Review13 固定
午前九時四十一分。
「……二十三枚」
高瀬は病室のベッドで、スマートフォンの写真フォルダを眺めていた。
「暇だな、俺」
昨夜から撮ったスクリーンショット。
二十三枚。
高瀬。
★★★☆☆。
★★★★☆。
★★☆☆☆。
また★★★★☆。
藤原。
★★★★★。
★★★★☆。
★★★☆☆。
そして。
真壁。
★★★★★。
★★★★★。
★★★★★。
二十三枚。
一度も。
変わっていない。
「……気味悪いな」
星が五つある。
普通なら。
良い評価だ。
少なくとも。
高瀬は最初。
★★★★★をもらうと。
少し嬉しかった。
自分の選択は正しかった。
そう言われたような気がして。
でも。
二十三枚並んだ★★★★★は。
なぜか。
褒め言葉には見えなかった。
判子。
そんな言葉が。
一番近かった。
「……真壁」
高瀬は。
連絡しようとして。
やめた。
授業中かもしれない。
スマートフォンを伏せる。
五秒。
もう一度取る。
「いや、でも気になる」
メッセージを開く。
『今、星どう?』
打つ。
送ろうとして。
「……何だこのLINE」
消す。
『生きてる?』
「俺が言うな」
消す。
『暇』
「知らんがなだろ」
消す。
悩んで。
結局。
『落ち着いたら連絡して』
送った。
「……無難」
教師らしい。
そう思って。
少しだけ満足した。
十秒後。
返信。
『今授業中です』
「……」
高瀬は。
スマートフォンを見つめた。
『じゃあ返信すんなよ』
送る。
すぐ既読。
『通知がうるさかったので』
「一通だろ!」
病室で。
一人。
声が出た。
隣のベッドから。
カーテン越しに咳払い。
「……すみません」
小声で謝った。
◇
学校。
四時間目。
「じゃあ、この問い」
真壁は黒板へ向いた。
「分かる人」
三人ほど手が挙がる。
「じゃあ吉川」
「えー」
「手挙げたでしょ」
「当てられると思わなかった」
「何のために挙げたの」
「参加してますアピール」
「正直でよろしい」
教室に。
小さな笑いが起きる。
「で、答えは」
「えーっと……」
生徒が教科書を見る。
真壁は待つ。
「三?」
「何が三?」
「答え」
「問題読んで」
「……」
「今から考えていいから」
「怒らない?」
「間違えただけでは怒らない」
「じゃあ四」
「考えてないでしょ」
また笑い。
真壁も。
少しだけ口元を緩めた。
授業。
いつも通り。
生徒も。
いつも通り。
なのに。
机の上。
伏せたスマートフォンだけが。
どうしても気になった。
★★★★★。
朝から。
変わっていない。
「先生」
「ん?」
「今スマホ見た?」
「見てない」
「絶対見た」
「授業中に先生が見るわけないでしょ」
「目だけ動いた」
「よく見てるな」
「先生こそ人のことよく見てるじゃん」
「仕事だから」
「じゃあ俺も仕事」
「何の」
「真壁先生観察係」
「そんな係ありません」
笑い声。
真壁は。
次の問題へ進もうとした。
その時。
「先生」
さっきの生徒が。
小さく言った。
「最近ちょっと変ですよね」
「俺?」
「うん」
「どこが」
「なんか」
考える。
「気にしてる」
「何を」
「それが分かんない」
真壁は。
返事をしなかった。
生徒が。
少しだけ首を傾げる。
「先生って」
「ん?」
「何でも気にしなさそうなのに」
「それ褒めてる?」
「半分」
「残り半分」
「怖い」
「……」
「嘘」
「おい」
生徒が笑う。
真壁も。
少しだけ笑った。
「ほら、授業戻るぞ」
「はーい」
チョークを持つ。
黒板へ向き直る。
でも。
さっきの言葉が。
ほんの少し。
残った。
『気にしてる』
「……」
気にしている。
確かに。
今。
自分は。
たかが五つの星を。
気にしている。
◇
昼休み。
「真壁先生」
藤原が。
職員室の入口から顔を出した。
「何ですか」
「ちょっといいですか」
「三分なら」
「高瀬先生みたいなこと言わないでください」
「嫌な比較」
「失礼」
二人で。
職員室の隅へ移動する。
「Review」
「変わってません」
「まだ?」
「まだ」
