が遅いんです」


「そこ真壁みたいになってきたな」


「最近一緒にいるので」


「悪影響」


「高瀬先生よりは良いです」


「俺の立場!」


 藤原が笑った。


 高瀬も笑う。


 病院の自動ドアが開く。


 外の空気。


 車の音。


 蝉の声。


 暑い。


「……」


 高瀬は足を止めた。


「どうしました?」


「いや」


 空を見る。


 青い。


 ただそれだけ。


 昨日。


 自分は。


 この空をもう見られないかもしれないと思っていた。


「……暑いな」


「八月ですから」


「そうじゃなくて」


「?」


「暑いって思えるの」


 一度言葉を止める。


「悪くないな」


 藤原は。


 少しだけ高瀬を見た。


 何も言わなかった。


 ただ。


「水、飲んでください」


「急に現実」


「熱中症で再入院とか笑えないので」


「はい」


「ちゃんと」


「はいはい」


「一回」


「はい」


 ペットボトルを開ける。


 一口。


 冷たい。


 喉を通る。


「……うま」


「水でそんな感動します?」


「昨日死にかけた人間を舐めるな」


「変な威張り方しないでください」


 また。


 二人で笑った。


◇


 一方。


 学校。


「真壁先生」


「何?」


「今日なんか優しくないですか?」


「普段から優しい」


「嘘」


「即答するな」


 五時間目。


 真壁透は、教卓へ一枚のプリントを置いた。


「昨日出した課題」


 教室から。


 嫌そうな声。


「えー」


「もう返すの?」


「返します」


「採点早すぎ」


「仕事なので」


「先生暇?」


「今の一言で再採点したくなった」


「横暴!」


 笑い声。


 真壁は答案を配っていく。


「はい」


「うわ、六十二」


「勉強しよう」


「先生、もうちょっと慰めて」


「よく頑張りました」


「棒読み!」


「じゃあ次は七十」


「具体的!」


「その方が動けるでしょ」


「そういうとこ真壁先生だよね」


「どういうところ」


「夢がない」


「現実がある」


「かっこいいこと言ったみたいな顔やめて」


「してない」


 また笑い。


 真壁も。


 ほんの少し笑った。


 次の答案。


「はい」


「先生!」


「何」


「九十一!」


「見れば分かる」


「褒めて!」


「よくできました」


「もっと!」


「要求多いな」


「頑張ったんですよ!」


 男子生徒が。


 本気で嬉しそうに答案を見せている。


 真壁は。


 一瞬。


 言葉を止めた。


「……そっか」


「?」


「じゃあ」


 答案をもう一度見る。


「前回何点?」


「七十二」


「十九点上がった?」


「はい!」


「それは」


 少しだけ。


 口元が緩む。


「かなり頑張ったな」


「……」


「何」


「いや」


 男子生徒がニヤつく。


「先生、ちゃんと褒められるんですね」


「返して」


「嫌です!」


「一点引く」


「不正!」


「冗談」


「真壁先生が冗談言った!」


「うるさい」


 教室が笑う。


 真壁は。


 次の答案を持った。


 その時。


 ポケットの中で。


 スマートフォンが震えた。


 ――ブッ。


 無視。


「次」


 答案を渡す。


 ――ブッ。


 また。


「先生」


「何?」


「スマホ鳴ってない?」


「気のせい」


「絶対鳴った」


「授業中」


「先生のじゃん」


「だから見ない」


 生徒が。


 少し意外そうな顔をした。


「見ないんだ」


「何で」


「先生って通知来たらすぐ確認しそう」


「偏見」


「仕事できる人って感じだから」


「褒めてる?」


「半分」


「高瀬先生の影響受けてない?」


「何で分かったの」


「最近みんな言うから」


 真壁は。


 小さく息を吐いた。


「とにかく」


 黒板を見る。


「今は授業」


 ポケット。


 もう一度。


 震えた。


 でも。


 見なかった。


◇


 授業終了。


 生徒たちが。


 次々と教室から出ていく。


「先生」


 さっきの九十一点の男子生徒が。


 まだ残っていた。


「何?」


「ちょっといいですか」


「いいよ」


 さっきまでとは。


 声が違った。


 真壁は。


 答案を机へ置く。


「どうした」


「……」


「言いにくい?」


「ちょっと」


「じゃあ」


 真壁は。


 教室の扉を見る。


 他の生徒たちは。


 ほぼ出ている。


「急がなくていい」


「……」


 男子生徒が。


 机の端を指で触る。


「俺」


「うん」


「昨日」


 一度。


 言葉を飲み込んだ。


「カンニングしました」


 真壁は。


 何も言わなかった。


「……」


「先生?」


「聞いてる」


「……怒らないんですか」


「まだ」


