Review36「先生の先生」
午前零時十四分。
一分。
たった一分しか。
経っていない。
それなのに。
高瀬は。
しばらく。
時計を見ていた。
━━━━━━━━━━━━
記憶復元率
99.01%
━━━━━━━━━━━━
「……細か」
思わず。
声が出る。
99から。
100。
あと1。
なのに。
0.01。
この調子なら。
「百日かかるぞ」
笑えない。
もう一度。
桐谷から届いた写真を見る。
夜の旧校舎。
桐谷。
少年。
自分。
そして。
奥に立つ。
顔の見えない教師。
メッセージ。
『お前が忘れたのは、
俺でも、
あいつでもない。』
『最初から
一人だけ、
数えてない。』
Review。
━━━━━━━━━━━━
未復元記憶
1件
━━━━━━━━━━━━
対象者。
高瀬悠介。
対象者との関係。
――担任。
「……俺の、担任」
口にしてみる。
違和感。
高瀬にも。
当然。
担任はいた。
小学校。
中学校。
高校。
何人も。
名前だって。
何人かは。
覚えている。
なのに。
この。
「先生」だけ。
何も。
浮かばない。
顔。
声。
名前。
性別すら。
分からない。
「……いや」
高瀬は。
写真を。
拡大する。
体格。
服装。
立ち方。
少なくとも。
男に見える。
なのに。
懐かしいという感覚だけは。
ある。
知らない。
でも。
知っている。
その矛盾が。
気持ち悪かった。
高瀬は。
ノートを開く。
一行。
書く。
『俺の担任は、誰だった?』
その下。
もう一行。
『何で桐谷が知っている?』
ペンが。
止まる。
さらに。
書く。
『何で、その人が去年の旧校舎にいる?』
「……これだよな」
昔の担任。
それだけなら。
まだ分かる。
問題は。
写真。
去年。
旧校舎。
高瀬。
桐谷。
少年。
そして。
高瀬の。
昔の担任。
全員が。
同じ場所にいる。
「何の同窓会だよ……」
呟く。
少しだけ。
笑う。
怖い時ほど。
くだらないことを。
言いたくなる。
それも。
自分だ。
高瀬は。
スマートフォンを。
伏せた。
今日は。
もう。
触らない。
一人で。
掘らない。
明日。
二人に。
話す。
そう決めて。
布団へ。
入った。
◇
翌朝。
午前七時四十八分。
「……で?」
真壁が。
写真を。
睨んでいる。
「これが、お前の担任?」
「らしい」
「誰」
「知らん」
「担任だろ」
「だから困ってんだよ」
藤原が。
写真を。
拡大する。
「本当に先生なんですか?」
「Reviewでは」
「違います」
藤原が。
高瀬を見る。
「Reviewがどう言ってるかじゃなくて」
一拍。
「高瀬先生が、この人を先生だと思うかです」
高瀬は。
写真を見る。
顔は。
暗い。
分からない。
でも。
「……思う」
「どうして?」
「分からん」
真壁。
「一番面倒なやつだな」
「俺もそう思う」
高瀬は。
椅子へ。
座る。
「でも」
「この人見てると」
一拍。
「なんか」
胸の奥。
落ち着かない。
怖い。
とは。
少し違う。
怒り。
とも。
違う。
懐かしい。
だけでもない。
「……ちゃんとしなきゃって思う」
藤原が。
少し。
首を傾げる。
「ちゃんと?」
「姿勢直す感じ」
「先生ですね」
「だろ?」
真壁。
「お前が怒られまくってただけじゃないのか」
「それもある」
藤原。
「あるんですか」
「多分」
三人。
少し。
笑う。
昨日まで。
人間が二人になったり。
日付を越えて電話したり。
死んだ自分が出てきたり。
そんな話を。
していた。
なのに。
今。
昔の担任に。
怒られていたかもしれない。
そんな話をしている。
高瀬は。
その普通さに。
少し。
救われた。
◇
「まず」
真壁が。
紙を出す。
「記憶を掘るな」
「はい」
「Reviewにも聞かない」