真壁がスマートフォンを見せる。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
★★★★★
━━━━━━━━━━━━
「……」
藤原は。
数秒見つめた。
「やっぱり」
「はい」
「ずっと五つ」
「はい」
「何しても?」
「今のところ」
「朝、何しました?」
「仕事」
「それだけ?」
「藤原先生」
「はい」
「俺の日常に何を期待してるんですか」
「もっとあるでしょ」
「朝食」
「何食べました?」
「ヨーグルト」
「健康」
「あとコーヒー」
「昨日の?」
「違うやつ」
「そこ大事です」
「分かってます」
「学校来て」
「仕事」
「生徒と話して」
「仕事」
「昼ご飯は」
「これから」
「……」
藤原が。
少し困ったように笑う。
「本当に真壁先生の日常、仕事しかない」
「悪かったですね」
「悪いとは言ってないです」
「言ってる顔」
「そんな顔してます?」
「高瀬先生なら絶対言う」
「似てきました?」
「やめてください」
「こっちの台詞です」
少し笑う。
そして。
藤原が真顔に戻った。
「一個」
「はい」
「試してみません?」
「何を」
「評価」
「……」
「意図的に」
真壁の表情が。
少し変わる。
「下げる?」
「そう」
「……」
「嫌?」
真壁は。
スマートフォンを見る。
★★★★★。
「……嫌じゃない」
藤原が。
少し驚く。
「むしろ」
「はい」
「下がってほしい」
「……」
「変ですか」
「少し」
「でしょうね」
「でも」
藤原は。
真壁を見る。
「何となく分かります」
「何が」
「ずっと五つって」
少し考える。
「褒められてる感じしない」
「……」
「最初から」
言葉を選ぶ。
「決められてる感じ」
真壁の目が。
少しだけ動いた。
「それ」
「はい」
「俺も思ってた」
「……そっか」
「だから」
真壁は。
画面を閉じる。
「試しましょう」
「でも」
「何」
「悪いことするのはなし」
「分かってます」
「生徒に冷たくするとか」
「しない」
「仕事サボるとか」
「嫌」
「そこ即答なんですね」
「自分が困る」
「真壁先生らしい」
「じゃあ何するんですか」
「……」
二人。
考える。
「嘘」
藤原が言った。
「嘘?」
「Reviewって」
「はい」
「高瀬先生が本心隠した時に、評価変わってましたよね」
「……」
「じゃあ」
「俺も嘘つく」
「小さいやつ」
「誰に?」
「……私?」
「何を」
「そこから考えるの?」
「適当に嘘つけって無理ですよ」
「融通利かないなあ」
「褒め言葉?」
「半分」
「最近それ流行ってます?」
「高瀬先生のせいです」
「……」
「何ですか」
「いないのに話題に出る」
「寂しい?」
「違います」
「早い」
藤原が笑った。
真壁は。
ため息。
「じゃあ」
藤原が。
少し考える。
「今から私が質問します」
「はい」
「嘘で答える」
「内容は」
「知らない」
「雑」
「いきます」
「もう?」
藤原は。
真壁を見る。
「今」
一瞬。
間を置いた。
「怖いですか?」
真壁の顔が。
止まった。
「……」
「真壁先生」
「質問変えません?」
「ダメ」
「何でそこ」
「今思い付いたから」
「雑すぎる」
「嘘で答えてください」
「……」
真壁は。
少し目を逸らした。
「怖くない」
ポケット。
スマートフォンが。
震えた。
二人。
同時に見る。
「……来た」
「開いて」
真壁が。
画面を開く。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
★★★★★
━━━━━━━━━━━━
「……」
「変わらない」
「はい」
「じゃあ」
「待って」
「何」
真壁は。
画面を見つめる。
「今」
「はい」
「俺」
自分の言葉を。
確認するように。
「嘘ついた」
「……」
「怖いんですか?」
藤原の声が。
さっきより。
少し柔らかくなる。
真壁は。
すぐには答えなかった。
「……分からない」
「分からない?」
「怖い」
「はい」
「でも」
「はい」
「何が怖いか」
自分の胸元に。
手を当てる。
「よく分からない」
「……」
「星なのか」
「Reviewなのか」
