↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第二章 あなたは、誰の採点者ですか

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
119/120

Review45「おかえりを知らない人」

 自分の家に、自分が二人いる。


 冷静に考えれば、相当おかしな状況だった。


 しかも、そこに高校時代からの友人まで泊まっている。昨日まで一人で暮らしていた部屋が、一晩で妙な共同生活の舞台になってしまった。


 高瀬悠介は、午前六時十二分に目を覚ました。


 いつもより少し早い。


 目覚まし時計が鳴る前に起きた理由は、台所から聞こえてくる物音だった。


 カチャ。


 カチャカチャ。


 何かが食器に当たる音。


 続いて、小さな声。


「……いや、違う。これじゃ焦げる」


 高瀬は、布団の中で目を開けた。


 聞き覚えのある声だった。


 というより、毎日聞いている。


 自分の声だ。


「……何してんだ?」


 身体を起こし、台所へ向かう。


 そこで見た光景に、高瀬は思わず足を止めた。


 もう一人の高瀬が、フライパンを握っていた。


 エプロンを着けている。


 しかも、なぜか片手には菜箸、もう片方にはスマートフォン。


 画面には、卵焼きの作り方が表示されていた。


「……おはよう」


 もう一人の高瀬が、気まずそうに笑った。


「……おはよう」


 高瀬は、フライパンを見た。


 黒い。


 かなり黒い。


「……何作ってんの?」


「卵焼き」


「炭じゃなくて?」


「まだ食える」


「その自信どっから来るんだよ!」


 もう一人の高瀬は、少しだけ笑った。


「……お前、朝飯ちゃんと食わないだろ」


「まあ、パンとか」


「だから、作ろうと思って」


 高瀬は、黙った。


 昨日。


 もう一人の自分は、帰る場所がないと言った。


 自分の家も、仕事も、名前も、全部こちらが持っていると。


 そんな男が、今朝は台所で卵焼きを作っている。


 誰かのために。


 いや。


 自分のために。


「……ありがとな」


 高瀬が言うと、男は少し驚いた顔をした。


「……え?」


「朝飯」


「……まだできてないぞ」


「うん。でも、ありがとう」


 男は、しばらく黙っていた。


 そして、小さく笑った。


「……そっか」


 その時だった。


「……何か焦げ臭くね?」


 背後から桐谷の声がした。


 寝癖だらけの髪。


 眠そうな目。


 高校時代から変わらない、だらしない朝の姿。


 高瀬は振り返った。


「おはよう」


「……おう」


 桐谷は、台所を見た。


 フライパン。


 黒い卵焼き。


 同じ顔の男が二人。


 そして。


「……お前ら」


 桐谷が、真顔で言った。


「朝からホラー映画みたいなことすんな」


「何がだよ!」


「寝起きに高瀬が二人いるの、まだ慣れねえんだよ!」


「俺らだって慣れてねえわ!」


 もう一人の高瀬が、思わず吹き出した。


 桐谷も笑う。


 高瀬も、つられて笑った。


 何でもない朝。


 ただ、三人で笑っている。


 それだけなのに。


 もう一人の高瀬は、少しだけ目を細めていた。



     ◇



 午前六時四十三分。


 三人は、食卓を囲んでいた。


 卵焼きは、結局作り直した。


 最初の一つは、桐谷が「これは食べ物じゃなくて教材だ」と言い張ったため、残念ながら処分された。


「……で」


 桐谷が、味噌汁を飲みながら言った。


「今日、どうすんだ?」


 高瀬は、パンを齧る。


「俺は学校」


「知ってる」


「お前は?」


「仕事」


「……仕事?」


 高瀬が顔を上げる。


 桐谷は、当たり前のように頷いた。


「そりゃ働いてるよ」


「……何の仕事?」


「まあ、色々」


「雑すぎるだろ」