「まだ?」


「話終わってないでしょ」


「……」


「続けて」


 男子生徒は。


 俯いた。


「一問だけ」


「うん」


「隣の答案見ました」


「うん」


「分かんなくて」


「うん」


「その問題」


 答案を見る。


「五点」


「……」


「だから」


 男子生徒が。


 九十一という数字を見る。


「本当は八十六です」


 声が。


 小さかった。


 真壁も。


 その数字を見る。


「なんで言った?」


「……」


「黙ってたら」


「うん」


「九十一のままだった」


「……」


「先生も」


 男子生徒が。


 少しだけ苦笑した。


「さっき褒めてくれたから」


「……」


「余計」


「気持ち悪くなって」


 真壁は。


 数秒黙った。


「そっか」


「……はい」


「じゃあ」


 赤ペンを取る。


「八十六」


 点数を書き直す。


 男子生徒の顔が。


 少し曇る。


「……はい」


「残念?」


「ちょっと」


「だよな」


「怒らないんですか」


「怒るよ」


「……」


「カンニングはダメ」


「はい」


「理由があっても」


「はい」


「今回」


 男子生徒を見る。


「お前が頑張ったことまでなくなるわけじゃない」


「……」


「でも」


 答案を指で叩く。


「やってない五点を、自分のものにするのも違う」


「……はい」


「だから」


 答案を返す。


「八十六点で」


「うん」


「さっき言ったこと」


「……?」


「かなり頑張ったな、は」


 一度。


 男子生徒を見る。


「取り消さない」


「……」


 男子生徒の目が。


 少しだけ揺れた。


「先生」


「何」


「それ」


「うん」


「ずるくないですか」


「何が」


「怒られるより」


 小さく笑う。


「刺さる」


「知らない」


「先生、そういうとこありますよね」


「何」


「なんか」


 考える。


「正しい」


 真壁の表情が。


 ほんの少し。


 止まった。


「……」


「先生?」


「いや」


「褒めたんですけど」


「……そっか」


「嬉しくない?」


「ちょっと」


「何で?」


 真壁は。


 すぐには答えなかった。


「最近」


「うん」


「正しいって言われるの」


 少しだけ。


 笑う。


「苦手になった」


「……変なの」


「俺もそう思う」


 男子生徒が。


 答案を鞄へ入れる。


「先生」


「何」


「次」


「うん」


「九十一取ります」


「自力で?」


「自力で!」


「なら」


 真壁が。


 少し笑った。


「期待してる」


「はい!」


 生徒が。


 教室を出ていく。


 真壁は。


 一人になった。


「……八十六」


 さっきまで。


 九十一。


 数字は下がった。


 でも。


 今の生徒の方が。


 少し。


 良い顔をしていた気がした。


「……点数ね」


 真壁は。


 小さく息を吐いた。


 ポケットから。


 スマートフォンを出す。


 通知。


 Review。


「……」


 開く。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


★★★★★


━━━━━━━━━━━━


「……やっぱり」


 何も変わらない。


 カンニングを見抜かなかった時も。


 生徒から告白された時も。


 叱った時も。


 褒めた時も。


 五つ。


「……」


 真壁は。


 画面を消した。


「知らない」


 昨日より。


 少しだけ。


 その言葉を。


 自然に言えた。


◇


 午後三時五十六分。


「だから!」


「五分だけ!」


「ダメです!」


「もう退院したんだから!」


「退院=働いていいじゃないです!」


 学校の職員玄関。


 高瀬と藤原が。


 揉めていた。


「荷物!」


「私が取ります!」


「机!」


「逃げません!」


「生徒!」


「明日会えます!」


「……」


 高瀬が。


 黙った。


 藤原も。


 止まる。


「……何」


「いや」


「今」


「うん」


「明日って」


「言いました」


「……」


「ありますよ」


「……」


「明日」


 藤原が。


 ゆっくり言った。


「高瀬先生」


「……」


「昨日」


「うん」


「予定された死亡時刻」


「うん」


「もう過ぎてます」


「……」


「今」


 藤原は。


 少しだけ笑った。


「予定にない時間ですよ」


 高瀬は。


 何も言えなかった。


「……予定にない時間」


「はい」


「俺」


「はい」


「今、残業みたいなもん?」


「人生を残業扱いしないでください」


「ちょっと上手いと思ったのに」


「全然」


「厳しい」


「でも」


 藤原が。


 高瀬を見る。