「はい」
「勝手に旧校舎にも行かない」
「はい」
「素直だな」
「学習した」
藤原。
「★★★★★」
「いらん」
「成長したのに」
「昨日採点しないって決めたばっかだろ」
真壁が。
紙に。
書く。
『記録』
「人間の記憶が信用できないなら」
「記録を見る」
「そう」
高瀬が。
頷く。
「卒業アルバム」
藤原。
「学校の記録」
真壁。
「実家」
高瀬。
二人が。
見る。
「何」
藤原。
「実家にありますよね?」
「多分」
「卒業アルバム」
「多分」
真壁。
「今日持ってこい」
「今日!?」
「実家近いんだろ」
「まあ」
「じゃあ今日」
「お前、人の休日の使い方雑じゃない?」
「命よりは丁寧に扱ってる」
「比較対象が重い」
藤原が。
笑う。
そして。
少しだけ。
表情を変えた。
「でも」
「ん?」
「一人で行かない方がいいかもしれません」
高瀬が。
止まる。
「実家だぞ?」
「実家だからです」
藤原。
「昔の物が一番多い場所ですよね」
記憶復元。
脳負荷。
一度。
死にかけた。
高瀬は。
反論を。
飲み込む。
「……確かに」
真壁。
「俺は仕事」
「俺も仕事なんだけど」
「お前は当事者」
「当事者休暇とかない?」
「ない」
藤原。
「私、行きます」
「え」
「放課後なら」
「いや」
高瀬が。
少し。
困る。
「実家に同僚連れてくの?」
「嫌なんですか」
「嫌というか」
「じゃあ一人で行きます?」
「……来てください」
真壁。
「早い」
「命が大事なので」
「成長したな」
「★★★★★」
藤原。
「いらんって」
◇
一時間目。
授業。
黒板。
高瀬は。
チョークを。
動かす。
いつも通り。
そのつもりだった。
「先生」
「ん?」
「そこ違う」
「……あ」
漢字。
一本。
線が。
足りない。
「惜しい」
生徒。
「あと一本」
「一点減点?」
別の生徒。
高瀬は。
黒板を。
見る。
昨日なら。
何か。
引っかかったかもしれない。
でも。
今日は。
「間違えたら?」
生徒たち。
何人かが。
答える。
「直せばいいー」
「正解」
線を。
一本。
足す。
「人生も?」
誰かが。
聞く。
高瀬は。
振り返る。
「知らん」
笑い。
「でも」
一拍。
「直せるとこは」
「直した方がいいんじゃない?」
女子生徒。
「直せないところは?」
高瀬が。
止まる。
少し。
考える。
「……覚えとく」
「何を?」
「間違えたこと」
教室が。
少し。
静かになる。
高瀬は。
続ける。
「無かったことにするより」
一拍。
「そっちの方が」
「次はマシになるかもしれん」
「先生今日真面目」
「いつも真面目」
「嘘」
「減点します」
「採点するじゃん!」
「これはする」
笑い。
授業が。
続く。
高瀬は。
思った。
教師になったのは。
誰かの。
影響だったのだろうか。
もし。
そうなら。
自分は。
その人を。
忘れている。
それなのに。
十三年。
教師を。
続けた。
人は。
名前を忘れても。
もらったものだけ。
残ることが。
あるのだろうか。
◇
放課後。
実家。
「……緊張します」
藤原が。
玄関前で言う。
「何で」
「同僚の実家ですよ」
「俺の方が緊張してる」
「自分の実家なのに?」
「同僚連れてきてるから」
藤原。
「帰ります?」
「帰ったら真壁に殺される」
「Reviewより怖い」
「割と」
高瀬が。
鍵を。
開ける。
家の中。
懐かしい。
匂い。
靴箱。
廊下。
昔から。
変わっていない。
部屋。
押し入れ。
「多分」
高瀬が。
しゃがむ。
「この辺」
段ボール。
一つ。
二つ。
三つ。
教科書。
ノート。
写真。
卒業証書。
「あった」
アルバム。
中学校。
高校。
高瀬が。
一度。
手を止める。
藤原。
「私が開きます?」