「説明すると長い」


 高瀬は、眉を寄せた。


 桐谷が消えたのは、去年の十月。


 記録から消え、連絡先も失われた。


 その桐谷が、今は普通に仕事をしているという。


 当然、疑問はある。


 でも、今すぐ全部を聞く必要はない。


 高瀬は、パンを置いた。


「……そっか」


 桐谷が、少し驚いた顔をした。


「……聞かねえの?」


「聞きたいけど」


 高瀬は、笑った。


「飯食ってるし」


 桐谷は、しばらく黙った。


 そして、少し笑った。


「……変わったな、お前」


「最近よく言われる」


「昔なら、朝飯そっちのけで質問攻めだったぞ」


「反省してるんだよ」


「へえ」


 桐谷は、味噌汁を飲んだ。


「……いいことだな」


 その言葉に、高瀬は少しだけ笑った。


 隣では、もう一人の高瀬が黙って食事をしていた。


 高瀬は、そちらを見る。


「……お前は?」


「……え?」


「今日、どうしたい?」


 男は、箸を止めた。


 しばらく考える。


 そして。


「……分からない」


 正直に答えた。


 高瀬は頷いた。


「そっか」


「……でも」


 男は、少しだけ目を伏せた。


「……家にいてもいいか?」


 高瀬は、思わず笑った。


「当たり前だろ」


 男は、顔を上げた。


「……本当に?」


「うん」


「……何もしなくても?」


 高瀬は、少しだけ黙った。


 何もしなくても。


 その言葉が、胸に引っかかった。


 もう一人の自分は、ずっと誰かの代わりをしてきた。


 誰かの役に立たなければ、ここにいてはいけない。


 そんなふうに思っているのかもしれない。


「……何もしなくていいよ」


 高瀬は、ゆっくり答えた。


「今日は、休め」


 男は、しばらく高瀬を見つめていた。


 そして。


「……うん」


 小さく頷いた。


 桐谷が、二人を見比べる。


「……何かさ」


「何?」


 高瀬が聞く。


「お前ら、夫婦みたいだな」


「どこがだよ!」


「いや、同じ顔の夫婦」


「余計気持ち悪いわ!」


 もう一人の高瀬が、声を出して笑った。


 その笑顔を見て、高瀬は少しだけ安心した。


 昨日より、表情が柔らかくなっている。


 それが、何より嬉しかった。



     ◇



 午前八時二十六分。


 高瀬は、教室へ向かう廊下を歩いていた。


 藤原が隣に並ぶ。


「……昨日、どうでした?」


「ん?」


「三人で過ごした夜です」


 高瀬は、少し笑った。


「……変だった」


「でしょうね」


「でも、楽しかった」


 藤原が、微笑んだ。


「よかったです」


 高瀬は、少し考えてから続けた。


「……あいつ、今朝卵焼き作ってくれたんだよ」


「もう一人の高瀬先生が?」


「うん。真っ黒だったけど」


「……あはは」


 藤原が笑う。


「でも、優しいですね」


「……そうだな」


 高瀬は頷いた。


 優しい。


 もう一人の自分。


 怖い存在だと思っていた。


 自分の居場所を奪うかもしれない相手だと。


 でも、今朝は卵焼きを作っていた。


 ただ、それだけだった。


「……藤原先生」


「はい?」


「人ってさ」


 高瀬は、少し考えた。


「何もしなくても、誰かと一緒にいていいんだな」


 藤原は、ゆっくり頷いた。


「……はい」


「俺、最近ようやく分かった気がする」


 藤原は、少し笑った。


「遅いですよ」


「ひどっ!」


「でも、気付けてよかったですね」


 高瀬は、笑った。


「……うん」


 その時、教室から生徒の声が聞こえた。


「先生ー!」


「おう!」


「今日、テスト返す?」


「返すぞ」


「うわ、最悪!」


「何でだよ!」


 生徒たちが笑う。


 高瀬も笑った。


 いつも通りの学校。


 いつも通りの教室。


 でも。


 今日は、少しだけ違った。


 家に帰れば。