「その残業」


「うん」


「長くしてください」


 高瀬の笑顔が。


 止まった。


「……藤原」


「何」


「そういうの」


「はい」


「急に入れてくるのやめて」


「何で」


「返しに困る」


「じゃあ」


 少し笑う。


「明日までの宿題です」


「何が?」


「返事」


「教師に宿題出すな」


「忘れそうだから」


「最近扱いひどくない?」


「生きてる証拠です」


「便利だなそれ」


「便利ですよ」


 高瀬は。


 少しだけ笑った。


「……長くするよ」


「え?」


「残業」


「……」


「できるだけ」


 藤原の表情が。


 少しだけ柔らかくなる。


「はい」


「じゃあ五分」


「帰ってください」


「そこは変わらんのか!」


「変わりません」


「真壁かよ」


 その瞬間。


「呼びました?」


 後ろ。


「うわっ!」


「また」


 真壁だった。


「お前ら本当に気配消してくるな!」


「普通に歩いてます」


「もう聞き飽きた!」


 藤原が笑う。


 真壁は。


 高瀬を見る。


「退院したんですね」


「ああ」


「おめでとうございます」


「……」


「何ですか」


「真壁が素直に祝った」


「帰ります」


「待って!」


「面倒くさい」


「嬉しいよ。ありがとう」


「はい」


「素直!」


「何が正解なんですか」


「それ俺に聞く?」


 真壁が。


 一瞬。


 止まった。


「……確かに」


 三人。


 少し笑った。


「体調は?」


 真壁が聞く。


「悪くない」


「本当?」


「本当」


「頭痛」


「ちょっと」


「それ悪くないって言わない」


「藤原二号」


「やめてください」


 藤原。


「こっちも嫌です」


「二人とも俺への当たり強くない?」


 真壁は。


 高瀬の鞄を差し出す。


「これ」


「ありがとう」


「資料入ってます」


「……」


「明日でいいです」


「お」


「何ですか」


「成長したな」


「誰のせいで言ってると思ってるんですか」


「俺?」


「他に誰が」


「ごめん」


「また」


 藤原と。


 真壁。


 同時だった。


「……」


 三人。


 顔を見合わせる。


「今の」


 高瀬が言う。


「ちょっと仲良さそうだったな」


「嫌です」


「嫌です」


「二人とも!?」


 思わず。


 三人で笑った。


 それは。


 本当に。


 何でもない時間だった。


 高瀬は。


 少しだけ。


 その時間を。


 長く感じていたかった。


◇


「そういえば」


 高瀬が。


 真壁を見る。


「星」


「……」


「どう?」


 真壁の笑顔が。


 少しだけ消える。


「変わってません」


「まだ五つ?」


「はい」


「何しても?」


「今のところ」


 藤原が聞く。


「今日何かありました?」


「生徒と」


 真壁が。


 少し迷う。


「ちょっと話しました」


「どんな?」


「それは」


 すぐ答えない。


「……生徒の話なので」


 高瀬は。


 続きを聞かなかった。


 真壁が。


 少し意外そうに見る。


「何」


「いや」


「聞かないんですね」


「言いたくないんだろ?」


「……」


「じゃあいい」


 真壁は。


 一瞬。


 高瀬を見る。


「……成長した」


「お前まで言う!?」


「半分だけ」


「何が半分なの!」


 藤原が笑う。


「でも」


 真壁が言う。


「一個」


「ん?」


「思いました」


「何」


「★★★★★って」


 少しだけ。


 声を落とす。


「俺の行動を」


「うん」


「本当に見てるんですかね」


「……どういうこと?」


「今日」


 真壁は。


 窓の外を見る。


「自分では」


「うん」


「昨日とは違う選択したつもりなんですよ」


「でも」


「星は?」


「五つ」


「……」


「じゃあ」


 真壁は。


 スマートフォンを見る。


「俺が何するか」


「最初から」


「関係ないんじゃないですか」


 高瀬も。


 藤原も。


 言葉を失った。


「だって」


 真壁は。


 少し笑う。


「固定なんでしょ」


「……」


「俺が優しくても」


「間違っても」


「嘘ついても」


「怒っても」


「全部」


 指を一本ずつ。


 軽く折る。


「★★★★★」


「なら」


 最後。


「採点されてるの」


「俺じゃないのかもしれない」


「……」


 高瀬の背中に。


 冷たいものが走った。


「真壁」


「何」


「それ」


「はい」


「大事かもしれない」


「……」


 藤原が。


 スマートフォンを取り出す。


「ノートに」


「書きましょう」


 三人は。


 顔を見合わせる。


「車にあります」


「取りに行く?」


「高瀬先生は帰宅」