「自分なのか」
「……」
真壁は。
少し笑った。
「気持ち悪いですね」
「それ」
「何」
「高瀬先生が聞いたら」
藤原も。
少し笑う。
「めっちゃ人間らしいって言いますよ」
「嫌だな」
「何で」
「絶対ニヤニヤするから」
「しますね」
「でしょ」
二人。
ほんの少しだけ。
笑った。
◇
「次」
真壁が言う。
「まだやるんですか?」
「せっかくなので」
「急に研究者」
「藤原先生」
「はい」
「俺を怒らせて」
「……」
「何その顔」
「無茶言わないでください」
「怒ったら評価変わるかもしれない」
「怒らせるって」
「適当に」
「……」
藤原が。
考える。
「高瀬先生」
「はい」
「実は」
一度。
真壁を見る。
「今日退院するらしいです」
「え?」
「さっき連絡きました」
「本当に?」
「はい」
「俺には来てない」
「私だけです」
「……」
真壁の眉が。
少し寄る。
「何で?」
「さあ」
「俺にも連絡するって」
「忘れたんじゃないですか」
「……」
「高瀬先生ですし」
「……」
「真壁先生?」
「……ちょっとムカつく」
「お」
「でも」
「はい」
「高瀬先生ならあり得る」
「怒り弱い」
「何ですかこれ」
「私もやってて意味分からなくなってきました」
二人で。
吹き出す。
「もういいでしょ」
「そうですね」
「仕事戻ります」
「はい」
「じゃ」
真壁が。
歩き出す。
「真壁先生」
「何?」
「今の」
「はい」
「嘘です」
「……」
真壁の足が。
止まった。
「退院」
「はい」
「嘘?」
「はい」
「……」
「……」
「藤原先生」
「はい」
「今の実験で」
「はい」
「一番腹立った」
「すみません!」
「そういう嘘やめて」
「ごめんなさい!」
「高瀬先生の生死を実験に使わない」
「本当にごめんなさい」
「……」
「真壁先生」
「何」
「怒ってます?」
「少し」
「よかった」
「良くない」
スマートフォンが。
震えた。
二人。
止まる。
「……」
真壁が。
開く。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
★★★★★
━━━━━━━━━━━━
「……」
怒った。
嘘をついた。
それでも。
五つ。
「……変わらない」
藤原が呟く。
「はい」
「何で」
「俺が聞きたい」
そして。
真壁は。
初めて。
画面へ向かって言った。
「おい」
「真壁先生?」
「何したら下がる?」
藤原が。
止めなかった。
「何を見てる?」
真壁の声が。
少し強くなる。
「俺の何を」
「★★★★★って言ってる?」
画面は。
何も返さない。
「答えろよ」
数秒。
文字。
━━━━━━━━━━━━
評価変更条件を
満たしていません。
━━━━━━━━━━━━
「条件?」
藤原。
真壁は。
すぐに聞く。
「変更条件は?」
画面。
━━━━━━━━━━━━
存在しません。
━━━━━━━━━━━━
「……」
真壁の指が。
止まった。
「存在しない?」
藤原が。
小さく言う。
次。
━━━━━━━━━━━━
対象 真壁透
評価値
固定
━━━━━━━━━━━━
「……固定」
真壁の顔から。
笑みが消えた。
◇
午後一時十三分。
病院。
高瀬は。
昼食の蓋を開けていた。
「病院食って」
一口。
「健康の味するな……」
薄い。
でも。
文句を言えるくらい。
元気だった。
「退院したらラーメン食いてえ」
その時。
スマートフォンが。
震えた。
真壁から。
『話せます?』
「珍しい」
『暇』
返す。
すぐ着信。
「もしもし」
『高瀬先生』
「何」
『俺』
「うん」
『★★★★★から』
「うん」
『変わらないらしいです』
「……」
『変わらないじゃなくて』
「うん」
『変えられない』
高瀬の箸が。
止まる。
「どういうこと」
『固定って出ました』
「……」
『俺の評価』
「うん」
『固定されてる』
声。
いつもの真壁より。
少し低い。
「真壁」
『何』
「今どこ」
『学校』
「藤原いる?」
『います』
「そっか」
『……』
「一人じゃない?」
数秒。
『はい』
「なら」
高瀬は。
少しだけ息を吐く。
