Review35「この人生、採点中。」
「先生」
少年が。
笑った。
「やっと」
一拍。
「僕のこと、思い出しました?」
教室。
時間は。
止まっている。
藤原も。
真壁も。
窓の外を飛んでいた鳥さえ。
動かない。
動いているのは。
高瀬と。
三十七番目の席に座る。
少年だけ。
「……思い出した」
高瀬は。
そう答えた。
嘘ではない。
顔を見た瞬間。
何かが。
戻った。
笑い方。
声。
パンを食べながら。
くだらない話をしたこと。
『先生って、明日死ぬって分かったらどうします?』
そして。
もっと前。
別の教室。
答案用紙。
赤い数字。
69。
高瀬は。
息を呑んだ。
◇
教室。
今とは違う。
少し古い。
黒板の端に。
日直の名前。
窓の外。
夕焼け。
少年が。
答案用紙を持っている。
69点。
「惜しかったな」
過去の高瀬が言う。
「何がですか」
「あと一点」
「七十点になったら何か変わるんですか」
「まあ……」
「俺」
少年が。
答案を見る。
「一個賢くなる?」
「ならん」
「じゃあ何が変わるんですか」
高瀬は。
少し考える。
「気分?」
「適当」
少年が笑う。
その顔。
知っている。
高瀬は。
ずっと。
知っていた。
少年が。
答案を机へ置く。
「母親に見せたくないな」
「怒られる?」
「多分」
「六十九で?」
「七十取れって言われてるから」
「一点じゃん」
「その一点が大事なんだって」
少年は。
少しだけ。
笑った。
「先生もそう思います?」
高瀬は。
答案を見る。
69。
そして。
名前欄。
「いや」
指で。
69を隠す。
「一点増えても」
一拍。
「お前の価値は増えんだろ」
少年が。
高瀬を見る。
「じゃあ減ったら?」
「減らん」
「零点でも?」
「テストは怒る」
「結局怒るじゃん」
「でも」
高瀬は。
名前欄を。
指差す。
「零点でも」
一拍。
「ここは変わらん」
少年の名前。
高瀬は。
それを。
確かに。
読んでいる。
なのに。
音だけが。
聞こえない。
◇
現在。
高瀬は。
額を押さえた。
「……名前」
少年を見る。
「まだ」
一拍。
「そこだけ出てこない」
少年は。
少し笑った。
「先生らしいですね」
「どこが」
「大事なところで詰まる」
「うるさい」
懐かしい。
その返しまで。
知っている。
高瀬は。
少年の前まで歩く。
「お前」
「はい」
「俺の生徒だった」
「はい」
「今の学校じゃない」
「はい」
「なのに」
高瀬が。
教室を見る。
「何でここにいた」
少年は。
答えない。
「三十六人のクラスに」
「三十七人目として」
「何でいた」
少年の。
笑顔が。
消えた。
そして。
机の上。
指で。
何かを書く。
0。
0。
0。
高瀬の。
胸がざわつく。
「Review000……?」
少年が。
指を止めた。
高瀬。
「No.001」
一拍。
「お前なのか」
少年は。
ゆっくり。
首を振った。
「違います」
「じゃあ誰だ」
「先生です」
「……俺?」
少年が。
頷く。
「Review000の対象は」
一拍。
「高瀬悠介」
知っている。
ログで。
見た。
高瀬。
DUPLICATED。
Review000。
対象者名。
高瀬悠介。
「じゃあ」
高瀬は。
少年を見る。
「No.001は?」
少年は。
自分を指した。
「最初に」
一拍。
「先生を採点した人」
◇
記憶。
放課後。
教室。
少年。
高瀬。
答案。
69点。
少年が。
ふざけて。
言う。
『じゃあ先生は何点なんですか』
『俺?』
『はい』
『百点』
『うわ』
『何だよ』
『自分で言う人初めて見た』
『自己肯定感高めでやってます』
『じゃあ俺がつけます』
『何点』
少年は。
少し。
考える。
『七十八』
『低っ』
『授業長い』
『話脱線する』
『宿題多い』
『最後俺のせいじゃない』
少年が。
笑う。
『でも』
一拍。
『まあ』
『先生でよかったんで』
過去の高瀬が。
止まる。
『じゃあ』
少年。
『星五個』
『点数より上がってんじゃん』
『別枠です』
『何だそれ』
少年が。
笑う。
『レビュー』
◇
「……お前だったんだ」
高瀬が。
呟く。
最初の。
★★★★★。
少年が。
高瀬を。
見ている。
「完璧だったからじゃないですよ」
「分かってる」
「先生」
「何」
「結構」
一拍。
「ダメだったんで」
「おい」
少年が。
笑う。
高瀬も。