 誰かがいる。


 そのことが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。



     ◇



 午後三時五十八分。


 高瀬の自宅。


 もう一人の高瀬は、ソファに座っていた。


 テレビはついている。


 けれど、何を見ているのか、ほとんど頭に入ってこなかった。


 時計を見る。


 午後三時五十八分。


 あと少しで、学校が終わる頃だ。


 高瀬は、まだ帰ってこない。


 当然だ。


 仕事がある。


 自分にも、かつてはあった。


 授業。


 職員会議。


 生徒指導。


 保護者への連絡。


 帰宅する頃には、いつも夜になっていた。


 男は、膝の上で両手を組んだ。


 何もしなくていい。


 今朝、高瀬はそう言った。


 でも。


 何もしない時間が、こんなに苦しいとは思わなかった。


 何かをしなければ。


 役に立たなければ。


 そう考えてしまう。


 掃除をしようか。


 洗濯をしようか。


 夕飯を作ろうか。


 そんなことばかり考えている。


「……休めって、言われたのにな」


 男は、苦笑した。


 休む。


 たった二文字。


 それが、どうしてこんなに難しいのだろう。


 その時。


 インターホンが鳴った。


 ピンポーン。


 男は、顔を上げた。


 高瀬が帰ってくるには早すぎる。


 宅配便だろうか。


 男は、玄関へ向かった。


 モニターを確認する。


 そこには、一人の男性が映っていた。


 六十代くらい。


 少し白髪が混じった髪。


 くたびれたジャケット。


 そして。


 手には、缶コーヒー。


 男は、息を止めた。


「……先生?」


 モニターの向こうで、男性が笑った。


『……よう』


 聞き覚えのある声。


 忘れられない声。


『久しぶりだな、高瀬』


 男は、動けなかった。


 中学三年の時の担任。


 水野修司。


 自分を教師にした男。


 そして。


 去年の十月。


 旧校舎で会ったはずの男。


「……何で」


 男の声が震えた。


「……ここに」


 水野は、少しだけ笑った。


『話がある』


 男は、息を呑んだ。


『お前にじゃない』


 水野は、静かに続けた。


『もう一人の高瀬にだ』


 男は、何も言えなかった。



     ◇



 午後五時四十二分。


 高瀬は、帰宅途中の道を歩いていた。


 今日は、珍しく早く仕事が終わった。


 藤原と真壁が、残りの仕事を引き受けてくれたからだった。


 もちろん、最初は断った。


 けれど、真壁に「お前は昨日、寝不足だろ」と言われ、藤原に「今日は帰ってください」と笑顔で念を押され、結局従うことにした。


 高瀬は、コンビニの袋を揺らした。


 中には、夕飯の材料。


 もう一人の自分が、今日は何もせず休んでいるといい。


 そんなことを考えていた。


 その時。


 スマートフォンが震えた。


 着信。


 表示された名前。


『高瀬悠介』


 高瀬は、足を止めた。


「……え?」


 自分の名前。


 自分からの電話。


 心臓が、少し強く鳴った。


 通話ボタンを押す。


「……もしもし?」


『……高瀬』


 もう一人の自分の声だった。


「どうした?」


『……今、どこ?』


「帰り道。あと十分くらい」


 少しの沈黙。


 そして。


『……早く帰ってきてほしい』


 高瀬の表情が変わった。


「……何かあった?」


『……先生が来た』


「……先生?」


『水野先生』


 高瀬は、息を止めた。


 水野修司。


 中学三年の時の担任。


 去年の写真に写っていた、四人目の人物。


 その男が。


 今、自分の家にいる。


「……水野先生が?」


『うん』


「……何で」


『分からない』


 もう一人の高瀬は、少しだけ声を落とした。


『でも、あの人……』