「……いや」
高瀬は。
首を振る。
「一緒に見る」
「はい」
開く。
ページ。
クラス写真。
一年。
担任。
知っている。
「ああ」
「覚えてます?」
「この先生は覚えてる」
「どんな人?」
「怖かった」
「そればっかり」
「俺、意外と怒られてたから」
二年。
担任。
これも。
覚えている。
「数学」
「名前も?」
「うん」
三年。
ページを。
めくる。
高瀬の。
指が。
止まった。
「……」
藤原も。
黙る。
集合写真。
生徒たち。
高瀬。
若い。
当然。
中学生。
そして。
担任。
男。
写真。
顔。
はっきり。
写っている。
「この人」
藤原が。
スマートフォンを。
出す。
昨日。
桐谷から。
届いた写真。
暗い。
旧校舎。
奥に立つ。
男。
並べる。
「……似てます」
高瀬は。
答えない。
似ている。
体格。
髪。
立ち方。
同じ。
ように。
見える。
「名前」
藤原が。
写真の下を。
見る。
担任名。
そこ。
高瀬も。
見る。
そして。
息が。
止まった。
「……え?」
名前が。
ない。
空白。
印刷ミス。
そんな。
空き方ではない。
担任。
その欄だけ。
綺麗に。
何も。
書かれていない。
「高瀬先生」
「……うん」
ページを。
めくる。
担任紹介。
ない。
学校行事。
男が。
何度も。
写っている。
体育祭。
文化祭。
修学旅行。
高瀬の。
すぐ近く。
いる。
でも。
どこにも。
名前が。
ない。
「……こんなこと」
藤原。
「ある?」
高瀬は。
答えられない。
写真を。
見る。
男。
顔。
見えている。
はずなのに。
見れば見るほど。
輪郭が。
曖昧になる。
頭が。
痛む。
「高瀬先生」
藤原が。
すぐ。
アルバムを。
閉じた。
「今日はここまで」
「でも」
「駄目です」
「まだ」
「一人でやらないって」
一拍。
「決めましたよね」
高瀬は。
黙る。
そして。
「……はい」
「★★★★★」
「だからいらんって」
藤原が。
少し笑う。
高瀬も。
息を吐く。
その時。
何かが。
床へ。
落ちた。
アルバムから。
一枚。
紙。
古い。
四つ折り。
「……何これ」
藤原が。
拾おうとする。
高瀬。
「待って」
紙。
表。
文字。
自分の。
字。
中学生ではない。
今の。
高瀬の字。
「……俺の字だ」
藤原が。
止まる。
「いつ書いたんですか」
「知らない」
高瀬が。
紙を。
開く。
中。
一行。
━━━━━━━━━━━━
先生を思い出すな。
━━━━━━━━━━━━
「……」
その下。
もう一行。
━━━━━━━━━━━━
思い出したら、
今度こそ
俺は教師を辞める。
━━━━━━━━━━━━
高瀬は。
動けなかった。
「……何で」
教師。
十三年。
辞めたいと思ったことは。
何度もある。
でも。
この文章は。
違う。
仕事が。
辛いからではない。
「先生を思い出したら」
高瀬が。
呟く。
「俺は」
一拍。
「教師を辞める?」
藤原が。
何も言わない。
高瀬は。
紙の。
裏を見る。
そこにも。
文字。
短い。
━━━━━━━━━━━━
藤原にも、
真壁にも、
話すな。
━━━━━━━━━━━━
二人。
沈黙。
藤原が。
ゆっくり。
高瀬を見る。
「……もう」
一拍。
「話しちゃいましたね」
高瀬も。
藤原を見る。
数秒。
そして。
「……だな」
二人。
同時に。
少しだけ。
笑う。
でも。
次の瞬間。
高瀬の。
スマートフォン。
――ブッ。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
過去の指示への違反を
確認しました。
━━━━━━━━━━━━
高瀬の。
表情が。
変わる。
━━━━━━━━━━━━
高瀬悠介は、
藤原美咲へ
「先生」の存在を