笑った。
なのに。
涙が。
出そうになる。
なぜ。
この少年を。
忘れた。
なぜ。
誰も。
覚えていない。
なぜ。
今。
ここにいる。
聞きたいことは。
山ほどある。
でも。
少年が。
先に。
口を開いた。
「先生」
「ん?」
「覚えてます?」
「何を」
「最初に」
一拍。
「聞いたこと」
高瀬は。
目を閉じる。
忘れるわけがない。
物語の。
最初。
昼休み。
『先生って、明日死ぬって分かったらどうします?』
「……学校休む」
少年が。
吹き出した。
「そこも覚えてるんだ」
「覚えてるわ」
「じゃあ」
少年。
「そのあと」
『真面目に』
『……謝るかな』
言えなかったこと。
言いすぎたこと。
助けられなかった生徒。
気付けなかった生徒。
少年。
『じゃあ先生だったら』
『誰のせいにします?』
高瀬。
『……俺だろうな』
静寂。
少年が。
今。
同じ質問をする。
「先生」
「もし」
一拍。
「明日死ぬって分かったら」
高瀬を見る。
「誰のせいにします?」
高瀬は。
答えなかった。
すぐには。
答えられなかった。
108話。
何度。
自分を。
責めた。
事故。
生徒。
桐谷。
佐伯。
忘れた記憶。
選ばなかった人生。
もう一人の自分。
正しい。
間違い。
★★★★★。
0点。
ずっと。
自分を。
採点していた。
そして。
ようやく。
気付いた。
「……誰のせいにも」
一拍。
「しないかな」
少年が。
少し。
目を見開く。
「多分」
高瀬。
「めちゃくちゃ怖いし」
「死にたくないし」
「何で俺なんだって思う」
少し。
笑う。
「でも」
一拍。
「最後まで」
「俺が悪かったって言い続けるのは」
首を振る。
「もういいかな」
少年は。
黙っている。
「反省するのと」
高瀬。
「自分に零点つけるの」
一拍。
「多分、違うわ」
少年の。
目が。
潤む。
「遅いですよ」
「知ってる」
「何話かかったと思ってるんですか」
「それは俺も知らん」
少年が。
笑った。
高瀬も。
笑う。
◇
――ブッ。
スマートフォン。
━━━━━━━━━━━━
【Review109】
最終質問。
━━━━━━━━━━━━
高瀬が。
画面を見る。
━━━━━━━━━━━━
あなたは、
あなたの人生を
何点だと思いますか?
━━━━━━━━━━━━
入力欄。
0。
から。
100。
高瀬は。
しばらく。
見ていた。
教師になった。
十三年。
笑った。
怒った。
泣いた。
感謝された。
嫌われた。
救えた。
救えなかった。
辞めたかった。
続けたかった。
間違えた。
謝った。
誰かを。
忘れた。
誰かに。
忘れられた。
それでも。
今日。
ここにいる。
高瀬は。
入力欄へ。
触れた。
少年が。
「何点?」
「つけない」
「え?」
高瀬は。
数字を。
消す。
「まだ」
一拍。
「途中だから」
少年が。
高瀬を見る。
「死ぬまで」
高瀬。
「上がるかもしれんし」
「下がるかもしれん」
「下がる前提あるんだ」
「人生だぞ」
「そりゃあるだろ」
高瀬は。
入力欄へ。
文字を。
入れた。
【採点中】
決定。
――ブッ。
画面。
━━━━━━━━━━━━
数値を
入力してください。
━━━━━━━━━━━━
「嫌だ」
━━━━━━━━━━━━
0から100の数値を
入力してください。
━━━━━━━━━━━━
「だから」
高瀬は。
画面を見る。
「まだ決められないって」
━━━━━━━━━━━━
回答形式が
正しくありません。
━━━━━━━━━━━━
「うるさいな」
少年が。
笑う。
「先生、機械と喧嘩してる」
「向こうが融通利かんからだろ」
もう一度。
【採点中】
送信。
━━━━━━━━━━━━
回答形式が
正しくありません。
━━━━━━━━━━━━
もう一度。
【採点中】
━━━━━━━━━━━━
回答形式が
正しくありません。
━━━━━━━━━━━━
「何回やるんですか」
「通るまで」
「先生そういうとこありますよね」
「知ってる」
四回目。
【採点中】
送信。
画面。
止まる。
一秒。
二秒。
三秒。
そして。
━━━━━━━━━━━━
……
━━━━━━━━━━━━
「……」
━━━━━━━━━━━━
回答を
受理しました。
━━━━━━━━━━━━
高瀬の。
表情が。
変わる。
少年も。
画面を見る。
次。
━━━━━━━━━━━━
評価対象