「今日はそれでいい」
『……』
「分からないもの」
「すぐ全部分かろうとしなくていい」
『高瀬先生が言います?』
「俺も今思った」
『説得力ない』
「知ってる」
電話の向こう。
ほんの少し。
真壁が笑った気がした。
『でも』
「うん」
『高瀬先生』
「何」
『もし』
一度。
止まる。
『人間に点数が付くとして』
「……」
『何しても』
「うん」
『同じ点数だったら』
「……」
『その人が何をするかって』
声が。
少しだけ揺れる。
『意味あるんですかね』
「……」
高瀬は。
すぐには答えられなかった。
真壁が。
こんなことを聞くのは。
初めてだった。
『すみません』
「何で謝る」
『変なこと聞いた』
「変じゃない」
『……』
「真壁」
『はい』
「俺」
一度。
考える。
「★★★★★もらった日」
『はい』
「嬉しかったことある」
『……』
「逆に」
「星低くて」
「ちょっと落ち込んだこともある」
『はい』
「でも」
高瀬は。
窓の外を見る。
「結局」
「星とは関係なく」
「嬉しかったことも」
「後悔したことも」
「あるんだよ」
『……』
「だから」
「お前が何しても★★★★★なら」
『はい』
「もう」
少し笑う。
「星無視すれば?」
電話の向こう。
沈黙。
『……雑』
「だろ?」
『結構悩んで聞いたんですけど』
「俺も真面目に答えた」
『嘘』
「本当」
『でも』
「うん」
『……少し』
「何」
『楽になった』
「……」
高瀬は。
少しだけ笑った。
「そっか」
『はい』
「なら★★★★★」
『やめて』
「何で!」
『今一番聞きたくない』
「ごめん」
『また』
「癖」
『直してください』
「努力します」
通話が切れる。
高瀬は。
スマートフォンを置いた。
「……固定か」
そして。
自分が言った言葉を。
もう一度。
小さく口にした。
「星、無視すればいい」
簡単だ。
でも。
それは。
もしかすると。
この世界にとって。
簡単ではないのかもしれない。
◇
午後二時二十六分。
真壁は。
授業へ向かう前。
一人。
手洗い場にいた。
顔を洗う。
「……」
鏡を見る。
自分。
いつもと。
何も変わらない。
「星無視しろ、か」
少し笑う。
「高瀬先生らしい」
スマートフォンを。
ポケットへ戻そうとした。
その時。
通知。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
★★★★★
━━━━━━━━━━━━
「……」
真壁は。
数秒。
それを見る。
そして。
初めて。
通知を。
スワイプした。
「……知らない」
消す。
画面を閉じる。
授業へ向かう。
一歩。
二歩。
ポケットの中。
スマートフォンが震える。
無視。
また。
震える。
無視。
廊下。
生徒が声を掛ける。
「真壁先生、お疲れー」
「お疲れ」
「今日機嫌いい?」
「普通」
「絶対いい」
「授業行って」
「はーい」
生徒が走り出す。
「走らない」
「早歩き!」
「それ禁止にしようかな」
生徒が笑う。
真壁も。
少し笑う。
スマートフォン。
また震える。
「……」
今度も。
見なかった。
その瞬間。
震えが。
止まった。
「……?」
数秒。
何もない。
真壁は。
少しだけ。
安心した。
そして。
教室へ向かった。
◇
誰もいなくなった。
職員室。
真壁の机。
パソコンの画面が。
静かに。
点灯した。
━━━━━━━━━━━━
【SYSTEM】
対象 真壁透
評価応答
拒否
━━━━━━━━━━━━
次。
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固定対象による
評価拒否を確認。
━━━━━━━━━━━━
数秒。
新しい文字。
━━━━━━━━━━━━
想定外行動
━━━━━━━━━━━━
そして。
━━━━━━━━━━━━
再分類を開始します。
━━━━━━━━━━━━
数字が。
表示された。
━━━━━━━━━━━━
対象分類
No.004
━━━━━━━━━━━━
数秒後。
その画面は。
何事もなかったように。
元へ戻った。