開示しました。
━━━━━━━━━━━━
次。
━━━━━━━━━━━━
これにより、
過去の高瀬悠介が
回避した結果が
再発生する可能性があります。
━━━━━━━━━━━━
藤原。
「回避した結果……?」
高瀬は。
紙を見る。
先生を思い出すな。
藤原にも。
真壁にも。
話すな。
全部。
過去の。
自分が。
書いた。
「俺」
高瀬が。
小さく。
言う。
「知ってたんだ」
忘れたのではない。
少なくとも。
この紙を書いた時点では。
知っていた。
そして。
自分で。
決めた。
思い出さないと。
誰にも。
話さないと。
――ブッ。
Review。
━━━━━━━━━━━━
記憶復元率
99.01%
━━━━━━━━━━━━
数字が。
動く。
99.02。
99.03。
99.04。
止まらない。
「高瀬先生」
藤原が。
高瀬の腕を。
掴む。
「見ないで」
高瀬は。
画面を。
伏せた。
「……うん」
一人で。
見ない。
一人で。
背負わない。
過去の自分が。
何を。
恐れていたとしても。
今の自分は。
違う。
「真壁に」
高瀬。
「電話する」
藤原が。
頷く。
「はい」
高瀬が。
発信。
一回。
二回。
真壁。
『何』
「今、大丈夫?」
『内容による』
「俺の昔の担任が」
一拍。
「去年の旧校舎にいた」
沈黙。
『……どこにいる』
「実家」
『藤原は』
「いる」
『なら動くな』
「分かった」
『今から行く』
通話。
終了。
高瀬が。
少し。
笑う。
「怒られなかった」
藤原。
「成長が認められましたね」
「★★★★★?」
「★★★★★」
「いらん」
その時。
閉じた。
卒業アルバム。
中から。
――音。
カサ。
二人。
止まる。
「……今」
藤原。
「聞こえました?」
「うん」
アルバム。
誰も。
触れていない。
なのに。
ページが。
一枚。
開く。
三年。
クラス写真。
高瀬。
担任。
名前。
空白。
そこへ。
文字が。
浮かぶ。
インクではない。
Reviewでもない。
鉛筆。
誰かが。
今。
書いているように。
一文字ずつ。
担任名の。
空欄。
高瀬と。
藤原が。
見る。
一文字目。
高瀬の。
呼吸が。
止まる。
二文字目。
頭の奥。
声。
『高瀬』
三文字目。
黒板。
『間違えたら直せ』
四文字目。
夕方。
職員室。
いや。
これは。
中学校ではない。
今の。
学校。
『お前、本当に教師になったんだな』
高瀬が。
立ち上がる。
「……待て」
藤原。
「高瀬先生?」
「俺」
声が。
震える。
「この人」
一拍。
「中学の時だけじゃない」
最後の。
一文字。
書かれる。
名前。
完成。
その瞬間。
記憶復元率。
99.99%。
高瀬は。
その名前を。
読んだ。
今度は。
消えなかった。
そして。
理解した。
「……違う」
藤原。
「何がです?」
高瀬が。
写真を見る。
去年。
旧校舎。
奥に立つ。
男。
「この人」
一拍。
「去年」
声。
「俺の学校に来てる」
「どうして?」
高瀬は。
答えられない。
代わりに。
スマートフォン。
最後の。
0.01%。
━━━━━━━━━━━━
100%
━━━━━━━━━━━━
画面。
暗転。
数秒。
そして。
たった。
一文。
━━━━━━━━━━━━
記憶復元完了。
━━━━━━━━━━━━
次。
━━━━━━━━━━━━
高瀬悠介が、
教師になった理由を
復元します。
━━━━━━━━━━━━
高瀬の。
頭の中。
十五年前。
教室。
少年だった。
高瀬悠介。
目の前。
一人の教師。
そして。
その教師が。
最初に言った言葉。
『高瀬』
『お前』
一拍。
『先生になれ』
高瀬は。
息を止めた。
記憶の中。
自分が。
答える。
『絶対嫌です』
【End】