高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
現在評価
――採点中
━━━━━━━━━━━━
高瀬は。
息を吐く。
「それでいい」
少年が。
笑う。
「タイトルみたいですね」
「何の」
「何でもないです」
◇
少年の。
身体が。
少しずつ。
薄くなる。
「待て」
高瀬が。
手を伸ばす。
「まだ聞いてない」
「何を」
「全部だよ」
なぜ。
消えた。
桐谷と。
何があった。
Reviewは。
なぜ。
未来を変える。
二人の高瀬。
違う日付。
削除された記憶。
佐伯。
そして。
少年自身。
「お前」
高瀬が。
言う。
「今」
一拍。
「生きてるのか」
少年は。
答えなかった。
それだけで。
胸が。
締め付けられる。
「おい」
「先生」
「答えろよ」
「まだ」
少年。
「思い出してないから」
「何を」
「一番大事なところ」
高瀬の。
眉が。
動く。
「だから」
少年は。
笑う。
「今日はここまで」
「ふざけんな」
「先生」
「何」
「明日も」
一拍。
「学校、来ます?」
第1話。
死ぬと。
分かったら。
学校を休むと。
言った。
高瀬は。
今度は。
迷わない。
「行くよ」
「何で?」
「仕事だから」
少年。
「普通」
「あと」
高瀬。
少し。
笑う。
「約束したから」
「誰と」
「いっぱい」
少年が。
笑った。
「雑だなあ」
「うるさい」
少年の。
輪郭が。
消えていく。
「先生」
「ん?」
「じゃあ」
笑う。
「また明日」
高瀬は。
その言葉を。
受け取る。
「おう」
一拍。
「また明日」
少年が。
消えた。
◇
時間が。
動き出した。
時計。
秒針。
カチ。
藤原が。
瞬きをする。
真壁が。
高瀬を見る。
「……高瀬?」
高瀬は。
教室に。
立っていた。
三十六席。
三十六人分。
三十七番目は。
ない。
「高瀬先生?」
藤原。
「大丈夫ですか」
高瀬は。
反射的に。
「大丈夫」
言いかけて。
止める。
第2話。
『大丈夫じゃない時に「大丈夫」って言うの、結構バレますよ』
高瀬は。
笑った。
「……大丈夫じゃない」
藤原の。
顔が。
少し緩む。
「はい」
「でも」
高瀬は。
息を吐く。
「今すぐ倒れる感じでもない」
真壁。
「七割くらい信用する」
「残り三割は?」
「お前だから」
「ひど」
高瀬は。
椅子へ。
座った。
ちゃんと。
人に。
囲まれて。
◇
数分後。
高瀬は。
二人に。
話した。
少年。
No.001。
69点。
最初の評価。
そして。
Review109。
自分の人生を。
何点だと思うか。
「で」
真壁。
「何点にした」
「採点中」
沈黙。
藤原が。
先に。
笑った。
「高瀬先生っぽい」
真壁。
「逃げたな」
「違う」
「何が」
「保留」
「それを逃げたと言う」
「人生の成績つけるにはまだ早いんだよ」
藤原が。
高瀬を見る。
「じゃあ」
「はい」
「長生きしないと」
一拍。
「最終点、出せませんね」
高瀬が。
止まる。
そして。
笑った。
「……確かに」
真壁。
「面倒な理由で長生きするな」
「理由なんて何でもいいだろ」
その時。
――ブッ。
三人。
同時に。
スマートフォンを見る。
高瀬の。
Review。
━━━━━━━━━━━━
【Review109】
★★★★★
━━━━━━━━━━━━
「……五つ」
藤原が。
覗き込む。
━━━━━━━━━━━━
良かった点。
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
あなたは、
自分の人生に
点数をつけませんでした。
━━━━━━━━━━━━
次。
━━━━━━━━━━━━
改善点。
━━━━━━━━━━━━
高瀬が。
待つ。
一秒。
二秒。
━━━━━━━━━━━━
未評価。
━━━━━━━━━━━━
「未評価?」
次。
━━━━━━━━━━━━
理由。
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
あなたの人生は、
まだ終了していません。
━━━━━━━━━━━━
高瀬は。
しばらく。
画面を。
見ていた。
そして。
「……当たり前だろ」
笑った。
藤原も。
笑う。
真壁。
「書類も出してないしな」
「そこ?」
「明日締切」
「現実に戻すなよ」
三人の。
笑い声。