 そこで、言葉が止まった。


「……何?」


 高瀬が聞く。


 電話の向こうで、男が息を呑んだ。


 そして。


『……俺たちのこと、全部知ってる』


 高瀬は、動けなくなった。


 水野先生。


 自分を教師にした男。


 去年の十月に現れた男。


 その人物が、二人の高瀬を知っている。


 高瀬は、走り出した。


「……分かった。すぐ帰る」


 通話を切る。


 心臓が、激しく鳴っていた。


 水野修司。


 あの人が。


 今になって現れた理由。


 それは、何なのだろう。



     ◇



 午後五時五十四分。


 高瀬は、自宅の玄関を開けた。


「……ただいま!」


 いつもより大きな声が出た。


 靴を脱ぎ、リビングへ向かう。


 そこには、二人の男がいた。


 もう一人の高瀬。


 そして。


 水野修司。


 中学三年の時の担任。


 高瀬が教師になった理由の一つ。


 あの男が、ソファに座っていた。


「……先生」


 高瀬が呟く。


 水野は、ゆっくり顔を上げた。


「……よう」


 昔と変わらない声。


 少しだけ皺の増えた顔。


 そして。


 相変わらず、缶コーヒーを持っている。


「……久しぶりだな」


 高瀬は、何も言えなかった。


 水野は、少し笑った。


「……何だよ」


 そして。


「教師になったら、昔の担任に挨拶もできなくなったのか?」


 高瀬は、思わず笑った。


「……いや」


 目の奥が熱くなる。


「……お久しぶりです」


 水野は、頷いた。


「……おう」


 そして、もう一人の高瀬を見た。


「……二人とも、よく頑張ったな」


 その言葉に。


 高瀬は、息を止めた。


 もう一人の高瀬も、俯いた。


 水野は、缶コーヒーを机へ置いた。


「……さて」


 少しだけ表情を変える。


「話をしようか」


 高瀬は、ゆっくり頷いた。


 水野は、二人を交互に見た。


 そして。


「……まず、謝らせてくれ」


 高瀬の眉が動いた。


「……え?」


 水野は、静かに頭を下げた。


「……すまなかった」


 高瀬は、動けなかった。


 中学三年の時。


 何度も叱られた。


 何度も励まされた。


 間違えたら謝れと教えてくれた。


 その水野が。


 今、自分たちに頭を下げている。


「……先生?」


 水野は、顔を上げた。


 その目は、少し赤かった。


「……俺は」


 ゆっくり口を開く。


「お前たちを、助けられなかった」


 高瀬は、息を呑んだ。


 もう一人の高瀬も、黙っている。


 水野は、続けた。


「去年の十月九日」


 その日付に、高瀬の指が止まった。


「……俺は、あの学校にいた」


 高瀬は、頷いた。


「……写真に写ってました」


「そうだろうな」


 水野は、少しだけ笑った。


「……俺が呼ばれたんだ」


「……誰に?」


 高瀬が聞く。


 水野は、もう一人の高瀬を見た。


 そして。


「……こいつに」


 高瀬は、息を止めた。


 もう一人の自分。


 その男が、水野を呼んだ。


 水野は、静かに続けた。


「……助けてくれってな」


 高瀬は、動けなかった。


 あの記録。


『俺だって、助けてほしかった。』


 その言葉。


 もう一人の高瀬は。


 ちゃんと、助けを求めていた。


 水野は、缶コーヒーを握りしめた。


「……でも、俺は」


 声が、少しだけ震えた。


「……間に合わなかった」


 高瀬は、何も言えなかった。


 もう一人の高瀬は、俯いている。


 水野は、ゆっくり息を吐いた。


 そして。


「……だから」


 高瀬を見た。


「今度こそ、間に合わせたい」


 高瀬は、息を呑んだ。


 水野は、二人を交互に見た。


「……お前たち、まだ間に合う」


 静かな声だった。


 けれど。


 そこには、確かな強さがあった。