「まだ言う!?」


「私と真壁先生で書きます」


「俺も――」


「帰る」


 二人同時。


「……はい」


 高瀬は。


 ようやく諦めた。


◇


 午後六時二十四分。


 真壁は。


 一人。


 職員室に残っていた。


 藤原は。


 会議。


 高瀬は。


 帰宅。


 ノート。


 今日の記録。


『真壁』


『★★★★★固定』


『本人の選択と評価が連動していない可能性』


 真壁は。


 最後の一文を。


 何度か読み返した。


「……俺じゃない」


 なら。


 何を。


 評価している?


 スマートフォン。


 机。


 通知。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


★★★★★


━━━━━━━━━━━━


「……」


 真壁は。


 もう。


 開かなかった。


「好きにすれば」


 ノートへ。


 続きを書く。


『仮説』


 ペンが。


 止まる。


「……」


『評価対象=行動ではない?』


 書く。


 その瞬間。


 スマートフォンが。


 激しく震えた。


 ――ブッ。


 ――ブッ。


 ――ブッ。


「……」


 真壁は。


 眉を寄せる。


「何」


 画面を見る。


 Reviewではない。


 SYSTEM。


━━━━━━━━━━━━


【SYSTEM】


警告。


━━━━━━━━━━━━


「……」


 次。


━━━━━━━━━━━━


分類対象による


自己認識を確認。


━━━━━━━━━━━━


「分類……?」


 そして。


━━━━━━━━━━━━


No.004


覚醒率


1%


━━━━━━━━━━━━


 真壁の指が。


 止まった。


「……No.004?」


 初めて。


 本人が。


 その番号を見た。


 画面が。


 すぐ消える。


「待て」


 開く。


 履歴。


 ない。


「……」


 ノートを見る。


 ペンを取る。


 忘れる前に。


 書く。


『No.004』


『覚醒率1%』


 書き終えた。


 その瞬間。


 職員室の扉が。


 開いた。


「まだいたんですか?」


 藤原。


「あ」


「何してるんです?」


「これ」


 ノートを向ける。


「今」


 藤原が。


 ページを見る。


「……」


 真壁の表情が。


 少しずつ変わる。


「……藤原先生?」


「何ですか?」


「いや」


「どうしました?」


 真壁は。


 ノートを見る。


 そこには。


『評価対象=行動ではない?』


 まで。


 確かに書かれている。


 その下。


 自分が。


 つい数秒前に書いたはずの。


『No.004』


『覚醒率1%』


 その二行だけが。


 消えていた。


「……」


 紙なのに。


「真壁先生?」


「……書いた」


「何を?」


「今」


 真壁が。


 ページへ触れる。


「ここに」


「……」


「書いたんです」


「何て?」


 真壁は。


 答えようとした。


「……」


 言葉が。


 出ない。


「真壁先生?」


「……何だっけ」


 藤原の表情が。


 変わった。


「待って」


「違う」


「何か」


「今」


 真壁が。


 頭を押さえる。


「絶対」


「何か見た」


「……」


「番号」


 藤原が。


 息を止める。


「何番?」


「……」


「真壁先生」


「待って」


 必死に。


 思い出す。


 四。


 そんな。


 感覚だけ。


 残っている。


「……四」


「四?」


「分からない」


 真壁が。


 悔しそうに。


 拳を握る。


「また」


「……」


「消された」


 藤原は。


 何も言えなかった。


「紙なら」


 真壁の声が。


 震える。


「残ると思ったのに」


「……」


「紙なら」


 もう一度。


 今度は。


 小さく。


「大丈夫だと思ったのに」


 藤原が。


 静かに。


 真壁の横へ立った。


「真壁先生」


「何」


「まだ」


「……」


「私が覚えてます」


「何を」


「あなたが」


 ノートの。


 空白を指差す。


「ここに」


「何かを書いたこと」


「……」


「内容は」


 一度。


 言葉を止める。


「二人で思い出しましょう」


 真壁は。


 しばらく。


 何も言わなかった。


 そして。


「……はい」


 小さく。


 答えた。


 消されたのは。


 文字だった。


 記憶だった。


 でも。


 そこに。


 何かがあったという。


 空白だけは。


 二人の前に。


 確かに。


 残っていた。

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