教室に。
残る。
◇
放課後。
高瀬は。
一人では。
帰らなかった。
藤原と。
真壁と。
昇降口まで。
歩く。
途中。
生徒に。
呼び止められる。
「先生!」
「ん?」
朝。
「先生がいいです」と。
言った。
あの女子生徒。
「明日」
「はい」
「小テスト返してくださいね」
「……忘れてた」
「先生!」
「嘘嘘」
「絶対ですよ」
「はいはい」
「絶対」
高瀬は。
少し。
笑う。
「分かった」
「じゃ」
女子生徒。
手を振る。
「また明日」
「おう」
高瀬も。
手を上げる。
「また明日」
今度は。
何の迷いも。
なかった。
◇
夜。
自宅。
午後十一時五十八分。
高瀬は。
机に。
座っていた。
ノート。
今日。
分かったことを。
書く。
・No.001は、過去に受け持った生徒。
・69点。
・最初に自分を評価した人物。
・Review000の対象は高瀬悠介。
・少年は現在の生死について答えなかった。
・「一番大事なところ」をまだ思い出していない。
最後。
高瀬は。
ペンを。
止める。
そして。
書く。
・人生――採点中。
「……ダサ」
自分で。
笑う。
でも。
消さなかった。
時計。
午前零時十三分。
――ブッ。
高瀬が。
スマートフォンを見る。
Reviewでは。
なかった。
写真。
一枚。
送信者。
――桐谷。
高瀬の。
表情から。
笑みが。
消える。
「……は?」
桐谷。
DELETED。
連絡先にも。
いない。
なのに。
写真が。
届いている。
高瀬が。
開く。
画像。
古い。
一年以上前。
夜。
旧校舎。
写っている。
桐谷。
高瀬。
そして。
今日。
教室に現れた。
あの少年。
三人。
高瀬は。
息を止める。
「……やっぱり」
一拍。
「一緒にいた」
写真。
しかし。
おかしい。
桐谷。
少年。
高瀬。
三人。
ではない。
奥。
暗い廊下。
もう一人。
人が。
立っている。
顔は。
暗くて。
見えない。
高瀬は。
画面を。
拡大する。
制服ではない。
教師。
男。
「……誰だ」
その瞬間。
写真の。
下。
メッセージ。
一件。
桐谷。
━━━━━━━━━━━━
高瀬。
━━━━━━━━━━━━
次。
━━━━━━━━━━━━
109まで来たなら、
そろそろ
気付いてるよな。
━━━━━━━━━━━━
高瀬の。
指が。
止まる。
「……何に」
次。
━━━━━━━━━━━━
お前が忘れたのは、
俺でも、
あいつでもない。
━━━━━━━━━━━━
高瀬が。
息を止める。
そして。
最後。
━━━━━━━━━━━━
最初から
一人だけ、
数えてない。
━━━━━━━━━━━━
「……一人?」
高瀬が。
写真を見る。
四人。
桐谷。
少年。
自分。
そして。
顔の見えない。
教師。
スマートフォン。
――ブッ。
【Review Log】
━━━━━━━━━━━━
Review109
完了。
━━━━━━━━━━━━
その下。
━━━━━━━━━━━━
記憶復元率
99%
━━━━━━━━━━━━
変わらない。
あと。
1%。
そして。
初めて。
表示される。
━━━━━━━━━━━━
未復元記憶
1件
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
対象者
――高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
高瀬の。
眉が。
動く。
「……俺?」
違う。
その下。
もう一行。
━━━━━━━━━━━━
対象者との関係
――担任
━━━━━━━━━━━━
高瀬は。
動けなくなった。
担任。
自分の。
担任。
生徒ではない。
桐谷でもない。
同僚でもない。
高瀬悠介が。
生徒だった頃。
自分を。
教えていた人間。
写真の奥。
顔の見えない。
教師。
画面。
最後。
━━━━━━━━━━━━
次回Review。
対象
「先生」
━━━━━━━━━━━━
高瀬は。
写真を。
見つめる。
自分は。
十三年間。
先生だった。
ずっと。
採点する側だと。
思っていた。
でも。
その前に。
自分も。
誰かの。
生徒だった。
「……先生」
午前零時十三分。
止まっていた。
最後の一%が。
動き始めた。
━━━━━━━━━━━━
記憶復元率
99.01%
━━━━━━━━━━━━
【End】