 高瀬は、ゆっくり頷いた。


「……何に?」


 水野は、少しだけ目を伏せた。


 そして。


「……あの子だよ」


 高瀬の指が止まった。


「……え?」


 水野は、まっすぐ高瀬を見た。


「……宮原蒼太」


 その名前に、高瀬の胸が強く鳴った。


 宮原蒼太。


 三十七人目の生徒。


 No.001。


 ずっと名前を思い出せなかった少年。


 水野は、静かに続けた。


「……あの子は、まだ待ってる」


 高瀬は、息を止めた。


「……どこで?」


 水野は、少しだけ笑った。


「……お前が、最初に約束した場所だ」


 高瀬は、動けなかった。


 最初に約束した場所。


 どこだ。


 いつだ。


 何を約束した。


 頭の中で、記憶が激しく揺れた。


 水野は、静かに言った。


「……思い出せ」


 高瀬は、目を閉じた。


 宮原蒼太。


 あの少年。


 六十九点の答案。


 三十七人目の席。


 そして。


『また明日』


 高瀬の目が開いた。


「……教室」


 水野が、頷いた。


「……そうだ」


 高瀬は、息を呑んだ。


「……あいつ」


 声が震えた。


「……教室で、待ってるのか?」


 水野は、静かに頷いた。


「……ああ」


 そして。


「……ずっとな」


 高瀬は、動けなかった。


 宮原蒼太。


 あの少年は。


 まだ、待っている。


 自分が。


 もう一度、教室へ来ることを。


 高瀬は、ゆっくり息を吐いた。


「……行かなきゃ」


 その瞬間。


「待て」


 水野が言った。


 高瀬は、顔を上げる。


「……何で」


 水野は、静かに答えた。


「今のお前が行っても、会えない」


 高瀬は、息を止めた。


「……え?」


 水野は、もう一人の高瀬を見た。


 そして。


「……あの子が待ってるのは」


 ゆっくり言った。


「お前じゃない」


 高瀬は、動けなかった。


 水野は、もう一人の高瀬を指差した。


「……こっちだ」


 静寂。


 もう一人の高瀬が、顔を上げた。


「……俺?」


 水野は、頷いた。


「……そうだ」


 高瀬は、何も言えなかった。


 宮原蒼太。


 あの少年が。


 ずっと待っていたのは。


 もう一人の自分だった。


 水野は、最後に言った。


「……あの子は、お前に言いたいことがある」


 もう一人の高瀬は、息を呑んだ。


「……何を」


 水野は、少しだけ目を伏せた。


 そして。


「……それは、俺が言うことじゃない」


 もう一人の高瀬は、黙った。


 高瀬も、何も言えなかった。


 水野は、二人を見つめた。


「……ただ、一つだけ言っておく」


 その声が、少しだけ強くなった。


「今度は、どちらか一人で行くな」


 高瀬は、顔を上げた。


 水野は、続けた。


「……二人で行け」


 もう一人の高瀬も、顔を上げる。


 水野は、静かに笑った。


「……先生ってのはな」


 少し間を置く。


「一人で全部背負う仕事じゃねえんだよ」


 高瀬は、目を閉じた。


 十五年前。


 何度も聞いた言葉。


 そして。


 今の自分が、ようやく理解し始めたこと。


 高瀬は、もう一人の自分を見た。


 男も、こちらを見ていた。


 同じ顔。


 同じ名前。


 でも。


 違う時間を生きてきた二人。


 高瀬は、ゆっくり手を差し出した。


「……行こう」


 もう一人の高瀬は、少しだけ笑った。


「……うん」


 そして。


 二人は、手を握った。


 水野は、その姿を見て、静かに頷いた。


 窓の外では、夕日が沈みかけていた。


 長い一日が、終わろうとしている。


 けれど。


 高瀬たちにとって、本当の一日は。


 まだ、始まっていなかった。



【End】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。